第30話 本当の母親
「お前の本当の母親は――」
父さんの声が。
そこで途切れた。
「……え?」
目の前が。
真っ暗になる。
「父さん!」
手を伸ばす。
だが。
届かない。
「待って!」
「まだ何も聞いてない!」
必死に叫ぶ。
しかし。
声は。
闇に吸い込まれていった。
そして――。
「――レオン!」
誰かが。
俺の身体を揺さぶっている。
「……っ」
目を開ける。
「レオン!」
セレナの顔が。
目の前にあった。
「……セレナ?」
「よかった……!」
彼女が。
大きく息を吐く。
「急に倒れたんですよ!」
「俺が……?」
身体を起こす。
周囲を見る。
世界樹。
仲間たち。
そして。
少し離れた場所に。
アルベルト。
……いや。
違う。
俺が見た父さんは。
幻だった。
現実には。
第三封印の奥。
鎖に繋がれたまま。
父さんは立っている。
「……父さん」
俺が呟く。
アルベルトが。
驚いたように目を見開いた。
「お前……」
「どうした?」
「今」
父さんの顔が。
青ざめていた。
「俺の精神世界に」
「入ったのか?」
「精神世界?」
「そうだ」
アルベルトが。
俺を見る。
「終焉の力を使いすぎたことで」
「お前の意識が」
「俺のいる封印領域と繋がった」
「……」
「そこで」
「何かを見たのか?」
俺は。
答えようとして――。
止まった。
父さんの言葉を思い出す。
『お前の本当の母親は――』
「……」
「レオン?」
「父さん」
俺は。
ゆっくり尋ねる。
「俺の母親って」
「母さんじゃないの?」
アルベルトの顔から。
完全に表情が消えた。
「……」
沈黙。
それが。
答えのようだった。
「父さん」
「答えて」
「……ミレイアは」
アルベルトが。
目を閉じる。
「お前の母親だ」
「じゃあ」
「さっき言った」
「本当の母親って何?」
アルベルトは。
苦しそうに。
顔を伏せた。
「……」
「父さん!」
「レオン」
低い声。
「今は」
「まだ話せない」
「どうして!」
「お前が」
アルベルトは。
鎖を握る。
「すべてを知るには」
「まだ早い」
「またそれかよ!」
俺は。
思わず叫んだ。
「俺は何も知らない!」
「父さんが何をしたのかも!」
「アリアが何なのかも!」
「終焉王が何なのかも!」
「俺自身が何なのかも!」
「それなのに!」
「いつも――」
俺の声が。
震える。
「まだ早いって……」
アルベルトは。
何も言わない。
「俺は」
「父さんの息子だろ?」
「……ああ」
「だったら」
「ちゃんと教えてよ」
しばらくして。
父さんが。
静かに口を開いた。
「……すまない」
それだけだった。
---
そのとき。
世界樹全体が。
大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「何だ!?」
エリスが。
周囲を見回す。
「封印が崩れている!」
カインが。
叫ぶ。
「このままじゃ」
「世界樹そのものが倒れるぞ!」
「そんな……」
セレナが。
青ざめる。
「世界樹が倒れたら」
「大陸中の魔力循環が」
「止まります」
「止まる?」
「最悪の場合」
セレナが。
息を呑む。
「数千万人が」
「魔力災害に巻き込まれます」
「……!」
俺は。
第三封印を見る。
「終焉王を」
「もう一度封印すればいいんだな?」
アルベルトが。
首を横に振る。
「無理だ」
「え?」
「一度開いた封印は」
「同じ方法では」
「閉じられない」
「じゃあ」
「どうする?」
「……」
父さんが。
俺を見る。
「お前が」
「新しい封印になるしかない」
「……は?」
「レオン」
「お前の中には」
「創造と終焉」
「二つの力がある」
「だから」
「第三封印を」
「新しい形で作り直せる」
俺は。
自分の胸に手を当てる。
「俺が……封印になる?」
「そうだ」
「じゃあ」
「俺はここから出られないのか?」
父さんは。
答えなかった。
「……」
その沈黙を見て。
俺は笑った。
「それは」
「嫌だな」
「レオン……」
セレナが。
俺を見る。
「俺は」
「まだ旅の途中だ」
「父さんにも会えてない」
「アリアとも」
「ちゃんと話せてない」
「リナも」
「エリスも」
「カインも」
「まだ一緒に行くって」
「決めたばかりだ」
俺は。
剣を握る。
「なのに」
「ここで終わりなんて」
「認められるかよ」
その瞬間。
背後から。
声がした。
「……だったら」
「別の方法を探せばいい」
振り返る。
「アリア……」
赤い髪の少女。
アリアが。
そこに立っていた。
「姉さん……」
「その呼び方」
アリアは。
少しだけ笑う。
「嬉しいな」
だが。
エリスが。
剣を構える。
「近づくな」
「エリス」
「この女は危険です」
アリアは。
悲しそうに笑った。
「そうだね」
「私は危険」
「でも」
彼女は。
俺を見る。
「レオンを殺すつもりはないよ」
「だったら」
俺は。
一歩前へ出る。
「俺たちに協力してくれ」
アリアが。
驚く。
「……私に?」
「ああ」
「どうして?」
「姉さんだから」
「……」
アリアの目から。
涙が落ちた。
「ずるいなあ」
「え?」
「そんなこと言われたら」
「断れないじゃん」
そのとき。
ヴァルガスが。
ゆっくり姿を現した。
「感動的ですね」
「……!」
「家族の再会」
「ヴァルガス!」
俺は。
剣を向ける。
ヴァルガスは。
笑っていた。
「ですが」
「時間がありません」
彼が。
手を上げる。
すると。
世界樹の根元に。
巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「何をした!」
「準備です」
「第三封印の」
「完全解放の」
「……!」
アリアの顔色が。
変わる。
「ヴァルガス!」
「どうしたんです?」
「それを止めて!」
「なぜ?」
「終焉王が出れば」
「レオンが死ぬ!」
「ええ」
ヴァルガスが。
微笑む。
「だからこそ」
「価値がある」
「……!」
「レオン・アストリア」
ヴァルガスが。
俺を指差す。
「あなたが死ねば」
「始祖の魂は」
「終焉王へ戻る」
「そして」
「世界は」
「完全な終焉を迎える」
「そんなこと」
俺は。
剣を握る。
「させるか!」
「できますか?」
ヴァルガスが。
笑う。
「今のあなたには」
「無理ですよ」
「なぜなら」
彼が。
指を鳴らす。
パチン。
その瞬間。
俺の胸が。
激しく痛んだ。
「――っ!」
「レオン!」
黒い紋様が。
全身へ広がる。
「ぐ……!」
「終焉石が」
セレナが。
叫ぶ。
「暴走しています!」
「どうして!」
「ヴァルガスが」
「遠隔で共鳴させている!」
「くそっ……!」
俺は。
膝をつく。
『レオン』
頭の中。
あの声。
「……お前」
『奴は』
『我とお前の繋がりを利用している』
「止められるか?」
『一つ方法がある』
「何だ?」
『我を』
『完全に受け入れろ』
「……!」
『今までは』
『お前と我は』
『別々だった』
『だが』
『一つになれば』
『ヴァルガスの干渉を』
『断てる』
「一つに……」
『ただし』
「何だ?」
『俺とお前』
『どちらかが』
『消える』
「……!」
『決めろ』
『レオン』
『俺を消すか』
『それとも――』
その瞬間。
俺の脳裏に。
白い空間が浮かんだ。
そこに。
もう一人の俺が。
立っている。
「……」
俺は。
そいつを見る。
『選べ』
「……嫌だ」
『何?』
「どっちも」
『……』
「俺は」
「お前も消さない」
『不可能だ』
「なら」
俺は。
手を差し出した。
「二人で」
「一つになればいい」
『……』
「俺は」
「お前を殺さない」
「お前も」
「俺を殺すな」
「一緒に」
「この世界を守ろう」
もう一人の俺は。
しばらく黙っていた。
やがて。
小さく笑った。
『……本当に』
『お前は馬鹿だな』
「よく言われる」
『なら』
その手が。
俺の手を握った。
『一緒に行こう』
瞬間。
白と黒の光が。
爆発した。
「――レオン!!」
セレナが。
叫ぶ。
俺の身体から。
光が溢れる。
黒い紋様が。
消えていく。
ヴァルガスの表情が。
初めて崩れた。
「な……」
「そんな……」
「終焉石との」
「完全融合だと……?」
俺は。
ゆっくり立ち上がった。
右目は。
黒く。
左目は。
白く。
そして。
両方の魔力が。
完全に俺の意思で動いている。
「ヴァルガス」
俺は。
彼を見る。
「もう」
「俺を操れないぞ」
「……!」
ヴァルガスが。
後ずさる。
そのとき。
世界樹の奥から。
終焉王の声が響いた。
『――面白い』
『実に面白いぞ』
『二つの魂が』
『一つになったか』
「終焉王……」
『ならば』
巨大な赤い瞳が。
俺を見つめる。
『我が直接』
『お前を試してやろう』
「……上等だ」
俺は。
剣を構える。
「来い」
「終焉王!」
だが。
その瞬間。
父さんが。
叫んだ。
「レオン!」
「何?」
「その力を使うな!」
「……え?」
父さんの顔が。
恐怖に歪んでいた。
「その力は」
「終焉王と」
「同じ領域の力だ」
「使えば」
「お前の魂が」
「奴に引きずられる!」
「でも」
「このままじゃ」
「世界が!」
「だから!」
父さんが。
叫ぶ。
「お前に」
「最後の力を」
「渡す!」
「最後の力?」
アルベルトの身体から。
白い光が。
溢れ始める。
「俺の」
「創造の力を」
「全部」
「お前に渡す」
「父さん!」
「受け取れ!」
白い光が。
俺へ向かって。
一直線に飛んでくる。
そして――。
俺の胸へ。
吸い込まれた。
ドクン。
心臓が。
一度。
大きく鳴る。
その瞬間。
俺は。
理解した。
創造。
終焉。
二つの力。
そのさらに上に。
もう一つ。
第三の力が。
存在している。
「……これは」
アルベルトが。
微笑む。
「それが」
「俺たちが」
「最後まで」
「辿り着けなかった力だ」
「父さん……」
「レオン」
「世界を」
「頼む」
その身体から。
白い光が。
消えていく。
「父さん!」
俺が。
叫ぶ。
だが。
アルベルトは。
ただ。
微笑んでいた。
「やっと」
「お前に」
「会えたな」
その言葉を最後に。
アルベルトの姿が。
光の中へ。
消えていった。
「――父さん!!」
世界樹が。
轟音を上げる。
そして。
第三封印が。
完全に開いた。
その奥から。
終焉王が。
姿を現す。
『――さあ』
『始めよう』
『最後の戦いを』
俺は。
涙を拭う。
そして。
剣を握った。
「……ああ」
「終わらせよう」
「父さんが」
「二十年間守ってきたものを」
「俺たちが」
「今度は守る」
世界樹の空を。
黒い雲が覆っていく。
終焉王が。
巨大な翼を広げた。
そして。
世界樹の頂上から。
無数の黒い光が。
世界へ向かって。
降り始めた。
――世界の終焉が。
始まった。




