第86話 始まりの扉
赤い扉。
その前に。
俺たちは立っていた。
扉には。
たった一文字。
――「始」。
それだけ。
なのに。
その文字を見ていると。
胸の奥が。
ざわつく。
まるで。
ずっと昔から。
この扉を。
知っていたような。
そんな感覚だった。
「……」
俺は。
扉に手を伸ばす。
けれど。
触れる直前。
少年が。
俺の腕を掴んだ。
「待って」
「……?」
「この扉は」
「普通に開けちゃいけない」
「どうして?」
少年は。
赤い光を。
握りしめる。
「これは」
「世界の始まり」
「だから」
「開けるなら」
「誰が開けるのかを」
「決めないといけない」
「……」
俺は。
周囲を見る。
アリア。
ユウト。
セリア。
ミア。
セレナ。
ノア。
カイ。
リク。
ソア。
ハネ。
カナ。
ユラ。
ミライ。
エレナ。
観測者。
原初。
そして。
姿は見えなくても。
ルナ。
みんなが。
ここにいる。
「じゃあ」
俺は。
言った。
「誰が開ける?」
少年は。
首を振る。
「それを」
「僕は」
「決められない」
「……」
「誰か一人が」
「決めた瞬間」
「この扉の意味が」
「変わるから」
「なるほど」
俺は。
少し考える。
そして。
扉の前から。
一歩。
下がった。
「じゃあ」
「みんなで決めよう」
その瞬間。
赤い扉が。
――ドクン。
と。
鳴った。
「……!」
扉に。
新しい文字が。
浮かぶ。
『一人で決めない』
ユウトが。
驚く。
「扉が」
「答えた?」
原初が。
静かに。
言った。
「違う」
「え?」
「この扉は」
「答えたのではない」
「世界が」
「選んだ」
「……」
観測者が。
扉を見る。
「つまり」
「この世界は」
「すでに」
「一つの意思を」
「持ち始めている」
「世界自身が?」
「そうだ」
俺は。
扉を見る。
今まで。
世界は。
誰かが。
作るものだった。
神が。
作る。
願いが。
作る。
管理者が。
作る。
選ぶ者が。
作る。
でも。
この世界は。
違う。
みんなが。
少しずつ。
選んで。
その選択が。
積み重なって。
世界になっている。
「……」
俺は。
扉に。
手を置いた。
今度は。
誰も。
止めなかった。
――ドクン。
赤い光が。
手のひらへ。
流れ込んでくる。
「……っ」
頭の中に。
映像が。
流れた。
白い空間。
何もない。
世界も。
時間も。
命も。
存在しない。
そこに。
三つの光が。
浮かんでいる。
一つは。
白。
一つは。
黒。
一つは。
赤。
白い光が。
揺れる。
黒い光が。
寄り添う。
赤い光が。
その間を。
行き来する。
そして。
声がした。
『どうする?』
『分からない』
『私も』
『じゃあ』
『一緒に考えよう』
三つの光が。
近づく。
そして。
一つの。
小さな光を。
生み出した。
――世界。
俺は。
息を呑む。
「……」
これは。
最初の世界。
いや。
もっと前。
世界という概念が。
生まれる前。
三つの存在が。
初めて。
「一緒にいたい」と。
思った瞬間。
そこから。
すべてが。
始まった。
「……」
俺は。
映像を見る。
三つの光。
白。
黒。
赤。
白い光は。
ルナ。
黒い光は。
失うことへの恐怖。
そして。
赤い光は。
――俺。
そう思った。
けれど。
違った。
赤い光が。
こちらを。
向く。
『僕は』
『レオンじゃない』
「……え?」
赤い光が。
言う。
『レオンになる前の』
『何か』
「……」
『名前も』
『形も』
『役割も』
『まだなかった』
俺は。
思い出す。
第80話。
俺が。
自分の名前を。
選び直した時。
「レオン」という名前を。
最初に呼んだのは。
ルナだった。
でも。
その前。
俺には。
名前がなかった。
つまり。
この赤い光は。
「レオンになる前の俺」。
そうなのか。
「じゃあ」
俺は。
赤い光に。
問いかける。
「お前が」
「俺の始まり?」
『違う』
「……」
『僕は』
『始まりの一つ』
『それだけ』
「一つ?」
『そう』
『始まりは』
『一つじゃない』
その瞬間。
映像が。
変わった。
無数の光が。
現れる。
生まれる。
消える。
また。
生まれる。
そして。
その中から。
一つの光だけが。
俺へ。
近づいてくる。
『これが』
『最初の願い』
「……」
光の中に。
小さな俺が。
いた。
まだ。
子供。
その隣に。
ユウト。
二人は。
手を繋いでいる。
『一緒にいたい』
幼い俺が。
言う。
『うん』
ユウトが。
笑う。
その瞬間。
黒い光が。
生まれる。
『失いたくない』
そして。
白い光。
『一緒にいたい』
赤い光。
『自分で選びたい』
三つの願いが。
重なる。
そして。
世界が。
生まれた。
「……」
俺は。
震える声で。
言った。
「じゃあ」
「最初から」
「願いは」
「一つじゃなかった?」
赤い光が。
答える。
『そう』
『一つに見えただけ』
「……」
『誰かと一緒にいたい』
『失いたくない』
『自分で生きたい』
『全部』
『最初から』
『そこにあった』
俺は。
目を閉じた。
これまで。
何度も。
「最初の願い」を。
一つだと思っていた。
ユウトを救いたい。
それが。
すべての始まりだと。
でも。
違った。
もっと。
複雑だった。
もっと。
人間らしかった。
一緒にいたい。
失いたくない。
自分で生きたい。
それぞれの願いが。
ぶつかって。
絡み合って。
世界を。
作った。
「……」
ルナの声が。
聞こえる。
『だから』
『私は』
『世界を』
『何度も』
『作ったんだね』
「ルナ……」
『あなたと』
『一緒にいたかった』
『でも』
『自分で』
『選びたかった』
『失いたくなかった』
『だから』
『全部を』
『同時に叶えようとして』
『できなかった』
「……」
『でも』
『今は』
『少しだけ』
『分かる』
「何が?」
『全部を』
『叶える必要は』
『なかったんだね』
俺は。
頷いた。
「ああ」
『一緒にいたい』
『でも』
『離れることもある』
『失うこともある』
『それでも』
『自分で選ぶ』
「うん」
『それが』
『生きるってこと』
「……」
ルナの声が。
少し。
笑った。
『あなたが』
『昔から』
『言っていたことだね』
「そうだったかな」
『そうだよ』
「……覚えてない」
『私も』
『忘れてた』
二人で。
笑う。
その時。
赤い扉が。
大きく。
震えた。
――ゴゴゴゴゴ……。
「開くぞ!」
カイが。
叫ぶ。
扉が。
少しずつ。
開いていく。
その隙間から。
赤い光が。
溢れ出す。
眩しい。
思わず。
目を閉じる。
そして。
光が。
消えた時。
俺たちは。
知らない場所に。
立っていた。
「……」
目の前に。
巨大な。
街がある。
でも。
誰もいない。
家。
学校。
広場。
病院。
店。
全部。
ある。
なのに。
人だけが。
いない。
「……ここ」
セリアが。
呟く。
「誰も」
「いないね」
俺は。
街を。
見渡す。
不思議だった。
見たことがある。
どこか。
懐かしい。
でも。
知らない。
「……」
ユウトが。
立ち止まる。
「レオン」
「どうした?」
「あそこ」
ユウトが。
指を差す。
一軒の家。
玄関に。
表札。
そこには。
二つの名前。
レオン
ユウト
「……!」
俺と。
ユウトが。
同時に。
息を呑む。
「俺たちの」
「家?」
ユウトが。
呟く。
でも。
違う。
俺たちの家じゃない。
この世界には。
まだ。
俺たちは。
生まれていない。
なのに。
名前だけが。
ある。
「入ってみよう」
俺が。
言う。
玄関を。
開ける。
中は。
普通の家だった。
テーブル。
椅子。
台所。
ソファ。
そして。
壁に。
写真。
「……!」
写真には。
家族が。
写っている。
俺。
ユウト。
そして。
母さん。
父さん。
さらに。
もう一人。
小さな女の子。
俺は。
息を止める。
「……妹」
ユウトが。
呟く。
そう。
以前。
俺たちが。
見た未来。
俺たちに。
妹がいた。
でも。
これは。
あの未来じゃない。
写真の下に。
日付が。
書かれている。
世界誕生前
「……」
エレナが。
写真を見る。
「そんな」
「日付」
「存在するはずが」
「ありません」
原初が。
答える。
「これは」
「時間の記録ではない」
「では?」
「願いの記録だ」
「……」
この家。
この家族。
この未来。
全部。
誰かの願いだった。
まだ。
存在する前に。
誰かが。
願った。
「……」
俺は。
写真を。
手に取る。
妹の顔を見る。
以前。
会った。
未来の妹。
でも。
この子は。
少し違う。
写真の裏側に。
文字が。
ある。
俺は。
読む。
『もし、最初から誰も失わなかったら』
「……」
胸が。
苦しくなる。
それは。
俺が。
何度も。
願った未来だった。
誰も失わない。
家族が。
ずっと。
一緒にいる。
ユウトも。
母さんも。
父さんも。
妹も。
アリアも。
仲間も。
みんな。
笑っている。
そんな。
完璧な未来。
でも。
俺は。
もう。
知っている。
完璧な未来を。
誰かが。
選んでしまえば。
そこから。
外れた未来は。
消えてしまう。
「……」
写真を。
戻す。
その瞬間。
写真の中の。
妹が。
こちらを。
見た。
「……え?」
妹の目が。
動いた。
そして。
写真の中から。
声がした。
『お兄ちゃん』
「……!」
俺は。
固まる。
『やっと』
『来てくれた』
「誰だ?」
『私』
「……」
『ずっと』
『待ってた』
写真の中の。
少女が。
笑う。
『私は』
『あなたが』
『一番最初に』
『願わなかった未来』
「……!」
「どういうこと?」
『ユウトを』
『救いたいと』
『願った時』
『あなたは』
『私を』
『願わなかった』
「……」
『だから』
『私は』
『最初から』
『存在しなかった』
俺は。
写真を見る。
「……」
少女は。
悲しそうに。
笑う。
『でも』
『私は』
『あなたを』
『恨んでない』
「……」
『あなたには』
『あなたの』
『願いが』
『あったから』
「じゃあ」
「どうして」
「ここに?」
少女は。
答えた。
『あなたが』
『全部の未来を』
『消さないと』
『決めたから』
「……」
『私も』
『ここに』
『戻ってこられた』
その瞬間。
写真が。
光り始める。
少女が。
写真の中から。
少しずつ。
外へ。
出てくる。
「……!」
アリアが。
息を呑む。
「まさか」
光が。
少女の姿を。
包む。
白い髪。
赤い瞳。
小さな身体。
少女は。
床に。
足をつける。
そして。
俺を見る。
「……」
「お兄ちゃん」
俺は。
言葉を。
失った。
少女は。
笑う。
「私」
「まだ」
「名前がないの」
俺は。
震える声で。
尋ねた。
「……名前」
「うん」
「自分で」
「決めたい?」
少女は。
頷く。
「うん」
俺は。
笑った。
「じゃあ」
「ゆっくり」
「決めよう」
少女は。
俺の手を。
握った。
「うん」
その瞬間。
世界の空に。
新しい文字が。
浮かび上がった。
第十一原則――願われなかった存在の自由
誰かに。
願われなかったからといって。
存在する価値が。
ないわけではない。
誰かの願いから。
外れていた未来にも。
自分自身の未来を。
選ぶ権利がある。
俺は。
その文字を。
見上げる。
十一個目。
新しい原則。
そして。
その直後。
街の奥から。
鐘の音が。
鳴った。
――ゴーン。
一回。
――ゴーン。
二回。
――ゴーン。
三回。
誰も。
鳴らしていない。
なのに。
街中に。
響いている。
観測者が。
顔を上げた。
「……来る」
「何が?」
「この世界を」
「作った者だ」
「……!」
街の中央。
大きな時計塔。
その頂上に。
一人の影が。
現れた。
黒い髪。
白い服。
赤い瞳。
けれど。
今まで見た。
誰とも。
違う。
その人物は。
俺たちを。
見下ろしている。
そして。
ゆっくり。
言った。
「ようやく」
「ここまで」
「来たか」
俺は。
その声を。
聞いて。
気づいた。
この声。
知っている。
ずっと。
ずっと。
前から。
何度も。
聞いていた。
願いを。
選べと。
言った声。
世界を。
選べと。
言った声。
未来を。
一つにしろと。
言った声。
俺は。
空を見上げる。
「……お前」
影は。
笑った。
「そう」
「私だ」
そして。
その人物が。
名乗る。
「私は」
「――最初の選択者」
「この世界を」
「最初に」
「一つへと」
「選んだ者だ」
俺は。
拳を握る。
「……」
選択者。
すべての始まり。
そして。
これまでの。
すべての選択を。
生み出した者。
そいつが。
初めて。
俺たちの前に。
姿を現した。
「レオン」
選択者が。
笑う。
「お前には」
「まだ」
「一つだけ」
「選んでいないものがある」
「……何だ?」
「――自分が」
「何を願うのか」
「その選択だ」
街全体が。
赤く。
染まった。
そして。
時計塔の鐘が。
もう一度。
鳴った。
――ゴォォン。
「第零世界」
「最後の選択を」
「始めよう」




