第101話 零日目の世界
――白い。
また。
何もない。
音も。
風も。
地面すらない。
ただ。
白だけが。
どこまでも続いている。
「……」
俺は。
そこに立っていた。
隣には。
アリア。
ユウト。
セリア。
そして。
ソウ。
みんながいる。
……はずだった。
「……?」
俺は。
周囲を見回した。
「みんな?」
返事がない。
「アリア?」
「……」
「ユウト?」
「……」
誰も。
答えない。
「レオン」
突然。
背後から。
声がした。
振り返る。
そこに。
いたのは。
一人の少年だった。
黒い髪。
赤い瞳。
白い服。
見覚えがある。
でも。
今まで見たことのない姿。
「……誰だ?」
少年は。
笑った。
「それ」
「僕が聞きたい」
「……」
「君は」
「僕を知ってる?」
俺は。
答えられない。
知らない。
でも。
胸が。
痛い。
懐かしい。
何かを。
思い出しそうになる。
「……」
少年が。
一歩。
近づく。
「ここは」
「零日目」
「……」
「世界が」
「始まる前」
「まだ」
「誰も」
「何も」
「選んでいない」
「……」
俺は。
周囲を見る。
本当に。
何もない。
世界樹もない。
空もない。
地面もない。
命もない。
時間すら。
ない。
「じゃあ」
俺は。
聞いた。
「どうして」
「俺がいる?」
少年は。
笑った。
「それを」
「知るために」
「ここへ」
「来たんだよ」
「……」
その時。
白い空間に。
小さな光が。
一つ。
生まれた。
青白い光。
そして。
その光から。
声がした。
『……怖い』
「……!」
俺は。
息を呑んだ。
この声。
知っている。
忘れるはずがない。
「ルナ……?」
光が。
震える。
『……レオン?』
「……!」
胸の奥が。
熱くなる。
「ルナ!」
俺は。
光へ。
手を伸ばした。
でも。
届かない。
白い空間に。
細い線が。
走っている。
まるで。
まだ。
世界と世界の間に。
境界がない。
ルナは。
ただ。
一つの光として。
そこにいる。
『……レオン』
「ここにいる」
『本当に?』
「ああ」
『……よかった』
光が。
少しだけ。
明るくなる。
その瞬間。
別の光が。
生まれた。
黄色。
小さな光。
そして。
その光から。
声がする。
『……兄ちゃん』
「……!」
ユウト。
でも。
今のユウトとは。
違う。
もっと。
幼い。
もっと。
弱い。
そして。
まだ。
身体を持っていない。
「ユウト……?」
『……うん』
「お前も」
『分からない』
「何が?」
『僕が』
『本当に』
『ユウトなのか』
「……」
『名前も』
『まだ』
『ないんだ』
俺は。
言葉を失う。
そうだった。
この場所では。
名前すら。
まだ。
決まっていない。
「じゃあ」
俺は。
聞いた。
「どうして」
「俺たちは」
「お互いを」
「知ってる?」
少年が。
答えた。
「知ってるんじゃない」
「……?」
「感じてるんだよ」
「……」
「名前より前に」
「存在が」
「触れ合ってる」
「だから」
「君は」
「ルナを」
「ルナだと」
「分かった」
「ユウトを」
「ユウトだと」
「感じた」
「……」
なるほど。
そういうことか。
名前は。
最初から。
存在していたわけじゃない。
存在が。
先にあって。
名前は。
あとから。
ついてきた。
俺は。
そのことを。
今まで。
何度も。
見てきた。
エレナ。
ハル。
ミライ。
ソア。
リオ。
カナ。
ユラ。
そして。
ソウ。
みんな。
自分自身で。
名前を。
選んだ。
でも。
そのもっと前。
名前すら。
必要なかった頃が。
ここだった。
「……」
俺は。
少年を見る。
「じゃあ」
「お前は?」
少年は。
首を傾げる。
「僕?」
「ああ」
「……」
「どうして」
「俺の姿を」
「してる?」
少年は。
少し。
困ったように。
笑った。
「分からない」
「……」
「でも」
「たぶん」
「僕は」
「君が」
「最初に」
「選ばなかった」
「もの」
「……!」
胸が。
大きく。
鳴った。
「選ばなかった?」
少年は。
頷く。
「君が」
「最初の世界を」
「始める時」
「たくさんの」
「可能性が」
「あった」
「……」
「その中で」
「君は」
「一つを」
「選んだ」
「それ以外を」
「捨てた」
「……」
「僕は」
「その」
「捨てられた」
「可能性」
俺は。
拳を握った。
また。
それか。
また。
「捨てられた未来」。
「選ばれなかった存在」。
でも。
少年は。
首を振る。
「違う」
「……?」
「僕は」
「恨んでない」
「……」
「だって」
少年は。
白い空間を。
見回す。
「まだ」
「何も」
「始まってないから」
「……」
「捨てられた」
「ということすら」
「まだ」
「決まってない」
「……!」
俺は。
息を呑んだ。
そうだ。
ここは。
零日目。
まだ。
何も。
決まっていない。
過去も。
未来も。
失敗も。
成功も。
「まだ」
「選ばれていない」
その言葉が。
胸に。
響く。
すると。
白い空間に。
小さな音がした。
――カチ。
俺たち全員が。
振り向く。
そこに。
時計が。
一つ。
浮かんでいた。
でも。
針がない。
文字盤だけ。
数字すらない。
「……」
ソウが。
その時計へ。
近づく。
「これ」
「何?」
俺は。
答えられない。
すると。
時計の中から。
声がした。
『最初の時間を』
『選んでください』
「……」
『一日目を』
『始めますか?』
俺は。
固まった。
一日目。
世界が。
始まる。
あの。
最初の世界。
俺が。
何度も。
何度も。
やり直してきた。
始まり。
でも。
今。
初めて。
その前に。
立っている。
「……」
『選んでください』
もう一度。
声がする。
「……」
俺は。
手を伸ばす。
でも。
止めた。
「待って」
『……?』
「俺一人で」
「選ぶのか?」
『……』
「この世界を」
「俺一人が」
「始めるのか?」
沈黙。
すると。
ルナの光が。
揺れた。
『……一緒に』
「……」
『一緒に』
『選びたい』
ユウトの光も。
輝く。
『僕も』
『一緒がいい』
ソウも。
俺を見る。
「僕も」
「……」
俺は。
笑った。
「そうだな」
最初から。
間違っていた。
俺は。
世界を。
一人で。
始めようとした。
だから。
その後。
何度も。
誰かを。
救うために。
一人で。
全部を。
背負った。
でも。
本当は。
最初から。
違った。
「みんなで」
「選べばいい」
その言葉に。
時計が。
震える。
――カチ。
初めて。
針が。
生まれた。
一つ。
二つ。
三つ。
時間が。
動き始める。
「……!」
白い空間に。
風が。
生まれた。
地面が。
生まれる。
空が。
生まれる。
遠くに。
小さな芽が。
生まれる。
世界樹。
まだ。
小さな。
小さな芽。
ルナの光が。
嬉しそうに。
輝く。
『世界』
「……」
ユウトの光が。
揺れる。
『ここが』
『僕たちの』
『世界?』
「たぶん」
ソウが。
小さな芽を。
見る。
「これ」
「僕たちが」
「選んだの?」
「ああ」
「……」
少年が。
初めて。
笑った。
「じゃあ」
「これが」
「始まりなんだ」
「……」
俺は。
頷く。
「そうだ」
「でも」
その瞬間。
世界樹の芽に。
黒い影が。
落ちた。
「……?」
芽の根元。
そこに。
一つの。
小さな黒い光。
俺は。
それを。
見た。
「……」
嫌な予感。
でも。
なぜか。
知っている。
この黒い光が。
後に。
何度も。
俺たちを。
苦しめることになる。
失う恐怖。
一人になる恐怖。
誰かを。
奪われる恐怖。
そして。
「選ぶ」ということへの。
恐怖。
ルナが。
小さく。
震える。
『……怖い』
「大丈夫」
俺は。
答えた。
『本当に?』
「ああ」
『ずっと?』
俺は。
少しだけ。
考える。
そして。
言った。
「ずっとじゃなくても」
『……?』
「また」
「会えばいい」
「……」
「離れても」
「忘れても」
「世界が」
「変わっても」
「また」
「会えばいい」
ルナの光が。
大きく。
輝いた。
『……うん』
そして。
その言葉が。
世界に。
刻まれた。
第一の約束――また会おう。
その瞬間。
世界樹が。
大きく。
成長した。
枝が。
空へ伸びる。
葉が。
生まれる。
そして。
世界が。
始まった。
――。
俺は。
目を開けた。
「……!」
そこは。
現在の世界。
世界樹の下。
アリアが。
俺の肩を。
揺らしている。
「レオン!」
「……アリア?」
「大丈夫?」
「ああ……」
俺は。
周囲を見る。
ユウト。
ソウ。
みんな。
いる。
「……夢?」
「たぶん」
アリアが。
心配そうに。
俺を見る。
「何を見てたの?」
「……」
俺は。
答える。
「始まり」
「始まり?」
「ああ」
「世界が」
「始まる前の」
「本当の」
「始まり」
その瞬間。
世界樹の枝から。
一枚の葉が。
落ちてきた。
俺が。
拾う。
葉には。
文字が。
刻まれていた。
第一の約束――また会おう。
「……」
俺は。
その文字を。
指でなぞる。
すると。
遠くから。
声がした。
『レオン』
「……?」
ルナ。
今のルナではない。
もっと。
幼い。
世界が。
始まる前の。
ルナの声。
『忘れても』
『また』
『会おう』
俺は。
目を閉じる。
「……ああ」
答える。
「約束する」
すると。
葉が。
光になった。
その光は。
空へ。
上がっていく。
そして。
夜空に。
一つの星になる。
その星を。
見上げながら。
俺は。
思った。
零日目。
何もなかった時間。
でも。
本当は。
そこに。
全部が。
あった。
世界も。
時間も。
名前も。
未来も。
まだ。
選ばれていなかっただけ。
そして。
俺たちは。
これから。
その「最初の選択」が。
なぜ。
一つにされたのかを。
知らなければならない。
なぜ。
五人目が。
外へ出されたのか。
なぜ。
時間が。
捨てられたのか。
なぜ。
最初の世界が。
一つに。
固定されたのか。
そして。
誰が。
それを。
決めたのか。
俺は。
夜空を見る。
その時。
星の一つが。
赤く。
輝いた。
――。
『見つけた』
「……!」
聞き覚えのない声。
『ようやく』
『ここまで』
『戻ってきた』
世界樹の影から。
一人の人影が。
現れる。
黒い髪。
白い服。
赤い瞳。
そして。
胸には。
古い時計。
俺は。
警戒する。
「……誰だ?」
人影は。
笑った。
「私は」
「お前たちが」
「最初の世界を」
「始める前に」
「一番最初に」
「捨てたもの」
「……」
「時間でもない」
「未来でもない」
「命でもない」
「じゃあ」
「何だ?」
その存在は。
胸の時計を。
開いた。
中には。
針が。
一本だけ。
入っていた。
「――選択だ」
「……!」
「お前たちは」
「世界を」
「始める前に」
「すでに」
「一つを」
「選んでいた」
「……」
「だから」
その存在が。
笑う。
「本当の始まりは」
「世界じゃない」
「選択だった」
時計の針が。
動く。
――カチ。
その瞬間。
俺の胸の奥で。
何かが。
目を覚ました。
まだ。
誰にも。
選ばれていない。
一つの。
可能性が。
――。
「……レオン」
アリアが。
俺の手を。
握る。
「どうしたの?」
俺は。
空を見上げる。
そして。
答えた。
「……始まる」
「何が?」
俺は。
ゆっくり。
笑った。
「本当の」
「始まりが」




