第57話 誰も選ばないという選択
――静寂。
世界樹の中。
無数の人影が。
俺たちを取り囲んでいる。
地面には。
十本の剣。
一本一本に。
俺たちの名前が刻まれていた。
そして。
中央に立つ観測者。
「……」
俺は。
目の前の剣を見つめる。
その名前。
レオン。
隣には。
アリア。
セリア。
セレナ。
ノア。
エリス。
カイン。
リナ。
ミア。
ユナ。
そして。
ユウト。
全員の名前が。
刻まれている。
「……」
誰か一人を。
選べ。
その一人を。
犠牲にする。
そうすれば。
第三の選択は。
完了する。
俺は。
剣から。
手を離した。
「……嫌だ」
観測者が。
首を傾げる。
「なぜ?」
「分かってるだろ」
「私は」
「ただ条件を提示しただけだ」
「違う」
俺は。
観測者を睨む。
「お前は」
「俺たちが」
「誰かを選ぶことを」
「待ってる」
「そうだ」
「だったら」
「待ってろ」
「……?」
俺は。
みんなを見る。
「俺たちは」
「誰も選ばない」
観測者が。
笑った。
「それでは」
「この選択を」
「越えられない」
「なら」
「越えなくていい」
「……」
「この世界を」
「お前のルールで」
「救う必要なんてない」
その瞬間。
アリアが。
俺の隣に立った。
「私も」
「誰も選ばない」
セリアも。
続く。
「私も」
セレナが。
微笑む。
「もちろんです」
ノアが。
肩をすくめる。
「そもそも」
「誰か一人だけ犠牲にするなんて」
「納得できないよ」
カインが。
剣を抜く。
「俺もだ」
エリス。
「私も」
リナ。
「私だって!」
ミア。
「……私も」
ユナは。
俺の手を。
強く握った。
「私も」
最後に。
ユウト。
「俺も」
そして。
もう一人の俺が。
静かに。
笑った。
「……俺もだ」
俺は。
全員を見る。
「ありがとう」
その瞬間。
観測者の顔から。
笑みが消えた。
「……理解できない」
「何が?」
「なぜ」
「誰も」
「自分を選ばない?」
「違う」
俺は。
首を横に振った。
「自分を選んでる」
「……?」
「俺たちは」
「全員で生きる未来を」
「選んでる」
「それは」
「選択ではない」
「違う」
俺は。
胸の第四の鍵を。
握った。
「これが」
「俺たちの選択だ」
――約束。
誰か一人を。
見捨てない。
誰か一人に。
背負わせない。
誰か一人の。
未来を奪わない。
それが。
俺たちの約束。
その瞬間。
十本の剣が。
一斉に。
震え始めた。
――カタカタカタ。
「……?」
地面から。
黒い亀裂が。
広がっていく。
観測者が。
初めて。
驚いた顔をした。
「そんな……」
「何だ?」
「条件が」
「……?」
「成立していないのに」
「世界が」
「拒絶している……」
「拒絶?」
「この世界が」
「私の選択を」
「拒絶している」
その瞬間。
世界樹が。
大きく。
鼓動した。
――ドクン。
――ドクン。
世界中の光が。
一斉に。
輝き始める。
眠っていた人々。
その胸の光。
一つ。
また一つ。
世界樹から。
溢れ出していく。
「……」
ユナが。
涙を浮かべた。
「みんな」
「起きてる」
「まだ」
「眠ってるけど」
「心は」
「起きてる」
「……」
無数の光が。
俺たちの周囲を。
包んでいく。
そして。
声が。
聞こえた。
『選びたくない』
『誰かを失いたくない』
『一緒に生きたい』
『一人だけなんて嫌だ』
『みんなで』
『明日へ行きたい』
その声は。
一人のものではなかった。
何千。
何万。
それ以上。
世界中の人々の。
声だった。
俺は。
思わず。
息を呑む。
「……これが」
「世界の答え」
セリアが。
呟く。
「ああ」
俺は。
頷く。
「誰も」
「犠牲になりたくない」
「そして」
「誰も」
「犠牲にしたくない」
その瞬間。
空に。
文字が浮かんだ。
『第三の選択』
『条件――失敗』
「……」
アリアが。
驚く。
「失敗?」
「でも」
俺は。
空を見る。
「続きがある」
文字が。
変化していく。
『選択を拒否したため』
『従来の世界構造を破棄します』
「……!」
セレナが。
目を見開く。
「世界構造を」
「破棄……?」
さらに。
文字が。
浮かぶ。
『新たな世界構造を構築します』
「……」
観測者が。
呆然と。
世界樹を見る。
「そんな」
「馬鹿な……」
俺は。
観測者を見る。
「どうした?」
「この世界は」
「私が」
「観測していた世界だ」
「そうだな」
「それなのに」
「……」
「私の知らない答えを」
「選んだ」
「……」
観測者の。
赤い瞳が。
揺れていた。
「そんな選択は」
「存在しないはずだった」
「なら」
俺は。
笑った。
「今」
「存在した」
観測者は。
何も言わない。
そして。
突然。
胸を押さえた。
「……!」
「どうした?」
「……痛い」
「え?」
「初めてだ」
「何が?」
「痛みを」
「感じた」
観測者の身体に。
亀裂が。
走る。
赤い光が。
そこから。
漏れ出していく。
「観測者……?」
男は。
自分の手を見る。
「これは」
「何だ?」
俺は。
答えられなかった。
観測者は。
震える声で。
言った。
「私は」
「ずっと」
「世界を」
「外側から」
「見ていた」
「……」
「だから」
「痛みも」
「悲しみも」
「喜びも」
「理解していた」
「でも」
「感じたことは」
「なかった」
男が。
胸に手を当てる。
「今」
「初めて」
「この世界が」
「私を拒絶した」
「……」
「そして」
「その拒絶が」
「痛い」
俺は。
剣を。
ゆっくり。
下ろした。
「……だったら」
「何だ?」
「お前も」
「こっち側に」
「来ればいい」
観測者が。
俺を見る。
「……私が?」
「ああ」
「私は」
「観測者だ」
「知ってる」
「世界を」
「見るものだ」
「だから」
俺は。
手を差し出す。
「今度は」
「見てるだけじゃなく」
「一緒に」
「生きてみろ」
「……」
観測者が。
差し出された手を見る。
「なぜ」
「私を」
「許す?」
「許してない」
「……」
「お前が」
「やったことを」
「なかったことには」
「できない」
「なら」
「なぜ?」
「変わることは」
「できるからだ」
観測者の瞳が。
揺れる。
「……変わる」
「ああ」
「私が?」
「ああ」
「そんなことが」
「できるのか?」
「俺だって」
「できた」
「……」
「だったら」
「お前にも」
「できる」
観測者は。
しばらく。
俺の手を見つめていた。
そして。
ゆっくり。
手を伸ばした。
――だが。
その瞬間。
空が。
真っ黒になった。
「……!」
観測者の手が。
止まる。
「これは……」
空から。
声が。
響く。
だが。
今までの観測者の声ではない。
もっと。
低く。
もっと。
巨大な声。
『観測者』
観測者が。
顔を上げる。
「……管理者」
「管理者?」
俺が。
聞き返す。
観測者は。
答えない。
ただ。
怯えている。
「お前」
「何を知ってる?」
観測者は。
小さく。
呟いた。
「私より」
「上がいる」
「……!」
『観測を停止せよ』
空から。
命令が。
響く。
『百七十三番目の世界を』
『廃棄する』
「……!」
ユナが。
叫ぶ。
「嫌!」
世界樹が。
揺れる。
無数の光が。
消え始める。
「待て!」
俺は。
空へ。
叫ぶ。
『選択は』
『許可されていない』
「……」
『世界は』
『管理されるものだ』
「違う」
俺は。
言った。
『何?』
「世界は」
「生きるものだ」
『否定する』
「なら」
俺は。
剣を。
空へ向ける。
「俺たちは」
「お前たちの管理から」
「出ていく」
『不可能』
「やってみなきゃ」
「分からないだろ」
『……』
空から。
巨大な光が。
落ちてくる。
世界そのものを。
押し潰すほどの。
巨大な光。
「全員!」
俺が。
叫ぶ。
「世界樹の中心へ!」
「レオン!」
「急げ!」
全員が。
走る。
ユナが。
俺の手を握る。
ユウトが。
反対側から。
俺の腕を掴む。
アリアたちも。
続く。
世界樹の中心。
そこに。
四つの核が。
浮かんでいる。
世界。
存在。
願い。
約束。
だが。
その四つの核の中心に。
小さな空白があった。
「……」
俺は。
それを見る。
「まだ」
「足りない」
セリアが。
言う。
「五つ目……?」
「ああ」
「でも」
俺は。
首を振る。
「違う」
「じゃあ」
「何?」
俺は。
空白を見る。
「核じゃない」
「……」
「これは」
「俺たちが」
「ずっと」
「忘れていたものだ」
ユウトが。
俺を見る。
「兄ちゃん」
「何だ?」
「分かった?」
「ああ」
俺は。
胸に手を当てる。
「――自由だ」
その瞬間。
世界樹の中心に。
巨大な光が。
生まれた。
四つの核を。
包み込む。
そして。
世界中から。
一つの言葉が。
響いた。
『自分で決めたい』
『自分の未来を』
『自分の人生を』
『誰かに決められたくない』
『生き方を』
『選びたい』
光が。
世界樹を包む。
観測者が。
その光を見つめる。
「……自由」
「そうだ」
俺は。
頷く。
「願いも」
「未来も」
「生き方も」
「全部」
「自分で選ぶ」
「それが」
「世界だ」
その瞬間。
世界樹の中心で。
五つ目の光が。
輝いた。
第五核――自由
そして。
空から降ってきた。
巨大な光が。
世界樹へ。
直撃する。
――ドォォォォォォン!!
世界全体が。
激しく揺れる。
「きゃあっ!」
「くっ……!」
「掴まれ!」
俺は。
みんなの手を。
強く握った。
世界樹が。
悲鳴を上げる。
だが。
倒れない。
五つの核が。
世界を支えている。
そして。
空に。
一つの文字が。
浮かんだ。
『第三の選択――再定義』
『成功』
「……!」
俺は。
思わず。
笑った。
「やった……」
だが。
その直後。
別の文字が。
現れる。
『第四の選択を開始します』
「……」
笑みが。
消える。
アリアが。
空を見る。
「まだ」
「終わってない……」
「ああ」
そして。
世界樹の奥から。
新たな扉が。
現れた。
今度の扉は。
黒い。
その中央に。
一つの名前。
『ユウト』
「……」
ユウトが。
扉を見つめる。
「兄ちゃん」
「大丈夫か?」
「うん」
ユウトは。
笑った。
だけど。
その笑顔は。
少しだけ。
寂しかった。
「たぶん」
「次は」
「俺の番だ」
「……」
俺は。
ユウトの肩に。
手を置いた。
「一緒に行く」
「でも」
「一人じゃ」
「選ばせない」
ユウトが。
小さく笑う。
「うん」
その瞬間。
黒い扉が。
ゆっくり。
開いた。
その向こうに。
広がっていたのは――
最初の世界。
俺が。
ユウトを。
助けようとした。
あの日の。
世界だった。
「……」
俺は。
息を呑む。
少年だった俺。
病室のベッド。
眠っているユウト。
そして。
神様に向かって。
必死に願う。
あの日の。
自分。
『神様』
『お願い』
『ユウトを』
『助けて』
『俺の命を』
『あげてもいいから』
俺は。
その光景を。
見つめる。
そして。
気づいた。
この第四の選択は。
過去を変えることではない。
あの日の俺に。
もう一度。
問い直すためのものだ。
――本当に。
その願いは。
ユウトを救うためだけのものだったのか。
それとも。
俺自身が。
一緒に生きたかっただけなのか。
俺は。
黒い扉の中へ。
一歩。
踏み出した。
ユウトも。
隣に並ぶ。
「兄ちゃん」
「ん?」
「今度こそ」
「答えを」
「見つけよう」
「ああ」
俺は。
頷いた。
そして。
俺たちは。
最初の世界へ。
足を踏み入れた。
その瞬間。
背後で。
黒い扉が。
閉じた。
――第四の選択が。
始まった。




