↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【新版】  作者: 硝子玉の宇宙
記録、消失、再録

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/50

第37話-記録できない惑星

数日後。


惑星監理局は、まだ上位存在襲来の事後対応に追われていた。


閉鎖宙域の再設定と損傷設備の交換が続き、廊下を行き交う職員たちの顔には、揃って疲労が残っている。


そんな中、休憩室の低いテーブルでは、エルが得意げに胸を張っていた。


「あたし、我慢できた」


向かいに座ったレトとロジーを順番に見て、さらに胸を張る。


「あたしが、やっつけた」


ロジーは端末をエルの口元へ向けた。


「宇宙を救った英雄のエルさん! 敵はどれほどの脅威でしたか!?」


エルは少し考えた。


「ちっちゃい虫」


「ちっちゃい虫!」


ロジーが復唱する。


エルはテーブルを、ぺちん、と手のひらで叩いた。


「でも、あたしが叩くと、周りも壊れる」


テーブルは無事だった。


「だから、手加減した。できた。あの敵だけやっつけた」


エルの姿勢が、また少し大きくなる。


レトは目を輝かせた。


「エル……すごいね!」


身を乗り出し、エルの頭を両手で撫でる。


エルは顎を上げたまま、素直に撫でられていた。


ロジーが勢いよく立ち上がる。


「エルが……比喩的な物言いをした!」


頭上のデバイスから、記録開始の光が展開された。


「これは進化だよ! エルが進化してる!」


「あたし、二人より長く人間のこと見てるから」


エルはロジーの端末へ、自分から顔を寄せた。


「冗談も言える」


「すごーーーい!」


レトは撫でる手を速めた。


「すごい! エルはすごい!」


比喩が正しいかどうかなど、レトには関係なかった。


エルが我慢した。エルが頑張った。


それだけで、十分にすごかった。


少し離れた席では、休憩中の職員たちが疲れきった顔を見合わせていた。


一人が声を潜める。


「不可逆領域のこと、絶対に言うなよ」


隣の職員が、エルたちを見ないまま答えた。


「言えるか。制御訓練どころじゃなくへこむぞ」


三人のいるテーブルから、まだレトの歓声が響いていた。


その途中で、ロジーの頭上に浮かぶデバイスが短い通知音を鳴らした。


「ん?」


展開された画面には、惑星監理局からの集合命令が表示されていた。


対象は、監理班、情報班、調査班、技術班、魔術制御部をはじめとする、特定任務に関係する全職員。集合場所は第一会議室。理由の記載はない。


レトの端末にも、ほぼ同時に同じ通知が届く。


「わたしも?」


「戦闘班からも選抜候補を出すんじゃない?」


ロジーが画面を読み進めていると、二人の向かいでエルが首を傾げた。


エルの前にも、監理局の通知画面が開いている。


そこには、対象者としてエルの名前が明記されていた。


「あたしも?」


ロジーは自分の通知と見比べる。


「エルに集合命令って、珍しいね」


「行くの?」


「命令だから行くよ!」


レトが立ち上がった。


エルも少し遅れて椅子を降り、三人は職員たちの流れに混じって第一会議室へ向かった。


◇


第一会議室の座席は、ほとんど埋まっていた。


集められたのは各班の責任者や実務担当者を中心に、遠距離観測、空間航行、記録保全、旧世代遺物の調査に関係する職員たちだった。


レトたち三人は、前方の指定席へ並んで座る。


壇上には副長とジェレミーがいた。


その隣には、見慣れない男が立っている。


黒いジャケットに身を包み、鋭い眼光で会議室を見渡していた。背筋を伸ばした立ち姿には隙がなく、ジェレミーと同じく、用意された席へ座る気配はない。


上位委員会の連絡官だった。


その手には、端末も資料もなかった。


出入口の認証扉が閉じた。


天井と壁面に刻まれた術式が順番に発光し、通信、転移、記録転送、遠隔観測を遮断する。最後に外部からの認識を切り離す術式が起動し、第一会議室は監理局内部からも独立した完全隔離空間となった。


ロジーの頭上デバイスにも、外部接続の停止が表示された。


連絡官が一歩前へ出る。


「未知の異常天体が発見された」


低く、よく通る声だった。


「現時点では惑星状天体と判断されている。ただし、その存在を証明できる記録はない」


壁面に恒星系図が表示された。


星々を結ぶ航路の外側に、印だけが置かれている。惑星の映像も、正式な座標も表示されていない。


「既存の恒星系図、航路記録、魔力流域図のいずれにも該当天体は存在しない。数日前、監理局の遠距離観測班が肉眼で発見した」


連絡官は壁面を振り返らない。


表示された欠損記録を確かめることもなく、数値と報告内容を淀みなく読み上げていく。


「望遠鏡を通して見ることはできる。だが映像は保存されず、座標を入力すれば数値が欠ける。名称や識別番号も、記録媒体の上では空欄へ戻る」


ロジーの指が、膝の上で止まった。


「観測員の証言によれば、天体は数日の間にも位置を変えている。特定の恒星を周回していない回遊惑星とみられるが、移動経路を記録できない以上、追跡は困難だ。現在の宙域から離れれば、再発見できる保証もない」


壁面の表示が切り替わる。


映されたのは、先行ドローンの外殻と、そこに付着した微量の魔力残滓だった。


「先遣調査班は、地表に人工物と思われる物体を確認している。球体に近い形状。黒とも透明とも判別できず、表面には旧世代言語に類似した記述が存在する」


遺物そのものの映像はなかった。


「撮影、複写、模写には失敗した。観測者は読もうとした瞬間に何らかの意味を受け取ったと証言しているが、その内容を外部へ伝えることができていない。先行ドローンも、遺物へ到達した時点から通信ログを失った」


連絡官はそこで遺物の説明を止めた。


続いて表示されたのは、観測任務の前後に行われた健康診断、観測室の稼働時間、周辺設備の故障、帰還した職員の人数だった。


観測後に、こちら側へ残された痕跡である。


「関係者が増えるほど、設備の停止や記憶検査の異常が増え、帰還確認にも欠落が生じている」


会議室の奥で、誰かが小さく息を呑んだ。


連絡官は一度も端末へ目を落とさない。


「上位委員会は、すでに大規模な調査編成を現地へ送り込んでいる」


短い間があった。


「全員、行方不明となった」


レトが僅かに身を乗り出す。


「派遣記録は残っている。しかし、到着後の通信、帰還反応、救難信号、死亡記録は存在しない。現地で何が起きたのかは空白だ」


連絡官の声音は変わらなかった。


「本来なら、現地調査を凍結するべき事案である」


壁面に、周辺の有人航路と居住惑星が表示された。


その間を縫うように、確定できない移動範囲が淡く広がっている。


「だが、旧世代由来と推定される遺物を載せた回遊惑星を、監視不能のまま放置することはできない。有人宙域へ接近しても、我々が事前に把握できるとは限らない」


連絡官の視線が、会議室をゆっくりと横切った。


「今後も接触者が行方不明となる可能性は高い。そして惑星を見失えば、その者たちが消えた場所を特定することも、救出作戦を送ることも困難になる」


壁面に示されていた移動範囲が消える。


残ったのは、何も記されていない星図だけだった。


「発見できている今のうちに、対処しなければならない」


副長が端末を操作すると、会議に参加した職員たちの所属と適性情報が表示された。


「ただし、同じ規模の調査は繰り返しません」


副長は普段と変わらない穏やかな声で告げた。


「認識者と観測機器を最小限に抑えた選抜調査班を、惑星監理局から編成します。本日の目的は現状の共有と、候補者の確認です」


「選抜結果と作戦内容は、審査後に個別通知する」


ジェレミーが続けた。


連絡官は最後に、会議室全体へ告げる。


「候補者以外も、今回の情報を外部へ持ち出すことは禁止される。また、隔離空間を出たあと、自分から惑星や遺物の記録を試みてはならない」


ロジーの頭上で、デバイスの記録待機表示が消えた。


会議の終了が告げられ、職員たちが席を立つ。


レトも立ち上がったところで、壇上から連絡官の声が飛んだ。


「エルは残れ」


エルが顔を上げる。


「確認したいことがある」


レトはエルと連絡官を交互に見た。


「エル、一人で大丈夫?」


「うん」


エルは座り直した。


ジェレミーと副長も壇上に残っている。認証扉の前では、上位委員会の職員が待機していた。


ロジーがレトの背中を押す。


「行こう。終わったらエルも戻ってくるよ」


「うん。エル、あとでね」


「あとで」


認証扉が閉じ、エルの姿が見えなくなった。


◇


隔離術式は段階的に解除された。


職員たちは班ごとに分かれ、それぞれの区画へ戻っていく。誰も大声では話さなかった。


レトは廊下を歩きながら、隣のロジーを何度も見た。


いつもなら、会議で聞いた内容について最初に何かを言うのはロジーだった。危険性を整理するか、調査班の装備へ口を出すか、最低でも会議の進め方に一つくらい文句をつける。


今日は、頭上のデバイスを見上げることさえしていない。


「ロジー」


「なに?」


返事はすぐに返ってきた。


声だけが、少し明るすぎた。


レトはロジーへ身体を寄せる。


「記録が消えちゃうって、嫌だよね」


ロジーの足が、ほんの少しだけ遅くなった。


笑顔になるまで、一呼吸だけかかった。


「ありがとう、レト」


そう言うと、すぐに前を向いた。


◇


その日の夜。


レトが眠っている時間になっても、ロジーは居住区画へ戻っていなかった。


監理局の外周廊下は照明が落とされ、足元を照らす誘導灯だけが細く続いている。大きな観測窓の向こうには、監理局を囲む宇宙と遠い星々が広がっていた。


ロジーは窓際のベンチへ一人で座っていた。


頭上のデバイスは静かに浮かび、撮影画面も記録画面も開いていない。


ロジーは一度だけデバイスへ手を伸ばした。


触れる前に手を下ろす。


足音が近づいた。


白い髪の少女が廊下を歩いてくる。


「エル」


エルはロジーの隣へ座った。


肩が触れない程度の距離を空けていたが、しばらくすると、ほんの少しだけロジーのほうへ寄った。


二人で宇宙を見る。


「会議のあと、何を聞かれてたの?」


ロジーが言った。


「知ってる旧世代か、思い出してほしいって」


「ずっと?」


「うん。上位委員会の人間に、ずっと聞かれてた」


エルは窓の外を見たまま続ける。


「会議の星、昔のロジーみたいだったね」


ロジーは少し黙った。


「私、あんまり覚えてないんだけど」


それから、エルのほうを向く。


「エルの魔法だったんでしょ?」


「ううん。あたしの魔法は、ロジーを危ないのから守ってただけ」


エルの声は小さかった。


「記録からなくなってたのは、ロジーの魔術」


ロジーは、少しだけ目を細めた。


「やっぱり、私の魔術のこと知ってるんだ」


「うん。ロジーは、あたしが作ったから」


ロジーは再び窓の外へ目を向けた。


星の光が、ガラス越しに頭上のデバイスへ映っている。


「昔の私、私もあんまり分からないな」


ロジーは膝の上で両手を組んだ。


「レトに、なんの箱庭の娘って聞かれたとき、ほんとはちょっと困っちゃったの」


エルは黙って聞いていた。


「私、何から生まれたか知ってるけど、知識としてだけ。あんまり実感ないし」


ロジーは頭上を見上げる。


円盤状のデバイスは、いつもと同じ距離で静かに浮かんでいた。


「デバイスが頭の上をふわふわする前のこと、あんまり覚えてない」


エルは宇宙を見たまま言った。


「ジェレミーが知ってる」


ロジーは少し驚いたように瞬きをした。


「じゃあ、私の記録は局長の中に入ってるんだ」


膝の上で組んでいた指が、少しだけ緩む。


ロジーは、窓の向こうに浮かぶ星々を見つめた。


「……じゃあ、昔の私も残ってるんだね」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の活動場所です! 総合リンクです! TiktokやYouTube、lineスタンプなどの総合リンクになってます!! よかったらみに来てくださいね! 箱庭の娘たちのイラストや動画をAI生成していますっ(*´▽`*) おはなしが気に入ってくださったら、評価やリアクション、ブックマークなどしてくださると、とっても嬉しいです(≧∀≦*)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。