第101話 強さとは
淡い薄桃色の魔力が、静かにアリーナを包み込む。
エリューシアは自己加速術式の出力をさらに引き上げた。
「――Presto」
足元に展開された魔法陣が一瞬だけ輝く。
その姿が、視界から掻き消えた。
「……っ!」
ガルナスは反射的に軍刀を薙ぐ。
空を裂く刃。
だが、その一撃は虚しく空を切った。
次の瞬間には背後。
「――Appassionato」
二丁の魔導銃から放たれた魔法弾が、ほぼ同時に迫る。
ガルナスは振り向きざまに拳銃を抜き放つ。
乾いた銃声が響く。
実弾が魔法弾を撃ち抜き、空中で火花が弾けた。
しかし、それは囮だった。
エリューシアは既に懐へ踏み込んでいる。
銃床による一撃。
ガルナスは咄嗟に腕を差し込み受け止めるが、その衝撃で数歩後退した。
着地と同時に腰の軍用ナイフを抜き、低い姿勢から切り上げる。
エリューシアは身体を僅かに捻るだけで刃をかわし、踵落としを振り下ろす。
ガルナスは転がるように距離を取った。
休む暇はない。
軍刀から拳銃。
軍用ナイフから短槍。
ありとあらゆる武器が、まるで一つの流れる技のように繋がっていく。
戦場で磨き続けた軍用格闘術。
武器を選ぶのではなく、その瞬間に最も敵を仕留められる手段を選び続ける。
それが、ガルナス・アルゼクシアという男だった。
一方、エリューシアも止まらない。
自己加速術式を軸に、魔導銃による射撃と格闘術を組み合わせる。
魔法と武術を完全に一体化させた戦闘。
どちらも一歩も譲らない。
「すごい……」
旭が思わず呟いた。
「全然、見えないです……」
生徒達も息を呑んでいた。
これが学院最強の魔法使いと、武の頂点。
二人が到達した領域だった。
激しい攻防が続く。
やがてガルナスが大きく飛び退き、軍刀を構え直した。
荒い息遣い。
額には汗が滲んでいる。
その視線は、真っ直ぐエリューシアへ向けられていた。
「……何故だ」
低く漏れた声。
「何故、お前はそれほどまでに強い」
エリューシアは静かに呼吸を整える。
銃口は下ろさない。
「俺は鍛え続けた」
ガルナスは拳を強く握る。
「ありとあらゆる武を身に付けた」
その声には、怒りよりも苦しみが滲んでいた。
「何千、何万と振り続け、命を懸けて戦い続けた」
一歩踏み出す。
「それでも、届かん!」
怒号がアリーナへ響く。
「魔法を持つというだけで……何故、それほどまでに強いのだ!」
誰も口を開かなかった。
これまでずっと、ガルナスを縛り続けてきた問いだった。
エリューシアは静かに目を閉じる。
そして、小さく首を横に振った。
「……違います」
その一言だけだった。
「何?」
「魔法は、強さそのものではありません」
ガルナスの眉が動く。
エリューシアはゆっくりと視線を上げた。
「先ほど地下で、終司さんも私も魔法を封じられました」
地下での黒装束との死闘が思い出される。
「それでも終司さんは、諦めませんでした」
静かな声。
だが、その一言には確かな重みがあった。
「逃げることも、立ち止まることもありませんでした」
ガルナスは何も言えない。
「終司さんは、自分に出来ることを信じてあなた達に立ち向かった……」
エリューシアは魔導銃をゆっくりと構え直す。
ガルナスの表情が揺らぐ。
「強さとは」
エリューシアは静かに続けた。
「魔法が使えるかではありません」
一歩前へ。
「剣が強いことでも、拳が強いことでもありません」
真っ直ぐにガルナスを見つめる。
「どんな状況でも、自分の信じたもののために立ち向かえる……その心の強さこそが、本当の強さなのだと私は思います」
アリーナは静まり返っていた。
ガルナスは拳を震わせる。
かつて、自分は圧倒的な魔法を目の当たりにした。
その瞬間、武では魔法に届かないと決めつけた。
誰かに言われたわけではない。
エリューシアに見下されたわけでもない。
政府に武を否定されたわけでもない。
――武では勝てない。
そう決めたのは、自分自身だった。
ガルナスの軍刀を握る手が、僅かに震えた。
「あなたが負けたのは魔法にでも、私にでもありません」
一呼吸置き、エリューシアは穏やかな表情で続ける。
「武が魔法に劣ると思い込んでしまった、あなた自身のその心です」
その言葉は、ガルナスを縛り続けてきた鎖へ静かに届いていた。




