第29話 終焉の王
『逃げろ』
頭の中で。
声が響いた。
『レオン』
『あれは――』
『本物の終焉だ』
「……」
俺は。
目の前にあるものを見つめた。
巨大な腕。
黒い。
いや。
黒という言葉では足りない。
光そのものを。
吸い込んでいる。
そんな腕だった。
世界樹の根元に開いた。
第三封印。
その奥から。
ゆっくりと。
何かが這い出してくる。
ズズズズズ……。
地面が震える。
世界樹が軋む。
鳥たちが。
一斉に空へ逃げていく。
「レオン!」
セレナが叫ぶ。
「下がって!」
「分かってる!」
俺は。
剣を構えた。
だが。
足が動かなかった。
怖い。
今まで感じたことのない恐怖だった。
魔王とも。
ヴァルガスとも。
比べ物にならない。
目の前にいるだけで。
身体が。
「死ね」
そう。
本能が告げている。
『我も同じだ』
頭の中の存在が。
低く呟いた。
『あれには』
『勝てぬ』
「……お前でも?」
『今の我ではな』
「……」
「じゃあ」
俺は。
剣を握り直した。
「どうする?」
『逃げろ』
「嫌だ」
『死ぬぞ』
「それでも」
俺は。
一歩前へ出た。
「父さんがいる」
「アリアもいる」
「みんながいる」
「逃げるわけにはいかない」
『……』
声が。
しばらく黙る。
そして。
『本当に』
『愚かな奴だ』
「よく言われる」
俺は。
笑った。
その瞬間。
第三封印の奥から。
声が響いた。
『――人間』
空気が。
一瞬で凍りつく。
「……!」
巨大な赤い瞳が。
俺を見る。
『こちらへ来い』
「嫌だ」
即答。
『……』
「お前が何なのかは知らない」
「でも」
「俺を器にするつもりなら」
「断る」
赤い瞳が。
細くなる。
『器?』
「……?」
『違う』
「何が?」
『お前は』
『器ではない』
「じゃあ何だ?」
『――鍵だ』
「……」
ヴァルガスが。
興奮したように叫ぶ。
「そうです!」
「レオン!」
「あなたは器ではない!」
「扉を開くための――」
「黙れ!」
俺が叫ぶ。
「さっきから!」
「俺を物みたいに呼ぶな!」
「俺は」
「鍵でも」
「器でもない!」
「俺は――」
その瞬間。
赤い瞳の奥に。
別の光が見えた。
白い光。
そして。
一人の男。
「……父さん?」
映像だった。
世界樹の奥。
鎖に繋がれた。
アルベルト。
「父さん!」
俺が叫ぶ。
アルベルトの顔が。
ゆっくり上がる。
「……レオン」
「!」
確かに。
父さんだった。
「父さん!」
俺は。
走ろうとする。
だが。
目の前に。
黒い壁が現れた。
「くそっ!」
剣で斬る。
ガキィン!
弾かれる。
「父さん!」
アルベルトは。
苦しそうに。
こちらを見る。
「来るな!」
「……!」
「レオン!」
「ここから」
「離れろ!」
「嫌だ!」
「父さんを助けに来た!」
「だめだ!」
アルベルトが。
叫ぶ。
「お前がここに来れば!」
「すべてが終わる!」
「どういう意味だよ!」
「第三封印は」
アルベルトが。
鎖を握る。
「俺を封じているんじゃない!」
「……え?」
「こいつを」
アルベルトが。
背後を見る。
「封じている!」
その瞬間。
巨大な赤い瞳が。
ゆっくり。
笑った。
『――そうだ』
『我こそが』
『第三封印の正体』
「……」
『世界が生まれるより前から存在した』
『最初の終焉』
『死』
『消滅』
『無』
『すべての終わりを司る者』
『我が名は――』
巨大な身体が。
ゆっくり姿を現す。
その姿は。
人間に似ていた。
だが。
身体の半分は。
黒い霧。
顔には。
赤い瞳が二つ。
頭には。
巨大な角。
そして。
背中には。
無数の黒い翼。
『終焉王』
その名前が。
世界樹全体に響いた。
「……終焉王」
セレナが。
震える。
「そんな存在」
「伝承にも……」
「ありません」
エリスが。
剣を構える。
「いや」
「一つだけ」
「古い記録に」
「名前があった」
カインが。
呟く。
「《虚無の王》」
「……!」
エリスが。
頷く。
「世界を滅ぼしかけた」
「神話時代の存在」
「でも」
「神話じゃなかった」
俺は。
アルベルトを見る。
「父さん」
「じゃあ」
「ずっと」
「この化け物を封じてたのか?」
アルベルトは。
頷いた。
「そうだ」
「二十年間」
「ずっと」
「一人で」
「……」
俺は。
拳を握る。
「なら」
「俺が代わる」
「だめだ!」
「父さん!」
「レオン!」
アルベルトの声が。
響き渡る。
「お前には」
「まだ早い」
「でも!」
「お前には」
「守るべき未来がある」
「俺の未来なんか!」
「ある!」
父さんが。
叫ぶ。
「お前には!」
「生きてほしい!」
「……」
「それが」
「俺の願いだ」
俺は。
言葉を失った。
父さんは。
ずっと。
俺のことを。
「……ずるいよ」
俺は。
小さく呟く。
「そんなこと言われたら」
「助けるしかないじゃん」
アルベルトが。
少しだけ笑った。
「……お前は」
「昔から」
「頑固だったな」
「会ったことないだろ」
「……」
「なのに」
「なんで分かるんだよ」
「父親だからな」
その言葉を聞いた瞬間。
胸が。
熱くなった。
「……父さん」
「何だ?」
「俺」
「強くなったよ」
「……そうか」
「母さんも」
「セレナも」
「リナも」
「エリスも」
「みんな」
「俺を支えてくれた」
アルベルトが。
微笑む。
「なら」
「安心した」
だが。
その瞬間。
終焉王が。
腕を上げた。
『――くだらぬ』
「!」
『人間の家族ごっこなど』
『我には関係ない』
黒い魔力が。
一気に膨れ上がる。
『二十年間』
『我を封じた代償を』
『今こそ払え』
ズドォォォン!!
黒い波動が。
放たれた。
「――っ!」
セレナが。
叫ぶ。
「《聖域結界》!」
巨大な光の結界が。
展開される。
ドゴォォォン!!
衝撃で。
地面が抉れる。
「くっ……!」
セレナの膝が。
震える。
「セレナ!」
「大丈夫です!」
「でも!」
「まだです!」
セレナが。
歯を食いしばる。
「みんなを」
「守ります!」
エリスが。
横へ並ぶ。
「一人では無理」
「私もいる」
カインも。
剣を構える。
「俺もだ」
リナが。
杖を握る。
「私も!」
「……」
俺は。
仲間を見る。
「みんな……」
エリスが。
笑う。
「一人で戦うな」
カインも。
頷く。
「仲間ってのは」
「そういうものだろ」
リナが。
胸を張る。
「レオン一人に」
「全部やらせない!」
セレナが。
微笑む。
「一緒に行きましょう」
俺は。
目を閉じた。
そして。
笑った。
「……ああ」
剣を構える。
右手に黒い魔力。
左手に白い魔力。
だが。
今までとは。
何かが違う。
白と黒が。
反発しない。
むしろ。
一つになろうとしている。
『レオン』
「何だ?」
『お前は』
『創造と終焉を』
『同時に使おうとしているな』
「ああ」
『危険だ』
「分かってる」
『失敗すれば』
『お前自身が消える』
「それでも」
俺は。
終焉王を見る。
「やる」
『……』
「父さんを」
「助ける」
「アリアも」
「助ける」
「世界も」
「全部」
「俺が守る」
『……』
そして。
頭の中の存在が。
静かに答えた。
『ならば』
『力を貸そう』
「……!」
『お前の望みを』
『我が終焉で』
『切り開く』
左手に。
白い光。
右手に。
黒い光。
そして。
二つの光を。
剣へ集める。
「――創造」
白い光が。
剣を包む。
「――終焉」
黒い光が。
その上から重なる。
「二つを」
「一つにする!」
世界樹が。
光り始めた。
アルベルトが。
目を見開く。
「……まさか」
「レオン!」
「それは――」
俺は。
剣を振り上げる。
「――《創世終焉》!!」
白と黒。
相反する二つの力が。
一本の巨大な刃となった。
終焉王が。
初めて。
表情を変える。
『……その力』
『その技は――』
そして。
俺は。
叫んだ。
「父さんを返せぇぇぇぇぇっ!!」
斬撃が。
世界樹を駆け抜ける。
終焉王へ。
一直線に。
迫っていく。
だが。
終焉王は。
ゆっくりと。
右手を上げた。
『――愚かな』
黒い闇が。
すべてを覆う。
『お前が斬ろうとしているのは』
『我ではない』
「……?」
『お前自身の』
『未来だ』
ドォォォォォン!!
白と黒の斬撃と。
終焉王の闇が。
激突した。
世界樹が。
大きく揺れる。
そして。
その瞬間。
俺の中で。
何かが。
砕けた。
「――ぐっ!」
視界が。
真っ白になる。
『レオン!!』
誰かの声が。
聞こえる。
「レオン!」
セレナ。
「レオン!」
エリス。
「お兄ちゃん!」
リナ。
「立て!」
カイン。
そして。
最後に。
父さんの声。
「レオン――!」
その声を聞きながら。
俺の意識は。
深い闇へ。
落ちていった。
---
「……ここは?」
目を開ける。
真っ白な空間。
何もない。
地面も。
空も。
ない。
「……夢?」
『違う』
背後から。
声。
振り返る。
そこに。
一人の男が立っていた。
黒い髪。
赤い瞳。
そして。
俺と同じ顔。
「……お前」
男が。
笑う。
『ようやく』
『二人で話せるな』
「……誰だ?」
男は。
ゆっくり。
手を差し出した。
『俺は』
『お前の中にいる』
『もう一人のレオンだ』
「……!」
『正確には』
『お前が生まれたときに』
『分かれた』
『終焉側の人格』
俺は。
言葉を失った。
『そして』
男は。
笑う。
『俺たちは』
『これから』
『一つになる』
その瞬間。
白い空間の彼方から。
巨大な扉が。
開いた。
その奥に。
誰かが立っている。
赤い髪。
白い服。
「……アリア?」
少女は。
涙を流していた。
「レオン」
そして。
その後ろには。
もう一人。
「……父さん」
アルベルトが。
立っていた。
しかし。
父さんは。
悲しそうに。
俺を見つめていた。
「レオン」
「お前には」
「まだ」
「知らなければならないことがある」
「何?」
アルベルトは。
ゆっくり答えた。
「お前の本当の母親は――」
そこで。
世界が。
暗転した。




