第100話 武の頂
アリーナ中央。
互いに数歩の距離を保ったまま、二人は静かに向かい合っていた。
誰も声を発さない。
生徒も教師も、魔女狩り達も。
この決着だけは誰にも代われないと理解していた。
ガルナスはゆっくりと軍刀を抜く。
鈍く光る刃には、幾度となく戦場を潜り抜けてきた歴史が刻まれていた。
「昔のお前は、俺達をたった一撃の魔法で薙ぎ払った」
低い声が響く。
「今回はそうはいかんぞ」
対軍魔法。
過去のエリューシアはそれをもってして中央軍を一掃した。
だが、今回はそうはいかない。
周囲への被害を考慮すれば、そんな魔法をここで使う選択肢はそもそもありえない。
エリューシアは静かに頷く。
「……どんな形式の戦いでも、私のやるべきことは何も変わりません」
「こちらも同じだ。どんな形式でも構わん」
ガルナスが剣先を向ける。
「お前に勝つ為なら、な」
次の瞬間。
地面が爆ぜた。
「速いっ!」
旭が思わず声を上げる。
一瞬で間合いを潰したガルナスは、軍刀を振り下ろす。
「——Presto《加速せよ》」
淡い薄桃色の魔法陣が足元へ一瞬だけ浮かぶ。
エリューシアの姿が横へ滑るように消えた。
斬撃は空を切る。
流れるような動作で、エリューシアは二丁の魔導銃を構える。
「——Appassionato」
連続する魔力弾。
ガルナスは即座に腰の拳銃を抜いた。
乾いた銃声が響く。
実弾と魔法弾が空中で激突し、火花を散らす。
「……撃ち落とした!?」
生徒達がどよめいた。
終司も僅かに目を細める。
「銃口の向きから、あのたった一瞬で弾道を読んで撃ち抜いたのか」
魔法への理解に加え、銃の腕に反射速度。
全てが常軌を逸している。
ガルナスは拳銃を撃ちながら前へ出る。
距離が縮まる。
五メートル。
三メートル。
一メートル。
拳銃を放り捨てると、今度は右手には軍用ナイフを構える。
左の拳が一直線に突き出される。
拳から肘打ち。
膝蹴りからの回し蹴り。
さらに逆手に持ち替えたナイフが首元を掠める。
軍用格闘術。
人を殺すためだけに最適化された連携だった。
エリューシアは自己加速術式を断続的に発動させる。
踏み込みに回避。
最小限の移動だけで紙一重に躱していく。
右の魔導銃を撃つ。
ガルナスはナイフで弾いた。
さらに懐へ潜り込み、左肩へ掌底を叩き込む。
その衝撃でエリューシアが数歩下がった。
「エリューシア先輩!」
旭が叫ぶ。
ガルナスは追撃を止めない。
ナイフを放ると、次に腰からワイヤーを取り出す。
投擲。
空中で円を描きながらエリューシアの足へ絡み付く。
その瞬間にはもう前へ出ていた。
拘束し、転倒させてからの止めの一撃。
それが完成された流れだった。
「——Presto《加速せよ》」
エリューシアの姿が消える。
ワイヤーが地面を叩いた。
更なる自己加速。
ほんの一瞬だけ速度を上乗せし、拘束範囲から抜け出していた。
「……ほう」
ガルナスの眉が僅かに動く。
エリューシアは静かに呼吸を整えた。
その表情には、驚きよりも感心が混じっていた。
「ありとあらゆる武器を状況に応じて使い分け、軍用格闘術へ繋げる……決して武器に頼っているのではなく」
一呼吸置く。
「武器そのものが、あなたの一部なんですね?」
ガルナスは答えない。
今度は背中から短槍を抜く。
「武器とは状況に応じて変えるものだ」
静かな声。
「戦場に決まった型など存在しない」
フェイントを挟み、直後に踏み込む。
一つ一つが途切れることなく繋がっていく。
終司は腕を組んだ。
「引き出しが多すぎる」
軍刀に拳銃。
軍用ナイフに短槍。
ワイヤー……そして卓越した格闘術。
どれか一つが武器ではない。
状況に応じて最適解を選び続ける。
それこそがガルナス・アルゼクシアだった。
エリューシアはガルナスの猛攻を受けながらも、表情を崩さない。
むしろ、その瞳はどこか穏やかだった。
「余裕だな?」
ガルナスが低く問う。
エリューシアは静かに首を振る。
「そんなことはありませんよ」
「そう言いつつも、お前は現に俺の攻撃を悉く避けているではないか」
「自己加速術式無しでは、この拮抗は有り得なかったでしょうね」
その言葉に、生徒達が息を呑む。
エリューシアは二丁の魔導銃を構え直し、ゆっくりと腰を落とした。
「ここからは、出力を上げていきましょうか」
足元の魔法陣が淡く輝く。
「来い。お前の全てを打ち砕いてやる」
その一言で、アリーナの空気がさらに張り詰めた。




