第25話 父が封じたもの
ドン。
巨大な扉が揺れる。
ドン。
二度目。
そして――。
ドンッ!!
三度目。
「……」
アルベルトは。
目の前の扉を見つめていた。
その向こう側。
そこにいる存在を。
アルベルトは知っている。
二十年前から。
ずっと。
「……まだだ」
アルベルトは。
鎖を握りしめる。
「まだ、お前を出すわけにはいかない」
『なぜだ?』
扉の向こうから。
低い声が響く。
『我はもう十分に待った』
「待て」
『何を?』
「息子が来るまでだ」
『……』
「レオンは」
アルベルトが。
静かに目を閉じる。
「必ずここへ来る」
『ならば』
赤い瞳が。
扉の隙間から覗く。
『息子を喰らえばいい』
「……!」
アルベルトの表情が。
険しくなる。
「それだけは」
「絶対にさせない」
『ならば』
『なぜ生んだ?』
「……」
『あの少年は』
『我を封じるために作られた』
『ならば我が喰らうのは当然だ』
「違う」
アルベルトは。
首を横に振った。
「レオンは」
「誰かのために生まれたんじゃない」
「生きるために生まれた」
『……くだらぬ』
「そうかもしれない」
アルベルトは。
笑った。
「でも」
「それでいい」
その瞬間。
扉が。
大きく揺れた。
アルベルトの身体を。
黒い魔力が包み込む。
「――っ!」
膝をつく。
「ぐ……!」
『ならば』
『我は待とう』
『お前の息子が』
『ここへ来る日を』
アルベルトは。
ゆっくり立ち上がる。
「そのときは」
「俺が守る」
『できるものならな』
---
帝国地下研究施設。
戦いが終わったあと。
俺は。
母さんの前に座っていた。
「……」
何を聞けばいいのか。
分からない。
聞きたいことは。
山ほどある。
でも。
口から出てきたのは。
「母さん」
それだけだった。
母さんが。
俺を見る。
「はい」
「……本当に」
「俺の母さん?」
「もちろんです」
「俺が人工的に作られたっていうのは?」
母さんの表情が。
曇る。
「半分だけ本当です」
「半分?」
「あなたの身体には」
母さんが。
そっと俺の右手を取る。
「始祖の因子が使われています」
「でも」
「あなた自身は」
「私とアルベルトの子です」
「……」
「あなたを作ったわけではありません」
母さんの声が。
震える。
「あなたを産んだんです」
俺は。
黙って母さんを見る。
「……なら」
俺は。
尋ねた。
「どうして」
「俺に終焉石を入れたの?」
母さんは。
長い間。
答えなかった。
やがて。
小さな声で。
「あなたを救うため」
「……」
「あなたが生まれたとき」
母さんは。
目を伏せる。
「アルベルトの中に」
「終焉の力が暴走していました」
「父さんが?」
「はい」
「そして」
「その力の一部が」
「あなたへ流れ込んだ」
俺は。
息を呑む。
「だから」
「あなたの身体は」
「生まれた瞬間から」
「壊れ始めていた」
「……」
「私は」
「あなたを助けるために」
「終焉石を使いました」
「それで」
「あなたの中にあった終焉の力を」
「安定させた」
「じゃあ」
「終焉石が俺を苦しめてるんじゃなくて?」
「違います」
母さんは。
首を横に振る。
「むしろ逆」
「終焉石がなければ」
「あなたは」
「生まれてすぐに死んでいました」
「……」
俺は。
右手を見る。
黒い紋様。
これまで。
ずっと恐れていた力。
でも。
それは。
母さんが俺を生かすために選んだものだった。
「……ありがとう」
俺が言うと。
母さんは。
目を見開いた。
「レオン……」
「俺」
「ずっと」
「母さんに捨てられたんだと思ってた」
「……」
「父さんも死んだって聞いて」
「俺は」
「二人とも俺を置いていったんだと思ってた」
母さんの目から。
涙が落ちる。
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」
「でも……」
「これから」
俺は。
母さんの手を握った。
「話してくれればいい」
「全部」
「……」
母さんは。
何度も頷いた。
「はい」
「全部話します」
---
そこへ。
一人の兵士が駆け込んできた。
「ミレイア様!」
「どうしました?」
「皇帝陛下がお呼びです!」
「……」
母さんの顔が。
一瞬で険しくなった。
「皇帝が?」
「はい」
「分かりました」
母さんが立ち上がる。
だが。
俺が尋ねた。
「母さん」
「何ですか?」
「皇帝は」
「信用できるの?」
母さんは。
少しだけ考えた。
「……昔は」
「信じていました」
「今は?」
「分かりません」
その答えが。
妙に引っかかった。
---
再び。
謁見の間。
皇帝は。
玉座に座っていた。
「ミレイア」
「陛下」
母さんが。
頭を下げる。
「二十年ぶりだな」
「……はい」
「そして」
皇帝が。
俺を見る。
「レオン」
「はい」
「お前には」
「伝えなければならないことがある」
「何ですか?」
皇帝は。
立ち上がった。
「第三封印についてだ」
「……!」
「お前の父」
「アルベルトは」
「世界樹の根にいる」
「それは聞きました」
「だが」
皇帝が。
続ける。
「そこへ行くには」
「帝国の許可が必要だ」
「どうして?」
「世界樹は」
「帝国の領域だからだ」
「……」
「さらに」
皇帝が。
俺を見る。
「第三封印へ向かうためには」
「三つの鍵が必要になる」
「三つ?」
「そう」
「一つ目は」
皇帝が。
俺の右手を見る。
「終焉石」
「二つ目は」
セレナを見る。
「王家の聖印」
「……!」
セレナが。
驚く。
「そして三つ目」
皇帝が。
エリスを見る。
「帝国騎士の血」
「私?」
エリスが。
眉をひそめる。
「はい」
皇帝は。
頷いた。
「エリス・ヴァレンティア」
「あなたの一族は」
「代々」
「世界樹の守護者だった」
「……!」
エリスが。
言葉を失う。
「私が?」
「正確には」
「あなたの家系だ」
皇帝は。
静かに言う。
「そして」
「第三封印を開くためには」
「守護者の血が必要になる」
エリスは。
しばらく黙った。
そして。
「……分かりました」
「私も行きます」
「エリス」
俺が。
彼女を見る。
「いいのか?」
「当然」
エリスは。
俺を見る。
「私には」
「三年前に死んだ仲間たちのために」
「確かめたいことがある」
「世界樹で」
「何が起きたのか」
「……」
俺は。
頷いた。
「分かった」
皇帝が。
三人を見る。
「ならば」
「出発は明朝だ」
「帝国騎士団から」
「護衛をつける」
その瞬間。
母さんが。
口を開いた。
「陛下」
「何だ?」
「護衛は」
「必要ありません」
「……?」
「レオンたちだけで」
「行かせてください」
皇帝が。
眉をひそめる。
「危険だぞ」
「承知しています」
「なぜだ?」
母さんは。
俺を見る。
「第三封印は」
「大人数で近づくほど」
「封印が不安定になります」
「……」
「少人数でなければ」
「世界樹の根へ入れません」
皇帝は。
しばらく考えた。
「分かった」
「ただし」
皇帝が。
俺を見る。
「帝国騎士を一人同行させる」
「エリスがいるけど?」
「もう一人だ」
謁見の間の扉が。
開いた。
「失礼します」
入ってきたのは。
黒髪の青年だった。
帝国騎士の制服。
腰には。
巨大な剣。
「第二騎士団所属」
「カイン・レグルス」
「よろしく」
青年は。
俺を見る。
そして。
突然。
剣を抜いた。
「――っ!」
俺も。
反射的に剣を抜く。
ギィィン!!
刃と刃が。
ぶつかった。
「ちょっと!」
セレナが叫ぶ。
「何をしているんですか!」
カインは。
俺の剣を押し返す。
「なるほど」
「この程度か」
「……何だと?」
俺も。
力を込める。
「レオン!」
エリスが。
止めようとする。
だが。
カインは。
突然笑った。
「悪くない」
「……」
「皇帝陛下」
カインが。
剣を収める。
「この男なら」
「問題ありません」
「お前」
俺は。
睨む。
「いきなり斬りかかってくるなよ」
「実力確認」
「普通は自己紹介が先だろ」
「そうか?」
「そうだよ!」
カインは。
少し考え。
「なら」
手を差し出した。
「よろしく」
「……」
俺は。
その手を握った。
「よろしく」
だが。
その瞬間。
俺の中の存在が。
呟いた。
『……こいつには気をつけろ』
「え?」
『危険だ』
俺は。
カインを見る。
「……」
普通の騎士にしか見えない。
でも。
俺の中にいる存在が。
ここまで警戒するのは。
初めてだった。
---
その夜。
帝都の空。
巨大な月が。
浮かんでいた。
俺は。
城壁の上から。
帝都を見下ろしていた。
「眠れない?」
振り返る。
セレナだった。
「ああ」
「私もです」
セレナが。
隣に立つ。
「明日」
「世界樹へ向かうんですよね」
「うん」
「お父様に」
「会えるかもしれませんね」
「……ああ」
少し。
沈黙する。
「レオン」
「ん?」
「怖くないんですか?」
俺は。
少し考えた。
「怖いよ」
「……」
「でも」
俺は。
夜空を見る。
「会いたい」
「父さんに」
「母さんにも」
「それに」
「自分が何者なのか」
「知りたい」
セレナは。
微笑んだ。
「きっと」
「見つかりますよ」
「何が?」
「あなたが探している答えが」
「……そうだな」
そのとき。
背後から。
声がした。
「二人とも」
「……エリス?」
エリスが。
険しい顔で立っている。
「今すぐ来て」
「どうした?」
「地下牢で」
エリスが。
低い声で言った。
「ヴァルガスを捕らえた」
「……!」
俺とセレナは。
顔を見合わせた。
「生きてるのか?」
「はい」
「でも」
エリスの表情は。
明らかにおかしかった。
「問題があります」
「何?」
「ヴァルガスが」
「自分から」
「話したいと言っている」
「何を?」
エリスが。
俺を見る。
「あなたの父親について」
「……!」
俺は。
城壁を飛び降りるように。
階段へ向かった。
そして。
このとき俺はまだ知らなかった。
ヴァルガスが語る父さんの過去が。
俺の知っている歴史を。
完全に覆すことになるとは――。




