第89話 終わりの向こう側
白い。
何もかもが。
白くなった。
空も。
海も。
大地も。
世界樹も。
仲間たちの姿さえ。
白い光の中に。
溶けていく。
「……っ」
俺は。
ミナの手を。
強く握った。
「離すな!」
「うん!」
声だけは。
聞こえる。
アリア。
ユウト。
セリア。
カイ。
みんなの声。
でも。
姿が見えない。
「レオン!」
アリアの声。
「ここにいる!」
「ユウト!」
「いる!」
「カナ!」
「……ここ!」
「ノア!」
「お兄ちゃん!」
一人。
また一人。
声を確認する。
それだけで。
少しだけ。
安心できた。
そして。
白い世界の中。
あの声が。
響く。
『――選ぶ』
「……」
『私は』
『お前を』
『選ぶ』
俺は。
空を見る。
何もない。
それでも。
確かに。
何かがいる。
「誰なんだ」
『私は』
『最初の選択の』
『外側』
「……」
『お前たちが』
『選択というものを』
『作るより前から』
『存在していた』
「選択より前?」
『そう』
『選ぶことすら』
『まだ』
『存在しなかった頃』
原初が。
静かに。
呟いた。
「……始まりより前」
観測者も。
続ける。
「なら」
「お前は」
「観測者よりも」
「古い」
『そうだ』
「……」
俺は。
拳を握る。
「じゃあ」
「何のために」
「俺を選ぶ?」
白い光が。
一瞬。
揺れた。
『お前には』
『最後の役割が』
『残っている』
「役割?」
『そう』
『これまで』
『お前は』
『世界を』
『選んできた』
『未来を』
『選んできた』
『生き方を』
『選んできた』
『名前を』
『選んできた』
『願いを』
『選んできた』
「……」
『だが』
『最後に』
『一つだけ』
『選んでいない』
「何だ?」
白い世界の中。
一つの扉が。
浮かび上がる。
赤い扉。
始まりの扉。
そして。
その反対側に。
黒い扉。
終わりの扉。
二つが。
向かい合っている。
『始まりを』
『選ぶ者』
『終わりを』
『選ぶ者』
『その両方が』
『必要だ』
「……」
『お前は』
『始まりを選んだ』
『では』
『終わりは』
『誰が選ぶ?』
その瞬間。
俺の隣に。
誰かが。
現れた。
黒い髪。
黒い瞳。
白い服。
「……ユラ?」
違う。
ユラではない。
けれど。
どこか。
似ている。
少女。
いや。
少年にも。
見える。
性別すら。
まだ。
決まっていない。
その存在は。
俺を見る。
そして。
笑った。
「終わりを」
「選ぶのは」
「僕じゃない」
「……」
「君だよ」
「俺?」
「うん」
「どうして?」
「だって」
その存在は。
黒い扉を。
指差した。
「君は」
「終わりを」
「怖がっているから」
「……」
胸を。
突かれた気がした。
俺は。
ずっと。
終わりを。
恐れていた。
誰かとの別れ。
世界の終わり。
命の終わり。
可能性の終わり。
だから。
何度も。
やり直した。
終わらせなかった。
終わりを。
受け入れなかった。
「……」
ユラが。
いつか言った。
――終わりは、存在の否定ではない。
あの言葉。
その意味が。
今。
目の前に。
突きつけられている。
「……」
俺は。
黒い扉を見る。
開けるのが。
怖い。
けれど。
ミナが。
俺の手を。
握った。
「お兄ちゃん」
「……」
「大丈夫」
「どうして?」
「終わっても」
「また」
「始められるから」
「……」
ミナの言葉に。
俺は。
少しだけ。
笑った。
「そうだな」
一歩。
黒い扉へ。
近づく。
すると。
背後から。
声がした。
「レオン」
振り返る。
アリアが。
立っている。
「私も行く」
「……危険かもしれない」
「知ってる」
「戻れなくなるかもしれない」
「それも知ってる」
「それでも?」
アリアは。
笑った。
「それでも」
「あなたが行くなら」
「私は自分で選んで」
「ここにいる」
「……」
俺は。
頷いた。
「ありがとう」
「お礼は」
「帰ってからね」
「……ああ」
ユウトも。
来る。
「俺も」
「ユウト」
「だって」
ユウトは。
笑う。
「兄貴だけに」
「選ばせたくないから」
「……」
「俺も」
「自分で選ぶ」
セリア。
カイ。
リク。
ソア。
ミライ。
ハネ。
カナ。
ノア。
みんなが。
集まってくる。
ユラも。
静かに。
黒い扉を見る。
「……」
俺は。
ユラを見る。
「怖い?」
「少し」
「終わりなのに?」
「終わりだから」
ユラは。
笑う。
「終わりを」
「知っているからこそ」
「怖い」
「……」
「でも」
ユラは。
俺を見る。
「一人で」
「終わりを」
「迎える必要はない」
俺は。
頷いた。
「そうだな」
そして。
全員で。
黒い扉の前に立った。
白い存在は。
何も言わない。
ただ。
見ている。
俺は。
ドアノブに。
手をかけた。
――カチッ。
扉が。
開く。
その先に。
あったもの。
それは。
何もない空間だった。
いや。
正確には。
「何もない」のではない。
すべてが。
あった。
生まれた世界。
消えた世界。
選ばれた未来。
選ばれなかった未来。
笑った人。
泣いた人。
生きた人。
死んだ人。
その全部が。
光になって。
漂っている。
「……」
俺は。
言葉を失った。
そこには。
百七十二の世界も。
百七十三番目の世界も。
第零世界も。
全部。
あった。
そして。
その中心に。
一人の少女が。
座っていた。
白い髪。
赤い瞳。
「……」
俺は。
息を呑む。
「ルナ……?」
少女は。
首を振る。
「違う」
「……」
「私は」
「ルナが」
「まだ」
「選んでいない未来」
「……!」
少女は。
俺を見る。
「ルナは」
「自分の世界を」
「作った」
「でも」
「その世界の」
「終わりを」
「まだ」
「決めていない」
「……」
「だから」
「私は」
「ここにいる」
俺は。
理解する。
世界には。
始まりだけでは。
足りない。
終わりも。
必要。
でも。
終わりを。
固定してはいけない。
誰かが。
勝手に。
「ここで終わり」と。
決めることも。
違う。
「じゃあ」
俺は。
少女に。
尋ねる。
「お前は」
「何を望む?」
少女は。
少し。
考えた。
「……」
「分からない」
「……」
「私は」
「終わりだから」
「終わった後のことを」
「知らない」
「でも」
少女は。
俺を見る。
「知りたい」
「何を?」
「終わった後に」
「何があるのか」
「……」
その瞬間。
ユラが。
前に出た。
「私も」
「知らない」
少女が。
ユラを見る。
「あなたは」
「終わりそのもの」
「うん」
「じゃあ」
「終わった後は?」
ユラは。
少しだけ。
笑った。
「分からない」
「……」
「だから」
「一緒に」
「見てみよう」
少女は。
目を丸くした。
「……いいの?」
「いいよ」
「怖くない?」
「怖い」
「……」
「でも」
「怖いから」
「一緒に行く」
少女は。
初めて。
笑った。
「……うん」
その瞬間。
世界中の光が。
一斉に。
揺れた。
そして。
黒い扉の向こうに。
新しい道が。
現れた。
終わりの先へ。
続く道。
白い存在が。
初めて。
動いた。
「……違う」
「何が?」
「私は」
「終わりの先など」
「存在しないと」
「思っていた」
「……」
「だから」
「終わりを」
「選ぶことが」
「すべてだと」
「思っていた」
俺は。
白い存在を見る。
「でも」
「違った」
「……」
「終わりは」
「次の始まりに」
「なることがある」
白い存在は。
黙っている。
「だから」
俺は。
言った。
「お前も」
「選べばいい」
「何を?」
「自分が」
「どうなりたいか」
「……」
白い存在の身体が。
少し。
揺れた。
「私は」
「……」
「私は」
「選ばれる者だった」
「……」
「ずっと」
「誰かを」
「選んできた」
「世界を」
「選び」
「未来を」
「選び」
「存在を」
「選んだ」
「でも」
白い瞳から。
初めて。
涙が。
落ちた。
「自分自身を」
「選んだことが」
「ない」
「……」
俺は。
一歩。
近づく。
「じゃあ」
「今」
「選べ」
「……」
「お前は」
「何者になりたい?」
長い。
沈黙。
白い存在は。
自分の胸に。
手を置いた。
そして。
初めて。
自分自身の名前を。
口にした。
「――アオ」
「アオ?」
「うん」
「白い空の向こうに」
「まだ」
「何も決まっていないから」
「……」
「私は」
「アオ」
その瞬間。
世界が。
揺れた。
白い光が。
青い光へ。
変わっていく。
「……!」
原初が。
驚く。
「名前を」
「自分で」
「選んだ……」
観測者が。
笑った。
「それなら」
「もう」
「選ぶ者ではない」
「……」
アオが。
俺を見る。
「私は」
「これから」
「何をすればいい?」
俺は。
笑った。
「まず」
「飯でも食うか?」
「……」
アオが。
固まる。
そして。
少しだけ。
笑った。
「……それが」
「生きること?」
「たぶん」
「じゃあ」
「行ってみたい」
ノアが。
元気よく。
手を上げる。
「ご飯なら!」
「私も!」
「いっぱい食べるよ!」
アオが。
ノアを見る。
「君は」
「誰?」
「ノア!」
「そう」
「私は」
「アオ」
「よろしく!」
「よろしく!」
二人が。
手を繋ぐ。
その瞬間。
終わりの空間に。
小さな。
光が生まれた。
一つ。
また一つ。
それは。
新しい世界ではない。
新しい命でもない。
「再会」の光だった。
終わったはずのものが。
もう一度。
別の形で。
出会う。
俺は。
それを見つめる。
「……」
そして。
ふと。
気づいた。
「ルナ」
『うん』
「お前の世界の」
「終わりは」
「どうする?」
『……』
しばらく。
答えがない。
やがて。
ルナが。
言った。
『私』
『まだ』
『決めない』
「……」
『終わりを』
『決めないって』
『決める』
俺は。
笑った。
「それも」
「一つの選択だな」
『うん』
『この世界は』
『始まったばかりだから』
『終わりを』
『急がなくていい』
その瞬間。
アカツキの空に。
朝日が。
昇った。
夜が。
終わる。
でも。
世界は。
消えない。
終わりは。
次の朝を。
連れてくる。
俺は。
その光を。
見つめた。
そして。
ふと思った。
「……」
まだ。
一つだけ。
足りない。
ルナ自身が。
ここにいない。
でも。
今は。
それでいい。
ルナは。
ルナの世界を。
選んでいる。
俺は。
俺の世界を。
選んでいる。
そして。
いつか。
また。
会える。
その時。
俺は。
もう。
ルナを。
救おうとは。
しない。
ただ。
言うだけだ。
――おかえり。
そして。
ルナが。
自分の足で。
帰ってくる。
それを。
待つ。
「……」
俺は。
朝日へ向かって。
歩き出した。
けれど。
その瞬間。
背後から。
小さな声がした。
「レオン」
「……?」
振り返る。
ミナだった。
ミナは。
空を指差している。
「見て」
「何?」
「あそこ」
朝日の中。
一つだけ。
黒い点が。
浮かんでいる。
「……」
それは。
ゆっくり。
こちらへ。
近づいてくる。
黒い点が。
大きくなる。
翼。
巨大な翼。
そして。
その背中に。
誰かが。
乗っている。
「……!」
アリアが。
剣を抜く。
「敵?」
「分からない」
黒い翼が。
空を覆う。
そして。
その人物が。
地上へ。
降り立った。
長い黒髪。
赤い瞳。
白い服。
俺たちの誰も。
知らない姿。
その人物は。
俺を見る。
そして。
笑った。
「やっと」
「見つけた」
「……誰だ?」
その人物は。
胸に。
手を当てた。
「私は」
「あなたが」
「一番最後に」
「忘れた人」
「……!」
俺の胸の光が。
一斉に。
震えた。
その瞬間。
世界樹の根元で。
ルナの声が。
響いた。
『レオン……』
『その人は』
『私も』
『知らない』
俺は。
息を呑む。
最初の世界より。
前。
第零世界より。
前。
それよりも。
さらに。
前。
まだ。
名前すら。
存在しなかった時代。
そこに。
いた誰か。
「……」
その人物は。
笑う。
「さあ」
「今度こそ」
「本当の」
「始まりを」
「思い出そう」




