第108話 千年後からの手紙
朝。
世界樹の下に。
一枚の紙が落ちていた。
「……?」
俺は。
それを拾った。
昨日まで。
こんなものはなかった。
白い紙。
古い紙。
少しだけ。
茶色く変色している。
まるで。
何百年も。
何千年も。
時間を越えてきたような。
そんな紙だった。
表には。
一言。
「レオンへ」
「……」
俺は。
その文字を。
見つめた。
嫌な予感がする。
でも。
どこか。
懐かしい。
「レオン?」
アリアが。
後ろから。
覗き込む。
「手紙?」
「ああ」
「誰から?」
「……分からない」
その時。
ミナが。
走ってきた。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
ミナは。
紙を見る。
そして。
動きを止めた。
「……」
「ミナ?」
「これ……」
彼女の顔から。
笑顔が。
消える。
「……私」
「え?」
「私が」
「書いた」
「……!」
俺は。
紙を見る。
「でも」
ミナは。
首を振る。
「今の私じゃない」
「……」
「もっと」
「ずっと」
「先の私」
俺は。
紙を。
握り直した。
「千年後の」
「ミナ……」
「うん」
「……」
昨日。
見た。
千年後のミナ。
彼女が。
残した手紙。
「開けても」
「いいのか?」
ミナは。
少し。
考えた。
「……」
そして。
頷く。
「うん」
「私が」
「今の私に」
「残したものなら」
「読んでみたい」
俺は。
封を開ける。
中には。
短い文章が。
書かれていた。
――。
レオンへ。
これを読んでいるということは、まだ世界は続いているんだね。
よかった。
まず、それだけを伝えたかった。
俺は。
そこで。
一度。
息を止めた。
世界が。
続いている。
それは。
当たり前のようで。
当たり前じゃない。
さらに。
読む。
私は千年後のあなたたちを知っています。
でも、私は未来を変えたいわけじゃありません。
未来を固定したいわけでもありません。
ただ、一つだけ。
今のあなたに伝えたいことがあります。
俺は。
紙を。
持つ手に。
力を込める。
最後の日は、来ます。
「……」
アリアが。
息を呑む。
でも。
その下には。
こう続いていた。
けれど、それは世界が終わる日ではありません。
「……?」
俺は。
眉を寄せる。
最後の日とは、あなたが「これ以上は変えない」と決めた日です。
だから、最後の日は何度でも変えられます。
「……」
私たちの千年は、その繰り返しでした。
昨日を終わらせる日。
今日を選ぶ日。
明日を待つ日。
そして、また選び直す日。
ミナが。
小さく。
呟く。
「……」
「千年後も」
「みんな」
「選んでるんだ」
俺は。
頷いた。
「ああ」
手紙は。
まだ。
続いている。
だから、お願いがあります。
あなたが今、何かを選ぼうとしているなら。
一人で決めないでください。
俺は。
目を閉じる。
まるで。
今の俺を。
知っているような。
言葉だった。
あなたは昔から、全部を自分で背負おうとするから。
「……」
ユウトが。
笑う。
「千年後でも」
「兄貴は兄貴なんだな」
「うるさい」
「はは」
俺も。
少し。
笑った。
そして。
手紙の続きを読む。
あなたが一人で決めなかった未来だからこそ、私たちは千年後にいます。
ユウトも。
アリアも。
ノアも。
みんな、ちゃんといます。
「……!」
俺の手が。
止まった。
「みんな」
「いる……?」
ミナが。
目を潤ませる。
「私も」
「いるんだ……」
「ああ」
俺は。
頷く。
「いる」
「……」
ミナは。
胸に。
手を当てる。
「よかった」
小さな声。
それだけ。
でも。
その一言に。
全部が。
詰まっている気がした。
――。
手紙は。
最後の方へ。
進む。
そして、レオン。
一つだけ、覚えておいてください。
千年後の私が知っている未来は、あなたが今ここで選ぶ未来とは限りません。
だから、私の言葉を「未来の正解」にはしないでください。
「……」
俺は。
思わず。
笑った。
「ミナらしいな」
未来を知っていても。
未来を押しつけない。
それは。
第十三原則。
記憶は未来を縛らない。
そのものだった。
私は未来から来ました。
でも、未来を命令しに来たわけじゃありません。
ただ――
あなたに、会いたい。
「……」
俺の胸が。
熱くなる。
千年後。
私は、あなたを迎えに行きます。
約束です。
その日まで。
どうか、普通に生きてください。
笑って。
食べて。
眠って。
喧嘩して。
仲直りして。
そして。
また明日を選んでください。
最後の一行。
そこだけ。
少しだけ。
文字が震えていた。
――千年後のミナより。
俺は。
ゆっくり。
紙を閉じた。
「……」
誰も。
喋らなかった。
しばらく。
静かな時間が。
流れる。
そして。
ノアが。
ぽつり。
と言った。
「千年後も」
「ご飯食べる?」
「……」
俺は。
吹き出した。
「ああ」
「きっと食べる」
「よかった!」
ノアが。
笑う。
「じゃあ」
「千年後も」
「ご飯!」
「そうだな」
俺は。
笑った。
「それが一番だ」
――。
昼。
俺たちは。
いつも通り。
食事をした。
パン。
スープ。
果物。
そして。
ノアが。
「もっと!」
と騒ぐ。
千年後の未来を。
知ったからといって。
今日が。
特別になるわけじゃない。
むしろ。
いつもの一日が。
少しだけ。
大切に感じられた。
「……」
俺は。
食卓を。
見渡す。
みんなが。
いる。
笑っている。
話している。
食べている。
「……」
これが。
俺が。
最初に。
願ったこと。
誰かと。
一緒にいたい。
それだけ。
だった。
そして。
今。
俺は。
その願いの。
中にいる。
――。
午後。
世界樹の近くで。
少し。
変なことが。
起きた。
「……?」
俺は。
地面を。
見た。
そこに。
小さな。
影がある。
木の影。
俺たちの影。
でも。
もう一つ。
知らない影。
「……?」
俺が。
近づく。
影は。
動かない。
誰かが。
そこに。
立っているわけでもない。
なのに。
影だけが。
存在している。
「何だ?」
カイが。
しゃがみ込む。
「影?」
「うん」
「誰の?」
「分からない」
その時。
影が。
動いた。
「……!」
ゆっくり。
立ち上がるように。
伸びる。
そして。
人の形に。
なる。
黒い髪。
白い服。
赤い瞳。
「……!」
俺は。
息を呑む。
その姿は。
「隣」に。
似ている。
でも。
違う。
もっと。
大人。
もっと。
疲れている。
そして。
胸に。
一つ。
古い時計を。
抱えている。
「……誰?」
アリアが。
構える。
影の人物は。
俺を見る。
「レオン」
「……」
「私は」
「千年後から」
「来た」
「……!」
ミナが。
振り返る。
「千年後……?」
その人物は。
頷く。
「正確には」
「千年後の」
「世界から」
「……」
「でも」
「私は」
「ミナではない」
俺たちは。
黙った。
「じゃあ」
「誰だ?」
俺が。
聞く。
その人物は。
時計を。
開く。
中には。
一本の。
赤い針。
「私は」
「千年後に」
「最後の日を」
「選ぶ者」
「……!」
空気が。
凍る。
ユラが。
立ち上がる。
「最後……」
その人物は。
ユラを見る。
「そう」
「でも」
「まだ」
「選んでいない」
「……」
俺は。
一歩。
前へ出る。
「なら」
「どうして」
「ここに来た?」
その人物は。
俺を見る。
「未来で」
「選択肢が」
「一つ」
「消えたから」
「……」
「だから」
「それを」
「戻しに来た」
「何の選択肢?」
人物は。
時計を。
閉じる。
「あなた自身」
「……」
「レオン」
「あなたが」
「自分自身を」
「選ぶ未来」
俺は。
息を呑む。
第十六原則。
自分自身の存在を選ぶ自由。
それが。
千年後に。
消える?
「……どうして?」
人物は。
答えない。
ただ。
小さく。
言った。
「あなたは」
「千年後」
「一度だけ」
「自分を」
「消そうとする」
「……!」
アリアが。
俺の腕を。
掴む。
「レオン……」
「大丈夫」
俺は。
そう言った。
でも。
心の中は。
全然。
大丈夫じゃない。
千年後。
俺が。
自分を。
消そうとする。
なぜ。
何のために。
誰を。
守るために。
「……」
人物は。
続ける。
「それを」
「止めるために」
「私は」
「ここへ来た」
「誰かに」
「頼まれたのか?」
「違う」
「……」
「私自身が」
「そう選んだ」
「……」
俺は。
その言葉を。
聞いて。
少し。
安心した。
未来から来た存在。
でも。
誰かに。
命令されて。
来たわけではない。
自分で。
選んだ。
「……名前は?」
俺が。
聞く。
人物は。
黙る。
そして。
少しだけ。
笑った。
「まだ」
「決めていない」
「……」
「未来の私も」
「名前を」
「持っていない」
俺は。
笑った。
「また」
「名前のないやつか」
隣が。
俺を見る。
「僕の仲間?」
「たぶん」
俺は。
答える。
未来から来た人物が。
二人を。
見比べる。
「……」
そして。
初めて。
微笑んだ。
「そうか」
「何が?」
「未来にも」
「名前を」
「自分で選ばない者が」
「いるんだね」
隣が。
答える。
「うん」
「……」
「でも」
「いつか」
「選ぶ」
未来の人物は。
少し。
考える。
「私も」
「そうなるのかな」
俺は。
頷く。
「きっと」
「……」
その瞬間。
世界樹が。
大きく。
揺れた。
――ゴォォォ……。
枝が。
空へ伸びる。
葉が。
舞う。
そして。
世界樹の幹に。
一つの。
新しい扉が。
現れた。
数字。
1000
「……」
未来の人物が。
息を呑む。
「早い……」
「何が?」
「この扉」
「本当は」
「もっと先で」
「開くはずだった」
「……」
「千年後に」
「あなたと」
「会うための」
「扉」
ミナが。
前へ出る。
「私も」
「そこに」
「行くの?」
未来の人物は。
ミナを見る。
そして。
頷いた。
「うん」
「……」
ミナの目に。
涙が。
浮かぶ。
「じゃあ」
「私」
「ちゃんと」
「生きるね」
「……」
未来の人物は。
静かに。
笑った。
「それが」
「一番」
「嬉しい」
――。
その時。
扉の向こうから。
声がした。
『千年後を』
『見せようか?』
「……!」
全員が。
扉を見る。
『まだ』
『選ばれていない未来を』
『一つだけ』
俺は。
扉に。
近づく。
「……」
未来を見ること。
それは。
危険だ。
ミナの言葉にも。
あった。
未来は。
正解ではない。
でも。
知ることで。
何かを。
変えられるかもしれない。
「レオン」
アリアが。
俺を見る。
「どうする?」
俺は。
扉を見る。
そして。
みんなを見る。
「……」
今度も。
一人では。
決めない。
「みんな」
「どうしたい?」
ユウトが。
笑う。
「俺は」
「見てもいい」
セリアも。
頷く。
「私も」
ミナは。
少し。
迷った。
そして。
言った。
「私は……」
「……」
「見たい」
「未来の私が」
「どんな顔で」
「生きてるのか」
「知りたい」
俺は。
頷いた。
「分かった」
そして。
扉に。
手をかける。
――。
その瞬間。
千年後の世界が。
一瞬だけ。
見えた。
巨大な世界樹。
その下に。
広がる街。
たくさんの。
人々。
笑い声。
空を飛ぶ。
光の乗り物。
そして。
世界樹の根元に。
大きな。
広場。
そこには。
俺たちの。
像が。
並んでいた。
「……」
ノアが。
驚く。
「お兄ちゃん」
「有名人?」
「……」
俺は。
苦笑する。
「みたいだな」
でも。
その瞬間。
映像が。
切り替わった。
街が。
一瞬で。
暗くなる。
人々が。
空を見上げる。
巨大な。
黒い扉。
その中央に。
文字。
最後の日
そして。
その扉の前に。
一人の男が。
立っている。
黒い髪。
赤い瞳。
白い服。
その顔は。
俺に。
そっくりだった。
「……!」
俺は。
息を呑む。
男は。
ゆっくり。
振り返る。
そして。
こちらを見る。
まるで。
今ここにいる。
俺を。
見つけたかのように。
「……」
未来の俺が。
口を開く。
『やっぱり』
『来たんだね』
「……」
『レオン』
『千年前の僕』
そして。
未来の俺は。
静かに。
笑った。
『最後の日を』
『選ぶ前に』
『一度だけ』
『聞きたかった』
「……何を?」
未来の俺は。
答える。
『君は』
『今』
『幸せ?』
「……」
俺は。
言葉を失った。
未来の俺は。
さらに。
続ける。
『もし』
『幸せなら』
『僕は』
『最後の日を』
『選ばない』
『でも――』
映像が。
途切れる。
黒い画面。
そして。
最後に。
一言だけ。
残った。
「もし、幸せじゃなかったら?」




