第26話 父アルベルトの真実
地下牢。
重い鉄の扉が開く。
ギィィィ……。
俺たちは。
ゆっくり中へ入った。
「……」
薄暗い牢獄。
壁には魔法灯がいくつか灯っている。
その一番奥。
椅子に座っていた男が。
ゆっくり顔を上げた。
「来ましたか」
ヴァルガス。
昨日まで俺たちを殺そうとしていた男。
その姿は。
今は妙に落ち着いていた。
「……」
俺は。
数メートル離れた場所で止まる。
「父さんについて話したいって?」
「はい」
「だったら話せ」
「その前に」
ヴァルガスが笑う。
「一つだけ質問させてください」
「何だ?」
「あなたは」
ヴァルガスの目が。
俺の右手へ向く。
「自分の父親を」
「英雄だと思っていますか?」
「……」
父さん。
アルベルト・アストリア。
俺が小さい頃。
母さんから聞いた話では。
魔王軍を退け。
数々の国を救った英雄。
そして。
俺が生まれる前に。
命を落とした男。
だから。
俺は一度も会ったことがない。
でも。
ずっと。
憧れていた。
「……ああ」
俺は答える。
「俺にとって父さんは英雄だ」
「そうですか」
ヴァルガスは。
小さく笑った。
「ならば」
「その認識を」
「今日、捨ててください」
「……何?」
「アルベルトは」
ヴァルガスが。
静かに告げる。
「英雄ではありません」
「世界を救った男でもない」
「むしろ――」
その瞬間。
俺の背後から。
声が飛んできた。
「そこまでにして」
母さんだった。
「……母さん?」
ミレイアが。
牢の入口に立っている。
「その話は」
「まだ早い」
ヴァルガスが。
母さんを見る。
「相変わらずですね」
「何が?」
「息子には」
「真実を隠す」
「……」
母さんの表情が。
険しくなる。
「あなたに」
「レオンを語る資格はない」
「ですが」
ヴァルガスは。
笑う。
「アルベルトについて語る資格は」
「私にしかありません」
「……」
「私は」
「彼の研究仲間だった」
「そして」
ヴァルガスが。
俺を見る。
「彼の最後を見届けた男です」
俺は。
一歩前へ出る。
「話せ」
「レオン!」
母さんが止める。
「俺は知りたい」
「……」
「父さんが」
「何をしたのか」
母さんは。
目を閉じた。
「……分かりました」
「でも」
母さんは。
ヴァルガスを睨む。
「嘘を一つでもついたら」
「私が殺します」
「怖いですね」
ヴァルガスは。
肩をすくめた。
「では」
「始めましょう」
---
二十年前。
帝都地下研究施設。
まだ。
母さんと父さんが。
若かった頃。
「アルベルトは」
ヴァルガスが語り始める。
「帝国最高の魔法士でした」
「剣術も」
「魔法も」
「誰よりも優れていた」
「そして」
「創造魔法の使い手だった」
俺は。
黙って聞く。
「ですが」
「ある日」
「アルベルトは」
「世界樹の根で」
「一つの存在を発見した」
「存在?」
「はい」
ヴァルガスの目が。
暗くなる。
「世界樹の根に」
「封じられていた」
「始祖の魂です」
「……」
「始祖?」
セレナが。
反応する。
「古代文明を築いたとされる存在?」
「その通り」
「伝説では」
「始祖は」
「世界を創造した神」
「そう言われています」
ヴァルガスが。
頷く。
「しかし」
「実際には違った」
「始祖は」
「神ではありません」
「では」
俺が聞く。
「何だったんだ?」
「人間です」
「……!」
「ただし」
「普通の人間ではない」
「創造と終焉」
「二つの力を」
「完全に扱える」
「唯一の人間」
俺の右手が。
反応する。
黒い紋様が。
一瞬だけ光った。
『……』
俺の中の存在も。
黙っている。
「アルベルトは」
ヴァルガスが続ける。
「その力を手に入れようとした」
「父さんが?」
「はい」
「世界を救うために」
「……」
「当時」
「魔王軍との戦争は」
「今とは比べものにならないほど激しかった」
「多くの国が滅び」
「人々が死んでいた」
「アルベルトは」
「それを終わらせようとした」
「だから」
「始祖の力を」
「利用しようとした」
俺は。
少しだけ。
父さんを理解できた気がした。
「そして」
ヴァルガスが。
言葉を続ける。
「実験は成功した」
「アルベルトは」
「創造と終焉」
「両方の力を手に入れた」
「……!」
セレナが。
息を呑む。
「ですが」
ヴァルガスが。
首を横に振る。
「力が強すぎた」
「身体が」
「耐えられなかった」
「そして」
「アルベルトの中で」
「終焉が暴走した」
その瞬間。
牢獄の空気が。
重くなる。
「暴走した終焉の力は」
「周囲にいたものを」
「片っ端から消していった」
「人間も」
「魔物も」
「建物も」
「魔法も」
「すべて」
「……」
俺は。
息を呑む。
「その中には」
ヴァルガスが。
母さんを見る。
「ミレイアもいた」
「……!」
俺は。
母さんを見る。
母さんは。
何も言わない。
「ミレイアは」
「アルベルトを止めようとした」
「そして」
「彼女は」
「アルベルトの子を」
「身籠っていた」
「……」
「その子が」
ヴァルガスは。
俺を見る。
「あなたです」
俺は。
黙っていた。
「アルベルトは」
「自分の終焉の力が」
「生まれてくる息子へ」
「流れ込むことを知った」
「だから」
「あなたが生まれた瞬間」
「彼は決断した」
「何を?」
「自分の終焉を」
「あなたへ移すことを」
「……!」
母さんが。
目を伏せる。
「待って」
俺が言う。
「じゃあ」
「俺の中にある終焉は」
「父さんの力?」
「その通りです」
「……」
俺の頭が。
混乱する。
「でも」
セレナが口を開く。
「先ほどは」
「終焉石によって安定させたと」
「ええ」
ヴァルガスが答える。
「終焉石は」
「アルベルトの力を」
「レオンの身体へ定着させるために使われた」
「つまり」
俺は。
右手を見る。
「俺の中には」
「父さんの終焉がある」
「そうです」
ヴァルガスが。
静かに頷く。
「そして」
「もう一つ」
「……何?」
「始祖の魂」
「……!」
「あなたの中には」
「始祖の魂の一部も」
「存在しています」
俺は。
思わず後ずさる。
「待て」
「だったら」
「俺の中には」
「三つのものがあるのか?」
「あなた自身」
「アルベルトの終焉」
「そして」
「始祖の魂」
「……」
頭が。
おかしくなりそうだった。
そのとき。
頭の中から。
声がした。
『違う』
「……え?」
『我は』
『アルベルトでも』
『始祖でもない』
『我は我だ』
「……」
ヴァルガスが。
突然。
笑い始めた。
「素晴らしい!」
「やはり!」
「まだ自我を持っている!」
俺は。
睨みつける。
「何が面白い」
「実験は」
「成功していたのですよ!」
「……」
「アルベルトの終焉」
「始祖の魂」
「そして」
「あなた自身」
「三つを一つの器に入れる」
「それが」
「私たちの目的だった」
母さんが。
叫ぶ。
「私たちじゃない!」
「私は反対した!」
「そうでしたね」
ヴァルガスは。
笑う。
「だから」
「あなたは研究施設を破壊した」
「そして」
「レオンを連れて逃げた」
「……」
母さんの拳が。
震える。
「でも」
ヴァルガスが。
続ける。
「あなたは」
「一つだけ」
「持ち出してしまった」
「終焉石……」
俺が呟く。
「そう」
「それを」
「私たちは」
「ずっと探していた」
「だから」
俺は。
顔を上げる。
「黒冠教団が」
「俺を狙っていたのか」
「その通り」
「あなたの中にある」
「始祖の魂を」
「取り出すために」
「……」
俺は。
しばらく黙った。
そして。
一つの疑問が浮かんだ。
「じゃあ」
「父さんは?」
「アルベルトは」
ヴァルガスが。
少しだけ笑った。
「自分から」
「世界樹へ向かいました」
「第三封印へ?」
「はい」
「なぜ?」
「自分の中にある終焉を」
「完全に封じるためです」
「……」
「ですが」
「彼は一人ではありませんでした」
「誰と?」
ヴァルガスは。
俺を見つめる。
「あなたの中にいる」
「もう一人の存在と」
「契約した」
「……!」
俺の中の声が。
初めて。
明確に反応した。
『……』
「何を契約した?」
ヴァルガスは。
答えた。
「アルベルトは」
「自分の命を差し出す代わりに」
「あなたを守れと」
「命を……?」
「そう」
「だから」
「あなたが死なない限り」
「アルベルトも」
「死ねない」
「……!」
俺は。
息を呑んだ。
父さんは。
俺を守るために。
世界樹にいる。
「じゃあ」
俺は。
震える声で聞いた。
「父さんは」
「今も」
「俺を守ってるのか?」
「ええ」
「そして」
ヴァルガスは。
最後に言った。
「あなたが第三封印へ到達した瞬間」
「契約は終わります」
「……どういう意味だ?」
ヴァルガスは。
静かに笑った。
「アルベルトは」
「死にます」
「……!」
その瞬間。
俺の中で。
何かが切れた。
「嘘だ……」
「レオン」
「嘘だろ……」
母さんが。
俺の肩に手を置く。
「レオン……」
「母さん」
俺は。
母さんを見る。
「父さんを助ける方法は?」
母さんは。
答えなかった。
「あるんだろ?」
「……」
「母さん!」
「……一つだけ」
母さんが。
涙を流す。
「方法はあります」
「教えて」
「第三封印を」
母さんが。
震える声で言った。
「開く前に」
「あなたが」
「アルベルトとの契約を」
「引き継ぐのです」
「……俺が?」
「はい」
「そうすれば」
「アルベルトは」
「生きられる」
俺は。
拳を握る。
「なら」
「それでいい」
「レオン!」
「俺がやる」
「父さんを」
「今度は」
「俺が守る」
その瞬間。
俺の中から。
声が響いた。
『……契約を引き継ぐだと?』
「ああ」
『愚かな』
「何?」
『お前が契約を引き継げば』
『お前は』
『この世界から離れられなくなる』
「それでもいい」
『……』
「父さんが守ってくれたなら」
「今度は俺の番だ」
しばらく。
沈黙。
そして。
初めて。
その声が。
小さく笑った。
『……ならば』
『共に行こう』
『我も』
『お前の父に』
『借りがある』
俺は。
目を閉じる。
「ありがとう」
---
その日の夜。
帝都を出発する準備が始まった。
目的地。
世界樹。
そして。
第三封印。
俺。
セレナ。
リナ。
エリス。
カイン。
そして。
母さん。
六人の旅になる。
「レオン」
出発直前。
母さんが。
俺を呼んだ。
「何?」
母さんは。
一冊の古い本を差し出した。
「これは?」
「アルベルトの日記です」
「……父さんの?」
「はい」
「ずっと持っていました」
俺は。
本を受け取る。
表紙には。
古い文字で。
こう書かれていた。
『息子へ』
「……」
俺の手が。
震えた。
「いつか」
母さんが。
微笑む。
「あなたに渡そうと思っていました」
俺は。
本を胸に抱いた。
「ありがとう」
そして。
馬車へ乗り込む。
世界樹へ。
父さんのいる場所へ。
俺たちは。
帝都を出発した。
だが。
その頃。
帝都のさらに地下。
誰も知らない部屋で。
一人の男が。
水晶へ手を触れていた。
「始まったか」
水晶の中には。
赤い髪の少女が眠っている。
男が。
静かに笑う。
「第三封印が開けば」
「すべてが戻る」
少女の瞳が。
ゆっくり開く。
「……レオン」
そして。
少女は。
小さく呟いた。
「今度は」
「私が」
「あなたを殺す」
――世界樹への旅が。
始まった。




