第107話 最後の日を選ぶ者
「最後の日……」
俺は。
空に浮かぶ扉を。
見上げていた。
巨大な黒い扉。
その向こうには。
何があるのか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
はっきりしていることがある。
――あれは。
勝手に現れた。
「レオン」
アリアが。
俺の隣に立つ。
「どうする?」
「……」
俺は。
答えなかった。
今までなら。
すぐに。
扉へ向かっていた。
何があるのか。
確かめるために。
でも。
今は。
違う。
俺は。
みんなを見る。
ユウト。
アリア。
セリア。
セレナ。
ノア。
ミナ。
ユナ。
もう一人のレオン。
ユラ。
カイ。
ソア。
リク。
ハネ。
カナ。
ハル。
ミライ。
リオ。
エレナ。
ソウ。
そして。
まだ名前のない。
「隣」。
時間の外側の少女も。
静かに。
空を見上げている。
「……」
俺は。
一歩。
後ろへ下がった。
「俺一人では」
「決めない」
「……」
みんなが。
俺を見る。
「最後の日を」
「開くかどうか」
「俺だけで」
「決めない」
ユウトが。
笑った。
「やっと」
「兄貴らしくなったな」
「……どういう意味だ?」
「昔の兄貴なら」
「絶対」
「一人で突っ込んでた」
「……」
「今は」
「みんなを見る」
「それだけ」
ユウトは。
肩をすくめる。
「大きな進歩だよ」
「……」
俺は。
少しだけ。
笑った。
「そうかもな」
――。
ノアが。
空を見上げる。
「ねえ」
「最後の日って」
「何する日?」
「……」
誰も。
答えない。
ノアは。
首を傾げる。
「ご飯食べないの?」
「食べるだろ」
俺が。
答える。
「じゃあ」
「遊ばないの?」
「遊ぶ」
「寝ないの?」
「寝る」
「……」
ノアが。
真剣な顔をする。
「じゃあ」
「普通の日と」
「何が違うの?」
「……」
その質問に。
俺は。
答えられなかった。
「最後の日」。
言葉だけなら。
何かが終わる日。
でも。
何が終わる?
世界か。
時間か。
命か。
可能性か。
それとも。
「最後」という。
考え方そのものか。
「……」
ミナが。
静かに。
言った。
「最後って」
「誰かが」
「決めた時に」
「最後になるのかもしれない」
「……」
未来を知っていた。
彼女らしい。
言葉だった。
「誰かが」
「ここまでって」
「決めたら」
「そこが」
「最後になる」
ミライが。
続ける。
「でも」
「誰も」
「最後だと」
「決めなかったら?」
「……」
「最後は」
「来ないのかな?」
俺は。
空の扉を見る。
「……」
それは。
あり得るのかもしれない。
最後というものが。
最初から。
存在するのではなく。
誰かが。
そう決めた時に。
初めて。
「最後」になる。
すると。
黒い扉から。
声がした。
『違う』
「……!」
全員が。
空を見る。
『最後の日は』
『すでに』
『決まっている』
「誰が?」
俺が。
聞く。
『最初の世界』
「……」
『最初に』
『世界を一つにした時』
『最後の日も』
『同時に』
『選ばれた』
俺は。
拳を握った。
「……」
また。
最初の選択。
また。
一人で決めたこと。
「何を」
「選んだ?」
『終わり』
「……」
『世界には』
『始まりがある』
『だから』
『終わりも』
『必要だった』
「……」
『最初の世界は』
『始まりと終わりを』
『同時に選んだ』
俺は。
黙った。
確かに。
それは。
理屈としては。
分かる。
始まりがあるなら。
終わりがある。
でも。
それを。
誰か一人が。
決める必要が。
どこにある?
「……」
俺は。
空へ向かって。
言った。
「その終わり」
「誰が決めた?」
『お前だ』
「……」
また。
俺。
俺が。
全部の中心。
俺が。
選んだ。
俺が。
終わりまで。
決めた。
「……違う」
俺は。
首を振った。
「俺は」
「そんなこと」
「選んでない」
『選んだ』
「違う!」
俺は。
叫んだ。
「俺が選んだのは」
「みんなと一緒にいたいってことだ!」
空が。
震える。
「世界を一つにしたのも」
「みんなを残したかったからだ!」
「終わりを選んだわけじゃない!」
『……』
「誰かが」
「勝手に」
「俺の願いを」
「始まりと終わりに」
「変えたんだ!」
沈黙。
そして。
黒い扉が。
大きく。
揺れた。
『……』
扉の表面に。
亀裂が走る。
「レオン」
アリアが。
俺の肩に。
手を置く。
「大丈夫」
「ああ」
俺は。
頷く。
その時。
「待って」
声がした。
「……?」
隣。
名前のない子供。
「どうした?」
子供は。
黒い扉を。
見ている。
「この扉」
「……」
「僕」
「知ってる」
「……!」
俺は。
子供を見る。
「どこで?」
「最初に」
「君が」
「選ぶ前」
「……」
「この扉は」
「もっと」
「小さかった」
「小さかった?」
「うん」
子供は。
両手を広げる。
「これくらい」
「……」
「そして」
「君は」
「この扉を」
「閉じた」
「俺が?」
「うん」
「何のために?」
子供は。
答える。
「怖かったから」
「……」
「終わりを」
「見るのが」
「怖かった」
「……」
その言葉は。
俺の胸に。
深く。
刺さった。
確かに。
俺は。
何度も。
世界をやり直した。
誰かを失うのが。
怖かった。
終わりが。
怖かった。
だから。
やり直した。
何度も。
何度も。
「……」
子供が。
言う。
「だから」
「君は」
「最後の日を」
「閉じた」
「……」
「でも」
「消さなかった」
「……?」
「いつか」
「自分で」
「向き合うために」
俺は。
空を見る。
巨大な扉。
それは。
世界の終わりを。
示しているのではない。
俺が。
ずっと。
見ないようにしていたもの。
「……」
その時。
ユラが。
前へ出た。
「最後」
「……?」
「私は」
「最後を」
「知ってる」
俺は。
ユラを見る。
「お前は」
「終わりそのものだからな」
「うん」
ユラは。
静かに。
頷く。
「でも」
「私」
「最近」
「分かった」
「何が?」
「終わりって」
「消えることじゃない」
「……」
「終わったあとに」
「何かが」
「残る」
「……」
ユラは。
自分の胸に。
手を当てる。
「私も」
「昔は」
「終わりしか」
「知らなかった」
「でも」
「今は」
「終わったあとに」
「誰かが」
「笑ってることを」
「知ってる」
「……」
「だから」
ユラは。
空を見上げる。
「最後の日を」
「怖がる必要は」
「ないと思う」
俺は。
頷いた。
「……そうだな」
でも。
その瞬間。
ユラの顔が。
曇った。
「ただ」
「……?」
「一つだけ」
「嫌」
「……何が?」
「誰か一人が」
「最後を」
「決めること」
「……」
俺は。
息を呑む。
ユラが。
俺を見る。
「レオン」
「ん?」
「あなた」
「昔」
「それを」
「してた」
「……」
「だから」
「今度は」
「私たちが」
「一緒に決める」
「……」
その言葉に。
みんなが。
頷いた。
――。
その時だった。
黒い扉が。
少しだけ。
開いた。
ギィィィ……。
隙間から。
白い光が。
漏れる。
「……」
その光の中から。
一人の少女が。
歩いてきた。
銀色の髪。
透明な瞳。
白い服。
見覚えがある。
時間の外側の少女。
「……」
でも。
今までと。
少し違う。
彼女は。
黒い扉の前で。
立ち止まった。
そして。
俺を見る。
「レオン」
「どうした?」
「この扉」
「私」
「少しだけ」
「分かる」
「……?」
「ここは」
「時間の最後じゃない」
「……」
「選択の最後」
「……!」
彼女は。
自分の本を。
開いた。
白紙だった。
そこに。
一文字。
書く。
待つ。
「私は」
「まだ」
「最後を」
「選ばない」
「……」
「だから」
「この扉も」
「今は」
「開けない」
「……」
その瞬間。
扉が。
閉じ始めた。
「……!」
俺は。
慌てて。
手を伸ばす。
でも。
少女が。
首を振った。
「レオン」
「……?」
「大丈夫」
「最後は」
「逃げない」
「……」
「いつか」
「みんなで」
「選べばいい」
俺は。
手を下ろす。
扉が。
完全に。
閉じる。
そして。
空から。
消えた。
「……」
世界が。
静かになる。
ノアが。
ぽつり。
と言った。
「最後の日」
「なくなった?」
俺は。
空を見る。
「……今は」
「なくなったんじゃない」
「待ってるんだと思う」
「何を?」
「俺たちが」
「選ぶまで」
ノアは。
嬉しそうに。
笑った。
「じゃあ」
「まだ」
「いっぱい遊べるね!」
「……ああ」
俺も。
笑った。
「いっぱい遊べる」
――。
その日の午後。
俺たちは。
いつも通り。
過ごした。
ノアと。
ユナが。
世界樹の周りを走り回る。
カイは。
川辺で。
石を集めている。
ハネは。
風に乗る練習。
ソアは。
空を見て。
雲の形を。
考えている。
リクは。
ユウトと。
何かを話している。
アリアは。
セリアたちと。
夕食の準備。
ミナは。
世界樹の葉を。
一枚ずつ。
数えている。
エレナは。
時計を。
観察している。
ユラは。
白い花の丘で。
静かに。
花を見ている。
リオは。
一人で。
木の枝を。
削っている。
ソウは。
隣と。
話している。
「名前」
「まだ?」
ソウが。
聞く。
「うん」
「決めないの?」
「今は」
「まだ」
「……」
「じゃあ」
ソウは。
笑う。
「僕も」
「待つよ」
「ありがとう」
「……」
その光景を。
俺は。
遠くから。
見ていた。
「……」
不思議だった。
昔なら。
こんな日を。
想像できなかった。
世界を救う。
誰も失わない。
そんな大きなことを。
考えていた。
でも。
本当に。
欲しかったものは。
これだったのかもしれない。
「レオン」
アリアが。
隣に来る。
「何考えてるの?」
「……」
俺は。
みんなを見る。
「普通だなって」
「ふふ」
「うん」
「普通」
「でも」
「それがいい」
「……ああ」
その時。
世界樹が。
小さく。
揺れた。
一枚の葉が。
落ちる。
俺の手のひらに。
乗った。
そこには。
文字が。
刻まれていた。
「最後は、終わりではない。」
俺は。
その葉を。
見つめる。
すると。
もう一つ。
文字が浮かんだ。
「最後は、選び直せる。」
「……」
俺は。
笑った。
「そうか」
そして。
その夜。
誰も知らない場所で。
一つの時計が。
動き始めた。
止まっていた。
古い時計。
その針が。
逆方向へ。
動く。
カチ。
カチ。
カチ。
時計の文字盤には。
「零日目」。
「一日目」。
「二日目」。
「三日目」。
「四日目」。
「五日目」。
「六日目」。
そして。
その先に。
無数の日。
千日。
一万日。
百年。
千年。
その針が。
さらに。
先へ進む。
そして。
一つの数字で。
止まった。
1000
「……」
誰もいない部屋。
そこで。
一人の少女が。
目を開けた。
銀色の髪。
透明な瞳。
白い服。
ミナだった。
でも。
今のミナではない。
千年後の。
未来のミナ。
彼女は。
古い時計を。
見つめる。
そして。
小さく。
呟いた。
「……まだ」
「終わってない」
「よかった」
その手には。
一枚の紙。
そこに。
書かれている。
「レオンへ」
未来のミナは。
その紙を。
胸に抱く。
「約束」
「守るね」
――。
そして。
その瞬間。
千年後の空に。
黒い扉が。
一度だけ。
現れた。
その扉には。
新しい文字が。
刻まれていた。
「最後の日――選択待ち」
扉は。
開かなかった。
ただ。
そこに。
存在している。
まるで。
誰かが。
最後の日を。
ずっと。
待っているように。




