第61話 俺自身の願い
「――俺自身は、何を望む?」
その問いが。
頭の中で。
何度も繰り返された。
世界を救う。
ユウトを救う。
仲間を守る。
誰も犠牲にしない。
みんなで生きる。
今まで。
俺が口にしてきた願いは。
いつだって。
誰かのためだった。
だから。
すぐに答えられると思っていた。
けれど。
違った。
「……」
俺は。
白い扉の前で。
立ち尽くしていた。
後ろには。
みんながいる。
アリア。
セリア。
セレナ。
ノア。
エリス。
カイン。
リナ。
ミア。
ユナ。
ユウト。
そして。
もう一人のレオン。
新たに加わった。
可能性の少女。
そして。
自分の未来を選び始めた観測者。
みんなが。
俺を見ている。
「レオン」
アリアが。
静かに声をかける。
「大丈夫?」
「ああ」
俺は。
頷いた。
「ただ……」
「うん」
「分からない」
アリアは。
何も言わなかった。
ただ。
俺の隣に立った。
それだけだった。
「俺は」
「ずっと」
「誰かを救うことばかり考えてきた」
「……」
「ユウトを救いたかった」
「世界を救いたかった」
「みんなを救いたかった」
「でも」
俺は。
胸に手を当てる。
十個の鍵が。
静かに光っている。
「俺自身が」
「何をしたいのか」
「考えたことがなかった」
ユウトが。
笑った。
「兄ちゃんらしいね」
「……そうか?」
「うん」
「どういう意味だよ」
「兄ちゃん」
ユウトは。
少しだけ。
昔のような顔で笑った。
「自分のこと」
「いつも後回しだから」
「……」
「でも」
ユウトは。
俺を見る。
「もう」
「後回しにしなくていいんじゃない?」
「……」
その言葉が。
胸に刺さった。
後ろから。
セリアも。
口を開く。
「レオン」
「ん?」
「私たちが」
「何のために」
「ここまで来たと思う?」
「……」
「あなた一人に」
「答えを出させるためじゃないよ」
セレナが。
頷く。
「そうです」
「私たちは」
「あなたの未来も」
「一緒に考えるために」
「ここまで来たんです」
「……」
ノアが。
笑う。
「だから」
「たまには」
「自分勝手になってもいいんじゃない?」
カインも。
腕を組む。
「むしろ」
「今までが」
「自分勝手じゃなさすぎた」
リナが。
笑った。
「そうそう!」
「レオンって」
「すぐ一人で全部背負うから!」
ミアが。
小さく。
頷く。
「……自分の幸せも」
「考えて」
「……」
俺は。
みんなを見た。
胸が。
熱くなる。
「みんな……」
その時。
白い扉から。
声がした。
『答えて』
『あなた自身は』
『何を望む?』
俺は。
目を閉じた。
考える。
もし。
世界が平和になったら。
俺は。
何をしたい?
もし。
誰も死なない世界になったら。
俺は。
何をしたい?
もし。
すべての戦いが終わったら。
俺は。
何をしたい?
――。
最初に。
浮かんだのは。
小さな家だった。
大きくなくていい。
豪華じゃなくていい。
朝。
目を覚まして。
窓を開ける。
外から。
鳥の声が聞こえる。
誰かが。
朝食を作っている。
「おはよう」
「おはよう」
そんな。
普通の会話。
それから。
みんなで。
くだらない話をする。
笑う。
喧嘩する。
仲直りする。
疲れたら。
眠る。
また。
朝が来る。
「……」
俺は。
目を開けた。
「分かった」
白い扉が。
静かに。
輝く。
『答えを』
俺は。
ゆっくり。
言葉にした。
「俺は」
「普通に」
「生きたい」
――。
誰も。
何も言わなかった。
だから。
俺は。
続けた。
「世界を救った英雄になりたいわけじゃない」
「神様になりたいわけでもない」
「誰かの運命を決めたいわけでもない」
「ただ」
俺は。
みんなを見る。
「大切な人たちと」
「普通に」
「朝を迎えたい」
「笑いたい」
「喧嘩したい」
「ご飯を食べたい」
「遊びたい」
「疲れたら休みたい」
「そして」
「明日が来るって」
「当たり前に思いたい」
アリアが。
涙を浮かべて。
笑った。
「……うん」
俺は。
胸に手を当てた。
「俺が欲しかったのは」
「たぶん」
「最初から」
「それだった」
ユウトを見る。
「ユウトと」
「一緒に生きたかった」
仲間を見る。
「みんなと」
「一緒にいたかった」
「それだけだった」
その瞬間。
十個の鍵が。
一斉に。
光り始めた。
――カチッ。
一つ。
――カチッ。
二つ。
――カチッ。
三つ。
次々と。
音を立てる。
「……?」
俺は。
自分の胸を見る。
十個の鍵が。
まるで。
何かを開けるように。
回り始めていた。
「レオン……!」
アリアが。
驚く。
そして。
十個の鍵が。
一つずつ。
消えていく。
「な……」
俺は。
息を呑んだ。
鍵が。
消える。
一つ。
また一つ。
最後の十個目が。
消えた。
その代わり。
俺の胸に。
小さな光が残った。
「……」
不思議だった。
鍵を失ったのに。
何も失った感じがしない。
むしろ。
今までより。
身体が軽い。
「鍵が……」
セリアが。
呟く。
「なくなった?」
「……うん」
「大丈夫?」
「ああ」
俺は。
自分の手を見る。
「たぶん」
すると。
白い扉が。
ゆっくり。
開いた。
「……」
その向こうには。
何もなかった。
真っ白な空間。
ただ。
中央に。
一つの椅子がある。
そして。
その椅子には。
誰かが座っていた。
「……?」
俺は。
目を細める。
銀色の髪。
青い瞳。
白い服。
その姿を。
俺は。
知っていた。
「……原初?」
かつて。
世界を作り。
願いの仕組みを生み出した存在。
原初は。
静かに。
俺を見る。
「久しいな」
「……」
「レオン」
「どうして」
「ここに?」
原初は。
微笑んだ。
「お前が」
「ここまで来たからだ」
「……」
「そして」
原初は。
俺の胸を見る。
「十の鍵が」
「役目を終えた」
「役目……?」
「ああ」
「鍵は」
「扉を開くためのものではない」
「……?」
「選択肢を」
「増やすためのものだ」
「……」
原初が。
立ち上がる。
「お前は」
「一つの願いから始まった」
「ユウトを救いたい」
「その願いが」
「一つの世界を作った」
「そして」
「一つの犠牲を生んだ」
「……」
「だから」
「お前は」
「世界を繰り返した」
「何度も」
「何度も」
「何度も」
「違う選択をした」
原初の声は。
静かだった。
責めるようなものではない。
ただ。
事実を。
語っている。
「そして」
「最後に」
「お前は」
「選択そのものを」
「変えた」
「……」
「誰か一人を」
「選ぶのではなく」
「みんなが」
「自分で選ぶ」
「それが」
「お前の答えだった」
俺は。
原初を見る。
「じゃあ」
「この戦いは」
「終わるのか?」
原初は。
首を横に振った。
「まだだ」
「……」
「最後の扉が」
「開いただけだ」
「最後の?」
原初が。
俺の後ろを見る。
そこには。
みんながいる。
だが。
その背後に。
もう一つ。
巨大な扉が。
現れていた。
「……!」
扉には。
文字が刻まれている。
『世界の外』
俺は。
息を呑む。
「世界の」
「外……?」
原初が。
頷く。
「お前たちが」
「これまで」
「世界だと思っていたもの」
「それは」
「世界の中だった」
「……」
「では」
「その外側には」
「何がある?」
誰も。
答えられなかった。
原初は。
扉に手を置く。
「管理者」
「観測者」
「世界」
「願い」
「それらすべてを」
「作ったものが」
「存在する」
「……!」
「そして」
原初が。
俺を見る。
「それが」
「お前たちの」
「最後の敵だ」
空気が。
一気に。
重くなる。
アリアが。
剣を握る。
「まだ」
「敵がいるの?」
「いや」
俺は。
首を横に振った。
「たぶん」
「敵って」
「そういう単純なものじゃない」
原初が。
頷く。
「その通りだ」
「なら」
俺は。
前を見る。
「会いに行く」
「レオン」
アリアが。
驚く。
俺は。
笑った。
「ここまで来たんだ」
「最後まで」
「自分の目で」
「確かめたい」
ユウトが。
俺の隣に立つ。
「俺も行く」
「もちろん」
アリア。
「私も」
セリア。
「私も行くよ」
セレナ。
「当然です」
ノア。
「ここまで来て」
「帰るなんて無理だろ」
カイン。
「俺もだ」
リナ。
「私も!」
ミア。
「……私も」
ユナ。
「お兄ちゃんと一緒」
もう一人のレオン。
「俺も」
可能性の少女。
「私も」
観測者。
「……私も」
原初が。
全員を見渡す。
そして。
微笑んだ。
「そうか」
「ならば」
原初が。
手を伸ばす。
巨大な扉が。
ゆっくり。
開き始めた。
――ゴゴゴゴゴ……。
扉の向こうから。
光が。
漏れてくる。
最初は。
白かった。
だが。
その奥に。
無数の色が見えた。
赤。
青。
緑。
金。
紫。
そして。
その中心に。
巨大な存在がいる。
人の形をしている。
だが。
大きすぎる。
世界そのものより。
遥かに。
巨大だ。
その存在は。
こちらを見ていた。
そして。
声が。
響いた。
『ようやく来たか』
俺は。
その声を聞いた瞬間。
背筋が。
凍った。
知っている。
この声を。
聞いたことがある。
いや。
正確には。
何度も。
聞いていた。
世界を。
やり直すたび。
願いを。
叶えるたび。
どこかで。
必ず。
聞こえていた声。
『レオン』
「……」
『お前は』
『何度も』
『私に』
『願った』
俺は。
目を見開く。
「……まさか」
『そう』
巨大な存在が。
笑う。
『最初の願いを』
『聞いたのも』
『私だ』
「……」
『ユウトを救ってほしい』
『そう願ったな』
俺の身体が。
震えた。
「お前が……」
『そうだ』
「じゃあ」
俺は。
拳を握る。
「全部」
「お前が」
「仕組んだのか?」
巨大な存在は。
答えなかった。
ただ。
静かに。
こちらを見ている。
そして。
一言。
告げた。
『違う』
『私は』
『願いを叶えたのではない』
『願いを』
『生み出した』
「……!」
その瞬間。
俺の胸に残っていた。
小さな光が。
激しく輝いた。
原初が。
呟く。
「始まるぞ」
「何が?」
「最後の選択だ」
巨大な存在が。
ゆっくり。
手を伸ばす。
『レオン』
『お前が望む』
『普通の未来』
『その未来を』
『本当に与えよう』
「……」
『ただし』
巨大な存在の瞳が。
赤く輝く。
『その未来には』
『お前以外の』
『全員が存在する』
「……」
『ただ一人を除いて』
俺の心臓が。
跳ねた。
『お前自身だ』
「……!」
『お前がいなければ』
『すべての人間は』
『幸せになれる』
『ユウトも』
『アリアも』
『仲間たちも』
『この世界も』
『百七十二の世界も』
『すべて』
『平和になる』
『お前一人が』
『消えれば』
『すべてが』
『終わる』
俺は。
黙っていた。
巨大な存在が。
問いかける。
『どうする?』
『これが』
『お前自身に与えられた』
『最後の選択だ』
『――自分を犠牲にして』
『全員を救うか』
『それとも』
『自分自身を含めた未来を』
『選ぶか』
「……」
また。
犠牲。
また。
一人。
また。
俺。
だけど。
今までとは。
違う。
俺は。
ゆっくり。
顔を上げた。
「……一つ」
『何だ?』
「聞きたい」
『言え』
「お前は」
「俺に」
「本当に」
「選ばせているのか?」
巨大な存在が。
初めて。
沈黙した。
「……」
俺は。
その沈黙を。
見逃さなかった。
「違うんだな」
『……』
「お前が」
「俺に見せている未来は」
「それだけじゃない」
『……』
「まだ」
「他にもある」
俺は。
胸に残る。
小さな光を握った。
「だったら」
「俺は」
「その未来を探す」
『不可能だ』
「何度聞いたかな」
俺は。
笑った。
「その言葉」
「でも」
「俺たちは」
「今まで」
「何度も」
「不可能を」
「ひっくり返してきた」
みんなが。
俺の後ろに立つ。
そして。
一斉に。
俺の肩へ。
手を置いた。
アリアが。
言う。
「一緒に探そう」
ユウトも。
笑う。
「今度こそ」
「誰も置いていかない」
俺は。
頷いた。
「――ああ」
そして。
世界の外側へ。
一歩。
踏み出す。
その瞬間。
背後で。
巨大な存在が。
初めて。
声を荒らげた。
『待て』
俺は。
振り返る。
『そこへ行けば』
『お前は』
『本当の自分を』
『知ることになる』
「……」
『それでも』
『進むのか?』
俺は。
少しだけ。
考えて。
答えた。
「――進む」
そして。
俺たちは。
世界の外側へ。
足を踏み入れた。
その先にあったのは。
何もない空間。
いや。
違う。
そこには。
無数の光があった。
その一つ一つが。
世界だった。
百七十三。
百七十四。
百七十五。
その先にも。
無限に。
世界が続いている。
そして。
そのすべての世界の中心に。
一つの小さな光が。
浮かんでいた。
俺は。
それを見た瞬間。
息を呑んだ。
「……あれ」
ユウトが。
俺を見る。
「兄ちゃん」
「どうした?」
俺は。
震える声で。
答えた。
「あれ」
「あの光……」
「俺たちが」
「ずっと」
「探してたものだ」
光の中には。
小さな家があった。
その家の前に。
少年がいる。
そして。
その少年の隣に。
ユウトがいる。
二人とも。
笑っていた。
俺は。
それを見つめる。
「……」
その光から。
声が聞こえた。
『これが』
『お前が』
『本当に望んだ未来だ』
俺は。
ゆっくり。
歩き出した。
しかし。
その瞬間。
小さな光が。
二つに。
割れた。
一つには。
ユウト。
もう一つには。
俺。
二つの未来。
二つの世界。
そして。
その間に。
一本の線が。
現れた。
『さあ』
声が。
響く。
『最後の最後に』
『選べ』
『お前は』
『誰と』
『生きる?』
俺は。
立ち止まった。
そして。
気づいた。
これは。
最後の選択ではない。
――最後の罠だ。
俺は。
ゆっくり。
笑った。
「……違う」
『何?』
「俺が」
「選ぶのは」
「どちらかじゃない」
俺は。
両手を。
広げた。
「――両方だ」
その瞬間。
世界の外側に。
巨大な亀裂が。
走った。




