第125話 初めて別れた日
「私」
ルナの手が。
俺の手から。
ゆっくりと離れた。
「この日だけは」
「思い出したくなかった」
「……」
世界樹の時計。
その文字を。
俺は見つめていた。
-二日目――最初の二人が、初めて別れた日。
「ルナ」
「……うん」
「俺たちは」
「この日に」
「別れたのか?」
ルナは。
すぐには答えなかった。
ただ。
空を見上げている。
そこには。
まだ。
星すらなかった。
世界が。
始まる前。
何もない場所。
そこに。
俺たち二人がいた。
「正確には」
ルナが。
静かに言う。
「別れようとした」
「……」
「でも」
「本当には」
「別れられなかった」
「どういうこと?」
ルナは。
少し笑った。
「見れば」
「分かるよ」
――。
その瞬間。
世界が。
白くなった。
俺の目の前から。
世界樹が消える。
アリアも。
ユウトも。
みんな。
消えていく。
最後に残ったのは。
俺と。
ルナ。
そして。
何もない空間。
「……また」
俺が。
呟く。
「ここか」
ルナが。
頷く。
「うん」
「でも」
「今度は」
「もっと昔」
――。
足元に。
何かがある。
小さな。
白い床。
そこに。
二人分の影。
俺と。
ルナ。
まだ。
名前すらない。
俺たち。
そして。
少し離れた場所に。
小さな白い光。
ゼロ。
『……』
ゼロは。
黙っている。
俺は。
その光を見る。
「お前も」
「いたんだな」
『うん』
『でも』
『この時は』
『まだ』
『僕も』
『君たちの隣には』
『いなかった』
「……」
ルナが。
前へ歩く。
「ここで」
「私は」
「レオンに」
「言ったの」
「何を?」
ルナは。
答えない。
代わりに。
昔の俺たちが。
現れた。
――。
『ねえ』
幼い俺が。
言う。
『うん?』
幼いルナが。
振り返る。
『このまま』
『ずっと』
『一緒にいる?』
『……』
ルナは。
黙った。
『嫌?』
『違う』
『じゃあ』
『どうして?』
ルナは。
少しだけ。
俯いた。
『怖いの』
『何が?』
『このまま』
『ずっと一緒にいたら』
『いつか』
『どちらかが』
『どちらかのために』
『全部を決めちゃう気がする』
「……」
俺は。
息を呑んだ。
それは。
今の俺たちが。
何度も。
何度も。
繰り返してきたことだった。
ルナが。
続ける。
「私は」
「最初から」
「怖かった」
「レオンが」
「私のために」
「全部を捨てることが」
「……」
「だから」
「この日に」
「離れようとした」
――。
昔の俺が。
ルナを見る。
『じゃあ』
『別々に行く?』
『……うん』
『どこへ?』
『分からない』
『僕も』
『分からない』
二人は。
黙った。
何もない世界。
道すらない。
行く場所もない。
それでも。
二人は。
それぞれ。
別の方向を向いた。
一歩。
歩く。
また一歩。
距離が。
少しずつ。
広がる。
「……」
俺は。
その光景を。
見ていた。
不思議だった。
悲しい。
でも。
どこか。
違う。
これは。
捨てる別れじゃない。
縛らないための。
別れ。
相手の未来を。
自分のものにしないための。
選択。
「……」
そして。
昔の俺が。
立ち止まる。
『ルナ』
『なに?』
『一つだけ』
『約束していい?』
『……うん』
俺は。
昔の自分を見る。
何を言うのか。
分からない。
けれど。
胸の奥では。
もう。
答えを知っていた。
『また』
『会おう』
ルナの目に。
涙が浮かぶ。
『うん』
『いつ?』
『分からない』
『どこで?』
『分からない』
『どうやって?』
『それも』
『分からない』
それでも。
二人は。
笑った。
『じゃあ』
『その時に』
『また』
『選ぼう』
――。
俺の胸が。
締め付けられた。
「……これが」
「最初の約束」
ルナが。
隣で。
頷く。
「うん」
「でも」
俺は。
記憶を見る。
昔の俺たちは。
そこで。
完全に別れた。
俺は。
右へ。
ルナは。
左へ。
そして。
二人の間に。
何もない空間が。
広がった。
「……」
俺は。
呟く。
「このあと」
「俺は」
「世界を作った」
「うん」
「ルナは」
「願いを作った」
「うん」
「それで」
「何度も」
「離れた」
「……」
ルナは。
目を閉じた。
「でも」
「一度も」
「約束を」
「忘れてなかった」
「……」
「だから」
「私が」
「アカツキを作った時」
「名前を」
「そうしたのか?」
ルナが。
微笑む。
「うん」
「アカツキ」
「夜明け」
「また」
「朝が来る」
「……」
「別れても」
「終わりじゃない」
「また会える」
「そのための」
「世界」
俺は。
目を閉じた。
――。
その時。
背後から。
声がした。
『だから』
「……?」
ゼロだった。
『僕は』
『ここに』
『残った』
「……」
『君たちが』
『また会うために』
『道を』
『残したかった』
「ゼロ」
『でも』
『君たちは』
『何度も』
『僕を忘れた』
「……」
『それでも』
『僕は』
『待った』
『ずっと』
『第零日目で』
「……」
胸の奥が。
熱くなる。
「ありがとう」
『……』
ゼロが。
少し。
光った。
『でも』
『まだ』
『終わってない』
「……?」
世界が。
突然。
暗くなった。
昔の風景が。
消える。
そして。
空に。
一つの。
巨大な文字が。
浮かんだ。
「第一の別れ――完了」
「……完了?」
ルナが。
眉を寄せる。
その下に。
さらに。
文字が現れる。
「第二の別れ――未完了」
「……」
俺は。
息を呑む。
「第二の別れ?」
ルナも。
黙っている。
すると。
遠くから。
声がした。
『次は』
『君たちが』
『世界を作った後』
「……」
『君が』
『誰かを守るために』
『離れた日』
俺の胸が。
痛む。
『そして』
『ルナが』
『願いを』
『一人で』
『抱えた日』
「……」
それは。
俺たちが。
知っている歴史。
何度も。
何度も。
繰り返した歴史だった。
俺は。
ルナを見る。
「……あの日か」
「うん」
「俺が」
「全部を」
「背負おうとした日」
「うん」
「ルナが」
「全部を」
「願おうとした日」
「……うん」
俺は。
拳を握る。
「でも」
「それは」
「最初の別れとは」
「違う」
ルナが。
俺を見る。
「どうして?」
「最初は」
「俺たち」
「お互いの自由のために」
「離れた」
「……」
「でも」
「二回目は」
「怖くて」
「相手を守ろうとして」
「勝手に」
「離れた」
ルナの目が。
揺れる。
「……そう」
「だから」
「そこから」
「全部」
「おかしくなった」
「……」
ルナは。
俯く。
「ごめん」
「違う」
俺は。
首を振る。
「俺も」
「ごめん」
「……」
「俺たちは」
「悪かったんじゃない」
「ただ」
「怖かったんだ」
「……うん」
二人の間に。
沈黙が。
落ちる。
すると。
世界が。
再び。
動き始めた。
遠くに。
一つの扉。
黒い。
扉には。
こう書かれている。
「第二の別れ」
俺は。
扉を見る。
「開ける?」
ルナに。
聞く。
ルナは。
すぐに。
答えなかった。
「……」
そして。
俺の手を。
握る。
「今度は」
「一緒に」
「開けたい」
「……ああ」
俺たちは。
同時に。
扉へ。
手を伸ばした。
――。
だが。
触れる直前。
扉の向こうから。
声がした。
『待って』
「……?」
聞き覚えのある声。
俺は。
息を呑む。
『その扉は』
『二人だけでは』
『開けられない』
「誰だ?」
扉の向こう。
少し。
間があった。
そして。
声が答える。
『君が』
『最初の世界で』
『最初に』
『救おうとした者』
「……!」
俺の心臓が。
大きく。
鳴った。
ユウト。
いや。
違う。
もっと。
もっと前。
世界を作る前。
最初の選択。
最初の願い。
俺が。
「救いたい」と。
思った。
最初の存在。
「……誰だ?」
扉の向こうから。
答えが返る。
『君が』
『最初に』
『名前を』
『呼んだ者』
「……!」
俺は。
ゼロを見る。
ゼロは。
静かに。
光っている。
『僕じゃないよ』
「……」
『僕は』
『君が』
『最初に』
『名前をつけた者』
「……?」
『でも』
『その前に』
『君が』
『名前を』
『呼んだ者が』
『いる』
「……」
ルナが。
小さく。
呟く。
「レオン」
「……?」
「私も」
「思い出した」
「何を?」
ルナは。
涙を浮かべながら。
答えた。
「最初の名前」
「……」
「あなたが」
「初めて」
「誰かを」
「呼んだ名前」
世界が。
静まり返る。
ルナが。
その名前を。
口にする。
「――ユウト」
「……!」
俺は。
息を呑んだ。
「でも」
「今のユウトじゃない」
「……」
「もっと」
「もっと最初の」
「まだ」
「世界に」
「生まれていなかった」
「あなたの弟」
「……」
俺の胸の奥。
一番深い光が。
震えた。
その光の中から。
小さな声が。
聞こえる。
『お兄ちゃん』
「……!」
俺は。
反射的に。
手を伸ばした。
「ユウト……?」
返事は。
なかった。
ただ。
扉の向こうから。
小さな。
足音が。
一歩。
近づいてくる。
――トン。
また。
一歩。
――トン。
そして。
扉の向こうから。
幼い声。
『今度は』
『僕も』
『一緒に』
『選んでいい?』
俺は。
涙を。
拭った。
そして。
答えた。
「ああ」
「今度は」
「絶対に」
「お前一人には」
「決めさせない」
扉の向こうから。
小さな笑い声。
『違うよ』
『お兄ちゃん』
『僕が』
『自分で』
『決めたいんだ』
「……」
俺は。
笑った。
「ああ」
「そうだな」
「お前の未来は」
「お前が」
「決めればいい」
――。
黒い扉に。
亀裂が入った。
光が。
漏れ出す。
そして。
扉に。
新しい文字が。
刻まれた。
「第二の別れ――再選択可能。」
俺は。
ルナと顔を見合わせる。
「……行こう」
「うん」
俺たちは。
同時に。
扉を開いた。
その先にいたのは。
小さな男の子だった。
黒い髪。
赤い瞳。
俺と。
よく似た顔。
でも。
今のユウトとは。
違う。
まだ。
名前すら。
持っていない。
少年は。
俺を見上げた。
そして。
笑った。
「……お兄ちゃん」
その瞬間。
俺の胸の中にある。
すべての光が。
一つに。
重なった。
――。
そして。
世界樹の時計が。
遠くで。
鳴った。
第三日目。
ではなく。
-一日目。
さらに。
その下に。
新しい文字。
「最初の弟――再会。」
俺は。
少年の前に。
しゃがむ。
「……名前」
「まだ」
少年は。
首を振る。
「じゃあ」
「どうする?」
少年は。
俺を見て。
少し考えた。
そして。
自分の胸に。
手を当てた。
「僕」
「自分で」
「決めたい」
俺は。
笑った。
「ああ」
「好きな名前を」
「選べ」
少年は。
空を見上げた。
何もない。
真っ白な空。
でも。
少年の目には。
そこに。
何かが。
見えているようだった。
「……じゃあ」
少年が。
初めて。
自分の名前を。
選ぼうとする。
その瞬間。
世界樹のどこかで。
まだ。
誰にも。
知られていない。
古い時計が。
動き始めた。
――カチ。
――カチ。
――カチ。
そして。
文字盤に。
一つの数字が。
浮かんだ。
「一」
その下に。
小さく。
こう刻まれる。
「これが、本当の最初。」




