第59話 プロパガンダ
「女官長。C国が事情の説明を強行に求めて来ております! 場合によっては武力介入も辞さないと……」
「北米からも全世界に向け、我が国への非難声明が発信されました……」
北米船団の護衛空母が撃沈され、須坂はパニック状態になっていた。北米の報復はもちろん、以前C国の潜水艦が浦賀水道で破壊された事件まで改めて追及される恐れがあった。
このままでは日本国自体が、世界から押しつぶされてしまいかねない。
「ええい。今、調査中じゃ! なんとしても時間を稼げ!!」サザレイシの怒声が響く。
「サザレイシ。いかがいたしましょう。確かに護衛空母が無ければここは航空攻撃されないとは思いますが……」
「宗主様。何を呑気な事を! だが第三台場を押さえられ、上田も固められては手も足も出ん……」
「女官長。浜松荘から入電。爆撃機発進準備完了との事です!」女官の一人が告げる。
「おお、間に合ったか。我が国最後の虎の子の一機じゃが……護衛空母がいなければ第三台場とガーデン位は……」
「ですがサザレイシ。ガーデンはともかく第三台場まで破壊してしまっては、その後の我が国の沿岸防衛はどうなります?」
「知りませぬ!! とにかく今を切り抜けなければ、明日の沿岸防衛もクソも御座いません!」
「宗主様、女官長。ネットで高崎の千早領主が声明を出しています!」その女官の報告に、サザレイシが慌てる。
「しまった! 慌てすぎて後手に回ったわい。すぐに国内ネットを遮断するのじゃ!」
「ですが……そんな事をしたら国民の生活や流通全体が……」
「ええい。発信元だけ潰せばよかろう……」
「それが……発信元が第三台場の軍事ネットです。ここからでは介入出来ません!」
「くぅーーーーーーっ!! >✖&5“#」突然サザレイシがバタリと倒れた。
「ちょっとサザレイシ。どうしたのですか!? まさか脳の血管が切れたのでは……」
サクヤヒメはオロオロするばかりで、司令官を失った須坂は混乱の極みに落ちた。
◇◇◇
【えー。全世界の皆さん。私は日本国高崎荘の領主、千早と申します。日本国第三台場から生中継です。今日は全世界の皆さんに、イブ・メイカーという、今の世界の災禍に対抗しうる手段について語ろうと思います。あー。最初に申し添えておきますが、今朝、北米の護衛空母を魚雷で撃沈したのは私個人です! 日本国は関与しておりません!】
まったく。しれっとよく言うわ。でも護衛空母が撃沈された事はすでに世界中に伝わっているみたいでネットの関心も高く、同接数もウナギのぼりだ。千早が素知らぬ顔で、イブ・メイカ―やガーデンの存在と、北米と須坂がそれに昔から関与していた事実を淡々と告げている。もちろんこれは正しい情報を全世界で共有する為に避けては通れない事で、北米と須坂は後で世界中から制裁を受けるかもしれないが、それを通過しなければ全世界での平和的なイブ・メイカーの運用は実現しないだろう。
はたして世界が私達の提案を聞き入れてくれるのか……。
ネットのコメント欄にはものすごい勢いでメッセージが上がっている。
非難・拒絶・賛同……そして疑念。どうやら私達のこの放送がどこかの国の陰謀か、はたまたテロリストのでっち上げかと思われている様で、コメ欄の意見が急速にそちらに傾いて来ている。
「風花さん。まずいですね。このままでは私達、世界一の大ウソつきになっちゃいます……」
マイカが不安そうにそう言い、明さんも心配そうにしている。
千早もそれを察している様で、何とか言葉での説得を試みるがあまりうまくないみたいだ。
すると突然千早が私に話を振って来た。
【それでは皆さん。全世界初公開。イブ。メイカーで昨年生まれて、もう生理も来ちゃったイブちゃんの登場です!】
えっ、ちょっと待ってよ千早……何よその無茶振りはっ!!
だが、まったなしで明さんが私にカメラを向け、私のケモミミがドアップで全世界に中継された。
◇◇◇
俺とヴェロニカさんは、風花様モデルの孝由さんに案内され、管理区画の最下層に入った。こんなところ、俺達が出発する前はなかったよな?
「孝由さん。ここは?」
「ああ。ここはアダム・ロウの資料室だ。君達がここを出た後に発見した」
「へえ。アダム・ロウって……あー、確かイブ・メイカ―の理論を最初に発表した人でしたっけ?」
「よく覚えていたね。二十一世紀末の生理・生物学の天才さ。いや……狂人かな」
「ははは。天才と狂人は紙一重って言いますよね。でも確かイブ・メイカーの理論って滅茶苦茶叩かれたんじゃなかったでしたっけ?」
「そう。こんな非人道的な話があるかってね。だがその後、災禍が起こるにあたって、世界はこれを研究せざるを得なくなった。だからアダム・ロウ自身の事も懸命に調べたんだろうね。そしてその成果がここに収められていた」
「なるほど。アダム・ロウ資料館と言う訳だな」ヴェロニカさんが目を細めて言う。
「そうですよ執行官。それでここには、アダム・ロウが公式に発表した論文はもちろん。非公式のメモ、実験記録、手紙、日記見たいなものが雑多に集められています。私はこの身体の生成をイブ・メイカーに仕込んだ後、ちょっと時間が出来ましたんで施設内を探検して回って、この部屋を発見したんですが……面白くてつい読んでしまいました」
「読んだ……ここの蔵書類をか?」
「はい。それで論文や実験記録はかなり読みこまれていたんですが、すでに世界が災禍に見舞われている中で手が回らなかったんでしょうね。プライベートな文書はほとんど手付かずだと思われたんですよ。だからそれが面白くて……」
「何を見たんだ。君は?」ヴェロニカさんが恐々と尋ねた。
「執行官。鏡矢君。アダム・ロウは、なんでイブ・メイカーなんてものを考え付いたんだと思う?」
「何でって……それは男女の性比をコントロールして……」
「いや鏡矢。それは違うだろ。二十一世紀末ではまだ災禍は発生していない。その傾向も見られなかったはずだ。なのになぜそんなものをコントロールしようとするのだ?」
「執行官。あなたは切れ者と言われるでしょ? その通りです。アダム・ロウの時代に、性比をコントロールする必要はなかった。外宇宙旅行といった話も当時は夢物語でしかない。では何故彼はそんな事を考えたのか」
「その動機がどこかに書いてあったのですか?」
「そうだよ鏡矢君。彼は……自分のハーレムを作りたかったんだ」
「ハーレム!?」余りの事に、俺とヴェロニカさんの叫びがハモった。
「記録によると、アダム・ロウはかなりの陰キャオタクで、見た目も冴えないというかどちらかというと当時の基準でブ男に入る粘着質の変質者みたいだ」
「さんざんな言われ様ですね。でもだからこそ自分の好みの女の子に囲まれたハーレムを作りたいと本気で考えた?」
「多分ね。でもこういう気質の人間が時に天才的な発明とか発見をするものさ。それは長い歴史が物語っている」
「いやー。さすがにひいちゃいますけど……それで孝由さんのモチベが下がっちゃったんですか? その経緯はともかく、今こそイブ・メイカーが必要なのだと思うんですけど……」
「そうだね鏡矢くん。このアダム・ロウのドン引き話は、イブ・メイカーの開発にかかわった研究者も判っちゃいたんだけど、スルーしてたみたいだ。世界を救うためには、開発動機はどうでもいいってさ。でもね……」
「でもね?」
「この話には続きがあったんだよ」そう言いながら孝由さんが不気味な笑みを浮かべた。




