第62話 両方を選ぶ
――世界の外側に。
亀裂が走った。
一本。
二本。
三本。
まるで。
何もない空間そのものが。
俺の答えを拒絶しているようだった。
「……両方?」
アリアが。
俺の言葉を繰り返す。
「ああ」
俺は。
二つに分かれた光を見る。
一つには。
ユウト。
もう一つには。
俺。
どちらか一つを選べば。
もう片方が消える。
そういう仕組みだった。
でも。
俺は。
その仕組みそのものを。
信じなかった。
「俺が選ぶのは」
「どっちか一つじゃない」
「……」
「ユウトと」
「一緒に生きる未来だ」
「……!」
ユウトが。
目を見開く。
「兄ちゃん……」
「だって」
俺は。
笑った。
「俺が最初に願ったのは」
「ユウトを助けることじゃない」
「一緒に生きることだった」
「……」
「だったら」
「今さら」
「どちらかなんて」
「選べるわけないだろ」
その瞬間。
二つの光が。
激しく震えた。
『不可能』
声が響く。
「またか」
俺は。
ため息をついた。
『二つの未来は』
『同時に存在できない』
「どうして?」
『世界の法則だからだ』
「その法則」
「誰が決めた?」
『……』
「世界?」
『そうだ』
「じゃあ」
俺は。
笑う。
「世界の外にいる俺たちには」
「関係ないな」
『……』
一瞬。
完全な沈黙が訪れた。
そして。
俺の後ろから。
誰かが笑った。
「ははっ」
カインだった。
「確かにな」
ノアも。
肩をすくめる。
「世界の外まで来て」
「世界のルールに従う理由なんてないよね」
リナが。
拳を握る。
「だったら」
「ぶっ壊しちゃえばいいじゃん!」
セリアが。
苦笑する。
「リナらしい……」
「でも」
セリアは。
俺を見る。
「私も」
「その答えに賛成」
セレナも。
静かに頷く。
「未来を」
「誰か一人のために」
「閉じる必要などありません」
ミアが。
小さな声で。
言った。
「……二つなら」
「二つとも」
「大事にすればいい」
ユナが。
俺の手を握った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私も」
「全部がいい」
「……」
「誰かが消えるのは」
「嫌」
俺は。
その言葉を聞いて。
笑った。
「ありがとう」
その時。
もう一人のレオンが。
二つの光を見ながら。
静かに口を開いた。
「……でも」
「何?」
「二つだけじゃない」
「……?」
「見える」
彼が。
指を伸ばす。
二つの光の周囲。
そこに。
小さな光が。
次々と生まれていた。
一つ。
二つ。
十。
百。
千。
無数の光。
「……」
可能性の少女が。
息を呑んだ。
「これ……」
「何だ?」
「未来」
「……」
「まだ」
「選ばれていない未来だよ」
俺は。
目を見開いた。
「じゃあ」
少女が。
頷く。
「世界は」
「二つじゃない」
「無限なんだ」
その瞬間。
二つの光が。
砕けた。
いや。
正確には。
二つに分かれていた未来が。
無数に枝分かれしていく。
ユウトがいる未来。
俺がいる未来。
二人ともいる未来。
仲間全員がいる未来。
誰かが遠くで暮らす未来。
誰かが旅に出る未来。
誰かが家族を作る未来。
誰かが王になる未来。
誰かが普通の村人として暮らす未来。
無数。
無限。
そして。
そのすべてが。
消えずに存在していた。
『これは……』
声が。
初めて。
動揺した。
『あり得ない』
俺は。
空間を見上げた。
「何が?」
『未来は』
『一つに収束する』
「誰が決めた?」
『世界が』
「またそれか」
俺は。
笑った。
「だったら」
「世界のほうを」
「変えればいい」
その瞬間。
一つの光が。
俺の胸へ飛び込んできた。
「――っ!」
眩しい。
熱い。
でも。
痛くない。
その光の中から。
声が聞こえた。
『ありがとう』
俺は。
目を開ける。
「……誰だ?」
『私だよ』
「……?」
目の前に。
小さな少年が。
立っていた。
幼い俺。
いや。
違う。
俺の中に残っていた。
最初の願い。
あの日の俺だった。
少年は。
笑っている。
『やっと』
『俺の願いを』
『俺自身が』
『認めてくれたね』
「……」
『ユウトと』
『一緒に生きたい』
『それが』
『最初から』
『俺の願いだった』
俺は。
頷く。
「ああ」
『ありがとう』
少年の姿が。
光になる。
そして。
その光が。
俺の胸に。
消えていく。
――ドクン。
心臓が。
大きく鳴った。
「……!」
十個の鍵を失ったはずの胸に。
新しい紋章が。
浮かび上がる。
鍵ではない。
王冠でもない。
剣でもない。
ただ。
小さな円。
その中央に。
二人の人間が。
手を繋いでいる。
「これは……」
原初が。
静かに呟いた。
「願いの原型だ」
「原型?」
「願いとは」
「何かを得ることではない」
「……」
「誰かと」
「未来を共有したいと願うこと」
「……」
「お前は」
「ようやく」
「そこへ戻ったのだ」
俺は。
胸の紋章を見る。
不思議と。
安心した。
今まで。
俺は。
力を集めてきた。
鍵。
核。
世界。
願い。
約束。
自由。
可能性。
でも。
最後に残ったものは。
何の力もない。
ただの願いだった。
――一緒に生きたい。
それだけ。
その時。
世界の外側が。
突然。
真っ暗になった。
「……!」
全員が。
身構える。
無数の未来が。
一斉に。
止まった。
「何だ……?」
観測者が。
空を見上げる。
「来る」
「何が?」
「管理者だ」
巨大な声が。
響く。
『――停止』
空間が。
凍る。
『未来の増殖を停止せよ』
『可能性の拡張を停止せよ』
『世界の分岐を停止せよ』
『第百七十三番目の選択を』
『無効とする』
「……!」
俺は。
剣を抜いた。
だが。
観測者が。
首を横に振った。
「レオン」
「何だ?」
「戦う相手が」
「違う」
「……?」
観測者が。
空間の奥を指差す。
「管理者は」
「そこにいる」
そこに。
一人の少女が。
立っていた。
白い髪。
白い服。
青い瞳。
小さな身体。
年齢は。
十歳くらいに見える。
俺は。
息を呑んだ。
「……ユナ?」
ユナが。
俺の横にいる。
だから。
違う。
でも。
あまりにも。
似ていた。
少女は。
こちらを見ている。
そして。
静かに。
言った。
「……お兄ちゃん」
「……!」
ユナが。
震える。
「私……?」
少女は。
首を横に振った。
「違う」
「私は」
「あなたが」
「生まれる前から」
「ここにいた」
「……」
「私は」
「管理者」
空間が。
震えた。
「……お前が」
少女は。
頷く。
「そう」
「じゃあ」
俺は。
構える。
「どうして」
「俺を」
「ここまで連れてきた?」
管理者は。
少しだけ。
悲しそうに笑った。
「あなたが」
「必要だったから」
「何のために?」
「世界を」
「終わらせるために」
「……!」
全員が。
身構える。
だが。
少女は。
続けた。
「そして」
「同時に」
「世界を」
「始めるために」
「……?」
意味が。
分からない。
管理者は。
ゆっくり。
こちらへ歩いてくる。
「私は」
「世界を管理するために」
「作られた」
「無数の世界を」
「見守り」
「不安定な未来を」
「一つにまとめる」
「それが」
「私の役目」
「だった」
「……」
「でも」
少女は。
俺を見る。
「あなたが」
「来た」
「百七十二回」
「失敗して」
「それでも」
「諦めなかった」
「……」
「だから」
「私は」
「初めて」
「疑問を持った」
「何を?」
「世界は」
「一つでなければ」
「ならないのか」
「……」
管理者の。
青い瞳から。
一筋。
涙が落ちた。
「未来は」
「一つでなければ」
「ならないのか」
「誰かが」
「犠牲にならなければ」
「世界は」
「続かないのか」
「そして」
少女は。
俺を見る。
「願いは」
「叶えられるものではなく」
「共に育てるものでは」
「ないのか」
俺は。
答えなかった。
ただ。
少女を見つめた。
「だから」
管理者は。
小さく笑う。
「あなたを」
「ここまで呼んだ」
「……」
「私自身も」
「選びたかったから」
「何を?」
「自由を」
「……」
「でも」
管理者は。
首を横に振る。
「私には」
「選択肢がなかった」
「だから」
「あなたに」
「選んでほしかった」
「……」
「私を」
「消すか」
「それとも」
「変えるか」
世界が。
静まり返る。
俺は。
少女へ。
近づいた。
「お前を」
「消す必要なんて」
「ない」
管理者が。
目を見開く。
「……では」
「変える」
「どうやって?」
「一緒に」
「……」
「お前一人で」
「全部を管理する必要なんてない」
「……」
「世界を」
「管理するんじゃない」
俺は。
みんなを見る。
「世界と」
「一緒に生きるんだ」
管理者は。
長い間。
俺を見ていた。
そして。
初めて。
笑った。
「……それが」
「あなたの」
「最後の答え?」
「いや」
俺は。
首を横に振る。
「まだ」
「最後じゃない」
「……?」
俺は。
無数の世界を見る。
「だって」
「俺たちは」
「まだ」
「帰ってない」
ユウトが。
笑った。
「そうだね」
アリアも。
笑う。
「帰ろう」
セリアが。
頷く。
「みんなのところへ」
「うん」
俺は。
管理者を見る。
「お前も」
「一緒に来るか?」
少女は。
驚いた顔をした。
「私が?」
「ああ」
「世界を」
「管理しないで」
「世界を」
「見てみろ」
「自分の目で」
「……」
少女は。
涙を拭った。
「うん」
そして。
管理者が。
手を伸ばした。
俺は。
その手を握った。
――その瞬間。
世界の外側に。
巨大な光が。
広がった。
無数の世界が。
一本の巨大な木のように。
繋がっていく。
世界と世界。
未来と未来。
可能性と可能性。
それぞれが。
消えずに。
互いを照らしている。
原初が。
静かに。
呟いた。
「これで」
「ようやく」
「世界は」
「世界になった」
俺は。
その言葉を聞きながら。
空を見上げた。
そして。
遠くに。
一つの小さな光を見つけた。
「あれは……?」
ユナが。
俺の隣に来る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「あれ」
「あの光」
「私の世界」
「……!」
確かに。
そこには。
百七十三番目の世界があった。
世界樹がある。
人々がいる。
そして。
世界樹の根元には。
一軒の小さな家がある。
「……帰れる」
俺は。
呟いた。
ユウトが。
笑う。
「うん」
俺は。
みんなを見る。
「帰ろう」
「今度こそ」
「誰も犠牲にしないで」
「みんなで」
「普通に」
「生きるために」
その時。
管理者が。
俺の袖を。
そっと掴んだ。
「レオン」
「ん?」
「一つ」
「お願いがある」
「何?」
少女は。
少し恥ずかしそうに。
笑った。
「私にも」
「名前を」
「つけてほしい」
「……」
俺は。
驚いた。
名前。
それは。
誰かから。
与えられるもの。
でも。
同時に。
自分自身を。
選ぶためのもの。
俺は。
少し考えた。
そして。
少女の瞳を見る。
「――エレナ」
「エレナ……?」
「ああ」
「どういう意味?」
「俺にも」
「正確な意味は分からない」
「でも」
俺は。
笑った。
「お前が」
「自分で未来を選べるように」
「そういう名前にした」
少女――エレナは。
嬉しそうに。
笑った。
「……ありがとう」
その瞬間。
世界の外側に。
最後の文字が。
浮かんだ。
『第六の選択――完了』
そして。
その下に。
新しい文字。
『最終選択――帰還』
「……」
俺は。
それを見つめる。
帰還。
ただ。
帰るだけ。
そう思った。
でも。
原初が。
静かに言った。
「気をつけろ」
「何に?」
「帰るということは」
「すべてを」
「置いていくことではない」
「……」
「これまで出会った世界」
「選ばなかった未来」
「失敗した記憶」
「すべてを」
「背負って帰るということだ」
俺は。
頷いた。
「分かってる」
「それでも」
「帰る」
「みんなと」
「一緒に」
俺たちは。
百七十三番目の世界へ。
向かって歩き出した。
だが。
その途中。
俺は。
ふと。
後ろを振り返った。
無数の世界。
無数の未来。
そして。
そのすべての中心に。
小さな光が。
一つ。
残っていた。
俺は。
その光を見つめる。
すると。
そこから。
声がした。
『レオン』
「……」
『最後に』
『一つだけ』
『まだ』
『選んでいない未来がある』
俺は。
立ち止まる。
「……何?」
光が。
ゆっくり。
形を変える。
そこに映ったのは――
俺たちが。
数年後。
いや。
もっと先。
笑っている姿。
その腕の中には。
小さな赤ん坊。
「……」
俺は。
息を呑んだ。
アリアも。
同じものを見ていた。
「レオン……?」
俺は。
答えられない。
その未来が。
何を意味するのか。
まだ。
分からない。
ただ。
小さな光の中の俺が。
幸せそうに。
笑っていた。
そして。
光が消える直前。
一つの言葉が。
聞こえた。
『――これも』
『あなたが』
『選べる未来だ』
俺は。
しばらく。
何も言えなかった。
そして。
小さく。
笑った。
「……未来って」
「本当に」
「分からないな」
アリアが。
頬を赤くしながら。
俺を見る。
「……うん」
ユウトが。
横から。
ニヤニヤする。
「兄ちゃん」
「何だよ」
「顔」
「赤いよ?」
「うるさい!」
みんなが。
笑った。
その笑い声が。
世界の外側へ。
響いていく。
そして。
俺たちは。
ついに。
帰還の光へ。
足を踏み入れた。
――。
その先に。
待っていたのは。
青い空。
暖かな風。
そして。
俺たちが。
長い旅の中で。
ずっと。
取り戻したかった。
普通の朝だった




