第47話 世界の外側
一歩。
ただ。
一歩だった。
なのに。
その一歩を踏み出した瞬間。
世界が。
消えた。
「――――」
音がない。
風もない。
匂いもない。
重力すら。
感じない。
目の前にあるのは。
ただ。
果てのない。
黒。
「……」
俺は。
自分の手を見る。
ちゃんと。
そこにある。
足も。
ある。
身体も。
ある。
なのに。
どこか。
現実感がない。
「レオン……?」
アリアの声。
振り返る。
「アリア」
「……よかった」
アリアが。
胸を撫で下ろす。
「ちゃんといる」
「当たり前だろ」
「だって……」
アリアが。
周囲を見る。
「ここ」
「本当に」
「世界の外なんだね」
「ああ」
俺も。
周囲を見る。
俺たち以外。
何もない。
……いや。
よく見ると。
違う。
遠くに。
無数の光が。
浮かんでいた。
星ではない。
もっと。
大きい。
球体。
それぞれが。
一つの世界だった。
「……」
セレナが。
息を呑む。
「あれ……全部」
「世界です」
祖父が。
答えた。
「無数の世界……」
ノアが。
呟く。
「こんなに」
「たくさん……」
俺は。
その光景を。
見つめた。
何百。
何千。
いや。
数え切れない。
無数の世界。
その一つ一つで。
誰かが。
生きている。
笑っている。
泣いている。
誰かを。
愛している。
「……」
胸が。
苦しくなった。
こんなにも。
たくさんの世界が。
存在している。
そして。
その全てが。
いつか。
終わる。
そう思った。
そのとき。
声が。
響いた。
『――ようこそ』
「……!」
俺たちの前に。
巨大な白い光が。
現れた。
それは。
人の形をしていた。
頭。
身体。
腕。
足。
けれど。
顔はない。
ただ。
二つの巨大な目だけが。
浮かんでいる。
『世界の外へ』
「原初……」
『そうだ』
俺は。
剣を抜いた。
「ここで」
「決着をつける」
『……』
原初が。
俺を見る。
『戦うのか?』
「そのつもりだ」
『お前は』
『まだ』
『私を理解していない』
「なら」
俺は。
剣を構える。
「戦いながら」
「理解する」
『……』
原初が。
静かに。
笑った。
『それも』
『人間らしい』
次の瞬間。
――ドンッ!!
空間が。
爆発した。
「――っ!」
俺たちは。
それぞれ。
吹き飛ばされる。
「レオン!」
「大丈夫!」
空中で。
身体を捻る。
足場なんて。
ない。
なのに。
俺は。
立っていた。
「……?」
足元を見る。
何もない。
けれど。
立てる。
『ここは』
『お前の認識が』
『現実になる場所』
原初が。
言った。
『世界の外側では』
『物理法則など』
『意味を持たない』
『お前が』
『どう思うか』
『それが』
『世界になる』
「……なら」
俺は。
一歩。
踏み出した。
すると。
足元に。
白い地面が。
生まれた。
「こういうことか」
『そう』
「なら」
俺は。
空を。
見上げる。
「俺が」
「原初を倒せると思えば」
「倒せる」
『――試してみろ』
原初の身体が。
巨大に。
膨れ上がる。
無数の腕。
無数の目。
無数の口。
そして。
その全てが。
俺たちを。
見つめる。
『私は』
『百七十三の世界を』
『見てきた』
『無数の生命を』
『知っている』
『お前より』
『ずっと』
『多くを』
『知っている』
「……」
『それでも』
『私は』
『生命を』
『理解できなかった』
「だから」
「世界を」
「何度も」
「作り直したのか」
『そうだ』
『笑う生命』
『泣く生命』
『争う生命』
『愛する生命』
『その全てを』
『観察した』
『だが』
『どれだけ見ても』
『答えは』
『見つからなかった』
「……」
『だから』
『私は』
『完全な世界を』
『作ろうとした』
「それが」
「白い世界か」
『そう』
『苦しみがない』
『悲しみがない』
『死がない』
『失うこともない』
『永遠に』
『幸せな世界』
「……」
一瞬。
魅力的に。
聞こえた。
でも。
俺は。
首を横に振る。
「それは」
「幸せじゃない」
『なぜ?』
「選べないからだ」
『……』
「笑うことも」
「泣くことも」
「誰かを好きになることも」
「嫌いになることも」
「失敗することも」
「やり直すことも」
「全部」
「自分で選ぶから」
俺は。
胸に手を当てる。
「それが」
「生きるってことだ」
原初が。
黙る。
そして。
――ズンッ!!
巨大な手が。
俺へ。
振り下ろされた。
「――!」
俺は。
横へ跳ぶ。
――ドォォォン!!
白い地面が。
粉々になる。
「レオン!」
「大丈夫!」
俺は。
走る。
原初へ。
一直線に。
「――《可能性共有》!」
八つの光が。
仲間へ。
繋がる。
「行くよ!」
アリアが。
剣を構える。
「任せて!」
セレナが。
魔力を解放。
「私も!」
ノアが。
杖を掲げる。
エリス。
カイン。
リナ。
ミア。
そして。
セリア。
全員が。
俺と。
繋がる。
「――《九重連結》!!」
九つの光が。
一つに。
なる。
――ズガァァァァン!!
巨大な光が。
原初を。
貫いた。
『……!』
原初の身体に。
亀裂が走る。
「効いてる!」
カインが。
叫ぶ。
「このまま!」
俺は。
さらに。
踏み込む。
「うおおおおおおおっ!!」
剣を。
振り下ろす。
――ズバァァァン!!
原初の身体が。
大きく。
裂けた。
「やった……?」
セレナが。
呟く。
だが。
祖父が。
叫ぶ。
『まだだ!!』
「……!」
裂けた身体の。
向こう側から。
何かが。
見えた。
黒い。
巨大な。
心臓。
ドクン。
ドクン。
世界の外側に。
心臓が。
存在している。
『あれが』
祖父が。
言う。
『原初の核だ』
「……」
『だが』
『あれを』
『壊してはいけない』
「……え?」
『壊せば』
『全ての世界が』
『消える』
「……!」
原初の声が。
響く。
『そうだ』
『私の核は』
『全世界と』
『繋がっている』
『私を壊せば』
『全てが』
『終わる』
「……」
「じゃあ」
俺は。
剣を。
下ろした。
「どうすれば」
「いい?」
祖父が。
答える。
『原初を』
『倒す必要はない』
「……?」
『原初を』
『変えるんだ』
「変える?」
『そう』
『お前が』
『私を』
『殺さないと言った意味』
『ようやく』
『分かった』
原初が。
こちらを見る。
『……私を』
『変える?』
「そうだ」
俺は。
剣を。
鞘へ戻した。
「お前は」
「ずっと」
「答えを」
「探してた」
『……』
「なら」
俺は。
手を伸ばした。
「一緒に」
「探そう」
『……』
原初が。
動かない。
「お前が」
「分からないなら」
「俺たちが」
「教える」
『何を?』
「生きること」
「……」
「失うこと」
「悲しむこと」
「笑うこと」
「誰かを守ること」
「そして」
「また」
「立ち上がること」
『……』
「それが」
「全部」
「生きるってことだ」
長い。
長い沈黙。
そして。
原初が。
初めて。
俺の差し出した手を。
見た。
『……私は』
『それを』
『知りたい』
「……!」
『だが』
『一つ』
『問題がある』
「何?」
原初が。
ゆっくり。
振り返る。
その視線の先。
そこには。
一つの世界が。
あった。
黒く。
崩れかけている。
「……あれは?」
『百七十二番目の世界』
「……!」
『お前が』
『最初に』
『終わらせた世界』
俺は。
息を呑む。
『あの世界は』
『まだ』
『完全には』
『消えていない』
「……」
『そして』
『あの世界には』
『お前が』
『残したものが』
『一つある』
「何を?」
原初が。
答える。
『――お前の』
『最初の願い』
「……」
『それを』
『回収しなければ』
『今の世界も』
『永遠に』
『安定しない』
セリアが。
震える。
「最初の願い……」
老人も。
顔を曇らせた。
『あれは』
『最後の世界への』
『扉になる』
「……」
俺は。
崩れかけた世界を見る。
その中に。
小さな。
光が見えた。
その光は。
まるで。
誰かの。
心臓のように。
鼓動している。
――ドクン。
――ドクン。
そして。
その光の中から。
声が。
聞こえた。
『……レオン』
「……!」
その声。
俺は。
知っている。
忘れるはずがない。
「……父さん?」
違う。
父さんじゃない。
もっと。
幼い。
弱々しい。
けれど。
確かに。
俺自身の声だった。
『お願いだ』
『もう一度だけ』
『世界を』
『やり直したい』
「……!」
原初が。
告げる。
『それが』
『お前が』
『最初に』
『願ったことだ』
俺は。
崩れゆく世界を。
見つめた。
そして。
理解した。
百七十二回。
世界が。
繰り返された理由。
原初が。
世界を。
作り直した理由。
そして。
俺が。
何度も。
世界を救おうとした理由。
全部の始まりに。
一つの願いが。
あった。
――もう一度。
――みんなと。
――笑いたい。
「……」
俺は。
拳を握った。
「行こう」
アリアが。
隣に立つ。
「どこへ?」
俺は。
崩れゆく世界を。
指差した。
「百七十二番目の世界へ」
「……!」
「そこに」
「俺たちが」
「最後に」
「向き合わなきゃいけないものが」
「残ってる」
セリアが。
静かに。
頷いた。
「最後の願い……」
ノアが。
俺の手を握る。
「一緒に行くよ」
「ありがとう」
セレナも。
微笑む。
「今度こそ」
「誰も置いていきません」
俺は。
みんなを見る。
そして。
一歩。
踏み出した。
その瞬間。
崩れかけた世界への扉が。
開いた。
その向こうから。
懐かしい風が。
吹いてきた。
――百七十二番目。
全ての始まりであり。
全ての終わりだった世界。
そこへ。
俺たちは。
戻る。
そして。
その世界には。
まだ。
俺たちが知らない。
「最後の敵」が。
待っていた。




