第58話 イミテーション
「鏡矢。お前あいつを知っているのか? イブたんと言うのか」
突然目の前に現れた美少女に、俺だけではなくヴェロニカさんも驚いている。
「あ、いや。イブたんっていうのは俺の部屋にあったフィギュアで……あっ、そうか! 君は僕が作った風花様モデルなんだね!?」
「風花様モデル?」ヴェロニカさんが、何だそれはと言う顔をした。
「はい。イブ・メイカーで風花様の身体を再現するにあたって、3Dモデルを俺が起こしたんですけど……元々女性の身体の細かい部分に詳しくないから、なんか元の風花様とイブたんのイメージが混ざっちゃってて……胸なんかも本来の風花様よりかなり大きめで……」
「そんな事はいい! それじゃ……こいつもイブ・メイカー謹製と言う事か」
「はい。孝由さんが風花様の人格を戻すために作ったんですよ。ねえ君。孝由さんの所に案内してくれないか?」
俺がそう言って手を差し出したのだが、少女はプイッと後ろを向いて、俺とヴェロニカさんを無視して歩きだした。
「あっ。待ってよ!」俺は慌てて彼女の後を追う。そしてヴェロニカさんもその後に続いたのだが、彼女の足元に防御装置のレーザービームが撃ち込まれた。
「ちっ。どうやら彼女が用があるのは君だけみたいだな鏡矢。私はここでじっとしているから、何とか突破口を見出してくれ。さもないと本当に我々はこのままミサイルか何かで吹っ飛ぶぞ。それが北米のものか須坂のものかC国のものなのかは判らんがな」
ヴェロニカさんをビオトープに残したまま、俺は風花様モデルにくっついて、地下の管理区域に入った。
「ねえ君。名前は? 孝由さんは元気?」
歩きながらいろいろ話しかけるのだが、何も返答はない。もしかして人格モデルがまだ乳幼児レベルなのかもしれないのかなどと考えていたら、彼女が地下の一室に入って行ったので俺も慌てて後に続く。
なんだここは? 五m四方の正方形で窓は無く、ベッドと便座だけがそのまま設置されている。これじゃまるで……独房? まさか俺をここに幽閉する気なのか。でも本人まで入って来ちゃったらダメだろ?
「ねえ君。こんなところに連れて来てどうするつもりなの。俺は孝由さんと話しがしたいんだけど……彼を呼んでくれないかな」
「……もうすぐガーデンが浮上する。かなりの衝撃が予想される。ここが一番安全」
「しゃべれるんじゃないか! ここが安全って……でもそれじゃヴェロニカさんは?」
「……私には貴方以外、無関係」
「そんな。でもそれなら……」
「しよ」
「ん? 何? 塩がどうかしたの?」
「しよ鏡矢。私とセックスしよ」
「ちょっと君。いきなり何を言いだすんだよ! そんな事出来る訳ないじゃないか! 君とはさっき会ったばかりだし、君は多分……俺の娘の細胞から出来てる」
「無関係。私は鏡矢と交わる為に生み出された」
「何訳分かんない事言ってるのさ。だいたい、それなら何で最初から顔を出さないの?」
「鏡矢。異物を連れて来た。最初にあれを排除したかった。でもここの防御システムだと細かい制御が難しくて……あのままだと地下まで壊されそうだったから……直接貴方だけを迎えに出た」
「成程。でも彼女は無害だよ。ここを稼働して風花様の考えた人類のリセットを手伝ってくれるんだ。だから安全を確保してやってほしい。孝由さんだって賛成してくれるよ」
「無茶な事をしなければ強制的に生命を奪う事はしない。そして……孝由は……もういない」
「何だって!? 死んだのか。病気? 事故?」
「分からない。だから今は私が管理者」
そう言って風花様モデルは、ベッドの隙間から管理者用のデバイスを取り出して自分の腕に装着した。
「分からないって……でもそうか。君が管理者って事で了解した。だから頼む! 俺に協力してくれ!! このガーデンとイブ・メイカーで人類再生を始めたいんだ!」
「だったら……しよ。私の願いは鏡矢と交わる事。それが叶えられないのなら私は何も協力しない」
「そんな……」
セックスしないと出られない部屋とか……昔やってたエロゲ―とかでは陳腐な設定だけど……セックスしないとマジで世界大戦・人類滅亡ってか? なんだよそれ……でももうどうでもよくなってきた。風花様もマイカさんもいないこの世の中で、俺だけが我慢すれば何とかなるっていうなら……やってやろうじゃないか!!
俺は、風花様モデルに駆け寄り思い切り抱きしめ、そのままベッドに押し倒す。
ふわっ。この子、本当に可愛いな。さすが俺の理想を惜しみなく突っ込んだ3Dモデルだ。これならそれほど躊躇わずにエッチに没頭出来る……。
……だが、俺と彼女がお互いの秘部に触れあった時、彼女が呟いた一言を俺は聞き逃さなかった。
「ああ、うれしいよ鏡矢君。ようやく君と結ばれる……」
その声に、俺の手が止まった。
「鏡矢どうした。せっかく気持ちが高ぶって来ている。手を止めないでほしい」
「……お前。一体何者だ!?」
「何者? 私はあなたと交わる様に作られた人形……」
「違う!! さっき漏らしたセリフの口調…………孝由さんですよね?」
俺のその言葉に、最初は面食らった表情をした彼女だったが、徐々にこみあげて来る笑いをこらえられなくなったかの様に言った。
「…………あー、バレちゃったか。さすが鏡矢君は鋭いや」
「い、一体どういう事なんですか! どうして孝由さんが風花様モデルに……アップルで人格を移したんですか?」
「まあそうだね。何でこうなったかは話すと結構長くなっちゃうし、ガーデンが浮上しちゃったらもう全員おしまいかも知れないし……まずは鏡矢君。私と交わろうよ。私は最初に君を見た時から気に入ってたんだ。人生の最後もいい思い出で締めくくりたい」
「それって……俺を恋人としてって事ですか?」
「そう。私はまあ……生物学的なジェンダーは男なんだけど、心はずっと女なんだ。だから君みたいな男性が大好きなんだよ。知的で勇敢で……いっしょにイブ・メイカーの事を調べている時はすごく幸せだったんだ」
「ははは。それは光栄です。僕だってこんな時と場所じゃなければ、孝由さんの愛人もありですよ。ですが!! 今はそれどころじゃありません。早く、ガーデンの権限を北米に持たせないと、ここをめぐってまた世界が争う事になりかねません!! お願いだから協力して下さい」
「はあ……だから言ってるじゃないか。まずは私と交わってくれないかな。この君の理想の女性とさ」
「絶対ダメです! 確かにその3Dモデルは俺の想いをふんだんに詰め込んだ理想の女性です。でもダメなんです。俺……確かに最初はセックスそのものに興味深々でした。だから公募にも応募した。でも色んな人と関わって交わって……風花様、皐月さん、イブの体の風花様、拓真、マイカさんはまだ交わってないけど……男と女ってだけじゃなく、同性同士だって、やっぱり基本にあるのはお互いに好きだと言う気持ち。思いやり労わる気持ちなんです。もちろん快楽で交わる事を否定はしません。でもそれは愛じゃない!!」
「……そうか。分かった……私の片思いだったと言う訳だね」
「あっ、いやその……別に孝由さんが嫌いって訳じゃ」
「ふふ、ありがとう……それで鏡矢君。不思議に思っただろう? 何故私がここまで刹那的になってしまったか」
「はい……何かあったんですよね?」
「ガーデン浮上まで、もうあまり時間もないかもしれないが、よければその話をしよう。あの北米の高官にも一緒に聞いてもらうとしようか」そう言って風花様モデルの孝由さんが、ガーデンの警戒レベルを下げた。




