第53話 七十二時間の世界
残り時間――71:58:31
空に浮かんだ数字は。
一秒ごとに。
確実に減っていた。
「……七十二時間」
アリアが。
空を見上げる。
「たった三日で」
「この世界を救わないといけないってこと?」
「そういうことになる」
俺は答えた。
目の前には。
もう一人の俺。
世界樹と融合した。
百七十三番目の世界のレオン。
そして。
俺たちの後ろには。
アリア。
セリア。
セレナ。
ノア。
エリス。
カイン。
リナ。
ミア。
そして。
ユナ。
全員がいる。
「まず」
俺は。
世界樹の中心を見る。
「世界核っていうのが」
「何なのか調べよう」
「賛成」
セレナが頷いた。
「原初が残した情報なら」
「何か手がかりがあるはずです」
「でも」
カインが。
眉をひそめる。
「この世界には」
「原初の気配がない」
「ああ」
俺も。
感じていた。
この世界には。
原初がいない。
いや。
正確には。
もう。
必要とされていないのかもしれない。
この世界は。
別の仕組みで。
動いている。
「……」
ユナが。
世界樹を見上げる。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「世界樹の中に」
「町があるよ」
「町?」
「うん」
ユナは。
目を閉じる。
「前に」
「みんなが住んでいた場所」
「今は」
「世界樹の中に」
「閉じ込められてる」
「……」
俺は。
もう一人の俺を見る。
「本当か?」
「ああ」
「俺が」
「そうした」
「なぜ?」
「世界を」
「守るためだ」
「……」
もう一人の俺は。
静かに。
語り始めた。
「この世界は」
「何度も」
「壊れかけた」
「魔力が暴走し」
「土地が腐り」
「海が消え」
「空が割れた」
「そのたびに」
「俺は」
「世界樹の中へ」
「人々を避難させた」
「そして」
「世界樹を」
「自分自身と」
「繋げた」
「……」
「最初は」
「少しだけだった」
「でも」
「一人を守るたびに」
「俺の中に」
「その人の願いが」
「増えていった」
「やがて」
「世界中の願いが」
「俺の中に」
「集まった」
「だから」
「俺が」
「世界そのものになった」
俺は。
拳を握る。
「……まただ」
「何が?」
アリアが聞く。
「願いだ」
「一人の願いを」
「誰かが叶えるんじゃない」
「みんなの願いを」
「一人が背負ってる」
セリアが。
静かに頷く。
「百七十二の世界と」
「同じ構造……」
「そう」
俺は。
世界樹を見る。
「だから」
「こいつを」
「切り離すだけじゃ」
「意味がない」
「世界そのものが」
「また誰か一人を」
「必要とする」
もう一人の俺が。
苦笑した。
「だから」
「俺は」
「世界そのものになった」
「……」
「他の方法が」
「思いつかなかったからな」
俺は。
しばらく。
黙っていた。
そして。
ふと。
気づいた。
「なあ」
「何だ?」
「お前」
「世界樹に」
「全部の願いを」
「集めたんだよな?」
「ああ」
「だったら」
「逆に」
「すればいい」
「……?」
俺は。
世界樹へ。
手を伸ばした。
「一人に」
「集めるんじゃなくて」
「全部」
「返す」
「……!」
セレナが。
目を見開く。
「願いを」
「世界中に」
「分散させる……?」
「そう」
「でも」
カインが。
言う。
「この世界には」
「もう人が」
「ほとんど残ってない」
「だから」
俺は。
ユナを見る。
「ユナ」
「はい」
「この世界には」
「まだ人がいるんだよな?」
「……うん」
「どれくらい?」
ユナは。
少し考える。
「分からない」
「でも」
「世界樹の中に」
「たくさんいる」
「みんな」
「眠ってる」
「眠ってる?」
「お兄ちゃんが」
「世界を守るために」
「眠らせたの」
もう一人の俺が。
目を伏せる。
「起こせば」
「この世界は」
「再び壊れるかもしれない」
「でも」
俺は言った。
「起こさなきゃ」
「この世界は」
「ずっと」
「お前一人の夢の中だ」
「……」
「それは」
「世界を守ったことには」
「ならない」
もう一人の俺は。
長い間。
黙っていた。
そして。
小さく笑った。
「……そうだな」
「やってみるか」
「……ああ」
その瞬間。
世界樹の根元から。
眩い光が。
走った。
――ズズズズズ……。
大地が。
震える。
世界樹の枝が。
大きく揺れた。
そして。
遠くから。
鐘のような音が。
響いた。
――ゴォォォン。
一度。
二度。
三度。
世界中に。
響いていく。
「何?」
ミアが。
耳を塞ぐ。
「これは……」
セリアが。
目を閉じる。
「人の気配……!」
「どこ?」
「世界樹の中です!」
「……!」
俺は。
世界樹へ。
駆け寄る。
巨大な幹に。
無数の光が。
浮かび上がっていた。
一つ。
二つ。
十。
百。
千。
数え切れない。
光。
それぞれが。
一つの命。
一つの願い。
一つの人生。
「……こんなに」
アリアが。
呟く。
「まだ」
「残ってたんだ」
「うん」
ユナが。
涙を流す。
「ずっと」
「眠ってた」
「みんな」
「ずっと」
「お兄ちゃんが」
「守ってくれてたから」
もう一人の俺が。
目を閉じる。
「……俺は」
「みんなを」
「失いたくなかった」
「だから」
「閉じ込めた」
「でも」
「その結果」
「みんなから」
「未来を奪った」
俺は。
首を横に振った。
「違う」
「……?」
「お前は」
「未来を奪ったんじゃない」
「未来を」
「守ろうとした」
「ただ」
「一人で」
「やりすぎたんだ」
もう一人の俺は。
少しだけ。
笑った。
「……お前」
「本当に」
「昔の俺とは」
「違うな」
「そうか?」
「ああ」
「昔の俺なら」
「絶対」
「そんなこと」
「言えなかった」
「……」
俺は。
手を差し出した。
「じゃあ」
「一緒に」
「やろう」
「……ああ」
二人の手が。
重なる。
その瞬間。
十個の鍵が。
一斉に。
輝いた。
――パァァァァァッ!!
世界樹の内部に。
巨大な魔法陣が。
現れる。
しかし。
その中心には。
一つの文字が。
浮かんだ。
『条件不足』
「……?」
俺は。
眉をひそめる。
「何が足りない?」
文字が。
変化する。
『共有された願いが必要』
「共有された願い……」
セリアが。
呟く。
「みんなが」
「同じ未来を」
「願う必要があるってこと?」
「たぶん」
「でも」
アリアが。
言う。
「そんなの」
「無理じゃない?」
「……」
俺も。
そう思った。
人間は。
一人一人。
違う。
願いも違う。
未来も違う。
だからこそ。
俺たちは。
百七十二の世界を。
失った。
「……」
俺は。
目を閉じた。
そして。
思い出す。
ユウトの言葉。
――俺は、兄ちゃんに救ってほしかったんじゃない。
――一緒に生きたかったんだ。
「……違う」
俺は。
呟いた。
「願いを」
「同じにする必要なんて」
「ない」
「え?」
アリアが。
俺を見る。
「願いの形は」
「違っていい」
「でも」
「その先に」
「同じものがある」
俺は。
世界樹に。
手を当てる。
「生きたい」
一つの光が。
輝く。
「誰かと」
「一緒にいたい」
また。
一つ。
「大切な人を」
「守りたい」
また。
一つ。
「明日を」
「見たい」
光が。
増えていく。
「笑いたい」
「帰りたい」
「家族に会いたい」
「友達と話したい」
「好きな人といたい」
「もう一度」
「やり直したい」
違う。
全部。
違う。
なのに。
その願いの先には。
一つだけ。
共通しているものがあった。
「――生きたい」
世界樹が。
震えた。
「……!」
光が。
一斉に。
輝き始める。
そして。
世界中から。
声が。
聞こえた。
『生きたい』
『生きたい』
『生きたい』
無数の声。
重なって。
世界を揺らす。
『明日がほしい』
『もう一度』
『誰かと』
『笑いたい』
『生きたい』
もう一人の俺が。
目を見開く。
「……これが」
「共有された願い……」
「ああ」
俺は。
笑った。
「願いは」
「同じじゃなくていい」
「同じ未来を」
「見なくてもいい」
「ただ」
「生きたいという気持ちだけは」
「きっと」
「誰もが持ってる」
その瞬間。
魔法陣が。
完成した。
『条件――成立』
だが。
次の文字が。
浮かび上がる。
俺は。
それを見て。
息を呑んだ。
『世界核を形成します』
『必要な核――二つ』
『第一核――世界』
『第二核――レオン』
「……」
俺は。
もう一人の俺を見る。
そして。
次の文字を読む。
『二つの核を接続します』
『接続後、二つの核は分離不能となります』
『世界核とレオンは、永遠に一体化します』
「……」
空気が。
凍った。
「それって」
アリアが。
震える声で。
言う。
「結局」
「レオンが」
「この世界から」
「離れられなくなるってこと?」
セレナが。
答えを失う。
俺は。
もう一人の俺を見る。
「……」
彼は。
静かに。
頷いた。
「そういうことだ」
「……」
「俺は」
「ここに残る」
「違う」
「レオン」
アリアが。
俺を見る。
「やめて」
「……」
「また」
「同じことを」
「しないで」
「……」
俺は。
空を見上げる。
残り時間。
61:43:18
まだ。
六十一時間。
けれど。
もう。
分かってしまった。
この世界は。
また。
俺に。
犠牲を。
求めている。
いや。
正確には。
世界が求めているわけじゃない。
仕組みそのものが。
そうなっている。
「……」
俺は。
拳を握った。
「絶対に」
「この条件は」
「受けない」
もう一人の俺が。
笑う。
「そう言うと思った」
「……」
「だから」
「俺から」
「一つ」
「提案がある」
「何だ?」
もう一人の俺は。
胸の中にある。
世界樹の核へ。
手を伸ばした。
そして。
自分の胸から。
小さな光を。
取り出した。
「これを」
「二つに分ける」
「……?」
「俺と」
「お前で」
「半分ずつ」
「それなら」
「どちらも」
「完全な世界核には」
「ならない」
「……」
「だから」
「もう一つ必要になる」
「誰かの願いが」
「……まさか」
俺が。
ユナを見る。
ユナは。
驚いた顔で。
俺たちを見ていた。
そして。
彼女の胸元にある。
黒い石が。
輝き始める。
――キィィィン。
ユナが。
石を握る。
「……これ」
「俺が」
「昔」
「お前に渡したっていう」
「石か?」
「うん」
その黒い石の中に。
銀色の光が。
浮かび上がる。
すると。
どこからか。
声が聞こえた。
『第三核を確認』
「……!」
全員が。
振り向く。
ユナの周囲に。
無数の光が。
集まっていく。
そして。
新しい文字が。
空に浮かぶ。
『第三核――願い』
俺は。
息を呑んだ。
「第三核……?」
すると。
ユナが。
俺を見る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私」
「願いがある」
「……」
ユナは。
涙を浮かべながら。
笑った。
「みんなで」
「一緒に」
「生きたい」
その瞬間。
世界中の光が。
一斉に。
輝いた。
『第三核――成立』
そして。
空に。
新たな数字が。
浮かび上がる。
60:00:00
世界核形成まで。
残り六十時間。
俺たちの戦いは。
まだ。
始まったばかりだった。
だが。
そのとき。
世界樹の遥か上空で。
何かが。
ゆっくりと。
目を開いた。
――赤い瞳。
世界樹よりも。
さらに巨大な。
何か。
そして。
世界全体を見下ろしながら。
そいつは。
静かに。
笑った。
『……ようやく』
『見つけた』
『私の世界を』




