第113話 二日目の名前
――カン。
世界樹の時計が。
二度目の朝を告げた。
「二日目……」
俺は。
空を見上げた。
昨日まで。
時間は。
ただ進むものだと。
思っていた。
でも。
今は違う。
一日目を。
終わらせることも。
二日目を。
始めることも。
俺たちが。
選んでいる。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
ノアが。
俺の腕を引っ張る。
「朝ご飯!」
「……」
「早く!」
「分かった分かった」
「ハジメも!」
「……!」
ハジメが。
振り返る。
「僕も?」
「うん!」
ノアは。
当たり前のように。
手を伸ばす。
ハジメは。
少しだけ。
迷って。
その手を。
握った。
「……うん」
「行こう」
その光景を。
見ながら。
俺は。
笑った。
昨日。
生まれなかった俺だった存在が。
今日は。
朝ご飯を。
食べに行く。
それだけで。
十分だった。
――。
朝食の席。
「これ」
ノアが。
パンを。
ハジメに渡す。
「ありがとう」
「こっちは」
「ジャム!」
「ありがとう」
「いっぱい食べて!」
「うん」
ハジメは。
一口。
パンを食べる。
そして。
目を丸くした。
「……美味しい」
「でしょ!」
ノアは。
胸を張る。
「私が作った!」
「本当に?」
「……塗っただけだけど」
「それでも」
「作った!」
「そうだな」
俺が。
笑う。
ハジメも。
笑った。
「……」
そんな。
何でもない時間。
でも。
俺には。
とても。
大切だった。
昨日まで。
存在すら。
していなかった。
そんな存在が。
今。
目の前で。
パンを食べている。
世界が。
少しずつ。
変わっていく。
――。
昼。
俺たちは。
世界樹の下へ。
集まった。
「五人目」
アリアが。
言う。
「まだ」
「帰ってこないね」
「ああ」
俺は。
黒い扉を見る。
そこには。
もう。
誰もいない。
五人目は。
自分の名前を。
選ぶために。
扉の向こうへ。
行った。
「……」
「心配?」
ユウトが。
聞く。
「少しな」
「でも」
「待つしかない」
「うん」
その時。
時間の外側の少女が。
本を開いた。
「……」
「どうした?」
「名前のないページが」
「増えてる」
「……?」
彼女は。
ページを。
見せる。
真っ白だったページに。
小さな文字が。
一つ。
浮かんでいる。
「名前を選ぶまでの時間」
「……」
俺は。
その文字を。
見つめる。
「これ」
「五人目のことか?」
「たぶん」
「何か」
「分かる?」
少女は。
首を振る。
「分からない」
「でも」
「このページは」
「未来のページじゃない」
「……」
「今」
「書かれている」
「つまり」
「五人目が」
「今」
「名前を選んでいる」
「……」
俺は。
少しだけ。
安心した。
「なら」
「待とう」
――。
夕方。
空が。
赤く染まる。
世界樹の葉が。
風に揺れる。
ハジメは。
木の根元に。
座っていた。
「どうした?」
俺が。
隣に座る。
「……」
ハジメは。
しばらく。
黙っていた。
「名前」
「決めた?」
「まだ」
「そうか」
「……」
「ハジメ」
「うん」
「その名前」
「気に入ってる?」
「……」
ハジメは。
空を見る。
「気に入ってる」
「じゃあ」
「それでいいんじゃないか?」
「でも」
「本当の名前じゃない」
「……」
「僕が」
「最初に考えただけ」
「それでも」
俺は。
言う。
「お前が」
「選んだ名前なら」
「それが」
「お前の名前だ」
ハジメは。
俺を見る。
「……」
「名前って」
「誰かが」
「決めるものだと思ってた」
「昔はな」
「でも」
「今は?」
「……」
ハジメは。
少し。
笑った。
「自分で」
「決めてもいいんだね」
「ああ」
「じゃあ」
ハジメは。
目を閉じた。
「僕は」
「ハジメがいい」
「……」
「この名前」
「僕が」
「自分で選ぶ」
世界樹が。
静かに。
揺れた。
葉が。
一枚。
落ちる。
そこには。
新しい文字。
「第二十五原則――自分の名前を自分で選ぶ自由。」
ハジメは。
その文字を。
じっと見ていた。
「……」
「どうした?」
「嬉しい」
「そうか」
「僕」
「初めて」
「自分で」
「何かを決めた」
「……」
俺は。
笑った。
「おめでとう」
「ありがとう」
――。
その夜。
食卓で。
「名前決まったの?」
ノアが。
聞く。
ハジメは。
頷く。
「ハジメ」
「ハジメ!」
ノアが。
嬉しそうに。
叫ぶ。
「いい名前!」
「ありがとう」
「これから」
「ずっとハジメ?」
「うん」
「じゃあ」
ノアは。
笑った。
「よろしくね!」
ハジメも。
笑う。
「よろしく」
「……」
俺は。
その二人を。
見ながら。
思った。
名前を。
持つということ。
それは。
何者かを。
決められることじゃない。
自分で。
自分を。
呼ぶための。
最初の一歩。
そんな気がした。
――。
夜が。
深くなる。
みんなが。
眠りについた頃。
俺は。
一人。
世界樹の下にいた。
すると。
「……レオン」
声。
振り返る。
五人目。
「……!」
俺は。
立ち上がる。
「戻ったのか」
五人目は。
頷く。
でも。
様子が。
少し。
違う。
「名前」
俺が。
聞く。
五人目は。
胸に。
手を当てる。
「……決めた」
「何て?」
彼は。
俺を見る。
そして。
初めて。
自分の名前を。
口にした。
「――ソウマ」
「……」
「ソウマ?」
「うん」
「どういう意味だ?」
ソウマは。
空を見る。
「空を」
「想う」
「……」
「誰かの」
「上にある空じゃなくて」
「自分も」
「その空の下にいるって」
「忘れないため」
俺は。
笑った。
「いい名前だ」
ソウマも。
笑う。
「ありがとう」
「……」
「でも」
ソウマは。
少しだけ。
表情を変えた。
「一つ」
「気になることがある」
「何だ?」
「扉の向こうに」
「まだ」
「誰かいる」
「……」
俺の表情が。
変わる。
「誰が?」
「分からない」
「でも」
「僕が」
「名前を選んでいる間」
「ずっと」
「聞こえていた」
「声が?」
「うん」
ソウマは。
黒い扉を見る。
「その声は」
「僕に」
「こう言ってた」
「何て?」
ソウマは。
少し。
黙った。
そして。
言った。
「『名前を選ぶな』」
「……!」
「『名前を持てば、選ばれる』」
「……」
「『選ばれれば、また失う』」
俺は。
拳を握る。
「誰が」
ソウマは。
首を振る。
「分からない」
「でも」
「その声」
「五人目の僕を」
「知っていた」
「……」
「そして」
ソウマは。
俺を見る。
「レオン」
「ん?」
「その声は」
「君のことも」
「知っていた」
「……」
「何て言ってた?」
ソウマの顔が。
少し。
青ざめる。
「こう」
「言ってた」
――。
『レオンは』
『まだ』
『自分の名前を』
『選んでいない』
「……」
俺は。
固まった。
「何?」
ソウマが。
続ける。
「『レオン』という名前は」
「君が」
「自分で選んだ名前じゃない」
「……!」
胸の奥が。
大きく。
揺れた。
確かに。
俺は。
いつから。
「レオン」だった?
最初から?
それとも。
誰かに。
呼ばれて。
そうなった?
「……」
俺は。
自分の名前を。
口にする。
「レオン」
何度も。
呼ばれてきた名前。
俺自身も。
そう思っている名前。
でも。
もし。
それすら。
誰かに。
決められたものなら。
「……」
ソウマが。
俺を見る。
「だから」
「その声は」
「君に」
「言ってた」
「何を?」
ソウマは。
静かに。
答えた。
「『次は』
『お前自身の名前を』
『選べ』」
――。
その瞬間。
世界樹の時計が。
動いた。
二日目。
その文字が。
一瞬。
消える。
代わりに。
新しい文字が。
浮かぶ。
「レオン――名前選択待ち」
「……」
俺は。
その文字を。
見つめる。
名前。
レオン。
それが。
俺の名前じゃない?
いや。
違う。
今まで。
そう思っていた。
でも。
だからこそ。
一度。
自分で。
考えてみる。
「……俺は」
「何て」
「名乗りたいんだ?」
誰も。
答えない。
世界樹も。
答えない。
ソウマも。
答えない。
ただ。
静かな夜。
風が。
吹く。
俺は。
初めて。
自分自身に。
問いかけた。
「俺は――」
その瞬間。
世界のどこかで。
声がした。
『やっと』
『そこまで来たね』
俺は。
空を見上げる。
声の主は。
まだ。
姿を見せない。
でも。
分かった。
これは。
最後の日の話じゃない。
これは。
始まりの話。
そして。
俺自身の。
名前の話だ。




