第54話 世界を見下ろす者
――世界が。
見られている。
そう感じた。
空を見上げる。
そこには。
何もない。
ただ。
灰色の雲。
そして。
その向こう側。
何かがいる。
巨大な何かが。
俺たちを。
この世界を。
見下ろしている。
「……」
アリアが。
剣を抜いた。
「レオン」
「ああ」
「何かいる」
「分かってる」
カインも。
空を睨む。
「姿が見えない」
「でも」
「確実に」
「こちらを見ている」
セレナが。
魔力を探る。
しかし。
数秒後。
彼女は。
顔を青くした。
「……探知できません」
「え?」
「魔力が」
「存在しないんです」
「存在しない?」
「はい」
セレナは。
震える声で。
続ける。
「なのに」
「いる」
「……」
それが。
一番怖かった。
魔力もない。
気配もない。
なのに。
確実に。
何かがいる。
俺は。
もう一人の俺を見る。
「知ってるか?」
「……」
彼は。
空を見上げたまま。
答えなかった。
「おい」
「……知ってる」
「何なんだ?」
「この世界が」
「生まれた時から」
「ずっと」
「いた」
「……」
「俺が」
「世界樹と繋がった時も」
「いた」
「人々を」
「眠らせた時も」
「いた」
「そして」
「俺が」
「世界になった時も」
「ずっと」
「空から」
「見ていた」
「名前は?」
彼は。
ゆっくり。
答えた。
「――観測者」
「観測者?」
「ああ」
「この世界を」
「作った存在じゃない」
「神でもない」
「ただ」
「世界を」
「見ているものだ」
「……」
「世界が」
「どうなるのか」
「誰が」
「何を願うのか」
「誰が」
「誰を救うのか」
「ずっと」
「見ている」
俺は。
眉をひそめた。
「じゃあ」
「何のために?」
「分からない」
「……」
「ただ」
「一つだけ」
「分かっていることがある」
「何だ?」
もう一人の俺が。
俺を見る。
「観測者は」
「世界を」
「自分のものにする」
「……」
その瞬間。
空が。
暗くなった。
――ゴォォォォォ……。
雲が。
大きく。
渦を巻く。
そして。
その中心に。
赤い瞳が。
現れた。
「……!」
巨大だった。
あまりにも。
巨大すぎた。
空そのものが。
一つの瞳に。
見えた。
ユナが。
俺の服を。
強く握る。
「……お兄ちゃん」
「大丈夫だ」
「でも……」
「怖い」
「……」
俺は。
ユナの手を握った。
「大丈夫」
「俺たちがいる」
「……うん」
赤い瞳が。
俺たちを。
見つめる。
そして。
声が。
世界全体に。
響いた。
『――レオン』
「……!」
俺の名前。
『百七十二の世界を』
『壊し』
『百七十三番目の世界へ』
『辿り着いた者』
「……」
『ようやく』
『ここまで来たか』
俺は。
空を睨む。
「お前は」
「何者だ?」
しばらく。
沈黙。
そして。
声が。
響く。
『私は』
『世界を観測するもの』
『始まりより前から』
『終わりの後まで』
『全てを見る』
「……観測者」
『そう』
「何のために」
「この世界を見ている?」
『記録するため』
「記録?」
『世界が生まれ』
『人が生まれ』
『願いが生まれ』
『争い』
『愛し』
『失い』
『また願う』
『その全てを』
『記録する』
「……」
『そして』
『世界が終わる時』
『記録を残す』
「そんなことのために」
「この世界を」
「見ていたのか?」
『そう』
俺は。
拳を握る。
「なら」
「一つだけ」
「聞きたい」
『何?』
「お前が」
「ずっと見てきたなら」
「どうして」
「誰も助けなかった?」
沈黙。
赤い瞳が。
わずかに。
細くなる。
『私は』
『観測者だから』
「……」
『介入しない』
『それが』
『私の役目』
「ふざけるな」
思わず。
声が出た。
「目の前で」
「誰かが死んでも」
「世界が壊れても」
「ただ見ているだけ?」
『そう』
「……」
『それが』
『世界を守る方法だから』
「違う」
俺は。
はっきり。
言った。
「それは」
「世界を守ってるんじゃない」
「何もしてないだけだ」
赤い瞳が。
こちらを見つめる。
『……興味深い』
「何が?」
『あなたは』
『以前と』
『違う』
「当然だ」
『百七十二回』
『同じ問いを繰り返した』
『そして』
『毎回』
『一人で答えを出そうとした』
「……」
『しかし』
『今のあなたは』
『他者と共に』
『答えを探している』
俺は。
黙った。
『だから』
『この世界は』
『面白い』
「……面白い?」
『そう』
『この世界には』
『まだ』
『私が見たことのない』
『可能性がある』
そして。
赤い瞳が。
大きく開いた。
『だから』
『試してみよう』
「……何を?」
『あなたたちが』
『本当に』
『犠牲なしで』
『世界を救えるのか』
「……」
『残り時間』
『五十九時間』
空に。
数字が。
浮かぶ。
59:59:59
『その時間内に』
『世界核を完成させなさい』
『成功すれば』
『私は』
『この世界から去る』
「……」
『だが』
『失敗すれば』
『この世界は』
『私の記録となる』
「記録……」
『つまり』
『終わり』
その言葉と同時に。
赤い瞳が。
消えた。
空が。
元に戻る。
「……」
誰も。
何も。
言わなかった。
やがて。
アリアが。
口を開く。
「……レオン」
「分かってる」
「勝たないと」
「ああ」
「この世界」
「全部」
「消される」
「ああ」
俺は。
世界樹を見る。
そして。
その中心にいる。
もう一人の俺を見る。
「まず」
「世界核を」
「作る」
「そうだな」
「それから」
「観測者を」
「止める」
「……」
もう一人の俺が。
驚いた顔をする。
「止める?」
「ああ」
「観測するだけなら」
「勝手にすればいい」
「でも」
「世界を消す権利なんて」
「誰にもない」
「……」
「神でも」
「原初でも」
「観測者でも」
「俺でも」
「誰にも」
俺は。
空を見上げた。
「この世界で」
「生きるかどうかを」
「決めるのは」
「この世界に生きる人たちだ」
その瞬間。
ユナが。
小さく笑った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「やっぱり」
「お兄ちゃんだね」
「何だそれ」
「昔から」
「そうだったから」
「……」
俺は。
苦笑した。
「俺には」
「昔の記憶がないんだけどな」
「でも」
「分かるよ」
ユナは。
黒い石を。
胸元で握った。
「この石を」
「もらった時」
「言ってくれたの」
「何て?」
「『願いは」
「誰かに」
「叶えてもらうものじゃない』って」
「……」
「『一緒に」
「叶えるものだ』って」
俺は。
目を見開いた。
その言葉。
聞いたことがある。
いや。
正確には。
ずっと。
心の中に。
あった気がした。
「……そうか」
ユナが。
頷く。
「だから」
「私も」
「一緒に戦う」
「危険だぞ」
「うん」
「怖いぞ」
「うん」
「死ぬかもしれない」
ユナは。
少しだけ。
震えた。
それでも。
頷いた。
「それでも」
「一緒にいたい」
「……」
俺は。
ユナの頭を撫でた。
「分かった」
「じゃあ」
「一緒にやろう」
---
それから。
俺たちは。
世界樹の内部へ。
入った。
中は。
巨大な街だった。
いや。
街だった場所。
建物。
道路。
広場。
学校。
病院。
家。
全部が。
世界樹の中に。
保存されていた。
そして。
そこには。
人々が。
眠っていた。
「……」
アリアが。
息を呑む。
「こんなに……」
「数千」
セレナが。
魔力を確認する。
「いえ」
「もっとです」
「一万人以上」
「……!」
俺は。
もう一人の俺を見る。
「よく」
「ここまで守ったな」
「……」
彼は。
何も言わなかった。
ただ。
眠っている人々を。
見つめていた。
「でも」
「この人たちを」
「どうする?」
カインが。
尋ねる。
「起こす?」
「いや」
俺は。
首を振った。
「まだ」
「早い」
「世界核が」
「完成するまでは」
「この世界を」
「安定させないと」
「そうだな」
セリアが。
頷く。
「じゃあ」
「まず」
「三つの核を」
「完成させる」
俺は。
指を立てる。
「第一核」
「世界」
世界樹。
「第二核」
「俺たち」
そして。
「第三核」
「願い」
ユナが。
頷く。
「問題は」
セレナが。
言った。
「この三つを」
「どうやって」
「一つの世界として」
「繋げるか」
「……」
俺は。
周囲を見渡す。
そして。
気づいた。
世界樹の中心に。
小さな。
扉がある。
今まで。
見たことがない。
「……あれは?」
もう一人の俺が。
振り返る。
「知らない」
「お前が」
「作ったんじゃないのか?」
「違う」
「じゃあ」
「誰が?」
俺は。
扉に近づく。
そこには。
文字が。
刻まれていた。
『第四の鍵』
「……」
十個の鍵が。
一斉に。
震える。
「第四の鍵?」
セリアが。
驚く。
「私たちが」
「知らない鍵……?」
俺は。
手を伸ばす。
すると。
扉の向こうから。
声がした。
『――ようやく来たね』
「……!」
聞き覚えのある声。
俺は。
息を呑んだ。
「この声……」
アリアが。
俺を見る。
「知ってるの?」
「ああ」
忘れるはずがない。
この声は。
俺が。
百七十二の世界で。
何度も聞いた声。
そして。
もう二度と。
聞くことはないと。
思っていた声。
「……ユウト?」
扉の向こうから。
小さく。
笑う声。
『うん』
『兄ちゃん』
「……!」
俺は。
扉に。
駆け寄った。
「ユウト!」
『久しぶり』
「お前……」
『会いたかったよ』
「……」
俺の目から。
涙が落ちた。
『でも』
ユウトは。
少しだけ。
声を低くした。
『俺は』
『本当のユウトじゃない』
「……え?」
『ここにいる俺は』
『この世界が』
『兄ちゃんのために作った』
『最後の鍵』
「……最後の鍵?」
『そう』
扉の向こうで。
ユウトが。
言った。
『兄ちゃん』
『世界を救うなら』
『俺を』
『もう一度』
『選んで』
俺は。
凍りついた。
「……」
『今度こそ』
『俺を選ばないと』
『世界は』
『完成しない』
その瞬間。
空に。
新しい文字が。
浮かび上がった。
『第四核――ユウト』
『選択してください』
そして。
その下に。
二つの選択肢が。
現れる。
『世界を選ぶ』
『ユウトを選ぶ』
「……」
俺は。
言葉を失った。
まただ。
また。
同じだ。
世界を救うために。
誰かを。
選ばせる。
百七十二の世界で。
何度も。
何度も。
繰り返した。
あの問い。
俺は。
拳を握る。
そして。
ゆっくり。
笑った。
「……そう来たか」
アリアが。
俺を見る。
「レオン?」
俺は。
扉を睨む。
「ユウト」
『うん』
「お前」
「一つだけ」
「間違えてる」
『……何?』
俺は。
十個の鍵を。
すべて。
握りしめた。
「俺は」
「もう」
「選ばない」
『……』
「世界か」
「ユウトか」
「そんな二択」
「必要ない」
『兄ちゃん……』
「俺は」
「三つとも」
「全部」
「取る」
その瞬間。
世界樹が。
轟音を上げた。
――ドォォォォォン!!
第四の扉が。
大きく。
震える。
そして。
その向こうから。
ユウトの声が。
響いた。
『……やっぱり』
『兄ちゃんは』
『そう言うと思った』
扉が。
ゆっくり。
開き始める。
その向こうには。
白い光。
そして。
その中心に。
少年が。
立っていた。
昔と同じ。
笑顔。
「……ユウト」
「兄ちゃん」
二人の目が。
合う。
だが。
その瞬間。
ユウトの後ろに。
もう一つ。
巨大な影が。
現れた。
ユウトが。
振り返る。
「……来た」
「誰だ?」
ユウトは。
笑顔を消した。
そして。
小さく。
呟いた。
「――観測者」
空が。
再び。
赤く染まる。
残り時間――57:12:04
世界を救うための時間は。
確実に。
減っていた。




