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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【新版】  作者: 硝子玉の宇宙
わたしたちじゃない箱庭の娘たち

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第48話-箱庭の娘って、他にもいるのかな

惑星監理局の廊下の隅に、いつもの女子会空間が浮かんでいた。


半透明の壁に囲まれた小さな部屋には、丸いクッションと低い机が置かれ、天井代わりの淡い星明かりが三人を照らしている。机の上には菓子の皿と三つのカップがあり、ロジーの頭上デバイスからは、今日撮影した写真が何枚も投影されていた。


訓練中、レトの硝子短剣が戦闘班職員の上着だけを切り裂いた瞬間。


新しい記録分類を提案したロジーが、情報班主任から既存分類の整理を命じられている場面。


中庭へ新しい花を生やし、生活班の職員に囲まれているエル。


「でもね、職員さん、怒ってなかったよ」


レトはクッションに座り、硝子製の小さな指示棒を振った。


「上着、すごくきれいに切れてたから、これなら縫いやすいって」


「それ、怒られてる途中に気を遣われたんじゃない?」


ロジーが写真を拡大する。頭を下げるレトと、二つに分かれた上着を持つ職員が映っていた。


「ほら。職員さん、笑ってない」


「ほんとだ……」


「レトだけ笑ってる」


「だって、けがしてなかったから嬉しかったの」


「気持ちは分かるけど、謝罪記録としては満面の笑顔すぎるね」


「じゃあ消して」


「消さないよ。重要な成長記録だから」


「もうっ!」


レトがロジーへ飛びついた。


二人がクッションの上で転がり、机の端にあった菓子皿が傾く。エルが手を伸ばすと、皿は床へ落ちる前にふわりと浮かび、机の中央へ戻った。


「お菓子、落ちなかった」


「エル、えらい!」


「記録した!」


二人が同時にエルを見る。


エルは首を傾げた。


「レトとロジーは、いつも一緒に転がるね」


「ロジーが写真を消してくれないから!」


「レトが飛びつくから!」


「二人とも同じことしてる」


レトとロジーは顔を見合わせた。しばらく睨み合ったあと、どちらからともなく笑い、床へ転がったクッションを元へ戻した。


レトは座り直しながら、机の上を見る。


三つのカップ。三人分の菓子皿。三人で撮った写真。


「ねえ」


「なに?」


「箱庭の娘って、わたしたち以外にもいるのかな」


ロジーの手が止まった。


エルもレトを見る。


「監理局が確認してる子は、私たち以外にもいるよ」


ロジーは頭上デバイスへ新しい画面を開いた。


「上位委員会の管理下だったり、別の場所で暮らしてたりするけど。情報がほとんど公開されてない子もいるし、私が自由に見ていい記録じゃないものも多い」


「会ったことは?」


「ない」


「そっか」


レトは指示棒を机へ置き、膝を抱えた。


「どんな子かな」


「記録が好きな子だったら、私と情報交換できる!」


「戦うのが好きなら、わたしと訓練できるよ」


エルが言った。


「かわいいものが好きなら、三人で遊べるね」


「四人だよ」


「四人で遊べる」


レトの目が輝いた。


「仲良くなれるかな」


「なれる!」


ロジーは即答した。


「レトは距離を詰めるの早いし、エルはだいたい誰とでもくっつくし、私は記録をきっかけに会話を始められる。完璧な歓迎体制だよ」


「最初から記録を見せてって言ったら、嫌がられるかもしれないよ」


「言わないよ。最初は名前と好きな食べ物と趣味と普段の活動と発生時期と中枢術式と――」


「多いよ!」


エルは二人のやり取りを聞きながら、机の上へ手を置いた。


「探す?」


レトとロジーが黙る。


「探せるの?」


「全部は分からない」


エルは机の上へ、小さな硝子の輪を作った。


輪の内側に、三つの光が灯る。淡い緑、桃色、白と淡紅色。それぞれレト、ロジー、エルの前へ浮かび、細い光の糸を伸ばし始めた。


「あたしたちの響き」


「似た響きがあれば、分かるの?」


「少しだけ」


ロジーの目が輝いた。


「待って。これ、旧世代による箱庭の娘同系反応探索?」


「難しい名前は分からない」


「記録名は後で決める!」


「遊びだからね、ロジー」


レトが念を押す。


エルが硝子の輪へ指を触れると、三つの光がゆっくりと回り始めた。


しばらくは何も起きなかった。


レトが輪を覗き込み、ロジーも息を潜める。


やがて、輪の端に白い点が現れた。


光と呼ぶには、あまりにも弱かった。見つめていなければ気づかないほど小さく、輪の内側を漂う光に紛れて、何度も見失いそうになる。


「……いた?」


レトが声を落とす。


エルは白い点を見つめた。


「たぶん」


「たぶん?」


「すごく微か。次に探したら、もう分からないかもしれない」


白い点が消えた。


数秒後、同じ場所へ再び現れたが、強さは変わらない。最初から、いつ消えてもおかしくないほどの光だった。


ロジーが急いで座標を記録する。


「通常観測網には該当なし。監理局の管理番号もすぐには出ない。未登録か、古い記録が失われてる」


「生きてる子?」


「分からない」


「女の子なの?」


「それも分からない」


エルが答えた。


「似た響きが、そこに少しあるだけ」


白い点がまた消えた。今度はすぐに戻ったが、次も同じように現れる保証はなかった。


レトは硝子の輪から目を離せないまま言った。


「お兄さんに言おう」


「うん。報告を作る」


ロジーが報告用の画面を開いた。


発見時刻、座標、観測方法、確認できた情報。何も分からないからこそ、必要な項目が次々に増えていく。


白い点は、その間にも現れては消えた。一度消えるたび、三人は次に戻ってくるまで息を止めた。


ロジーの指が止まる。


「これ、報告して、確認されて、調査の許可が出るまで残ってるかな」


「座標は記録したんでしょ?」


「今の座標は。でも、この響きが消えたら、同じ場所をエルがもう一度探せるか分からない」


エルは白い点を見ながら頷いた。


「あたしにも分からない」


レトは両手を握った。


「もしかしたら、その子、ずっとひとりで寂しいのかも」


ロジーとエルがレトを見る。


「わたしも、お兄さんに見つけてもらえなくて、ずっとひとりだったら……最初は平気でも、だんだん悲しい気持ちになってたかもしれない」


硝子の彗星から生まれた自分が、誰にも見つけられなかった姿を想像する。


名前を呼ばれることもない。訓練室も、食堂も、女子会もない。お兄さんも、ロジーも、エルもいない。


「誰かがいるって分かってるのに、ずっと見つけてもらえなかったら、もっと寂しいかもしれない」


ロジーは頭上の報告画面を見た。


「私も、誰も話を聞いてくれなくて、記録を見せる相手もいなくて、ずっと一人だったら……たぶん、誰かが来るまで待ってる」


いつもの勢いはなかった。


エルも消えかける白い点を見つめる。


「レトとロジーがいないところに、ずっといたら」


少し考えてから、静かに続けた。


「あたしも、寂しいと思う」


白い点が消える。


すぐには戻らない。


三人は黙って待った。


やがて、辛うじてそこにあると分かるほどの光が、もう一度だけ現れた。


レトは立ち上がった。


「近くまで見るだけ」


「レト」


「危なかったら、すぐ帰る。帰る場所はエルが残す。知らないものには触らない。建物があっても入らない」


戦闘班で教わった確認を、思いつく限り並べる。


「見つけても、勝手に連れて帰らない。困ってたら、すぐ職員さんを呼ぶ」


ロジーも立ち上がった。


「現地滞在は最短。座標確認と目視だけ。私の魔術も使わない」


エルは二人を見た。


「ジェレミーに言わないの?」


レトの胸が痛んだ。


「戻ったら、すぐ言う」


正しい答えではなかった。


三人とも、それを分かっている。


それでも、あの微かな響きの向こうに誰かがいるなら、次に探した時にはもう見つけられないかもしれない。


エルは少し考え、二人へ手を差し出した。


「じゃあ、帰る場所を忘れないようにする」


レトが右手を握る。


ロジーが左手を握る。


女子会空間の淡い星明かりが遠ざかっていった。


◇


次の瞬間、三人は花畑に立っていた。


視界の端まで、色とりどりの花が続いている。風が吹くたび、赤、青、黄色、白、紫の花々が一斉に揺れ、惑星の地表へ大きな波を作っていた。


レトは目を丸くした。


「すごい……!」


ロジーのデバイスが自動撮影を始めかけ、すぐに停止する。


「一枚だけ」


「うん。一枚だけ」


三人は花畑の中に並んだ。中央にレト、肩を寄せるロジー、二人へくっつくエル。撮影音が一度だけ鳴った。


エルは周囲の花を見てから、三人の写真を見る。


「花だけより、みんなでいる方がかわいいね」


「うん!」


レトは笑い、すぐに顔を引き締めた。


「探そう」


エルが小さな方位針を作る。


針は花畑の奥を指していたが、わずかに揺れていた。反応が弱すぎて、正確な位置まで定まっていないらしい。


三人は花を踏まないように進んだ。


花畑の波の向こうに、古びた小屋が見えてくる。木造の壁は一部が崩れ、屋根には長い蔓が絡みついていた。窓は割れ、扉も傾いている。


レトが足を止めた。


「建物には入らないって言った」


「言ったね」


ロジーが答える。


エルの方位針は小屋を指している。


「外から呼ぼう」


レトは小屋へ向かって声を上げた。


「誰かいるー?」


返事はない。


もう一度呼んでも、風と花の音しか戻ってこなかった。


エルが方位針を見る。


「下」


「下?」


針は小屋そのものではなく、さらにその下を指している。


レトは小屋の周囲を一周し、窓から中を確認した。


「中を見るだけ」


「さっき決めたことと違うよ」


「うん」


「でも、外からじゃ分からない」


「うん」


二人は黙った。


方位針が一度だけ大きく揺れ、針先が方向を見失いかける。


レトは傾いた扉へ手をかけた。


少し力を入れると、扉は蝶番ごと外れ、内側へ倒れた。大きな音が花畑へ響き、三人は同時に飛び上がる。


「壊れた!」


「レト、怪力記録!」


「いま記録しなくていい!」


「してない! 言っただけ!」


小屋の中に動くものはなかった。


古い机と壊れた棚。床には土と枯れ葉が積もり、人が暮らしていた痕跡は残っていない。


方位針は床の中央を指していた。


枯れ葉を払うと、四角い金属の蓋が現れる。取っ手と、錆びた認証装置。


ロジーが蓋の前へしゃがんだ。


「普通の小屋じゃない」


レトは蓋の隙間を見た。


地下から、冷たい空気が流れてくる。花の香りとは違う、古い薬品と焼けた魔術式の匂いだった。


方位針は、金属の蓋の真下を指していた。


◆


金属の蓋は施錠されていなかった。


レトが取っ手へ力をかけると、錆びた縁が床を擦り、低い音を立てた。蓋の下から現れたのは、地中へ降りる細い階段だった。


照明はすべて消えている。


花畑を揺らす風の音も、蓋の内側にはほとんど届かなかった。


「見るだけ」


レトはもう一度言った。


最初に決めた約束が、少しずつ違う形へ変わっていることを、自分でも分かっていた。


「危なかったら、すぐ戻る」


ロジーも繰り返す。


エルは二人の後ろで頷いた。


レトは青白い硝子の短剣を一本作った。刃としてではなく、明かりとして使う。内部に閉じ込めた光を弱く解放すると、階段の壁と足元だけが淡く照らされた。


先頭にレト、中央にロジー、最後にエル。


三人は地下へ降りていく。


靴底が段を踏むたび、乾いた音が落ちた。反響は狭い壁へ一度触れ、すぐに消える。


階段の途中、レトは帰還経路を見失わないよう、小さな硝子片を床へ置いた。青白い光を背後へ残し、さらに下へ進む。


地下通路の壁には古い配線が走り、扉はいくつもあったが、ほとんどが半端に開いていた。


最初の部屋には、割れた容器と空の棚。


次の部屋には、壊された記録端末があった。画面は内側へ陥没し、記録媒体を収めていた部分だけが抜き取られている。周囲の机や椅子には手をつけず、必要なものだけを持ち去ったように見えた。


さらに奥では、床に焼きついた魔術式が途中で断ち切られていた。


レトが短剣を動かすたび、残された器具の影が壁を横切る。


人がいなくなってから、長い時間が経っている。それでも、棚も机も用途を失ったまま元の場所に残り、施設の形だけが地下に取り残されていた。


レトは歩みを遅くした。


「研究所かな」


ロジーは壁に残された記号を見る。


「たぶん。でも登録名も運営組織も分からない。識別情報が削られてる」


「悪い人がいた場所?」


「それもまだ分からない」


「分からないことばっかりだね」


「だから、帰った方がいい」


ロジーはそう言ったが、足を止めなかった。


方位針は通路の先を指し、針先は微かに揺れ続けている。


やがて三人は、大きな部屋へ入った。


レトが短剣を掲げると、淡い光が床を滑り、部屋の中央に置かれた低い台座を浮かび上がらせた。


人間が使うには小さい台座だった。


周囲には固定具が取りつけられ、劣化した布と革が床へ落ちている。他の器具は壁際へ退けられているのに、台座だけが部屋の中央に残されていた。


壁際の端末は壊れていた。


画面が一度だけ白く光る。


しばらく暗く沈んだあと、不規則にもう一度明滅した。表示される文字はなく、機械の音もしない。灯った光が台座の影を壁へ伸ばし、すぐに消えた。


ロジーの表情から、いつもの明るさが消える。


「これ……」


レトは台座へ近づかなかった。


「寝るところ?」


「分からない」


ロジーの声は低かった。


方位針が、台座の向こうを指す。


そこには、小さな透明の容器が置かれていた。


容器の中に、一輪の花がある。


白い花びらは乾き、細い茎は折れそうに曲がっていた。長く水を与えられていないはずなのに、花の形だけは崩れていない。


花の中心には、ごく弱い光が残されている。


硝子の輪の中で見つけたものと同じ、今にも見失いそうな響き。


容器には、花の名前も、管理番号も記されていなかった。


エルが容器の前へしゃがんだ。


「ここ」


「この花が?」


レトも少し離れた位置へ座る。


「女の子じゃないの?」


「分からない」


エルは花を見つめた。


「でも、似た響きはここにある」


ロジーのデバイスが微かな音を鳴らした。


静かな部屋の中で、小さな電子音だけが鮮明に響く。


壊れた記録端末を認識したのだ。


「記録、残ってる」


「壊れてるよ」


「機械の中には残ってない。でも、ここで起きたことは、世界の記録から消えてない」


ロジーの秘匿魔術、アカシックレコード・オフライン。


誰も記録していない出来事も、削除された情報も、世界に残った記録へ直接触れる魔術。


「私なら見られる」


ロジーは台座へ視線を移した。


「この場所で、何があったのか」


レトの胸の奥が、急に冷たくなった。


危険な魔力反応を感じたわけではない。


部屋の中央に残された台座。


必要な部分だけ抜き取られた端末。


名前も番号もない一輪の花。


何があったのかを語るものはないのに、何かがあったあとだけが残っている。


ここで起きたことを、ロジー一人の中へ入れてはいけない。


レトは、そう思った。


「ロジー」


「少しだけ見る」


ロジーの頭上デバイスに、記録接続の表示が開く。


「待って」


「この子が誰なのか分かるかもしれない」


「だめ」


「レト?」


「使っちゃだめ」


ロジーが振り向いた。


「どうして?」


レトにも理由は説明できなかった。


危険な術式を見つけたわけではない。ロジーのデバイスに異常が出ているわけでもない。


ただ、とても嫌な予感がした。


この場所の記録は、誰か一人が覗いて終わりにしていいものではない。何が見えるか分からない。どれほど怖いものでも、見た瞬間にはロジー一人の記憶になってしまう。


「分かんない」


レトはロジーの袖を掴んだ。


「でも、すごくやだ」


「何が?」


「ここ」


レトは部屋を見回した。


「ここであったこと、ロジーひとりに見せちゃだめな気がする」


ロジーは黙った。


壊れた端末が、また一度だけ明滅する。


「私しか見られないかもしれないよ」


「だからだめ」


レトは袖を離さなかった。


「ロジーだけに見せるの、だめ。職員さんと一緒に見よう。お兄さんも、副長も、情報班の職員さんも一緒に」


「でも、記録が消えたら」


「消えないようにしてもらおう」


「この子のこと、分からなくなるかもしれない」


「それでも、ロジーひとりで見ないで」


レトの声が震えた。


「お願い」


ロジーは壊れた端末を見た。透明な容器の中の花を見て、それから自分の袖を掴むレトの手へ視線を落とした。


頭上に開いていた記録接続の表示が、ゆっくり閉じる。


「……まだ見てない」


「うん」


「だから、えらい?」


レトは強く頷いた。


「えらい。すごくえらい」


ロジーは笑わなかった。


それでも、少しだけレトの方へ身体を寄せた。


エルが花へ手を伸ばす。指先が透明な容器へ届く前に止まった。


「これも、触らない?」


レトは花を見る。


「触らない」


「戻したりもしない?」


「しない」


エルは手を下ろした。


「分かった」


三人は花の前に並んだ。


壊れた端末が次に光るまで、部屋には何の音もなかった。


花の中心に残る光は、少し目を逸らしただけで消えてしまったように見える。


レトは立ち上がった。


「帰ろう」


来た時と同じ順番で、三人は通路を戻った。


階段へ置いた硝子片の光が見えた時、レトは小さく息を吐いた。


小屋の外へ出ると、花畑は変わらず風に揺れていた。


花の擦れ合う音が、地下から戻ったあとはひどく大きく聞こえた。


ロジーは写真を撮らなかった。


エルも何も作らなかった。


レトが二人の手を握る。


「戻って、全部話そう」


三人の姿が花畑から消えた。


◇


監理局へ戻った瞬間、白い光が三人を包んだ。


転移した先は、いつもの女子会空間ではなかった。


中央転移管理区画。


床には緊急封鎖術式が展開され、周囲にはジェレミー、副長、情報班主任、戦闘班と医療班の職員が立っていた。


レトの顔から血の気が引く。


「お兄さん……」


ジェレミーは三人を順番に見た。


「全員いるな」


「う、うん」


「負傷は」


「ない」


「現地で何かに触れたか」


「触ってない」


「魔術や魔法を使ったか」


ロジーが答える。


「私は使ってない。エルは移動と、反応を探す方位針だけ」


「レトは?」


「明かりの短剣と、帰り道の目印だけ」


ジェレミーは医療班へ視線を向けた。


「三人を確認しろ」


「了解」


エルがジェレミーを見上げた。


「ジェレミー、怒ってる?」


「怒っている。だが、先に報告だ」


副長が端末を操作する。


「三名の所在消失を検知した時点で、監理局全区画へ捜索指示を発令しました。転移先を追跡できなかったため、外部での捜索は開始できていません」


レトが俯く。


「ごめんなさい」


「謝罪は、何があったかを確認した後に聞きます」


副長の声は穏やかだったが、笑ってはいなかった。


「発見から帰還まで、順番に説明してください」


三人は、すべて話した。


女子会で他の箱庭の娘について話したこと。


エルが似た響きを探したこと。


反応は最初から微かで、次に探しても見つけられる保証がなかったこと。


遠い場所で一人きりなら、寂しいかもしれないと思ったこと。


花畑へ移動したこと。


古い小屋を見つけたこと。


建物へ入らないという約束を破ったこと。


地下の部屋、小さな台座、壊れた記録端末、一輪の花。


ロジーが記録を見ようとしたこと。


レトが止めたこと。


エルが花へ触れなかったこと。


説明が終わるまで、ジェレミーは一度も遮らなかった。


最後にレトが言った。


「勝手に行って、ごめんなさい」


ロジーも頭を下げた。


「私も行くって決めた。反応が消えたら、もう探せないと思った」


エルは二人を見てから、ジェレミーへ言った。


「あたしが連れていった」


ジェレミーは短く息を吐いた。


「三人で決めたなら、三人の判断だ」


「はい……」


「行き先を誰にも伝えなかったことが、一番の問題だ」


レトが顔を上げる。


「もし戻れなくなっていたら、私たちは君たちがどこにいるのかも分からなかった」


「……うん」


「居場所が分からなければ、守れない」


レトは目を伏せた。


「ごめんなさい」


「次は先に報告しろ。反応が消える可能性も含めてだ」


「はい」


副長が三人を見渡した。


「当面、三人の外出と独自調査を禁止します。解除条件は、今回の判断確認が終わることです」


三人は揃って頷いた。


ジェレミーは、三人が持ち帰った座標を調査班へ渡した。


「現地の生命反応を最優先で確認しろ。施設と反応源は、正体が判明するまで未知対象として扱う」


「了解」


「端末にも花にも接触するな」


ロジーが顔を上げた。


「壊れてる端末にも?」


「知らないから触れるな」


ロジーは一度だけ地下の部屋を思い出すように黙り、頭上デバイスへ触れた。


「……分かった」


エルがジェレミーの袖を掴んだ。


「あの花、あたしが触ったら、分かるかもしれない」


「今は待て」


「戻せるかもしれないよ」


「戻していい物か、お前に判断できるのか?」


エルは少し考え、袖を離した。


「……分かった」


調査班が出発したあと、ジェレミーはロジーを呼び止めた。


「ロジー」


「はい」


「現地の記録には、まだ接続するな」


ロジーのデバイスが一度だけ光った。


「命令?」


「違う。お願いだ」


「命令すれば止められるでしょ」


「止められる」


「じゃあ、どうしてお願いなの?」


「君に選んでほしい。だが、今は何が残っているか分からない」


「私なら見られるかもしれない」


「だから、待ってくれ」


ロジーは俯いた。


「……お願いって、ずるい」


「そうだ」


「局長がお願いしたら、断りづらいって分かってるでしょ」


「分かっている」


「ずるい」


「否定しない」


ロジーは長く息を吐いた。


「見ない」


「ありがとう」


「でも、分かったことは教えて」


「説明する」


ロジーは小さく頷き、情報班主任とともに区画を出た。


エルも医療確認のため、職員と隣室へ移動する。


最後に残ったレトは、ジェレミーの前で両手を握っていた。


「お兄さん」


「なんだ」


「まだ怒ってる?」


「怒っている」


「うん」


「だが、地下で止まって戻った。それは別だ」


レトが顔を上げる。


「ロジーを止めたの、合ってた?」


「まだ分からない」


ジェレミーはレトの前へ膝をついた。


「勘で止まったあと、戻って相談できた。それでいい」


レトは少しだけ安堵し、それから再び目を伏せた。


「嫌いになった?」


「ならない」


ジェレミーが両腕を広げると、レトは一歩だけ迷い、その胸へ飛び込んだ。


「仲間、いなかった」


「まだ分からない」


「寂しかったのかな」


「それも、まだ分からない」


「調べてくれる?」


「そのために職員が向かった」


レトはジェレミーの服を強く握った。


「見つかったら教えて」


「約束する」


その手が緩むまで、ジェレミーは何も言わなかった。


◆


調査班が花畑の惑星へ到着した時も、一輪の花に残された反応は微かなままだった。


小屋と地下施設は、三人の報告どおりの状態で残されている。


調査班は地表の魔力分布、施設の建築年代、残留術式、生命反応を順番に確認した。


生存個体は発見されなかった。


地下施設は、正式な登録を持たない研究施設だった。壁や端末から組織名は削られ、記録媒体の大半は持ち去られている。


それでも、設備の配置と残された術式から、研究対象は推定できた。


魔力生命体の中枢術式。


魔力核が形成し、肉体や魔力循環と接続することで成立する、個体固有の機能である。


人間は長い歴史の中で、魔力生命体の中枢術式を観測し、その構造を人間が扱える術式へ置き換えてきた。星間通信、航行技術、都市の環境制御。文明を支える技術の中にも、起源をたどれば魔力生命体の性質へ行き着くものがある。


中枢術式を研究すること自体は、違法ではない。


本人の同意と安全が守られている限りは。


安全性を確認したあと、情報班は破壊された端末の周辺から、削除しきれなかった短い記録断片を回収した。


中枢術式構造解析。


外部術式への転写可能性。


情緒刺激時の出力変動。


対人接触後、人間模倣反応の増加。


言語反応、継続観測。


幼体外形、変化なし。


個体名は残されていなかった。


発生場所も、保護経緯も、本人の意思を確認した記録もない。


記されているのは、中枢術式の出力と、反応の変化だけだった。


調査班長は中央の台座を見た。


固定具の位置は、人間より小柄な人型に合わせられている。


情緒を持ち、人間の言葉や振る舞いを学び、幼い姿のまま変化しなかった魔力生命体。


それが三人と同じ箱庭の娘だったと断定するには、記録が足りない。


だが、可能性を退けることもできなかった。


この施設で研究されていた魔力生命体の痕跡は、一輪の花だけだった。


透明な容器に収められた、名前も番号もない白い花。


花の内部に魔力核はない。


生命循環も成立していない。


残されていたのは、かつて存在した個体の中枢術式から切り離された、ごく僅かな反応だけだった。


その反応が花の形を保ち、エルの方位針へ微かな響きを返している。


施設内に他の生命反応はなかった。


調査班が複数の方法で確認しても、結論は変わらない。


この施設にいた魔力生命体は、既に生存していなかった。


◇


惑星監理局、局長室。


ジェレミーは調査報告を最後まで読み、資料を机へ置いた。


向かいには副長、調査班長、情報班主任がいる。


「箱庭の娘である可能性は」


「高いと考えます。ただし、確定できる記録はありません」


調査班長が答えた。


「花以外の個体由来反応は」


「ありません」


「研究組織は」


副長が端末を確認する。


「偽装名義を使用しています。資金経路と関係者の追跡は開始済みです」


ジェレミーは一輪の花の記録映像を見た。


「ロジーは」


「約束を守っています。現地記録への接続はありません」


情報班主任の答えに、ジェレミーは短く頷いた。


「花は保全しろ」


「登録上の扱いは」


「研究資料ではなく、存在記録として残す。検体番号は使うな」


調査班長が了承する。


副長は報告書を閉じた。


「三人には」


「私が話す」


それだけを決め、会議は終わった。


◇


三人は、いつもの女子会空間にいた。


外出停止中のため、廊下の隅から出る予定はない。


それでも今日は、菓子も会議もなかった。


ロジーの頭上デバイスには何も表示されていない。


エルも魔法アイテムを作っていない。


レトは二人の間に座り、右手でロジーの手を、左手でエルの手を握っていた。


「調査、まだかな」


ロジーが答える。


「帰ってきてると思う」


「じゃあ、もう分かったかな」


「たぶん」


「ロジー、見てない?」


「見てない」


「えらい」


「知ってる」


ロジーはそう答えながら、レトの手を少し強く握った。


エルは、何もない机の上を見ていた。


「花、まだあるかな」


「あるよ」


レトは答えた。


「触ってないから」


「そっか」


三人は黙った。


女子会空間の外では、職員たちが行き交っている。


誰も三人へ声をかけなかった。


三人が今は、三人だけでいることを選んでいると分かっていた。


レトが小さな声で尋ねる。


「……また、会えるかな」


ロジーは答えなかった。


エルも答えなかった。


三人は、手を離さなかった。



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