第50話 百七十二の世界、ひとつの願い
『兄ちゃん』
その声を聞いた瞬間。
俺の足が。
止まった。
「……ユウト」
目の前にいる。
間違いない。
何度も。
何度も。
夢の中で見た。
俺の弟。
ユウト。
笑っている。
昔と。
何も変わらない。
「……生きてたのか」
『うん』
「ずっと……?」
『ずっと』
ユウトは。
優しく笑った。
『兄ちゃんが』
『何度も世界を作り直すたびに』
『俺も』
『何度も生まれた』
「……」
『でも』
『毎回』
『兄ちゃんは』
『俺を救おうとした』
「……」
『だから』
『毎回』
『兄ちゃんは』
『何かを失った』
俺は。
拳を握った。
「……ごめん」
『どうして謝るの?』
「お前を救いたかった」
『知ってる』
「だから」
「何度も」
「世界を壊した」
『それも知ってる』
「……」
『でも』
ユウトが。
一歩。
近づいてくる。
『兄ちゃん』
『俺は』
『救われたかったんじゃない』
「……え?」
『一緒に』
『生きたかったんだ』
「……」
『それだけ』
胸が。
締め付けられた。
「……俺も」
『うん』
「俺も」
「みんなと」
「一緒に生きたかった」
ユウトが。
笑う。
『じゃあ』
『もう』
『誰かを救うために』
『世界を壊さなくていいよ』
「……」
『世界は』
『兄ちゃん一人のものじゃないから』
その言葉と同時に。
周囲の景色が。
変わった。
百七十二の世界。
それぞれの世界に。
俺がいた。
幼い俺。
少年だった俺。
勇者になった俺。
魔王になった俺。
農民になった俺。
誰かの父親になった俺。
誰かに殺された俺。
誰かを殺した俺。
そして。
何も選ばなかった俺。
無数の俺が。
こちらを見ている。
『俺たちは』
『全部』
『お前だ』
一人のレオンが。
言った。
『お前が』
『失敗した俺たちを』
『全部』
『否定していた』
「……」
『でも』
別のレオンが。
笑う。
『もう』
『否定しなくていい』
『俺たちの人生は』
『失敗じゃない』
『お前が』
『今ここにいるための』
『全部の道だった』
俺は。
目を閉じる。
そうだった。
百七十二回。
世界をやり直した。
そのたびに。
俺は。
「失敗した」と思っていた。
けれど。
違った。
失敗した世界があったから。
今の俺がいる。
失ったから。
守りたいと思った。
間違えたから。
やり直したいと思った。
そして。
何度も。
立ち上がった。
それ全部が。
俺だった。
「……ありがとう」
俺は。
百七十二人の自分へ。
頭を下げた。
「お前たちがいたから」
「俺は」
「ここまで来られた」
すると。
百七十二人の俺が。
一斉に。
笑った。
そして。
光になった。
――シュゥゥゥゥ……
無数の光が。
俺の身体へ。
流れ込んでくる。
「――っ!」
頭の中に。
無数の人生が。
流れ込んでくる。
喜び。
悲しみ。
怒り。
絶望。
希望。
愛。
憎しみ。
全部。
全部。
感じる。
「ぐ……!」
膝をつく。
「レオン!」
アリアが。
駆け寄る。
「触らないで……!」
「でも!」
「大丈夫」
俺は。
歯を食いしばる。
「これは」
「俺が」
「受け取らなきゃいけない」
「……」
「今までの俺たちが」
「残したものだから」
セリアが。
俺の手を握る。
「じゃあ」
「私たちも」
「一緒に受け取る」
「……セリア?」
「一人で」
「全部背負わないで」
セレナが。
反対側から。
手を握る。
「そうですよ」
ノアも。
続く。
「私たちもいるよ」
エリス。
カイン。
リナ。
ミア。
一人ずつ。
俺の手に触れる。
「……」
光が。
さらに。
大きくなる。
すると。
百七十二の世界が。
一つずつ。
消えていった。
「……!」
「レオン!」
「大丈夫!」
俺は。
叫ぶ。
「消えてるんじゃない!」
「繋がってる!」
百七十二の世界が。
一本の光になっていく。
そして。
その光は。
俺たちの世界へ。
戻っていく。
――ドクン。
世界が。
鼓動した。
原初が。
その光景を。
見つめている。
『……これが』
『お前の答えか』
「ああ」
俺は。
立ち上がる。
『百七十二の世界を』
『消滅させず』
『一つに繋げた』
「そうだ」
『だが』
原初が。
静かに。
告げる。
『問題は』
『まだ』
『残っている』
「……何?」
『願いの力だ』
「……」
『百七十二の世界に存在していた』
『全ての願いが』
『今』
『お前の中に』
『集まっている』
「……」
『もし』
『お前が』
『一つでも』
『間違った願いをすれば』
『全ての世界が』
『その願いに』
『引きずられる』
「……」
『お前は』
『世界そのものに』
『なってしまう』
「……世界に?」
『そうだ』
『お前が』
『笑えば』
『世界は笑う』
『お前が』
『悲しめば』
『世界は悲しむ』
『お前が』
『死ねば』
『世界も』
『終わる』
アリアが。
青ざめる。
「そんな……」
セリアが。
俺を見る。
「つまり」
「レオンが」
「最後の鍵になるってこと?」
『そうだ』
俺は。
自分の胸を見る。
十個の光が。
一つになっている。
「……」
「だったら」
俺は。
原初を見る。
「俺が」
「世界になれば」
「いいんだな?」
『そうではない』
「え?」
『それでは』
『今までと』
『何も変わらない』
『世界を』
『一人が支配するだけだ』
「……」
『お前は』
『それを望んでいない』
「……ああ」
俺は。
考える。
どうすれば。
誰も犠牲にせず。
誰か一人に。
力を集中させず。
世界を。
未来へ。
繋げられる?
そのとき。
ふと。
セリアの手に。
目が止まった。
彼女の手には。
世界選択の鍵。
「……セリア」
「何?」
「それ」
「貸して」
「え?」
セリアが。
鍵を見る。
「これ?」
「ああ」
セリアは。
少し迷ったあと。
俺に。
鍵を渡した。
触れた瞬間。
十個の光が。
反応した。
――パァァァァァッ!!
「……!」
世界中へ。
光が。
広がる。
百七十二の世界だけじゃない。
無数の世界。
遠くに浮かんでいた。
何千。
何万。
数え切れない世界へ。
光が。
繋がっていく。
『……!』
原初が。
初めて。
驚愕する。
『これは……』
創世者も。
目を見開く。
『まさか』
『世界選択の鍵を』
『すべての世界へ』
『接続したのか?』
「……」
俺にも。
何が起きているのか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
分かった。
俺の中にある。
百七十二の願い。
それを。
一人で。
抱える必要はない。
俺は。
手を伸ばした。
そして。
光を。
世界へ。
返す。
――ドクン。
一つ。
――ドクン。
また一つ。
世界中の人々が。
何かを。
願っている。
「……」
小さな願い。
大きな願い。
叶わないかもしれない願い。
それでも。
誰かが。
未来を。
望んでいる。
「これが」
「願い……」
俺は。
初めて。
その本当の意味を。
理解した。
願いは。
世界を変える力じゃない。
「未来を」
「選ぶ力だ」
『……』
「だから」
「誰か一人が」
「全部」
「背負う必要なんてない」
俺は。
両手を。
広げた。
「みんなが」
「自分の未来を」
「選べばいい」
「その結果」
「失敗することもある」
「それでも」
「また」
「願えばいい」
原初が。
静かに。
俺を見る。
『……』
「それが」
「俺の答えだ」
『……レオン』
「何?」
『お前は』
『本当に』
『愚かな存在だ』
「……」
『だが』
『その愚かさが』
『美しい』
原初の身体に。
亀裂が。
入る。
――ピシッ。
『私は』
『もう』
『世界を』
『作り直さない』
「……!」
『これからは』
『世界が』
『自ら』
『未来を』
『選ぶ』
「原初……」
『私が』
『世界を』
『管理する必要は』
『なくなった』
その瞬間。
原初の身体が。
無数の光へ。
変わっていく。
『レオン』
「……」
『ありがとう』
「……ああ」
『お前に』
『一つだけ』
『伝えておこう』
「何?」
『この世界には』
『まだ』
『一つだけ』
『残っているものがある』
「……?」
原初が。
消えていく。
『――終焉』
「……!」
『願いが』
『始まりなら』
『終焉も』
『また』
『始まりになり得る』
『世界が』
『自ら未来を選ぶ以上』
『いつか』
『必ず』
『選択の結果が』
『世界を』
『終わらせる』
「……」
『その時』
『お前たちは』
『また』
『選ばなければならない』
原初が。
完全な光になる。
そして。
最後に。
こう告げた。
『――生きるとは』
『選び続けることだ』
光が。
消えた。
静寂。
しばらく。
誰も。
何も。
言わなかった。
やがて。
ノアが。
ぽつりと。
言った。
「……終わった?」
俺は。
空を見る。
「……たぶん」
アリアが。
笑う。
「たぶんって」
「だって」
俺は。
苦笑する。
「まだ世界は」
「終わってないから」
「そうね」
セレナが。
頷く。
「だったら」
セリアが。
空を見上げる。
「帰ろう」
「……ああ」
俺たちは。
来た道を。
振り返る。
そこには。
もう。
扉はなかった。
百七十二番目の世界も。
消えていた。
けれど。
不思議と。
悲しくはなかった。
あの世界は。
消えたんじゃない。
俺の中に。
みんなの中に。
ちゃんと。
残っている。
「ユウト」
最後に。
俺は。
呟いた。
『兄ちゃん』
どこからか。
声がした。
『また会おうね』
「ああ」
俺は。
笑った。
「今度は」
「普通に」
「兄弟としてな」
『うん』
そして。
俺たちは。
元の世界へ。
戻った。
――その直後。
世界中で。
一つの現象が。
起きた。
魔法使いが。
初めて。
自分だけの魔法を。
生み出した。
農民が。
新しい作物を。
発見した。
子供が。
将来なりたい職業を。
自分で決めた。
誰かが。
誰かを好きになった。
誰かが。
誰かを許した。
誰かが。
新しい道を。
選んだ。
小さな願いが。
世界中で。
生まれ始めた。
そして。
世界樹の頂上。
かつて。
原初がいた場所に。
小さな。
芽が。
一つ。
生えた。
誰にも。
気づかれないほど。
小さな芽。
だが。
それは。
確かに。
成長していた。
その根元には。
一枚の。
小さな文字が。
刻まれていた。
――『未来は、選べる』
そして。
その日から。
百年後。
世界は。
大きく。
変わることになる。
俺たちの物語は。
ここで。
終わった。
――そう。
思っていた。
しかし。
その夜。
俺は。
夢を見た。
真っ暗な世界。
その中心に。
一人の少女が。
立っている。
少女は。
俺を見る。
そして。
言った。
『――お兄ちゃん』
「……」
『次は』
『私を』
『助けて』
目を覚ます。
「……!」
汗が。
頬を伝っていた。
隣では。
アリアが。
眠っている。
窓の外。
静かな夜。
何も。
変わった様子はない。
「……夢?」
そう。
呟いた。
その瞬間。
胸の奥で。
十個の光が。
一度だけ。
輝いた。
――ドクン。
そして。
どこか遠くで。
まだ。
誰にも知られていない。
新しい世界が。
産声を上げた。




