第35話-ロジーは何から生まれたの?
レトは、自分がどこから生まれたのかを知っている。
硝子玉の宇宙を逆行しながら、青白い高熱と膨大な魔力を噴き出していた硝子の彗星。その硝子質と魔力から、レトは生まれた。
エルのことも、知っている。
エルは旧世代で、本当は人間とはまったく違う存在だった。今は人間に似た小さな身体になって、惑星監理局でレトやロジーと一緒に過ごしている。
では、ロジーは。
惑星監理局、午後の休憩時間。
女子会空間の絨毯に座ったレトは、向かいにいるロジーをじっと見つめていた。
ロジーは頭上のデバイスから半透明の画面を広げ、今日撮った写真を整理している。食堂のプリン。廊下で見つけた小さな傷。技術班職員が机の端に置いていた、かわいい工具入れ。レトが昼食後に欠伸をした瞬間。
最後の写真を見つけたレトは、身を乗り出した。
「ロジー、それ消して」
「なんで? かわいいのに」
「お口おっきく開いてる!」
「欠伸だからね」
「かわいくないもん」
「私がかわいいと思ったから保存対象です」
ロジーは写真に星印をつけた。
レトは不満そうに頬を膨らませたが、すぐに本来の疑問を思い出した。
「ロジー」
「なに?」
「わたしは、硝子の彗星から生まれたでしょ?」
「うん。出自からしてきらきらしてる。ずるい」
「ずるくないよ」
レトは隣に座るエルを示した。
「あとはね、エルは旧世代で、人間みたいな身体になって、みんなと一緒にいる」
エルは小さな菓子を食べながら頷いた。
「あたし、人間の身体になってみた」
「じゃあ、ロジーは?」
ロジーの指が止まった。
「私?」
「ロジーは、何から生まれた箱庭の娘なの?」
しばらく、誰も喋らなかった。
ロジーはレトを見つめたまま、ゆっくり画面を閉じる。秘密に触れられた緊張というより、新しい遊びを見つけた時の顔だった。
「レト、知らなかったの?」
「知らない」
「ずっと一緒にいるのに?」
「ロジー、教えてくれた?」
「教えてない」
「じゃあ知らないよ!」
「そっかあ」
ロジーは楽しそうに笑うと、クッションの上で身体を乗り出した。
「じゃあ、当ててみて」
「当てていいの!?」
「いいよ。レトが私を何だと思ってるのか、全部記録する」
頭上のデバイスに、新しい記録欄が開かれた。
ロジー発生起源予想会
回答者:レト
観察者:エル
エルが画面を見上げる。
「あたしも当てる?」
「エルは知ってるでしょ」
「知ってるかもしれない」
ロジーは一瞬、エルを見た。
「言わないでね」
「うん。レトが当てる遊びだから」
レトはロジーを上から下まで観察した。
ピンク色のツインおさげ。小さな身体。厚い上着。頭上に浮かぶデバイス。休憩へ入ってから一度も止まっていない口。
答えは、すぐに浮かんだ。
「分かった!」
「どうぞ!」
「うるさいから生まれた!」
ロジーは笑顔のまま動きを止めた。
頭上のデバイスが、レトへ向きを変える。
「記録。午後二時十七分。レト、友人の存在起源を騒音と断定」
「うん!」
「迷いなし。反省もなし」
「だって、ロジーうるさいもん」
「よし、今の笑い声も資料として残そう」
ロジーが飛びかかってきた。
レトは反応できなかったわけではない。戦闘班の単騎遊撃手としてなら、避けるのは簡単だった。
しかし、女子会空間でロジーが飛びかかってきたので、普通に受け止めようとした。
その判断が間違いだった。
ロジーはレトをクッションへ押し倒すと、両手を脇腹へ差し入れた。
「わっ、ロジー!」
「うるさいから生まれた箱庭の娘の攻撃!」
「そこだめっ、えへへへっ!」
指先が細かく動くたび、レトの身体が跳ねる。
「やめてっ! あははっ! エル、やめさせてっ!」
エルは二人のそばへ寄り、ロジーの肩を軽く叩いた。
「ロジー、レトが困ってる」
「いま重要な音声を採取してる!」
「えへへへっ! 採取しないでぇ!」
「いい笑い声! 保存!」
デバイスに音声波形が刻まれていく。
エルは少し考えてから、ロジーの腰へ腕を回し、そのまま後ろへ引いた。
「一回、終わり」
「はーい」
ロジーはあっさりレトを解放した。
レトはクッションの上で身体を丸め、笑いすぎて浮かんだ涙を拭った。
「ロジー、ひどい……」
「次の予想、どうぞ」
ロジーは何事もなかったように記録画面を広げた。先ほど採取したレトの笑い声には、すでに星印がついている。
レトは警戒してエルの背中へ隠れた。
「次は真面目に言う」
「最初も真面目だったよね?」
ロジーは止めるのではなく、面白そうに身を乗り出した。
「ほら、早く。次の私を生み出して」
レトはエルの肩越しに、ロジーを見た。
ロジーは誰にでも近づく。職員の隣へ入り込み、画面を覗き、面白そうな話を見つければ一緒に騒ぐ。女子会ではレトやエルへくっつき、撫でられれば嫌がるふりをしながら離れない。
「じゃあ……あまえんぼの箱庭の娘!」
ロジーは目を見開いた。
次の瞬間、両腕を大きく広げる。
「正解だった場合の能力を見せてあげる!」
「え?」
ロジーはエルごとレトへ抱きついた。
小さな三人が一つの塊になり、クッションの山へ倒れ込む。
「わっ! ロジー、近い!」
「私はあまえんぼから生まれたので、二人から離れられませーん!」
「まだ正解って決まってないよ!」
「じゃあレトが責任を持って、違うって証明して」
「どうやって!?」
「今日はずっと一緒にいる」
「いつもと同じじゃない?」
エルが二人の間に挟まれたまま言った。
ロジーは少し考えた。
「ほんとだ」
それでも離れなかった。
レトも、押し返さなかった。
しばらく三人で重なったあと、レトは天井を見ながら次の答えを考えた。
ロジーはピンク色だった。
小さかった。
いつも厚着をしているので分かりにくいが、身体つきは細い。笑うと頬が丸くなり、両側のツインおさげがふわふわ揺れる。
レトの頭の中に、以前どこかの記録映像で見た生き物が浮かんだ。
「……ウーパールーパー?」
ロジーが離れた。
「なにそれ」
「ピンクで、ちっちゃくて、かわいい生き物」
レトは両手で、顔の左右にひらひらした何かがある形を作った。
「お水の中にいるの。ロジー、ちょっと似てる」
ロジーのデバイスがすぐに検索画面を開く。
数秒後、半透明の画面に桃色のウーパールーパーが表示された。
ロジーは画像を拡大した。
正面。
横。
泳いでいる姿。
小さな手足。
しばらく真剣に観察してから、自分の顔と見比べる。
「……かわいい」
「でしょ?」
「かなりかわいい」
ロジーは端末を高速で操作し始めた。
ウーパールーパーの頭上に円盤型デバイスを追加する。顔の左右へ、ピンク色のツインおさげも足した。さらに小さなカメラを持たせ、背景には星とハートを散らす。
完成した画像が三人の前へ大きく表示された。
ロジー発生時想像図・暫定版
「採用!」
「当たったの!?」
「当たってない。でもかわいいから採用!」
ロジーは画像を複数の記録領域へ保存し、女子会用の連絡画面にも設定した。
エルは画像とロジーを見比べる。
「似てる」
「エルもそう思う?」
「うん。かわいいところ」
ロジーは満足そうに胸を張った。
「よし。今日から私は暫定的に、ウーパールーパーの箱庭の娘です」
「ほんとは?」
「内緒」
「なんでぇ!」
「答えを言ったら、当てる遊びが終わるでしょ」
ロジーは楽しそうに笑った。
「それに、レトが次に何を言い出すか見たい」
「もう真面目な答えないよ」
「最初からなかったよ」
レトは頬を膨らませた。
しかし、疑問は消えなかった。
自分の始まりは、硝子の彗星。
エルの始まりは、宇宙よりも古い旧世代。
ロジーだけ、何も分からない。
「じゃあ、職員さんに聞く」
「いいよ!」
ロジーはすぐに立ち上がった。
レトは目を丸くする。
「止めないの?」
「止める理由ないもん。監理局のみんなが私のことをどこまで知ってるのか、私も見たい!」
デバイスに新しい表題が表示された。
ロジー発生起源調査作戦
調査員:レト
記録責任者兼調査対象:ロジー
エルもクッションから立ち上がる。
「あたしも行く」
こうして、本人を連れたまま本人の来歴を調べる、少し変わった調査が始まった。
◇
最初に向かったのは、情報班だった。
複数の職員が端末へ向かい、記録の分類や報告書の整理を行っている。その一角へ三人が並んで現れると、入口近くの職員が顔を上げた。
「どうしました?」
レトは正面から尋ねた。
「職員さん、ロジーが何から生まれたか知ってる?」
職員はレトを見た。
次に、その隣で記録画面を構えているロジーを見た。
「本人がそこにいますが」
「本人が教えてくれないの」
ロジーは胸を張った。
「情報源秘匿中です!」
「そうですか」
職員はそれだけで事情を理解したらしい。
「では、私から開示することはありません」
「知らないの?」
「回答しません」
「知ってる顔?」
「それにも回答しません」
ロジーが嬉しそうに拍手した。
「完璧! 情報管理優秀!」
「あなたの来歴ですよ」
「私の来歴だからこそ!」
情報班から答えは得られなかった。
次に、医療班へ向かった。
診療記録を整理していた職員は、レトの質問を聞くと首を横に振った。
「来歴は診療情報ではありません」
「身体を調べても分からない?」
「その目的で検査はしません」
ロジーは真面目な顔で頷く。
「本人の同意なく、起源を特定するための検査をしない。正しい!」
「ロジーはウーパールーパーじゃない?」
医療班職員は少し黙った。
「少なくとも、現在の身体構造は異なります」
「現在の」
ロジーがその言葉を拾った。
デバイスへ大きく表示する。
現在はウーパールーパーではない
「可能性が残った!」
「残していません」
医療班職員は訂正したが、ロジーは楽しそうに記録を保存した。
技術班では、デバイスの整備を担当したことがある職員へ尋ねた。
「私はデバイスの構造なら把握していますが、ロジーさん自身の発生起源は管轄外です」
「デバイスを初めてつけた時のことは?」
「その整備記録は、私の担当より前です」
「いつから使ってるの?」
「本人へ確認してください」
レトがロジーを見る。
ロジーは頭上のデバイスを両手で隠した。
「これは別の秘密!」
「秘密多い!」
食堂班でも、答えは得られなかった。
長く勤めている職員が、レトの質問を聞いて少し考える。
「私が新人だった頃には、すでにロジーさんは情報を扱っていました」
「そのころは、どんなロジーだった?」
「今と同じですよ」
職員はロジーの頭上に浮かぶ、ウーパールーパー姿の自画像を見た。
「少なくとも、勤務中に妙な画像を作っているところは」
「昔から!?」
「昔からです」
ロジーは誇らしげに腰へ手を当てた。
「一貫性のある人格!」
「成長してないってこと?」
「言い方!」
ロジーは怒るより先にレトへ飛びつき、その頬を両側から挟んで引っ張った。
「ふぁめへ!」
「成長していますか?」
食堂班職員が尋ねた。
「してる!」
ロジーはレトの頬を引っ張ったまま言い切った。
結局、どの職員もロジーの始まりを知らなかった。
知っているのは、自分が監理局へ来た時には、すでにロジーがいたということだけ。
情報班でも。
医療班でも。
技術班でも。
食堂班でも。
誰かが知っているロジーは、いつも今と同じ姿で、今と同じように記録を扱い、今と同じように騒いでいた。
「副長なら知ってるかな」
レトが言うと、ロジーの目が輝いた。
「監理班突入!」
「廊下は走らない」
近くの職員から注意され、三人は早足で監理班へ向かった。
◇
監理班では、副長が複数の報告画面を確認していた。
三人が机の前へ並ぶと、副長は書類から顔を上げる。
レト。
ロジー。
エル。
ロジーの頭上には、デバイスを装着したウーパールーパーが浮かんでいる。
副長は数秒だけそれを見た。
「新しい形態ですか」
「暫定的な発生起源!」
ロジーが元気よく答える。
「未確認情報ですね」
「はい!」
「堂々と言うことではありません」
注意しながらも、副長の口元には薄い笑みが残っていた。
レトは机へ両手をついた。
「副長、ロジーが何から生まれたか知ってる?」
副長は少しだけ考えた。
「いいえ」
「副長も知らないの?」
「ええ」
副長はいつもの穏やかな声で答えた。
「私が生まれたときには現役で働いていたそうですよ」
レトは動きを止めた。
監理班の周囲では、職員たちが普段どおり業務を続けている。通信が交わされ、報告画面が切り替わり、承認を知らせる小さな音が鳴った。
それでもレトの周りだけ、時間が止まったようだった。
「……副長が生まれたとき?」
「はい」
「赤ちゃんだったとき?」
「その表現で問題ありません」
レトはゆっくりロジーを振り返った。
ロジーは腕を組み、得意げに笑っている。
「どう? 私の歴史の深さ」
レトは、小さくて騒がしいロジーをしばらく見つめた。
「……ロジー、ほんとは何から生まれたの?」
「内緒」
結局、ロジーが何から生まれた箱庭の娘なのかは、最後まで分からなかった。
ただ、レトが思っていたよりもずっと昔から、ロジーは惑星監理局で働き、たくさんのものを見て、記録し続けていた。




