第92話 最初に選ばれなかった者
「最後の世界を」
「作った時……」
俺は。
空に消えた光を。
見つめていた。
最後の世界。
その言葉だけが。
頭から離れない。
「……レオン」
アリアが。
俺の隣に立つ。
「大丈夫?」
「ああ」
俺は。
頷く。
「ただ」
「少し」
「嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
「ああ」
俺は。
胸に手を当てる。
「俺たちは」
「今まで」
「何度も」
「世界を作ってきた」
「……」
「でも」
「最後の世界っていうのは」
「まるで」
「それまでの世界が」
「全部」
「途中だったみたいに聞こえる」
イオが。
静かに。
頷いた。
「その通り」
「……」
「百七十二の世界も」
「百七十三番目の世界も」
「今の世界も」
「全部」
「最後の世界へ」
「向かうための」
「途中だった」
「じゃあ」
俺は。
イオを見る。
「最後の世界って」
「何なんだ?」
イオは。
答えなかった。
代わりに。
空を見上げる。
そこには。
巨大な世界樹が。
立っている。
まだ。
今の世界樹よりも。
ずっと小さい。
それでも。
確かに。
同じ形をしていた。
「……あれが」
「最初の世界樹」
「うん」
「じゃあ」
「この世界から」
「全部が始まったのか?」
「違う」
イオは。
首を振る。
「世界樹より」
「もっと前」
「……」
「始まりより」
「もっと前」
「そこに」
「一人」
「いた」
俺は。
息を呑む。
「誰?」
イオが。
ゆっくり。
振り返る。
「――最初に」
「選ばれなかった者」
その瞬間。
世界樹の根元が。
黒く染まった。
「……!」
カイが。
剣を構える。
「来るぞ!」
大地が。
揺れる。
世界樹の根から。
黒い影が。
這い上がってくる。
それは。
人の形をしていた。
黒い髪。
黒い瞳。
白い服。
でも。
顔がない。
目も。
鼻も。
口も。
何もない。
「……」
それが。
ゆっくり。
こちらを向く。
そして。
声を出した。
『――私を』
『忘れた』
「……」
その声に。
俺の胸が。
痛んだ。
『お前たちは』
『私を』
『選ばなかった』
「……」
『だから』
『私は』
『世界の外へ』
『落ちた』
イオが。
震える。
「……やめて」
影が。
イオを見る。
『イオ』
「……」
『お前は』
『私を』
『知っている』
イオは。
目を閉じる。
「知ってる」
「……!」
「ずっと」
「知ってた」
俺は。
イオを見る。
「じゃあ」
「こいつは」
「誰なんだ?」
イオは。
答える。
「――五人目」
「……」
「最初の世界には」
「四人しか」
「いなかったんじゃない」
「……!」
「本当は」
「五人いた」
空気が。
凍る。
「俺」
「ルナ」
「最初のユウト」
「イオ」
そして。
「五人目」
俺は。
影を見る。
「でも」
「どうして」
「俺たちは」
「そいつを」
「忘れた?」
イオが。
苦しそうに。
言う。
「それが」
「最初の選択」
「……」
「五人のうち」
「四人だけを」
「世界に残す」
「一人を」
「外へ」
「追い出す」
俺は。
拳を握った。
「……」
それは。
俺が。
一番。
嫌ってきたものだった。
誰か一人を。
犠牲にして。
残りを救う。
それが。
すべての始まりだった。
「誰が」
俺は。
低い声で。
尋ねる。
「誰が」
「そいつを」
「選ばなかった?」
イオが。
俺を見る。
「……」
「俺か?」
「違う」
「じゃあ」
「ルナ?」
「違う」
「ユウト?」
「違う」
「お前?」
イオは。
首を振った。
「違う」
「じゃあ」
「誰なんだ?」
長い沈黙。
そして。
イオは。
小さく。
答えた。
「――世界自身」
「……」
「世界が」
「最初に」
「四人だけを」
「選んだ」
「……」
「私たちは」
「その選択を」
「受け入れただけ」
影が。
笑った。
顔はない。
それでも。
笑っているのが。
分かった。
『違う』
『違うよ』
『私は』
『選ばれなかったんじゃない』
「……?」
『選ばせてもらえなかった』
「……」
『世界が』
『生まれる前に』
『誰かが』
『私を』
『外へ』
『捨てた』
俺の胸が。
大きく鳴る。
「誰が?」
『お前』
「……」
『レオン』
「……!」
『お前だ』
「違う」
反射的に。
言った。
『違わない』
「俺は」
「お前を」
「知らない」
『だから』
『捨てた』
「……」
『知らないものを』
『怖いものを』
『理解できないものを』
『お前は』
『世界の外へ』
『追い出した』
俺は。
何も言えなかった。
なぜなら。
胸の奥で。
何かが。
「そうだ」と。
囁いたからだ。
――知らない。
――怖い。
――分からない。
それを。
俺は。
何度も。
排除してきた。
でも。
本当に。
最初の俺も。
同じだったのか?
「……」
頭の中に。
映像が。
流れ込む。
まだ。
世界がない頃。
五つの光。
白い光。
赤い光。
青い光。
黒い光。
そして。
透明な光。
俺。
ルナ。
ユウト。
イオ。
そして。
五人目。
五つの光は。
一緒に。
浮かんでいた。
笑っている。
話している。
まだ。
何もない。
だからこそ。
自由だった。
そして。
ある時。
白い光が。
言った。
『世界を作ろう』
みんなが。
頷いた。
五人目も。
頷いた。
『どんな世界にする?』
誰かが。
尋ねた。
『みんなが』
『一緒にいられる世界』
『誰も』
『一人にならない世界』
そんな願い。
それが。
最初だった。
でも。
その時。
五人目が。
一つ。
言った。
『でも』
『誰かが』
『誰かのために』
『自分を』
『犠牲にする世界は』
『嫌だ』
俺は。
息を呑む。
「……」
それは。
今の俺と。
同じ願いだった。
『だから』
『一人も』
『選ばない世界にしよう』
その言葉に。
俺は。
頷いた。
ルナも。
頷いた。
ユウトも。
頷いた。
イオも。
頷いた。
そして。
世界を作ろうとした。
だが。
世界は。
動かなかった。
何度。
願っても。
何度。
祈っても。
何も。
生まれなかった。
その時。
誰かが。
言った。
『一人を』
『選べばいい』
『世界を』
『始めるためには』
『代表が』
『必要なんだ』
五人は。
黙った。
誰も。
選びたくなかった。
だから。
世界自身が。
選んだ。
そして。
選ばれたのは――。
「……」
映像が。
途切れる。
俺は。
息を荒くした。
「誰だった?」
イオに。
尋ねる。
イオは。
俯いている。
「……」
「イオ」
「……」
「誰が」
「選ばれた?」
イオは。
震える声で。
言った。
「あなた」
「……」
「レオン」
「俺……?」
「うん」
「世界は」
「あなたを」
「最初の中心に」
「選んだ」
「……」
「そして」
「あなた以外の四人は」
「あなたを」
「支える存在として」
「選ばれた」
「……」
俺は。
理解した。
最初の世界は。
俺を中心に。
作られた。
そして。
五人目は。
中心にならなかった。
だから。
世界の外へ。
追いやられた。
「……」
影が。
近づく。
『お前は』
『最初の中心だった』
『そして』
『私を』
『外へ』
『落とした』
俺は。
影を見る。
「……」
「じゃあ」
「俺が」
「謝れば」
「終わるのか?」
『……』
影が。
止まる。
「お前を」
「忘れたのは」
「俺だ」
「だったら」
「謝る」
「ごめん」
影が。
揺れる。
『……』
「本当に」
「ごめん」
「でも」
俺は。
続ける。
「一つだけ」
「聞かせてくれ」
『何を』
「お前は」
「何がしたい?」
影は。
しばらく。
黙った。
やがて。
小さく。
答えた。
『……分からない』
「……」
『ずっと』
『怒っていた』
『ずっと』
『恨んでいた』
『ずっと』
『帰りたかった』
「……」
『でも』
『帰って』
『何をすればいいのか』
『分からない』
俺は。
その言葉を。
聞いて。
一歩。
近づいた。
アリアが。
止めようとする。
「レオン」
「大丈夫」
「でも」
「こいつは」
「……」
「まだ」
「何も」
「選んでない」
俺は。
影の前へ。
立つ。
「名前」
「……?」
「お前にも」
「名前が必要だ」
『……』
「自分で」
「決めていい」
『私に』
『名前を?』
「ああ」
『……』
影が。
震える。
『私』
『名前なんて』
『いらない』
「どうして?」
『名前を持ったら』
『存在しなきゃいけなくなる』
「……」
『存在したら』
『また』
『選ばれる』
「違う」
俺は。
首を振る。
「名前は」
「誰かに」
「選ばれるためのものじゃない」
「……」
「自分が」
「自分であるためのものだ」
影は。
長い間。
黙っていた。
そして。
初めて。
顔のない顔に。
二つの光が。
灯った。
赤い光。
青い光。
まるで。
目のように。
『……』
『じゃあ』
『私は』
『自分で』
『決める』
「うん」
『私は――』
そこで。
影の声が。
途切れた。
「……?」
『まだ』
『決められない』
俺は。
笑った。
「それでもいい」
『……』
「今すぐ」
「決めなくていい」
「選ぶことだって」
「選ばないことだって」
「お前の自由だ」
影は。
俺を見る。
そして。
初めて。
少しだけ。
笑った。
『……』
『ありがとう』
その瞬間。
世界樹に。
新しい葉が。
生まれた。
そこに。
文字が。
浮かぶ。
第十五原則――選ばない自由
選ぶことだけが。
自由ではない。
まだ決めないこと。
決めるまで待つこと。
それもまた。
自分自身の選択。
イオが。
その葉を見る。
「……」
「どうした?」
「これ」
「うん」
「私たちが」
「最初に」
「作ろうとした世界の」
「答え」
「……」
「やっと」
「今」
「生まれたんだね」
俺は。
世界樹を。
見上げる。
十五枚の葉。
それぞれが。
これまで。
俺たちが。
積み重ねてきたもの。
でも。
まだ。
終わっていない。
その時。
突然。
影の後ろに。
巨大な扉が。
現れた。
「……また」
扉。
今度は。
どんな文字が。
刻まれている?
俺は。
近づく。
そして。
目を見開いた。
そこに。
刻まれていたのは。
文字ではなかった。
数字。
「……」
「0」
その横に。
もう一つ。
「1」
さらに。
「2」
「3」
「4」
「5」
「……」
無数の数字が。
並んでいる。
そして。
一番最後に。
一つだけ。
空白。
何もない。
イオが。
震える。
「……あれは」
「何だ?」
「世界の番号」
「……」
「私たちが」
「今まで」
「世界と呼んできたもの」
「全部」
「番号だった」
「じゃあ」
俺は。
扉を見る。
「最後の空白は?」
イオは。
答えない。
代わりに。
影が。
言った。
『――まだ』
『誰にも』
『選ばれていない世界』
「……!」
『最後の世界は』
『そこにある』
空白の向こう。
そこに。
何かが。
いる。
まだ。
名前もない。
姿もない。
願いもない。
でも。
確かに。
存在している。
俺は。
その空白へ。
手を伸ばす。
すると。
小さな声が。
聞こえた。
『……レオン』
「……!」
『今度は』
『私が』
『あなたを』
『選ぶ』
俺の胸の光が。
強く。
輝いた。
ミナが。
俺の手を。
握る。
そして。
震える声で。
言った。
「お兄ちゃん……」
「どうした?」
「この声」
「また」
「聞こえる」
「……」
「でも」
ミナは。
空白の扉を見る。
「今度は」
「一人じゃない」
「……」
「たくさん」
「いる」
その瞬間。
空白の向こうから。
無数の声が。
重なった。
『私も』
『僕も』
『私も』
『俺も』
『ここにいる』
『まだ』
『選ばれてない』
『でも』
『生きたい』
『自分で』
『決めたい』
『誰かの犠牲には』
『なりたくない』
『誰かを犠牲にも』
『したくない』
無数の声。
無数の存在。
無数の未来。
俺は。
そのすべてを。
聞いた。
そして。
初めて。
理解した。
俺が。
今まで。
救おうとしていたのは。
「みんな」では。
なかった。
俺が。
知らなかった。
もっと多くの。
「誰か」。
まだ。
存在すら。
選ばれていない者たち。
俺は。
扉を見る。
そして。
笑った。
「……分かった」
「今度は」
「誰も」
「選ばない」
「……」
「みんなが」
「自分で」
「出てこい」
空白の扉が。
光り始める。
――ゴゴゴゴゴ……。
世界が。
震える。
そして。
扉の向こうから。
最初の一人が。
歩いてくる。
白い髪。
青い瞳。
小さな少女。
少女は。
俺を見る。
そして。
笑った。
「……こんにちは」
「こんにちは」
「私」
少女は。
自分の胸に。
手を当てる。
「まだ」
「名前がないの」
「……」
「だから」
「名前を」
「探しに来た」
俺は。
笑った。
「じゃあ」
「一緒に」
「探そう」
少女は。
頷いた。
その背後から。
さらに。
一人。
また一人。
新しい存在たちが。
歩いてくる。
世界が。
広がっていく。
まだ。
誰にも。
選ばれていない。
誰にも。
名前を決められていない。
それでも。
確かに。
ここにいる。
俺は。
その光景を。
見つめながら。
思った。
――これが。
本当の。
「最後の世界」なのかもしれない。
誰か一人が。
中心になる世界ではない。
誰か一人が。
世界を決める世界でもない。
誰もが。
自分で。
「明日」を。
選べる世界。
そして。
その時。
空から。
一つの声が。
響いた。
『――違う』
「……?」
『まだ』
『最後ではない』
「……」
空が。
割れる。
その向こうから。
巨大な。
白い手が。
伸びてくる。
そして。
世界のすべてを。
覆うように。
広がった。
『本当の最後は』
『お前自身だ』
俺は。
空を見上げる。
そして。
その声を。
聞いた瞬間。
胸の奥に。
眠っていた。
最後の光が。
目を覚ました。




