第72話 まだ存在しない未来
――ズズズズズ……。
地面が。
揺れている。
いや。
違う。
揺れているのは。
世界じゃない。
「……時間が」
観測者が。
空を見上げた。
「歪んでいる」
「時間?」
「ああ」
「過去でも未来でもない」
観測者は。
目を細める。
「そのどちらにも」
「まだ存在していない時間だ」
「……」
俺は。
足元を見る。
そこには。
さっきまでなかった。
一つの門。
透明な門。
けれど。
その向こうには。
何も見えない。
文字だけが。
刻まれている。
『まだ存在しない未来』
「……」
俺は。
門に手を伸ばす。
すると。
触れる直前。
声がした。
『待って』
「……?」
聞き覚えのない声。
少女でもない。
ルナでもない。
ユウトでもない。
俺でもない。
誰のものか。
分からない声。
『まだ』
『決めないで』
「……」
俺は。
手を止めた。
「誰だ?」
返事はない。
代わりに。
門の向こうに。
一つの光が生まれた。
小さな光。
それは。
ゆっくりと。
人の形になる。
「……?」
子供。
いや。
少年。
いや。
少女。
そのどれにも見える。
輪郭だけが。
存在している。
顔も。
名前も。
性別すら。
決まっていない。
「……何だ?」
原初が。
呟く。
「まだ」
「何者にも」
「決まっていない」
ルナが。
その存在を見つめる。
「だから」
「名前もない」
ハルが。
一歩前へ出る。
「俺と」
「同じなのかな」
少女が。
首を横に振る。
「違う」
「じゃあ?」
「ハルは」
少女が。
ハルを見る。
「選ばれなかった未来」
「私は」
「まだ選ばれていない未来」
「……」
俺は。
その言葉を。
繰り返す。
「まだ」
「選ばれていない?」
「うん」
「それって」
「何が違う?」
少女は。
少しだけ。
笑った。
「大きく違うよ」
「……」
「選ばれなかった未来は」
「過去に」
「誰かが」
「別の未来を選んだ」
「だから」
「私は」
「その結果として」
「生まれた」
「でも」
少女は。
自分の胸に。
手を当てた。
「私は」
「まだ」
「誰にも」
「何も」
「選ばれていない」
「……」
「だから」
「私は」
「何にでもなれる」
俺は。
その言葉を聞いて。
胸の奥が。
ざわついた。
何にでもなれる。
それは。
自由に聞こえる。
けれど。
同時に。
怖い。
何者にもなれない。
という意味でもある。
「君は」
俺は。
尋ねた。
「何になりたい?」
少女は。
黙った。
長い沈黙。
そして。
答える。
「分からない」
「……」
「だって」
「まだ」
「何も知らないから」
「……」
「嬉しいって」
「何?」
「悲しいって」
「何?」
「好きって」
「何?」
「嫌いって」
「何?」
「生きるって」
「何?」
一つ一つ。
問いかけてくる。
俺は。
答えられなかった。
だって。
それは。
簡単なようで。
とても難しい質問だった。
「……」
アリアが。
俺の隣に立つ。
「だったら」
アリアが。
優しく言った。
「これから知ればいいんじゃない?」
少女が。
アリアを見る。
「……これから?」
「うん」
「未来って」
アリアは。
微笑む。
「最初から」
「全部決まってるものじゃないでしょう?」
「……」
「歩いて」
「迷って」
「失敗して」
「笑って」
「泣いて」
「それで」
「少しずつ」
「自分で決めていくものだから」
少女は。
アリアの言葉を。
じっと聞いていた。
やがて。
俺を見る。
「あなたも?」
「ああ」
「あなたも」
「まだ」
「未来を」
「決めてない?」
俺は。
少し考える。
そして。
笑った。
「うん」
「……」
「俺も」
「まだ」
「分からない」
「何になりたいのか」
「どこへ行きたいのか」
「どんな未来が」
「一番いいのか」
少女は。
驚いた顔をした。
「……あなたでも?」
「ああ」
「分からないんだ」
「分からない」
「でも」
俺は。
門を見る。
「だから」
「面白いんだと思う」
「……」
「分からないから」
「選べる」
少女が。
初めて。
笑った。
「……それなら」
「うん」
「私も」
「知りたい」
「何を?」
「未来を」
「……」
「自分が」
「何になるのか」
「誰と」
「一緒にいるのか」
「何を好きになるのか」
「何を嫌いになるのか」
「そして」
少女は。
俺を見つめる。
「最後に」
「どこへ」
「帰りたいと思うのか」
俺は。
笑った。
「それは」
「ゆっくり決めよう」
少女が。
頷く。
「うん」
その瞬間。
――ピシッ。
空間に。
亀裂が入った。
「……!」
男――選択者が。
一歩。
前へ出る。
「くだらない」
「……」
「未来とは」
「選ばれるものだ」
「違う」
俺は。
言い返す。
「未来は」
「作るものだ」
「作る?」
選択者が。
冷たく笑う。
「それこそ」
「幻想だ」
「なぜ?」
「未来には」
「無限の可能性がある」
「だからこそ」
「世界は」
「一つを選ばなければ」
「何も決められない」
「……」
「一つにしなければ」
「世界は」
「永遠に不安定なままだ」
俺は。
黙った。
確かに。
その言葉には。
理屈がある。
世界には。
選択が必要だ。
全部を残そうとすれば。
何も決まらない。
けれど。
俺たちが。
今までやってきたことは。
「一つを選ぶ」ことを。
やめることじゃない。
「違う」
俺は。
顔を上げる。
「選択を」
「一人だけのものにしない」
「……」
「それだけだ」
選択者の目が。
細くなる。
「ならば」
「証明してみろ」
「何を?」
「この世界には」
「今」
「無限の未来がある」
選択者が。
手を上げる。
その瞬間。
世界が。
割れた。
――バァン!
「……!」
目の前に。
無数の景色が。
現れる。
レオンが。
王になる未来。
レオンが。
普通の村人になる未来。
レオンが。
旅人になる未来。
レオンが。
世界樹になる未来。
レオンが。
誰とも出会わない未来。
ユウトが。
死ぬ未来。
ユウトが。
生きる未来。
アリアと。
結ばれる未来。
アリアと。
出会わない未来。
仲間たちが。
別々の道を行く未来。
すべて。
違う。
すべて。
あり得る。
「……」
俺は。
無数の未来を見る。
そして。
気づく。
「これ」
「何?」
セリアが。
尋ねる。
「全部」
俺は。
答える。
「俺たちが」
「選べた未来だ」
「……」
「でも」
俺は。
首を横に振る。
「一つだけ」
「……?」
「足りない」
俺は。
未来の群れを見る。
その中に。
存在しないもの。
それは。
「みんなが」
「自分で」
「選ぶ未来」
「……」
「誰か一人が」
「決めるんじゃない」
「世界が」
「決めるんじゃない」
「神が」
「決めるんじゃない」
俺は。
仲間を見る。
「一人一人が」
「自分の未来を」
「選びながら」
「それでも」
「一緒に生きる未来」
「そんなものは」
「今まで」
「どこにもなかった」
選択者が。
黙った。
俺は。
少女を見る。
ハルを見る。
ルナを見る。
ユウトを見る。
アリアを見る。
そして。
みんなを見る。
「だったら」
俺は。
一歩。
前へ出る。
「作ればいい」
「……」
「まだ存在してないなら」
「俺たちが」
「最初に作ればいい」
その瞬間。
透明な門が。
大きく輝いた。
『未定義の未来』
という文字が。
浮かび上がる。
選択者の表情が。
初めて。
崩れた。
「……未定義?」
「そうだ」
「そんな未来は」
「存在しない」
「だから」
俺は。
笑う。
「今から」
「存在させる」
俺の胸の光が。
一つ。
また一つ。
輝く。
二つの光。
三つの光。
そして。
記憶の光。
それぞれが。
違う色に。
輝いている。
その光へ。
仲間たちの光が。
重なっていく。
アリア。
ユウト。
セリア。
カイン。
ノア。
リナ。
セレナ。
ミア。
ユナ。
エレナ。
観測者。
原初。
ルナ。
ハル。
そして。
少女。
さらに。
新しい世界で。
生き始めた人々。
それぞれの光が。
一本の線になっていく。
「……」
俺は。
その光景を見ながら。
思った。
今まで。
俺は。
世界を救おうとしていた。
でも。
違った。
俺が。
守りたかったのは。
世界じゃない。
そこにいる。
一人一人の。
明日だった。
「――行こう」
俺は。
言った。
「どこへ?」
ユウトが。
笑う。
「未来へ」
「兄ちゃん」
「ん?」
「未来って」
「どこにあるの?」
俺は。
空を見る。
「たぶん」
少しだけ。
考える。
「これから」
俺たちが。
歩くところ。
ユウトが。
笑った。
「そっか」
アリアも。
笑う。
「じゃあ」
セリアが。
続く。
「歩こう」
「うん」
一歩。
また一歩。
俺たちは。
透明な門へ。
歩いていく。
選択者は。
何も言わない。
ただ。
俺たちを。
見つめている。
そして。
俺が。
門に触れた瞬間。
――ドクン。
世界が。
真っ白になった。
「……!」
視界が。
消える。
音も。
消える。
時間も。
消える。
そして。
一つの声だけが。
聞こえた。
『未来を作るなら』
「……?」
『最初に』
『一つだけ』
『決めなければならない』
「何を?」
『その未来に』
『誰が』
『いるのか』
「……」
俺は。
みんなを見る。
けれど。
そこには。
誰もいない。
「……?」
声が。
続く。
『今から』
『この場所では』
『名前を持つ者だけが』
『未来へ進める』
「……」
『名前のない者は』
『未来になれない』
俺は。
ハッとした。
少女を見る。
まだ。
名前がない。
「……」
ハルが。
少女の前へ出る。
「だったら」
「……?」
「名前を」
「つければいい」
少女が。
驚く。
「私に?」
「ああ」
「でも」
「私」
少女は。
少し俯く。
「誰にも」
「名前を」
「もらったことがない」
ハルが。
笑った。
「じゃあ」
「自分で決めよう」
「……」
「俺も」
「そうしたから」
少女は。
長い間。
黙っていた。
そして。
顔を上げる。
「……決めた」
「うん」
「私の名前」
少女は。
俺たちを見る。
そして。
ゆっくり。
言った。
「ミライ」
「……!」
「私」
少女は。
笑った。
「未来になりたい」
その瞬間。
世界が。
大きく輝いた。
『名前――ミライ』
文字が。
空へ浮かぶ。
そして。
少女の身体に。
光が宿った。
「……」
ミライは。
自分の手を見る。
「これが」
「私?」
「ああ」
「未来って」
「こんなに」
「温かいんだ」
俺は。
笑った。
「たぶんな」
その時。
遠くから。
声がした。
『……成功』
選択者だった。
「……?」
『未定義の未来』
『成立を確認』
男が。
ゆっくり。
俺たちへ近づいてくる。
「ならば」
「最後の条件を」
「……?」
「提示する」
「最後?」
選択者が。
俺を見る。
「お前たちは」
「未来を」
「作った」
「だが」
「未来を作るだけでは」
「世界にはならない」
「……」
「世界には」
「終わりがある」
「……」
「始まりもある」
選択者の背後に。
巨大な門が。
開く。
その向こうには。
何もない。
完全な闇。
「ここから先は」
「世界を作るのではない」
「……」
「世界が」
「生まれる瞬間だ」
俺は。
門を見る。
「つまり?」
選択者が。
初めて。
はっきりと。
笑った。
「第零の選択とは」
「世界を救うことではない」
「……」
「新しい世界を、最初から選び直すことだ」
「……!」
そして。
門の向こうから。
一つの声が。
響いた。
まだ。
誰も知らない声。
生まれたばかりの。
小さな声。
『――ここに』
『いても』
『いい?』
俺は。
息を呑んだ。
その声に。
答えるように。
ミライが。
前へ出る。
そして。
笑った。
「もちろん」
「……」
「一緒に」
「世界を」
「作ろう」
その瞬間。
無の中に。
最初の光が。
生まれた。




