第60話 浮上
【あの皆さん……私がイブ・メイカーで作られたイブなんですけど……中身の人格は、元日本国町田荘の領主。風花と言います。ちょっとした事故でガーデン内でバラバラ死体になっちゃって、イブ・メイカーで作った体にアップルっていうシステムで元の人格をコピーしました】
ネットに上がった風花の異形に、一瞬コメ欄も凍り付いた様に思え、次の瞬間、ものすごい量のコメントが殺到した。
【あっ。このケモミミは本物です。イブ・メイカーってこうした人体のカスタマイズもある程度出来るみたいで……こらっ! 痛いって……千早、耳引っ張るな!】
「ああ。どうやらネット放送を観ている皆さん。イブ・メイカーの事を信用してくれはじめているみたいですよ!」
コメ欄を眺めていたマイカが嬉しそうにそう言っている。よし。もう一押し!
【私のこの身体は、私と夫の鏡矢との間で生を受けた私達の娘の細胞で出来ています。その子も私のお腹の中にいる時、私といっしょに吹っ飛んじゃったんですけど、こうして生命を繋いで、私を生かしてくれました。あの……でも私もこの方法が正しいとは思っていません。不快感を持たれる方も多いと思います。ですがっ! もう人類はどんな手段を用いてでも、一度性比を元に戻すのがよいと私は考えました。倫理とかモラルも人として絶対重要です。でも……それでも私はイブ・メイカーを活用して一度人類をリセットしたい。人としての尊厳はそれから取り戻す重要事項として将来に託し、私はその礎となれれば鬼と言われても構いません!】
「どうやら一般の世論は、風花様への賛同に傾いて来ている様ですね。ですが……」明さんが不安を隠さずに言う。
「そうね。まだ世界は半信半疑。しかも大所の賛同が得られていない。どこかの国とかが支持表明してくれると助かるんだけど……ガーデンさっさと浮上してくれないかしら。そうすれば強力なエビデンスになるのに。長引くとまたどっちに世論が転がるか分からないわね」千早さんがそう言った。
【それじゃ……ここで少しコメ返ししますね。えっと……イブ・メイカーを実際に見せて貰えないか? ですか。これ、もうすぐガーデンが丸ごと東京湾に浮上してきます。そうしたら実際に御覧いただけるかと……】
とにかく時間を稼いで世論を味方につけるべく私も頑張ろう。
「ふふ。これで少なくとも、浮上したとたんドカンはないかな?」千早がそう言って微笑んだ。
◇◇◇
「続きですか……」
思わせぶりな孝由さんの言葉に、俺もヴェロニカさんも身構える。
「うん。さっきも言ったがアダム・ロウは天才だが狂人だ。そして彼のイブ・メイカーとその附帯理論は学会や世間から総スカンを食らった」
「それは……そう聞いてます」
「鏡矢君。それでアダム・ロウみたいな陰キャで偏屈な奴はどうすると思う?」
「どうするって……世間を逆恨みするとか復讐しようとか……って、えっ? まさか」
「そのまさかさ。彼は自分を否定した世間に復讐しようとしたんだ。いや……正確には自分の研究が必要なものだと認めさせようとした」
「そんな馬鹿な……それでは君は、この人類の災禍がアダム・ロウの仕組んだものだというのか!?」ヴェロニカさんが絶叫した。
「ええ。確定証拠はありません。ですが彼のプライベートな記載の端々に、そうした怨念が読み取れたんですよ。そしてこの……人間の性染色体の組み合わせ確率を調整する研究の彼の論文……アダム・ロウは、何か遺伝子レベルで我ら人類に細工をした可能性があります」
「だがいまや人間のゲノム分析も完了している。何らかのベクターウイルスを使ったとしてもそう簡単に細工などは……」
「だから……彼は天才で狂人なのです。今の私達には手の届かない方法で、彼の呪いを伝搬し、それは彼の死後数十年を経て発動した。だから私は思ったんだよ鏡矢君。これはイブ・メイカーを使っても性差を戻す事は出来ない。彼の呪いが解けない限り、人類はイブ・メイカーを使い続けなければならない……とね」
「だから孝由さんは、すべてどうでもよくなって自分の欲に走ったと言う事ですか」
「そうだよ鏡矢君。さっきも言ったが、私は心が女性なんだ。君がデザインした3Dモデルは私の理想とする姿でもあった……」
黙り込んでいたヴェロニカさんが話し始めた。
「なんともやり切れんな。遺伝子レベルの調査・研究はずっと続けていたはずなのだが……我々は五百年前の狂人の掌で踊らされていただけなのか……だが……それでもあきらめる訳にはいかんな。孝由の言う所のアダム・ロウの呪いを、人類はいつか解かねばならん。それまでは、たとえ非難されようともイブ・メイカーが必要だ。狂人の思うツボで大変業腹だがな」
【ガーデン浮上開始まであと一時間です。地中から出ると急な浮力を受ける為、そのまま海上に出ます。住民の皆さんは衝撃に備えて下さい】
突然、AIの一斉放送が流れた。
「いよいよか……いきなりミサイルが飛んでこんといいのだがな。とにかく孝由。ここからは我々に協力してもらう。浮上次第、外部に対し、ガーデンの北米管理を宣言するぞ!!」
ヴェロニカさんが顔をこわばらせながらそう言った。
◇◇◇
第三台場管制室。
突然、レーダーの一つにアラートが出たが、私達にはその意味が読み取れない。
千早がサブマシンガンを突き付けながら、ここの士官に確認させる。
「これは……以前、ミサイルを撃ち込んだ座標だ。あんた方が言うガーデンが浮上してくるんじゃないか?」
「ほんと? それじゃいよいよね」千早が興奮気味に言う。
「それじゃあ、鏡矢さんも無事ですかね?」マイカはそう言うが、あいつがガーデンにいる保証はない。だいたい、私がこれだけネットに出てるんだから、どこかで見ていたら連絡位くれそうなものだけど……ほんとに無事だよね? 鏡矢……まさか撃沈された護衛空母に乗ってたりしないわよね!?
「それじゃ、この地点。監視カメラで映像取れる?」千早が士官に尋ねる。
「ああ。富津のカメラで見られると思う」そう言いながら士官がモニタを操作し、レーダーがアラートを出している海域を写しだした。
「それじゃ風花。ガーデン浮上の決定的瞬間を生放送でレポるわよ。ちょっとは化粧位直しなさい!」
千早にそう言われ、マイカにちょっとメイク直しを手伝ってもらう。
よっしゃ。これでOK。富津のモニタがいっしょに収まる位置にネット用カメラを移動してもらい、その前に立つ。
【それでは皆さん。いよいよガーデンの浮上が近い様です。私、風花がここから生放送で実況します!】
その時、別のレーダーにアラートが上がった。
「何事?」千早があわてて確認に走り、士官の人もくっついていくが、彼は敵なのよね?
「あっ。東海方面から航空機飛来。敵味方識別……友軍です!」
「友軍って……それって須坂の飛行機ってことでしょうが!?」千早が叫ぶ。
「はい。浜松所属の爆撃機だと思います……」士官の人がすまなそうにそう言った。




