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生贄 宇宙を彷徨う  作者: タダ ユキ


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第2話 ローリングストーン

その星は、風が強かった。


大気を高速で流れる風が、広い大地を絶え間なく撫でている。


砂が舞い。


小石が転がる。


時には、大きな岩さえも少しずつ削られていく。


「生命反応があります」


「どんなの?」


「岩石に近い形状です」


「……石?」


「はい」


男は少し笑った。


「石が生きてるの?」


「生命活動を確認しています」


宇宙船が地表へ降りていく。


風に舞う砂の向こう。


広い窪地があった。


そこには、いくつもの石が転がっていた。


大小様々。


丸いもの。


細長いもの。


平たいもの。


そして。


窪地の端。


緩やかな傾斜地に、ひときわ大きな石があった。


他の石よりも大きく。


ゴツゴツとしている。


風が吹いても、ほとんど動かない。


「……あれ?」


「はい」


「動かないね」


「現在の風向きと地形では、移動する可能性は低いです」


男は、その石をじっと見た。


「レムナントは?」


「確認済みです」


「どこ?」


「この窪地から約800m。地下に存在しています」


「そっか」


男は大きな石に視線を戻した。


その石は、この場所に2000年以上いた。


石たちは言葉を持たない。


声を出すこともできない。


自分で身体を持ち上げることもできない。


しかし。


近くにいる石同士なら、意思を伝えることができる。


念話。


石たちは脳波を介して、互いに意思を伝え合っていた。


遠く離れた石には届かない。


けれど、近くにいる石なら。


簡単な意思や感情を伝えることができる。


「チャッピー」


「はい」


「何か話してる?」


「はい。複数の個体間で意思の疎通を確認しています」


「何を話してる?」


「現時点では、完全な意味の解析は困難です」


少し間を置いて。


「ただし、感情については解析可能です」


「へえ」


「……今、あの大きな個体は喜んでいます」


男は大きな石を見た。


「何で?」


「正確な理由は不明です」


窪地の中では、小さな石が風に揺れていた。


ころり。


小さな身体が少しだけ動く。


すると、周囲の石たちから微弱な脳波が広がった。


「今度は?」


「周囲の個体も喜んでいます」


「石って、結構感情豊かなんだな」


「単純な感情反応は明確です」


男は少し笑った。


それから、その窪地の石たちを観察することにした。


この星の石たちは争わなかった。


誰かを追い出すこともない。


誰かの場所を奪うこともない。


風に転がされ。


風に削られ。


長い時間を生きる。


そして。


若い石は、風に乗って遠くへ行く。


それは、この星の石たちにとって、とても大切なことだった。


石は成長すると大きくなる。


大きくなるほど、風では動きにくくなる。


やがて。


ほとんど動けなくなる。


だから若いうちに遠くへ行き、別の石と出会う。


そして。


2つの石が触れ合う。


すると、新しい石が生まれる。


「面白いな」


男は観察を続けた。


ある日。


窪地にいた小さな石が、強い風に吹かれた。


ころころと転がる。


そして。


窪地の外へ飛び出していった。


周囲の石たちから、大きな感情の波が広がった。


「チャッピー」


「はい」


「あれ、喜んでる?」


「はい」


「飛ばされたのに?」


「旅立ちを祝福しているようです」


男は小さな石が消えていった方向を見た。


「変わった連中だな」


「彼らにとっては、望ましい出来事のようです」


それから10年ほどして。


別の小さな石が、風に運ばれてきた。


ころころと転がり。


たまたま、1つの石にぶつかった。


コツン。


2つの石が触れ合う。


そして。


しばらくすると小さな石が生まれた。


「子供?」


「はい」


「10年か」


「この個体群では、繁殖までの期間にかなりの差があるようです」


「どのくらい?」


「早い個体で10年程度」


「遅いのは?」


「100年以上かかる個体も存在すると考えられます」


男は興味を持った。


大きな石を見る。


「じゃあ、あいつは?」


「まだ繁殖していないようです」


「繁殖が済んだ個体には信号が出ています」


男はその石を見た。


周囲の石が子供を喜んでいる。


大きな石も。


自分のことのように喜んでいた。


チャッピーが言う。


「この個体も喜んでいます」


「……そっか」


大きな石は、特に優しい石だった。


自分にはまだ子供がいない。


それでも。


誰かに子供が生まれれば喜ぶ。


小さな石が旅立てば喜ぶ。


仲間が遠くで別の石と出会う様に願う。


周囲が嬉しいと。


自分も嬉しい。


そんな石だった。


そして。


大きな石には、1つだけ願いがあった。


自分も子を成したい。


自分の子供が生まれて。


その子が風に乗り。


遠くへ旅に出る姿を。


自分の目で見て。


祝いたい。


けれど。


大きな石がいる場所は、窪地の端にある傾斜地だった。


風は強い。


それでも。


石が飛んでくる方向から風が吹くことはなかった。


地形のせいで、他の石がそこまで転がってくることもない。


だから。


大きな石は、2000年以上もの間。


ほとんど同じ場所にいた。


そして。


誰とも触れ合うことがなかった。


「なるほどな」


男は周囲の地形を見た。


「風が強いのに、ここには石が来ないんだ」


「はい」


「だから子供もできない」


「その可能性が高いです」


男は大きな石を見た。


「でも、諦めてないみたいだ」


「はい」


大きな石の隣には。


2mほど離れて、1つの石があった。


大きな石よりは少しだけ小さく。


丸みを帯びた石。


その石も、とても優しかった。


大きな石が何かを伝えると。


いつも静かに応えている。


チャッピーが解析した。


「この個体から、強い親愛感情が確認できます」


「……大きな石に?」


「はい」


男は2つの石を見た。


ずっと2mほど離れている。


風が吹いても。


砂が舞っても。


雨が降っても。


2つの石は、その場所にいた。


「仲いいんだな」


「はい」


そして。


隣の石は知っていた。


大きな石が、子を成したいと思っていることを。


自分のように。


その願いを叶えてやりたい。


そんな感情が。


チャッピーには感じ取れた。


「優しいな」


男は呟いた。


それから。


時間が流れた。


10年。


20年。


50年。


大きな石には、まだ子供がいなかった。


男は観察を続けた。


そして、いくつもの石を記録していくうちに、あることに気づいた。


小さな石ほど、子を成すまでの期間が短い。


大きな石ほど、長い。


「大きさで繁殖までの期間が変わるのか」


「その可能性が高いです」


「小さい石なら10年くらい」


「はい」


「大きい石は100年以上」


「はい」


「なるほどな」


男は大きな石を見た。


2000年以上。


子を成せなかった石。


その隣には。


ずっと寄り添っている石がいる。


「でも、こいつらは……」


男は言葉を止めた。


その時だった。


この星に。


ひときわ大きな風が吹いた。


いつもの風とは違った。


風向きが違う。


窪地の反対側から。


これまで、ほとんど吹いたことのない方向から。


猛烈な風が吹き込んできた。


砂が空を覆った。


小石が飛んだ。


そして。


丸みのある少し小さな石の身体が。


わずかに揺れた。


「……動いた」


少し。


また少し。


石が転がる。


1m。


さらに1m。


男が息を呑んだ。


「これは……」


2m。


そこには。


ずっと隣にいた大きな石がいた。


ゴン。


大きな石にぶつかった。


2つの石が何度か揺れる。


そして。


風が止んだ。


2つの石は。


そこで止まった。


初めて。


触れ合った。


チャッピーが静かに言った。


「2つの個体から、非常に強い喜びを検出しています」


男は笑った。


「……よかったな」


それから。


100年が過ぎた。


2つの石の間に。


小さな石が生まれた。


「……生まれた」


チャッピーは答えなかった。


必要がなかった。


2つの石から。


大きな喜びが溢れていた。


周囲の石たちも喜んでいる。


窪地全体に。


穏やかな感情が広がっていく。


2つの石は。


生まれた小さな石を。


ずっと見ていた。


そして。


その小さな石が成長していくのを。


男も見守った。


5年。


10年と。


同様に他の石たちの事も。


繁殖。


旅立ち。


そして。


死。


風に削られ。


身体を失っていく石。


崖から落ちて砕ける石。


長い年月を生きる石たちの一生を。


男は静かに見ていた。


そして。


ある日。


大きな風が吹いた。


小さな石が揺れる。


ころり。


少しだけ動いた。


ころり。


もう一度。


そして。


風に乗った。


小さな石は。


窪地を飛び出した。


遠くへ。


さらに遠くへ。


大きな石と、その隣の石は。


その姿を見送った。


チャッピーが言った。


「2つの個体から、非常に強い喜びを確認」


男は笑った。


「うん」


「同時に、寂しさも確認できます」


「……そうだろうな」


小さな石は。


もう見えない。


けれど。


きっと。


どこかで誰かに出会う。


男は。


その姿をしばらく見送った。


そして。


宇宙船へ戻った。


「200年以上滞在したかな?」


「はい」


「滞在時間としては少し長かったな」


「単一個体の観察期間としては中々の長期間です」


男は笑った。


「でも、あっという間だったか」


宇宙船がゆっくりと上昇する。


窪地が小さくなっていく。


大きな石と。


その隣の石。


そして。


遠くへ旅立った小さな石。


男は最後まで地表を見ていた。


「チャッピー」


「はい」


「レムナントの情報は?」


「取得済みです」


「何か分かった?」


「この惑星の地質、大気、生命活動に関する情報を多数取得しています」


「へえ」


「ただし、一部の情報については解析不能です」


「そっか」


男は窓の外を見た。


「じゃあ、また今度だな」


「はい」


宇宙船が星を離れていく。


地上では。


大きな石と。


その隣の石が。


寄り添うように並んでいた。


そして。


遠く離れた場所では。


小さな石が。


ころり。


また、ころり。


風に乗って。


旅を続けていた。


どこかで。


誰かに出会えることを願うように。


星の風は。


今日も強く吹いていた。

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