第49話 願いを生んだ者
『――ようやく、ここまで来たか』
その声を聞いた瞬間。
俺は。
息をすることさえ。
忘れていた。
目の前に立っている男。
白い髪。
穏やかな表情。
人間と。
ほとんど変わらない姿。
なのに。
その存在から感じる力は。
原初とは。
比べものにならない。
「……誰だ」
男は。
微笑んだ。
『私か?』
『私は』
『最初の願いだ』
「……」
『お前たちが』
『世界と呼ぶものよりも』
『さらに前に存在した』
『最初の意思』
祖父が。
震える声で。
呟く。
『……創世者』
男が。
祖父を見る。
『久しいな』
「……」
祖父は。
顔を青ざめさせた。
「知っているのか?」
『知っているとも』
『私は』
『この世界の始まりを』
『すべて見てきた』
「じゃあ」
俺は。
一歩。
前へ出る。
「お前が」
「世界を作ったのか?」
『違う』
男は。
首を横に振った。
『世界を作ったのは』
『原初だ』
「……」
『私は』
『願いを生んだ』
「願いを?」
『そう』
『最初の願い』
『それが』
『すべての始まりだ』
男が。
俺を見る。
『レオン』
『お前は』
『幼い頃』
『何を願った?』
「……」
『弟を救いたい』
「……!」
『そうだろう?』
俺は。
拳を握る。
「……ユウトを」
「助けたかった」
『その願いが』
『世界に届いた』
「……」
『そして』
『世界は』
『願いを叶える方法を』
『知らなかった』
『だから』
『代償を求めた』
「……」
『一人を救うために』
『別の誰かが失われる』
『一つの命を守るために』
『世界の均衡が崩れる』
『それを』
『お前は』
『何度も』
『何度も』
『修正しようとした』
「……」
『その結果が』
『百七十二回の世界だ』
俺は。
目を閉じる。
「じゃあ」
「全部」
「俺の願いが原因なのか?」
『違う』
「……え?」
『願いそのものは』
『悪くない』
『お前は』
『ただ』
『誰かを救いたかった』
『それだけだ』
「……」
『問題は』
『願いを叶える仕組みだった』
男が。
空を見上げる。
『世界は』
『願いを叶えるたびに』
『何かを失った』
『だから』
『原初は』
『完全な世界を』
『作ろうとした』
『失うことのない世界を』
「……白い世界」
『そう』
「でも」
「それでも」
「失敗した」
『そうだ』
男は。
俺を見る。
『なぜなら』
『願いというものは』
『叶った瞬間に』
『次の願いを生むからだ』
「……」
『ユウトを救えば』
『次は』
『世界を救いたくなる』
『世界を救えば』
『次は』
『誰も傷つかない世界を』
『望む』
『誰も傷つかない世界を作れば』
『今度は』
『誰も悲しまない世界を』
『望む』
『そして』
『最後には』
『すべてを完璧にしようとする』
「……」
『だが』
『完璧な世界には』
『選択がない』
『選択がなければ』
『願いも生まれない』
『願いがなければ』
『生きる意味も』
『なくなる』
俺は。
黙っていた。
男が。
ゆっくり。
手を伸ばす。
『だから』
『最後の選択を』
『お前に託す』
「……俺に?」
『そう』
『百七十二人のお前を』
『受け入れた者』
『十の鍵を』
『一つにした者』
『そして』
『自分自身の願いを』
『否定しなかった者』
「……」
『お前なら』
『選べる』
「何を?」
男が。
笑う。
『願いを』
『終わらせるか』
『願いを』
『残すか』
「……」
『願いを終わらせれば』
『この世界は』
『永遠に安定する』
『もう』
『世界が壊れることはない』
『原初も』
『必要なくなる』
『だが』
『その代わり』
『人々は』
『大きな願いを』
『持てなくなる』
「……!」
『小さな願い』
『日常の願い』
『それは残る』
『だが』
『世界そのものを変えるような』
『願いは』
『二度と生まれない』
「……」
『逆に』
『願いを残せば』
『世界は』
『これからも』
『不安定になる』
『争いも』
『悲しみも』
『失うことも』
『避けられない』
『それでも』
『人々は』
『未来を』
『選べる』
「……」
男は。
静かに。
問いかけた。
『どちらを選ぶ?』
俺は。
答えられなかった。
「……俺一人で」
「決めるのか?」
『そうだ』
「どうして?」
『お前が』
『最初の願いを』
『持った者だからだ』
「……」
俺は。
仲間を見る。
アリア。
セレナ。
ノア。
エリス。
カイン。
リナ。
ミア。
セリア。
みんな。
俺を見ている。
けれど。
誰も。
何も言わない。
「……」
俺は。
しばらく。
考えた。
そして。
一つ。
思いついた。
「なあ」
『何だ?』
「二つとも」
「選ぶことは」
「できないのか?」
男の表情が。
止まった。
『……何?』
「願いを残して」
「世界を安定させる」
「そんな方法は?」
『存在しない』
「本当に?」
『ない』
「百七十二回」
「世界を作り直したんだろ?」
『そうだ』
「それでも?」
『……そうだ』
「じゃあ」
俺は。
笑った。
「百七十三回目は」
「違う方法を」
「試そう」
『……』
男が。
初めて。
驚いた顔をした。
「世界を」
「完璧にする必要なんてない」
「願いが」
「世界を壊すなら」
「壊れたら」
「また直せばいい」
『……』
「失敗したら」
「やり直せばいい」
「それを」
「自分たちで選べばいい」
男は。
黙っている。
「俺は」
「世界を」
「永遠に安定させたいわけじゃない」
「みんなが」
「失敗しない世界を」
「作りたいわけでもない」
「ただ」
「失敗したときに」
「もう一度」
「立ち上がれる世界にしたい」
『……』
「願いを」
「消すんじゃない」
「願いを叶えるための」
「力を」
「誰か一人に」
「集中させない」
「世界全体に」
「分ける」
男の目が。
大きく開いた。
『……それは』
『つまり』
「ああ」
「願いを」
「みんなのものにする」
『……』
「原初だけに」
「世界を作り直させない」
「誰か一人が」
「世界を変えるんじゃない」
「みんなが」
「少しずつ」
「未来を変える」
『……』
長い沈黙。
そして。
男が。
笑った。
『それは』
『私が』
『一度も』
『考えなかった答えだ』
「……」
『なるほど』
『願いを』
『なくすのではなく』
『願いを』
『分ける』
「そうだ」
『ならば』
男が。
両手を広げる。
『最後の試練を』
『始めよう』
「……?」
その瞬間。
俺たちの足元に。
巨大な魔法陣が。
出現した。
「なっ……!」
「レオン!」
仲間たちが。
俺のところへ。
集まる。
しかし。
遅かった。
魔法陣から。
大量の光が。
噴き出す。
そして。
俺たち一人一人の前に。
一つの扉が。
現れた。
アリアの前には。
赤い扉。
セレナの前には。
青い扉。
ノアの前には。
白い扉。
セリアの前には。
金色の扉。
そして。
俺の前には。
黒い扉。
「……これは?」
『それぞれの』
『最も強い願い』
『その姿だ』
「……」
『扉を開ければ』
『願いは叶う』
「……!」
『ただし』
『一つだけ』
『条件がある』
「何?」
『自分の願いを叶えるために』
『誰か一人を』
『犠牲にしなければならない』
「……!」
『誰を犠牲にするかは』
『お前たち自身が』
『決める』
「そんな……」
ノアが。
青ざめる。
「また」
「同じことを……」
「違う」
俺は。
首を横に振った。
「これは」
「俺たちが」
「乗り越えるための」
「最後の試練だ」
俺は。
黒い扉を見る。
扉には。
文字が刻まれている。
――『レオンの願い』
「……」
俺は。
手を伸ばす。
だが。
その瞬間。
扉の向こうから。
声がした。
『レオン』
「……」
『もし』
『一人だけ』
『犠牲にすれば』
『すべてが終わるとしたら』
『誰を選ぶ?』
「……」
『アリアか?』
「……!」
『セリアか?』
「……」
『ユウトか?』
「……」
『それとも』
『お前自身か?』
俺は。
扉を見つめる。
そして。
静かに。
答えた。
「――誰も選ばない」
『……』
「俺は」
「百七十三回目の世界で」
「もう」
「同じ選択はしない」
俺は。
黒い扉から。
手を離した。
「だから」
「この試練そのものを」
「壊す」
――ドクン。
俺の胸で。
十個の鍵が。
一斉に。
輝いた。
『……!』
創世者の顔から。
笑みが消える。
「みんな!」
俺は。
叫んだ。
「自分の扉を」
「壊してくれ!」
アリアが。
剣を握る。
「……分かった!」
セレナが。
魔力を解放する。
「やります!」
ノアも。
杖を掲げる。
「うん!」
一人。
また一人。
それぞれが。
自分の願いを。
拒絶する。
――ガシャァァァン!!
扉が。
砕ける。
しかし。
壊れた扉の奥から。
さらに。
巨大な光が。
溢れ出した。
「……!」
創世者が。
叫ぶ。
『やめろ!!』
初めて。
その声に。
感情があった。
恐怖。
「……?」
『それ以上』
『願いを拒絶するな!』
「どうして?」
『願いを拒絶すれば』
『世界そのものが』
『お前たちを』
『拒絶する!』
「……!」
世界が。
崩れ始める。
大地が。
消える。
空が。
割れる。
遠くの世界まで。
次々と。
光を失っていく。
『レオン!』
原初の声が。
響く。
『これは』
『私にも』
『止められない!』
「……!」
『お前たちは今』
『世界の根幹にある』
『願いそのものを』
『否定している!』
「じゃあ」
「どうすればいい!?」
『願いを』
『否定するな!』
『受け入れろ!』
「……」
『願いを持つことも』
『間違いではない!』
『誰かを救いたいと思うことも』
『自分が幸せになりたいと思うことも』
『全部』
『生命の証だ!』
「……!」
『問題なのは』
『願いを叶えるために』
『誰かを犠牲にすることだ!』
俺は。
目を見開く。
「……だったら」
「答えは」
「一つだ」
俺は。
全員を見る。
「願いを」
「叶える」
「でも」
「誰も」
「犠牲にしない」
十個の鍵が。
最大の輝きを放った。
そして。
俺たちの前に。
新しい扉が。
生まれる。
そこには。
たった一つ。
文字が刻まれていた。
――『共に願う者たち』
俺は。
その扉へ。
手を伸ばす。
すると。
創世者が。
静かに。
笑った。
『ようやく』
『最初の願いが』
『最後の答えへ』
『辿り着いた』
扉が。
開く。
その向こうには。
俺たちが。
今まで見てきた。
百七十二の世界。
その全てが。
一つの光となって。
待っていた。
そして。
その中心に。
ユウトが。
立っていた。
「……ユウト」
ユウトは。
笑う。
『兄ちゃん』
「……」
『今度は』
『俺の願いじゃない』
『兄ちゃん自身の願いを』
『叶えてよ』
「……」
俺は。
ゆっくり。
前へ進んだ。
そして。
百七十二の世界すべてが。
一つの光へ。
変わっていく。
世界の外側で。
最後の戦いが。
始まろうとしていた。




