第65話 捨てた未来
十個の鍵が。
暗闇の中で。
輝いていた。
一本。
二本。
三本。
――十本。
俺の胸には。
もう。
鍵はない。
だからこそ。
目の前にいる存在が。
自分とは違う何かだと。
すぐに分かった。
「……お前」
俺は。
剣を握ったまま。
問いかける。
「誰だ?」
目の前の俺は。
笑った。
「さっき言っただろ」
「俺だよ」
「……」
「お前が」
一歩。
こちらへ近づく。
「最初に」
「捨てた未来だ」
「捨てた……?」
俺には。
意味が分からなかった。
すると。
幼い俺が。
静かに口を開いた。
『違う』
「……?」
『こいつは』
『俺たちが捨てたんじゃない』
『俺たちが』
『選ばなかったんだ』
「……」
目の前の俺が。
笑う。
「そういうことだ」
「じゃあ」
俺は。
剣先を向ける。
「お前は」
「どんな未来なんだ?」
男は。
自分の胸にある。
十個の鍵へ手を当てた。
「お前が」
「最初の願いを叶えるために」
「自分自身を犠牲にした未来」
「……!」
「ユウトを助ける」
「そのために」
「自分の命を差し出す」
「……」
「お前が」
「一番最初に」
「考えた未来だ」
俺は。
何も言えなかった。
確かに。
覚えている。
あの日。
幼い俺は。
神様に願った。
――ユウトを助けて。
――俺の命をあげてもいいから。
あれが。
すべての始まりだった。
「でも」
俺は。
言った。
「その未来は」
「実現しなかった」
「そう」
男が笑う。
「だから」
「俺が生まれた」
「……」
「お前が」
「その未来を拒絶した瞬間」
「俺は」
「世界の外側へ」
「追い出された」
「そして」
男は。
十本の鍵を握る。
「ずっと」
「待っていた」
「何を?」
「お前が」
「もう一度」
「俺を選ぶ日を」
「……」
アリアが。
俺の横へ立つ。
「レオン」
「大丈夫」
「でも……」
「分かってる」
俺は。
男から目を逸らさない。
「こいつは」
「俺の敵じゃない」
男が。
少し驚いた顔をした。
「……なぜ?」
「だって」
俺は。
剣を下ろす。
「お前も」
「俺なんだろ?」
「……」
「だったら」
「戦う理由なんてない」
男は。
黙った。
その瞬間。
胸の十個の鍵が。
一つだけ。
音を立てた。
――カチッ。
「……!」
一つの鍵が。
消えた。
「何だ?」
俺が聞く。
男は。
自分の胸を見ていた。
「……」
「どうした?」
「初めてだ」
「何が?」
「鍵が」
「俺の意思で」
「消えた」
「……」
俺は。
息を呑んだ。
「どういうことだ?」
男は。
ゆっくり。
笑った。
「お前が」
「俺を」
「敵として扱わなかったからだ」
「……」
「十個の鍵は」
「力じゃない」
「選択肢だ」
「選択肢……」
「そう」
男が。
自分の胸を見る。
「俺には」
「十個の未来があった」
「一つ目」
「ユウトを救って」
「自分が死ぬ未来」
「二つ目」
「ユウトを救えず」
「自分だけが生き残る未来」
「三つ目」
「世界そのものを犠牲にする未来」
「四つ目」
「仲間を犠牲にする未来」
「……」
一つ。
また一つ。
鍵が。
光る。
「そして」
男が。
俺を見る。
「五つ目」
「世界を」
「自分が支配する未来」
「六つ目」
「すべてを」
「一人で背負う未来」
「七つ目」
「願いそのものを」
「消す未来」
「八つ目」
「可能性を」
「一つにする未来」
「九つ目」
「自分自身を」
「世界にする未来」
そして。
最後の一本。
「十個目は」
男が。
静かに。
呟いた。
「お前と同じ」
「普通に」
「生きる未来」
「……!」
俺は。
目を見開いた。
「じゃあ」
「お前も」
「それを望んでいたのか?」
「……ああ」
男は。
笑った。
「ずっと」
「でも」
「誰かが」
「犠牲にならないと」
「叶わないと思っていた」
「……」
「だから」
「俺は」
「お前の代わりに」
「全部を背負った」
「……」
その姿が。
少しだけ。
もう一人のレオンと重なった。
世界樹と融合した。
もう一人の俺。
一人で世界を背負った。
彼も。
同じだった。
「……お前も」
俺は。
呟く。
「ずっと」
「一人だったんだな」
「……」
男は。
答えなかった。
ただ。
少しだけ。
目を伏せた。
すると。
ユウトが。
一歩前へ出た。
「ねえ」
「……」
「俺」
男を見る。
「君に聞きたい」
「何だ?」
「俺を助けるために」
「兄ちゃんが死ぬ未来って」
「本当に」
「俺が望んだ未来だった?」
「……」
男が。
固まった。
「違う」
ユウトは。
静かに。
言った。
「俺」
「そんな未来」
「一度も望んでない」
「……」
「兄ちゃんと」
「一緒に生きたかった」
男の表情が。
初めて。
崩れた。
「……嘘だ」
「本当だよ」
「嘘だ」
「違う」
「俺は」
「その願いを」
「聞いたんだ」
「……」
「俺の願いは」
「兄ちゃんを助けることだった」
「……」
「兄ちゃんが」
「死ぬことじゃない」
男が。
後ろへ下がった。
「……」
「俺は」
「間違っていたのか?」
その問いに。
俺は。
すぐには答えられなかった。
でも。
少しして。
言った。
「間違ってた」
男が。
顔を上げる。
「でも」
俺は。
続けた。
「それは」
「お前が悪かったんじゃない」
「……」
「知らなかっただけだ」
「何を?」
「願いって」
「一人で叶えるものじゃないってこと」
男の十本の鍵が。
震え始めた。
「……」
「俺も」
「何度も間違えた」
「世界を」
「壊した」
「仲間を」
「巻き込んだ」
「ユウトを」
「救おうとして」
「何度も」
「別の誰かを犠牲にした」
「……」
「だから」
「お前だけじゃない」
俺は。
手を差し出した。
「一緒に」
「終わらせよう」
男が。
その手を見る。
「……俺と?」
「ああ」
「俺は」
「お前を」
「消すつもりはない」
「……」
「お前も」
「未来の一つなんだろ?」
「……」
「だったら」
「消える必要なんてない」
長い沈黙。
そして。
男が。
ゆっくり。
手を伸ばした。
俺の手に。
触れた。
――その瞬間。
十本目の鍵が。
光った。
しかし。
消えなかった。
「……?」
男が。
驚く。
俺の胸の小さな光も。
同時に。
輝き始めた。
二つの光が。
繋がる。
「これは……」
エレナが。
目を見開く。
「可能性が」
「一つに戻ってる……?」
「違う」
原初が。
静かに否定した。
「一つになっているのではない」
「じゃあ?」
「二つの可能性が」
「共存している」
「……!」
俺は。
目の前の男を見る。
男も。
俺を見ていた。
そして。
初めて。
その顔に。
穏やかな笑みが浮かんだ。
「……そうか」
「何が?」
「俺は」
「消えなくていいんだ」
「ああ」
「……」
男の身体が。
少しずつ。
光へ変わっていく。
「待て!」
俺が。
手を掴む。
「お前」
「消えるんじゃないだろうな?」
男は。
笑った。
「違う」
「じゃあ」
「戻るんだ」
「どこへ?」
男は。
俺の胸を指差した。
「そこ」
「……俺の中?」
「いや」
「もっと近い」
「……?」
男の光が。
俺の胸へ。
ゆっくり。
入っていく。
「お前の中に」
「俺がいる」
「でも」
「お前は」
「もう」
「俺に」
「犠牲を強要しない」
「……」
「だから」
「俺も」
「お前を」
「支配しない」
光が。
胸の中へ。
完全に。
消える。
――ドクン。
俺の胸が。
大きく鳴った。
そして。
そこに。
新しい光が。
一つ。
加わった。
小さな光。
元々の光と。
もう一つの光。
二つが。
並んでいる。
「……」
俺は。
胸に手を当てた。
すると。
声がした。
『よろしく』
「……」
俺は。
笑った。
「よろしく」
アリアが。
目を細める。
「レオン」
「ん?」
「今」
「誰と話してたの?」
「……俺」
「俺?」
「俺の中の」
「俺」
「……」
アリアは。
少し考えて。
「分かったような」
「分からないような……」
「俺も」
「分からない」
みんなが。
笑った。
だが。
その時。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
暗闇が。
揺れた。
「……!」
地面が。
割れる。
幼い俺と。
幼いユウトの姿が。
消えていく。
「おい!」
俺が。
叫ぶ。
すると。
幼い俺が。
最後に。
振り返った。
『ありがとう』
「……」
『これで』
『やっと』
『最初の世界を』
『終わらせられる』
「待て!」
俺は。
手を伸ばす。
だが。
届かない。
二人の姿が。
光となって。
消えていく。
そして。
暗闇の奥に。
巨大な扉が。
現れた。
扉には。
今までと違う文字が。
刻まれている。
――第一の世界・完了。
その下には。
さらに。
もう一行。
――次の世界へ。
「……次の世界?」
俺が。
呟いた。
エレナが。
扉を見る。
「まだ」
「あるの?」
原初が。
険しい顔をする。
「これは」
「違う」
「何が?」
「世界ではない」
「じゃあ」
原初は。
答えた。
「――世界が生まれる前の場所だ」
「……!」
観測者が。
目を見開く。
「そんな場所は」
「存在しないはずだ」
「でも」
俺は。
扉を見る。
「存在してる」
「……」
「だったら」
俺は。
剣を収める。
「行くしかない」
ユウトが。
笑った。
「だね」
アリアも。
頷く。
「今度は」
「何が待ってるんだろうね」
「分からない」
俺は。
扉に手を置く。
「でも」
「一つだけ」
「確かなことがある」
「何?」
俺は。
みんなを見る。
「今回は」
「未来を」
「捨てない」
その瞬間。
扉が。
ゆっくりと。
開いた。
向こう側に。
あったのは――
世界でも。
空でも。
宇宙でもない。
真っ白な空間。
そこには。
何もない。
本当に。
何も。
存在しない。
そして。
その中央に。
一つだけ。
小さな。
黒い点が。
浮かんでいた。
俺が。
一歩。
踏み出す。
その瞬間。
黒い点が。
ゆっくり。
こちらを向いた。
いや。
違う。
黒い点ではない。
あれは――
目だった。
巨大な目が。
真っ白な世界の中央で。
ゆっくり。
開く。
そして。
聞こえた。
世界が生まれる前から。
存在していたような。
声。
『――やっと』
『ここまで来た』
俺の胸の。
二つの光が。
同時に。
震えた。
そして。
その声は。
最後に。
こう言った。
『レオン』
『お前の願いが』
『最初に生まれた場所へ』
『ようこそ』




