第128話 千年後の俺
「未来の自分との再会――開始。」
その文字を。
俺は。
しばらく見つめていた。
「……千年後」
口にしてみる。
たった四文字。
なのに。
胸の奥が。
重くなる。
千年。
俺たちが生きている間に。
世界が何度変わるか。
想像もできない。
仲間も。
町も。
国も。
世界樹さえ。
変わっているかもしれない。
それなのに。
そこに。
俺がいる。
千年後の俺。
「……」
アリアが。
隣に立つ。
「怖い?」
「……少し」
「そっか」
「でも」
俺は。
笑う。
「会いたい」
「うん」
アリアも。
笑った。
「私も」
「未来のレオンに」
「会ってみたい」
「……」
「どんな顔してるのかな」
「俺と同じだろ」
「そうかな?」
「たぶん」
「じゃあ」
アリアは。
少しだけ。
考えて。
「寂しそうじゃないといいね」
「……」
その言葉が。
胸に刺さった。
千年後の俺は。
幸せなのか。
それとも。
幸せじゃないのか。
それによって。
最後の日を。
選ぶ。
未来のミナは。
そう言った。
「……」
俺は。
拳を握る。
「会わないと」
「うん」
「未来の俺が」
「何を考えているのか」
「確かめないと」
――。
その時。
世界樹の根元に。
一本の道が。
現れた。
今まで。
なかった道。
白い石が。
まっすぐ。
空へ向かっている。
その先には。
扉。
ただの。
木の扉だった。
でも。
その扉には。
文字が。
刻まれている。
「千年後」
「……」
ユウトが。
近づく。
「分かりやすいな」
「だな」
「開ける?」
俺は。
扉の前に立つ。
手を伸ばす。
――。
止めた。
「……」
「レオン?」
俺は。
振り返る。
みんなが。
いる。
アリア。
ユウト。
ルナ。
ゼロ。
ソウマ。
ハル。
カエデ。
ミライ。
そして。
名前をまだ決めていない。
最初の選択者。
さらに。
この世界に。
生きている。
たくさんの人たち。
俺は。
扉を見る。
「この扉」
「開けたら」
「未来を見られる」
「うん」
「でも」
「未来を知ったら」
「それに引っ張られるかもしれない」
ルナが。
静かに。
言った。
「……そうだね」
「だから」
俺は。
扉から。
手を離した。
「一人では」
「開けない」
「……」
「みんなで」
「開けたい」
ゼロが。
頷く。
『うん』
ソウマも。
「僕も」
ハルも。
「一緒に」
カエデが。
笑う。
「帰ってこられるなら」
「行ってみてもいい」
ミライは。
首を傾げる。
「私は」
「未来を見ない選択も」
「残しておきたい」
「もちろん」
俺は。
頷いた。
「見たい人だけでいい」
――。
その言葉に。
誰も。
反対しなかった。
最初の選択者だけが。
黙っている。
「お前は?」
俺が。
聞く。
男は。
扉を見た。
『僕は』
『まだ』
『名前も決めてない』
「うん」
『そんな僕が』
『千年後の自分を』
『見る必要があるのかな』
「……」
俺は。
少し。
考えた。
「必要かどうかは」
「お前が決めればいい」
『……』
「見なくてもいい」
「でも」
「見たいなら」
「一緒に行こう」
男は。
しばらく。
扉を見つめ。
やがて。
小さく。
笑った。
『じゃあ』
『今は』
『見てみたい』
「分かった」
俺は。
扉に。
手を置いた。
「開けるぞ」
――。
ギィィィ。
扉が。
ゆっくり。
開く。
向こう側に。
広がっていたのは。
未来の街だった。
「……」
誰も。
声を出せない。
空には。
巨大な。
浮遊する都市。
地上には。
見たこともない。
白い建物。
そして。
遠くに。
巨大な世界樹。
――いや。
俺たちが知っている。
世界樹とは。
少し違う。
幹が。
一本ではない。
無数の枝が。
空全体へ。
伸びている。
「千年で」
「こんなに……」
ユウトが。
呟く。
でも。
街は。
平和だった。
人々が。
歩いている。
子供たちが。
走っている。
店から。
パンの匂いが。
する。
「……」
俺は。
その匂いに。
思わず。
笑った。
「千年経っても」
「パンはあるんだな」
アリアが。
笑う。
「そこ?」
「大事だろ」
「まあ」
「大事だけど」
――。
未来の街。
そこには。
戦争も。
破壊も。
見えない。
笑い声が。
聞こえる。
誰かが。
誰かを。
待っている。
誰かが。
誰かと。
別れて。
また。
会っている。
俺たちが。
積み重ねてきた。
選択の結果。
そんな世界に。
見えた。
「……」
だけど。
一つ。
おかしい。
誰も。
世界樹の中心へ。
近づいていない。
誰も。
その巨大な木を。
中心にしていない。
世界樹は。
そこにある。
でも。
誰かが。
支配しているわけではない。
俺は。
小さく。
息を吐いた。
「……中心がない」
ルナが。
頷く。
「うん」
「俺たちが」
「選んだ世界と」
「同じだ」
その瞬間。
遠くから。
足音が。
聞こえた。
――。
一人の男が。
歩いてくる。
白髪。
長い外套。
少し。
疲れた顔。
でも。
目だけは。
俺と同じ。
「……」
俺は。
動けなかった。
男も。
止まった。
そして。
ゆっくり。
笑う。
「……久しぶり」
俺の声が。
震えた。
「……俺?」
未来の俺は。
頷いた。
「うん」
「千年後の」
「君」
「……」
俺は。
目の前の自分を。
見つめる。
顔は。
少しだけ。
大人びている。
当然だ。
千年。
生きてきた。
はずなのに。
その目には。
不思議なくらい。
疲れがない。
「……幸せ?」
俺は。
聞いた。
未来の俺は。
少し。
困ったように。
笑った。
「その質問」
「すると思った」
「……」
「未来のミナにも」
「同じことを」
「聞かれた」
「……」
俺は。
息を呑む。
未来の俺は。
街を見る。
「幸せだよ」
「……!」
「ずっと」
「幸せだった」
「じゃあ」
俺は。
思わず。
一歩。
近づく。
「どうして」
「最後の日を」
「選ぶ可能性があるんだ?」
未来の俺は。
答えなかった。
長い。
沈黙。
そして。
小さく。
呟く。
「……それが」
「僕の選択だから」
「……」
「誰かに」
「強制されたわけじゃない」
「世界に」
「命令されたわけでもない」
「未来が」
「決まっていたわけでもない」
「じゃあ」
「なぜ?」
未来の俺は。
俺を見る。
「千年後の僕は」
「幸せだった」
「でも」
「それでも」
「終わりを」
「選びたくなった」
「……」
胸が。
締め付けられる。
「どうしてだよ」
未来の俺は。
静かに。
笑った。
「君なら」
「分かると思う」
「……」
「幸せだからこそ」
「終わりを」
「選びたくなることもある」
「……分からない」
「今は」
「それでいい」
未来の俺は。
空を見上げる。
「僕は」
「千年かけて」
「たくさんの人を」
「見送った」
「たくさんの人と」
「出会った」
「たくさんの人と」
「別れた」
「……」
「それでも」
「生きてきた」
「でも」
「ある日」
「気づいた」
「何に?」
未来の俺は。
少し。
寂しそうに。
笑った。
「僕は」
「いつの間にか」
「みんなの明日を」
「待つ側に」
「なっていた」
「……」
「誰かが」
「明日を選ぶ」
「誰かが」
「明日を迎える」
「誰かが」
「また」
「生まれてくる」
「僕は」
「それを」
「ずっと」
「見送ってきた」
「……」
「そして」
「ある日」
「思った」
未来の俺が。
俺を見る。
「僕自身の」
「明日を」
「誰かが」
「待ってくれているのかなって」
「……」
俺は。
答えられない。
未来の俺は。
笑う。
「だから」
「最後の日を」
「選ぶことを」
「考えた」
「……」
「それは」
「死にたいって」
「ことなのか?」
俺が。
聞く。
未来の俺は。
首を振った。
「違う」
「……」
「終わりたい」
「とも」
「少し違う」
「じゃあ」
「何?」
未来の俺は。
静かに。
言った。
「次の人に」
「未来を」
「渡したい」
「……」
「僕が」
「ずっと」
「未来を待つ側に」
「いるんじゃなくて」
「僕自身が」
「終わることで」
「次の誰かが」
「新しい明日を」
「選べるなら」
「それも」
「一つの選択だと」
「思ったんだ」
俺は。
拳を握る。
「……」
それは。
昔の俺が。
何度も。
選んできたものと。
似ていた。
自分を。
終わらせることで。
誰かに。
未来を渡す。
「でも」
俺は。
言った。
「それ」
「俺たちが」
「何度も」
「否定してきたやつじゃないのか?」
未来の俺は。
目を閉じた。
「……そうだね」
「だったら」
「どうして」
「まだ」
「そこに戻るんだよ」
「……」
未来の俺は。
しばらく。
黙っていた。
そして。
俺に。
近づいてくる。
「だから」
「君に」
「会いたかった」
「……」
「僕が」
「最後の日を」
「選ぶ前に」
「まだ」
「別の答えが」
「あるのか」
「君に」
「聞きたかった」
「……」
俺は。
目の前の自分を見る。
千年後。
長い時間を。
生きて。
幸せだった。
それでも。
最後の日を。
選ぼうとした。
そんな俺。
「……」
俺は。
ゆっくり。
笑った。
「なら」
「探そう」
「……」
「別の答えを」
未来の俺が。
驚いた顔をする。
「一緒に?」
「ああ」
「でも」
「僕は」
「千年後の存在だよ」
「関係ない」
「未来は」
「固定されない」
「……」
「だったら」
「今の俺と」
「千年後の俺で」
「もう一回」
「選び直せばいい」
未来の俺は。
しばらく。
俺を見て。
そして。
初めて。
声を出して笑った。
「……やっぱり」
「君は」
「僕だったよ」
「当たり前だろ」
「俺なんだから」
――。
その時。
後ろから。
誰かの声がした。
「レオン」
振り返る。
未来のミナだった。
千年前に。
俺の前から消えた。
あの少女。
でも。
今は。
大人になっていた。
「……ミナ」
「久しぶり」
「……」
ミナは。
俺を見る。
そして。
優しく。
笑った。
「約束」
「覚えてる?」
俺は。
頷く。
「千年後」
「迎えに来るって」
「うん」
ミナは。
笑う。
「ちゃんと」
「迎えに来たよ」
「……」
未来の俺が。
静かに。
目を伏せる。
そして。
ミナが。
俺に。
一枚の紙を渡した。
「これ」
「何?」
「千年前の私が」
「あなたに」
「渡せなかったもの」
紙には。
一言だけ。
書かれていた。
『最後の日を選ぶ前に、最初の日を思い出して。』
「……」
俺は。
その文字を。
見つめる。
最初の日。
本当の最初。
ユウ。
ルナ。
ゼロ。
そして。
まだ。
思い出していない。
誰か。
「……」
俺の胸の奥で。
一つの光が。
揺れた。
その瞬間。
遠くの未来の世界樹が。
大きく。
光った。
――。
そして。
未来の世界樹の根元から。
一本の枝が。
こちらへ。
伸びてくる。
枝の先に。
小さな扉。
その扉には。
数字ではなく。
名前が。
刻まれていた。
「零日目」
「……」
俺は。
息を呑む。
未来の俺も。
驚いている。
「そんな扉」
「僕も」
「見たことがない」
「……」
扉の向こうから。
声がした。
『レオン』
「……」
『千年後に』
『来る必要はなかった』
「……?」
『千年前から』
『ここに』
『ずっと』
『道はあった』
「誰だ?」
沈黙。
そして。
扉の向こうから。
聞こえた。
『僕は』
『君が』
『最初の日に』
『選ばなかったもの』
「……」
胸の奥の光が。
強く。
輝く。
『だから』
『今度こそ』
『僕を』
『選ぶ?』
――。
俺は。
扉へ。
一歩。
近づいた。
けれど。
開けなかった。
まだ。
開けない。
今まで。
何度も。
俺は。
先へ進むことだけを。
考えていた。
でも。
今は。
違う。
俺は。
扉に。
手を置く。
「……お前が」
「選ばれる必要はない」
『……』
「お前自身が」
「開けたいなら」
「その時に」
「一緒に開けよう」
『……』
扉の向こうで。
小さな笑い声。
『……うん』
そして。
扉は。
消えた。
未来の俺が。
俺を見る。
「……君は」
「変わったね」
「そうか?」
「うん」
「昔の僕なら」
「絶対に」
「開けてた」
「……」
俺は。
少し。
笑った。
「俺も」
「そう思う」
「でも」
「今は」
「待てる」
未来の俺が。
静かに。
頷く。
「……それなら」
「もしかしたら」
「僕にも」
「まだ」
「別の未来が」
「あるのかもしれない」
「あるさ」
俺は。
答えた。
「未来は」
「まだ」
「終わってない」
――。
その瞬間。
世界樹の時計が。
未来の空に。
浮かび上がった。
十三日目――残り九。
「……!」
時間が。
また。
動き始めた。
九。
八。
七。
未来の俺が。
俺を見る。
「急がないと」
「……ああ」
「でも」
「焦らない」
「うん」
二人の俺が。
同時に。
笑った。
その時。
時計の針が。
六を指した。
そして。
世界全体に。
新しい声が。
響いた。
『次の選択者を』
『決めます』
「……」
『第二の選択者――』
未来の空が。
真っ白になる。
そして。
一人の名前が。
表示された。
俺は。
その名前を見て。
言葉を失った。
「レオン」




