第78話 私は何者なのか
『私は』
『何者?』
その問いが。
世界のどこかで。
生まれた。
俺たちは。
まだ。
その声を知らない。
その存在が。
どこにいるのかも。
分からない。
ただ。
世界樹だけが。
その問いに。
反応していた。
――ドクン。
――ドクン。
大地が。
静かに。
脈打つ。
「……また」
エレナが。
世界樹を見る。
「新しい反応です」
「命?」
俺が。
聞く。
「分かりません」
「願い?」
「それも違います」
「じゃあ」
エレナは。
少し。
困ったように。
笑った。
「……分からないから」
「新しいんだと思います」
「……」
俺は。
空を見上げた。
朝の空。
青い。
雲が。
ゆっくり。
流れている。
こんな普通の空を。
俺は。
何度。
見たかっただろう。
世界が。
壊れて。
やり直して。
誰かを失って。
また。
戻って。
それでも。
最後に。
ここへ。
辿り着いた。
「……」
ノアが。
俺の腕の中で。
眠っている。
小さな手が。
俺の服を。
握っていた。
「レオン」
アリアが。
隣に来る。
「ん?」
「嬉しそう」
「そうか?」
「うん」
アリアは。
俺の顔を見る。
「今までで」
「一番」
「普通の顔してる」
「……」
俺は。
少し。
笑った。
「普通か」
「うん」
「それなら」
「よかった」
アリアも。
笑った。
「私も」
「今が好き」
その言葉を。
聞いて。
胸が。
少し。
温かくなる。
すると。
突然。
「レオン!」
カインの声。
「どうした?」
「家!」
「家?」
「家が!」
「……?」
俺たちは。
カインのところへ。
走った。
すると。
そこには。
昨日まで。
何もなかった場所に。
小さな家が。
建っていた。
「……」
俺は。
言葉を失った。
木造。
小さな窓。
煙突。
玄関。
そして。
その横に。
小さな畑まで。
ある。
「誰が作った?」
セリアが。
尋ねる。
誰も。
答えない。
けれど。
畑の中には。
小さな芽が。
いくつも。
出ていた。
「……」
俺は。
しゃがみ込む。
土に。
触れる。
温かい。
「この世界」
「自分で」
「作り始めてる」
ミライが。
頷く。
「私たちが」
「全部決めなくても」
「世界自身が」
「選び始めてる」
「……」
それは。
嬉しいことだった。
でも。
同時に。
少し。
怖かった。
世界が。
自分で。
選び始める。
ということは。
俺たちの思い通りには。
ならない。
ということだから。
「レオン」
ユウトが。
俺の隣に。
座る。
「何か考えてる?」
「うん」
「怖い?」
「少し」
「そっか」
ユウトは。
笑った。
「俺も」
「……」
「でも」
「兄ちゃん」
「ん?」
「昔は」
「全部」
「兄ちゃんが」
「決めようとしてたよね」
「……」
胸に。
刺さる。
「そうだったな」
「今は?」
「今は」
俺は。
畑を見る。
「みんなが」
「決めればいい」
ユウトは。
笑った。
「うん」
「それでいい」
その時。
世界樹の方から。
声がした。
『――レオン』
俺たちは。
振り返る。
ミライが。
立っていた。
「どうした?」
ミライは。
空を見ている。
「来る」
「何が?」
「……私自身」
「……?」
ミライが。
自分の胸に。
手を当てる。
「ずっと」
「感じてた」
「この世界の中に」
「まだ」
「私の知らない」
「未来がある」
「それが?」
「ううん」
ミライは。
首を横に振る。
「未来じゃない」
「じゃあ?」
「私が」
「生まれる前の」
「私」
「……」
俺は。
息を呑んだ。
「どういうこと?」
「分からない」
ミライは。
苦笑する。
「だから」
「知りたい」
その瞬間。
世界樹の葉が。
一枚。
落ちた。
地面に。
触れた瞬間。
光になる。
そして。
その光の中から。
少女が。
現れた。
「……!」
白い髪。
赤い瞳。
年齢は。
十歳くらい。
ミライと。
よく似ている。
けれど。
違う。
ミライよりも。
ずっと。
不安そうな顔。
少女は。
周囲を見る。
「……ここ」
「どこ?」
誰も。
答えられない。
少女は。
自分の手を見る。
「私」
「誰?」
「……」
そして。
俺を見る。
「あなたは?」
「俺?」
「うん」
「レオン」
「レオン……」
少女は。
その名前を。
何度か。
口にする。
そして。
突然。
涙を流した。
「……?」
「どうした?」
少女は。
泣きながら。
言った。
「知ってる」
「何を?」
「あなたを」
「……」
「ずっと」
「見てた」
俺は。
驚く。
「どこから?」
少女は。
空を指差した。
「ここじゃないところ」
「……」
「世界が」
「生まれる前」
「……!」
ルナが。
少女へ。
近づく。
「あなた」
「私に」
「似てる」
少女は。
ルナを見る。
「……あなたも」
「ここにいるの?」
「うん」
「じゃあ」
少女は。
少し。
安心したように。
笑った。
「よかった」
「何が?」
「私」
「一人じゃない」
ミライが。
少女へ。
歩いていく。
「あなた」
「私?」
「うん」
「あなた」
「私?」
少女が。
首を傾げる。
「どういう意味?」
ミライは。
胸に。
手を当てる。
「あなたは」
「私が」
「選ばなかった」
「可能性」
「……」
少女の目が。
大きくなる。
「じゃあ」
「私」
「ミライじゃない?」
「うん」
「私は」
「……」
少女は。
考える。
「何?」
ミライが。
尋ねる。
「私は」
「何者?」
その問い。
昨日。
世界のどこかで。
生まれた問いと。
同じだった。
「……」
俺は。
少女を見る。
そして。
気づいた。
この子は。
世界が。
初めて生んだ。
「自分を知りたい存在」。
命でも。
未来でも。
終わりでもない。
自分自身を。
知ろうとしている。
「名前」
俺が。
言った。
少女が。
俺を見る。
「名前?」
「そう」
「まだ」
「ない」
「なら」
俺は。
笑う。
「自分で」
「決めてみたらいい」
少女は。
考えた。
長い時間。
そして。
小さく。
呟いた。
「……ソア」
「ソア?」
「うん」
「どうして?」
「空」
少女は。
空を見る。
「まだ」
「どこにも」
「決まってない空」
「……」
「私も」
「まだ」
「どこにも」
「決まってないから」
「いい名前だ」
俺が。
言う。
ソアは。
少し。
笑った。
「ありがとう」
その瞬間。
世界樹に。
新しい葉が。
生まれた。
今度の葉は。
淡い紫色。
エレナが。
驚く。
「また」
「新しいもの……」
原初が。
木を見上げる。
「これは」
「自己認識」
「……」
「自分が」
「何者なのかを」
「自分自身で」
「問い続ける力だ」
俺は。
ソアを見る。
「……」
この世界は。
本当に。
今までと。
違う。
最初から。
完成していない。
最初から。
決められていない。
生まれた存在が。
自分で。
自分を知ろうとしている。
それだけで。
世界が。
新しくなる。
「ソア」
「はい」
「ここで」
「暮らす?」
ソアは。
少し。
驚いた。
「いいの?」
「ああ」
「私」
「何もできない」
「できることは」
「これから」
「見つければいい」
「……」
ソアは。
頷いた。
「じゃあ」
「お願いします」
「こちらこそ」
その時。
ノアが。
目を覚ました。
『……』
「起きたか?」
『うん』
ノアは。
ソアを見る。
『……誰?』
「ソア」
俺が。
教える。
『ソア……』
ノアは。
しばらく。
見つめる。
そして。
笑った。
『友達?』
ソアが。
驚く。
「……」
「そうだな」
俺は。
答える。
「友達だ」
ソアが。
小さく。
笑う。
「うん」
『友達』
二人が。
笑う。
その瞬間。
世界樹が。
また。
大きく。
揺れた。
――ドクン。
――ドクン。
「……?」
俺たちは。
一斉に。
木を見る。
世界樹の中心。
そこに。
今まで。
存在しなかった。
巨大な扉が。
現れていた。
「……また」
カインが。
呟く。
「門?」
エレナが。
首を振る。
「違う」
「じゃあ?」
エレナは。
青ざめた。
「これは」
「門じゃない」
「……」
「世界そのものの」
「入口です」
「入口?」
「はい」
「どこへ?」
エレナは。
答えられない。
その時。
扉に。
文字が浮かんだ。
『外から来る者』
「……」
俺は。
その文字を見る。
「外?」
観測者が。
静かに。
言った。
「世界の外」
「……」
「また」
「何かが」
「来る」
その瞬間。
扉の向こうから。
声がした。
『――開けて』
「……!」
俺は。
息を呑む。
その声。
聞いたことがある。
「……誰だ?」
返事。
『レオン』
「……」
『私だよ』
「……誰?」
『忘れたの?』
声が。
少し。
笑う。
『最初に』
『君が』
『助けようとした人』
俺の背中に。
冷たいものが。
走った。
「……」
ユウトが。
俺を見る。
「兄ちゃん?」
俺は。
扉から。
目を離せない。
「……ありえない」
『どうして?』
「だって」
俺は。
呟く。
「お前は」
「もう」
「ここに」
「いる」
隣を見る。
ユウト。
確かに。
そこにいる。
じゃあ。
扉の向こうにいるのは。
誰だ?
『……』
扉の向こうの声が。
静かになる。
そして。
一言。
「――僕は」
「君が」
「最初に」
「救えなかった」
「ユウトだよ」
「……!」
世界が。
止まった。
ユウトの顔から。
笑顔が。
消える。
「……兄ちゃん」
「……」
「俺」
「ここにいるよ」
「ああ」
「じゃあ」
ユウトが。
震える声で。
言う。
「扉の向こうの」
「俺は」
「誰?」
答えは。
すぐには。
返ってこなかった。
やがて。
扉の向こうから。
小さな笑い声。
『――それを』
『確かめるために』
『僕は』
『来たんだ』
扉が。
ゆっくり。
開き始める。
そして。
その隙間から。
赤い瞳が。
一つ。
こちらを。
覗いた。




