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第97話 時間稼ぎ

 黒衣の男が終司の前へ歩み寄る。


「次だ」


 低い声と共に、持ち物を机へ並べるよう促される。


 終司は静かにポケットの中身を取り出していく。


 懐の小刀以外は、どれも何の変哲もない日用品だ。


「他には」


 黒衣の男が終司の身体へ手を伸ばそうとした、その時だった。


「待て」


 聞き覚えのある低い声が響く。


 周囲の黒衣たちが一斉に道を開ける。


 ガルナス・アルゼクシアがゆっくりと歩み寄ってきた。


「自分からここに入り込むとはな。俺を追って……というわけであるまい?」


「さて、何故だろうな?」


 ガルナスは終司の前で立ち止まり、その顔をじっと見つめる。


「ふん、まあいい。今しがた学院内の監視映像を確認した」


 唐突な言葉だった。


「ワルクス・ファレーザント」


 その名に、終司は表情一つ変えない。


「お前は、ここの観客席であの男と接触している」


「久しぶりに会った友人と話をした。何か問題だったか?」


「友人、か」


 ガルナスは鼻で笑う。


「だとしたら尚更だな」


「何のことだ?」


「とぼけるな」


 短い沈黙。


 ガルナスは視線を逸らさずに続けた。


「ワルクスはお前に何を渡した?」


「……ああ、そういうことか。ちょっとしたお土産だよ。それが何か?」


「それを渡して貰おう」


「渡してやりたいが、地下でお前たちと戦った時に落としたみたいなんだ。ほら」


 終司はジャケットを着たまま裏返して見せる。


 すると、確かに右ポケットの底の部分に穴が空いていた。


 この穴は地下での戦闘で空いた穴なのは間違いないが、ネックレス自体は逆のポケットに入っている。


「言っておくが、どこで落としたか俺も覚えてないぞ。もし必要なら、地下を探してきたらどうだ?」


「……何人か地下に行かせろ」


「はっ!」


 黒装束が何人か指示に従って動く。


 終司はそれを見て内心だけで笑う。


 これなら時間を稼げる。


 あと数分。


 それだけ持てばいい。


「逆に聞きたいことがある」


 終司が口を開く。


「……何だ」


「制御キーを欲しがる理由だ」


 ガルナスは黙る。


「人工衛星マギアス」


 終司は続けた。


「学院を襲ってまであれを欲しがる理由があるのか?」


「……知らんのか」


 ガルナスは静かに笑った。


「無知というのは恐ろしいものだな」


 その言葉に、周囲の生徒たちもざわめく。


 マギアス。


 中央都市が誇る人工衛星。


 災害観測や広域通信を担うと説明されている、人類最大の技術。


 それ以上のことを知る者はいない。


「これについて知っているのは三人だけだ」


 終司は静かに聞いていた。


「制御キーの管理者だけが、あれの本当の用途を知っている」


 周囲が静まり返る。


 誰も口を開かない。


「人工衛星マギアス」


 ガルナスはゆっくりと告げた。


「あれは、魔法使いの監視のために打ち上げられた」


 その瞬間。


 アリーナ全体がどよめいた。


「……監視?」


「どういうことだ?」


 生徒たちの困惑が広がる。


 ガルナスは構わず続ける。


「マギアスは、中央都市全域の魔力反応を常時観測している。誰が、どこで、どれほどの魔法を使ったか……その全てが記録されている」


 終司も僅かに目を細めた。


 そこまで詳細に記録しているとは想像以上だ。


「だが、それだけではない」


 ガルナスの声が低くなる。


「マギアスには対地照射兵器が搭載されている。宇宙軌道上から高出力レーザーを照射する兵器だ」


 その一言に周りの空気が冷える。


「探知している魔法使いを、一撃で焼き払うためのな」


 息を呑む音があちこちから聞こえた。


「そんなものが……」


「嘘だ……」


 生徒たちの動揺は隠せない。


 終司は静かにガルナスを見据えた。


「政府は最初から魔法使いを信用していない。力とは管理するものだ」


 何かが起きた時、それを迅速に鎮圧する為の兵器。


「だから保険を用意した。それがマギアスだ」


 終司は小さく息を吐く。


「それで、そんな兵器を手に入れてお前たちは何をするつもりだ」


 ガルナスは一歩だけ近付いた。


「お前たち魔法使いを、今度こそこの世界から消し去る。もうあの時のような失敗はせん」


 旭も、夕緋も、周囲の生徒たちも息を呑む。


「なるほど、合点がいった。どうせレーザーで皆殺しにする予定だから殺さずに、今は人質として利用してるってことか」


 終司の問いに、ガルナスは迷いなく頷いた。


「そうだ。これを聞いて抵抗したとして、魔法の使えないお前らでは抗うことは不可能だからな」


 終司は少しだけ目を閉じた。


 ガルナスは部下へ視線を向けた。


「さて、おしゃべりは終わりだ。念のため、この男の身体検査を続けろ」


 黒衣の男たちが一斉に終司を取り囲み始めた。

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