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硝子玉の宇宙、箱庭の娘たち【新版】  作者: 硝子玉の宇宙
硝子の箱庭、おでかけ日和

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第25話-楽しいがいっぱい

お出かけの日の朝。


レトは、いつもより早く目を覚ました。


早いどころではなかった。


惑星監理局の廊下はまだ静かで、照明も夜間運用の薄明かりから、朝の明るさへ切り替わる途中だった。


淡緑の髪を左側のワンサイドテールにまとめ、青いキューブの髪飾りを揺らしながら、レトは廊下の真ん中でそわそわしていた。


「まだかな……」


集合時間まで、四十分ある。


レトは足元を見た。


「早すぎたかな」


廊下は答えない。


「でも、遅刻よりえらい」


そう自分に言い聞かせた直後、背後から声が飛んできた。


「早すぎ!」


ロジーだった。


ピンク色のツインおさげを揺らし、頭上のデバイスには大きく『おでかけ記録モード』と表示されている。


ふわふわのマフラーに、ポケットの多い厚手の上着。


集合時間の四十分前だというのに、本人はすでに全力で浮かれていた。


レトはぱっと振り返る。


「ロジーも早い!」


「私は記録の準備があるから早いの!」


「わたしも準備があるもん!」


「何の?」


「わくわくの準備!」


ロジーは一瞬黙った。


それから、真顔でデバイスへ入力する。


「記録。レト、集合四十分前から、わくわくの準備を開始」


「それ書くの?」


「重要記録だよ!」


「重要なの!?」


「今日のレトは朝からかわいい!」


「もうっ!」


レトが頬を膨らませた時、廊下の奥から小さな足音が聞こえた。


二人は同時にそちらを見る。


エルだった。


白いボブヘアーの毛先が、淡いピンクに揺れている。


髪には、昨日選んだ小さなリボンと硝子の星。


胸元には月のブローチ。


足元には、淡い青と淡いピンクの靴下。


昨日、三人で完成させたお出かけ服を、エルはきちんと再現していた。


二人の前で足を止める。


「おはよう」


レトの目が輝いた。


「エル、かわいい!」


ロジーも大きく頷く。


「昨日の完成形、ちゃんと再現できてる!」


エルは髪飾りへ触れた。


「朝でも、かわいい?」


「かわいい!」


「かなり!」


エルは髪飾りから手を離した。


「じゃあ、成功」


レトが鞄を見る。


「かわいい石は?」


「待ってる。帰ったら、ただいま言う」


「うん!」


ロジーがそのやり取りまで記録しようとしたところで、玄関ホールの方から足音が近づいてきた。


同行する外務班職員だった。


「三名とも、おはようございます。予定より早いですが、準備はできていますか」


レトが元気よく手を挙げる。


「わたし、今日は走りません! 商品も制圧しません!」


「大変重要です」


ロジーも続く。


「私は、無許可接続なし!」


「最重要です」


エルも小さく手を挙げた。


「あたし、作らない」


職員は三人を見渡した。


「欲しいものを見つけても、まず見る。選ぶ。買う。分からない時は聞く。よろしいですね」


エルは職員を見る。


「買う過程が大事」


「その理解で問題ありません」


そこへ、ジェレミーが現れた。


レトの背筋が、ぴんと伸びる。


「お兄さん!」


「早いな」


「うん! おでかけだから!」


ジェレミーは三人を順に見た。


その視線が、エルの服装でわずかに止まる。


「エル」


「うん」


「よく似合っている」


エルは胸元の月へ触れた。


「三人で整えた」


「そうか」


ジェレミーは短く言った。


「良い仕事だ」


レトの顔がぱっと明るくなる。


「ほんと!?」


「本当だ」


ジェレミーは三人へ向き直った。


「行ってこい。外務班の指示に従うこと。帰還後は報告」


「うん! 行ってきます!」


レトは手を振った。


一回。


二回。


三回。


それから我慢できずに、四回目を小さく振る。


ロジーが囁いた。


「予想より一回多い」


「ロジー!」


エルも小さく手を上げた。


ふり。


「行ってくる」


ジェレミーは応えた。


「行ってこい」


その言葉を背中に受けて、三人は監理局を出た。



移動ゲートの先には、星や花で飾られた雑貨街が広がっていた。


硝子細工や布小物、焼き菓子、手作りの装飾品を扱う店が、通りの両側に並んでいる。


店員の呼び声と子どもの笑い声の間を、甘い匂いが流れていた。


レトはゲートを出たところで立ち止まった。


「……いっぱい」


ロジーのデバイスが高速で記録を始める。


「雑貨街到着! 視覚情報多め! 焼き菓子の匂い強め! レトの語彙が『いっぱい』になりました!」


「だって、いっぱいだもん!」


エルは周囲を見回していた。


親子が二本のリボンを見比べている。


友人同士が、色違いの飾りを並べている。


迷っている客へ、店員が別の箱を開けて見せていた。


「人が、選んでる」


「あっちにも、こっちにもあるのに、一つずつ見てる」


「それがお買い物だからね」


ロジーが言った。


エルは通りに並ぶ店を見た。


「今日のあたし」


最初に入ったのは、レトが前から行きたがっていた硝子細工の店だった。


星や鳥、小瓶、指先ほどの靴まで、棚いっぱいの硝子細工が光を受けて淡く揺れている。


レトは入口で完全に足を止めた。


「きれい……」


しばらく店内を見渡したあと、ぱっと二人を振り返る。


「ねえ、三人で一個ずつ探そう!」


「何を?」


エルが聞いた。


「いちばん気になる硝子!」


ロジーがすぐに指を立てる。


「選定理由の発表も必須!」


「発表するの?」


「します!」


レトはもう棚へ向かっていた。


「よーい、はじめ!」


「もう始まってる!」


ロジーも慌てて追いかける。


エルは少し遅れて、二人のあとを歩き始めた。


店内には、見る角度によって色を変えるものや、内部へ小さな気泡を閉じ込めたもの、指で触れるとかすかな音を鳴らすものまで並んでいた。


ロジーが細長い硝子の羽根を持ち上げる。


「これ、エルっぽくない?」


エルが隣へ近づいた。


「どこが?」


「白くて、軽そうで、触ったらどこかへ行きそう」


「あたし、触られても行かない」


別の棚から、レトが顔を出す。


「エル、急にいなくなるよ!」


「たまに」


「たまに行くじゃん!」


エルは硝子の羽根を見た。


「じゃあ、ちょっと似てる」


ロジーは満足そうに羽根を棚へ戻した。


「エル本人から類似判定を獲得!」


「ロジーは、決まった?」


エルが聞く。


「候補はこれ!」


ロジーが手のひらへ載せたのは、小さな丸い硝子だった。


正面から見ると透明だが、傾けると内側へピンクや青の光が浮かぶ。


「角度を変えるたびに違って見えるの!」


エルはロジーの手元を覗き込んだ。


「ロジーっぽい」


「どのへんが?」


「いっぱい見るから」


ロジーは一瞬、動きを止めた。


頭上のデバイスに、小さな星が三つ浮かぶ。


「……それ、かなり良い評価じゃない?」


レトも隣から覗き込んだ。


「うん! ロジー、いっぱい見てる!」


「記録! 今の二人の発言、両方記録して!」


「自分で録ってるでしょ!」


レトは笑いながら、また棚の間へ戻っていった。


やがて足を止めたのは、小さな硝子の星の前だった。


店員に許可を取り、両手でそっと持ち上げる。


「わたしのと違う」


エルが隣から覗き込んだ。


「レトの硝子は、青白い」


「うん。もっと熱くて、硬くて、刺さるの」


ロジーがデバイスを星へ近づける。


「説明だけ聞くと、同じ硝子とは思えないね」


レトは星を窓から差し込む光へかざした。


淡い光が、指の間へ落ちる。


力も魔力も込めない、戦闘時とはまるで違う手つきだった。


「でも、これは刺さらない」


店員が微笑んだ。


「飾るためのものですから」


「そっか」


レトは星を両手で包んだ。


「戦わなくていい硝子なんだ」


エルは、レトの手の中にある星を見る。


「レトは、戦わない硝子も好き?」


「うん。こっちも好き」


ロジーが記録しながら言う。


「レト、硝子の用途を拡張中」


「用途じゃないよ。かわいいの!」


「かわいいも用途です!」


「そうなの!?」


レトは真剣に星を見た。


それから、店員へ顔を向ける。


「わたし、これにします」


「最初に見た星だね」


ロジーが言った。


「うん。途中でいっぱい見たけど、これがいちばん気になったの」


レトは買うことを決めた星を、壊さないように店員へ返した。


「ロジーは、それ買うの?」


「迷ってる」


ロジーは角度で色を変える硝子を、もう一度傾けた。


「欲しい。でも、写真にも残したし、今日はまだカフェがあるから……見るだけにする!」


レトは目を丸くした。


「いいの?」


「いいの! あとで写真を見て、それでも欲しかったら、また来る!」


エルはロジーを見る。


「今、決めないを選んだ?」


「そう!」


ロジーは硝子を棚へ戻した。


「保留も立派な選択です!」


そのまま胸を張ってから、ロジーはエルへ向き直る。


「エルは決まった?」


エルは一つの棚の前に立っていた。


そこには、淡いピンクの翼を持つ、小さな硝子の鳥がある。


レトが反対側から覗き込んだ。


「羽の先、エルの髪みたい」


ロジーも屈み込む。


「透明なところは、レトの硝子っぽいかも」


エルは鳥と、二人を見比べる。


「二人が入ってる?」


「入ってるってことにしよう!」


「勝手に意味を増やさないの」


ロジーがレトを止めた。


「でも、似てると思ったのは本当!」


エルはもう一度、鳥を見る。


「二人が言わなくても、好き」


レトの顔が緩んだ。


「じゃあ、エルの一個はそれ?」


「うん」


エルの指が、いつものように空中へ何かを描きかける。


レトとロジーは何も言わなかった。


エル自身も、その指先を見た。


それから手を下ろし、店員へ顔を向ける。


「この鳥、ください」


レトの表情が明るくなる。


ロジーの頭上にあるデバイスも、小さく上下へ揺れた。


「エル、自分で選んで購入!」


「まだ、お金払ってない」


「記録、完了前につき訂正!」


硝子の鳥は、小さな箱へ収められた。


「包装紙をお選びいただけます」


差し出された包装紙は、星柄、花柄、小さなリボンのついた無地の三種類だった。


エルは硝子の鳥を選んだ時より長く迷った。


レトが口を開きかける。


ロジーが人差し指を立てた。


レトは口を閉じる。


数秒後、また開きかける。


ロジーが、もう一度人差し指を立てた。


エルは二人を見る。


「話さないの?」


「エルが選ぶのを待ってる!」


レトは言ったあと、慌てて両手で口を押さえた。


ロジーが小声で注意する。


「それ以上は言わない!」


エルは三種類の包装紙へ目を戻す。


やがて、星柄を指差した。


「これ」


ロジーがレトへ向けていた指を下ろす。


「わたしも、それがいいと思った!」


「やっぱり言いたかったんだ」


「今日、星だから!」


エルは自分の髪飾りへ触れた。


「うん。あたしも、それ」


三人が選んだものを会計へ持っていく間、レトは何度も箱の中の星を確認しようとした。


「まだ包んでる途中だよ」


ロジーが止める。


「ちゃんといるかなって」


「急にいなくならないよ」


エルが言った。


レトは安心したように頷いた。


「そっか。じゃあ、待つ」



次に向かったのは、ロジーが楽しみにしていたカフェだった。


淡い色の壁には星形の照明が灯り、飲み物の上では小さな魔術光が揺れている。


ケーキには惑星を模した飾りが乗り、どの席でも誰かが料理へ端末を向けていた。


ロジーは店内へ入った瞬間、大きく息を吸う。


「ここ、全部撮りたい!」


同行職員が言う。


「他のお客様が写らない範囲でお願いします」


「承知しています!」


答えながら、すでにデバイスの撮影角度を調整していた。


席に着き、三人はメニューを開く。


レトはプリン。


ロジーは星雲パフェ。


二人はすぐに決めた。


エルだけは、周囲の席を見ながら迷っていた。


「エルは?」


レトに聞かれ、エルは店員へ顔を向ける。


「あたし、人が笑ってるやつがいい」


店員は一瞬驚いたあと、柔らかく笑った。


「それでしたら、ミニパンケーキはいかがでしょう。焼きたてで、皆さんに人気ですよ」


「それ」


料理が届くまで、レトは何度も厨房の方を見た。


エルも、甘い匂いが届くたびにそちらへ視線を動かしている。


「まだ来てないのに、もう楽しい」


「待つのも、お出かけだからね!」


エルは胸元へ手を当てた。


「遊ぶ時より、静かな楽しい」


ロジーはデバイスの試し撮りをしながら言う。


「私は今、撮影位置が決まらなくて忙しい楽しい!」


「それ、楽しいの?」


「すごく楽しい!」


やがて、料理が運ばれてきた。


レトの前には、つやつやしたプリン。


ロジーの前には、星雲のようにきらめくパフェ。


エルの前には、小さなパンケーキが三枚。


白いクリームと、星形の砂糖飾りが添えられている。


星雲パフェが置かれた瞬間、ロジーのデバイスが一斉に光った。


「待って! まだ食べないで!」


「それ、ロジーのだよ」


レトが言った。


「私が私に言ってるの!」


ロジーはパフェを正面から撮り、斜めから撮り、星形の魔術光が一番よく見える位置を探した。


その間にも、透明なクリームの縁が少しずつ溶けていく。


レトが心配そうにパフェを見る。


「ロジー、なくなっちゃうよ」


「分かってる! 今、記録として一番きれいな瞬間と、食べ物として一番美味しい瞬間が争ってる!」


エルもパフェを見た。


「どっちを選ぶ?」


ロジーは数秒だけ迷った。


デバイスを止める。


「食べる!」


大きく一口。


ロジーの頬が緩んだ。


「これ、写真より美味しい!」


レトが笑う。


「写真は食べられないもんね!」


「でも写真も大事! 両方大事!」


「ロジーは、両方するんだ」


エルが言う。


「できるだけね!」


ロジーはパフェを食べながら、撮ったばかりの写真も確認していた。


その隣で、レトはプリンの表面へ慎重にスプーンを近づけていた。


右から眺める。


左からも眺める。


もう一度、正面から見る。


「レト、何してるの?」


ロジーが聞く。


「どこから食べても、最初の形がなくなる……」


「食べ物だからね」


レトはしばらく迷い、プリンへ小さく頭を下げた。


「いただきます」


端からそっとスプーンを入れる。


一口食べると、すぐに表情が緩んだ。


「おいしい!」


「形なくなったよ」


エルが言った。


「うん。でも、おいしくなった!」


「プリンは最初から美味しいよ!」


ロジーが訂正した。


ロジーが三人分の料理を撮り終えると、エルもフォークを手に取った。


パンケーキを小さく切る。


口へ運ぶ。


ゆっくり噛む。


フォークを持つ手が止まった。


レトが顔を覗き込む。


「どう?」


エルは味を確かめるように、しばらく黙っていた。


「……ふわふわで、あったかい」


「美味しい?」


「うん」


二口目は、さっきより早かった。


「食べる楽しいは、身体の中にくる」


ロジーが、まだ半分残っているパフェを持ち上げる。


「そう! 記録だけでは入ってこない部分!」


レトもプリンを見せる。


「形がなくなっても入ってくる!」


エルは二人の器を順に見た。


「食べると、なくなる。でも、なくならないのもある」


「おいしかったのは残るよ!」


レトが言った。


ロジーも頷く。


「写真も残る!」


エルはパンケーキをもう一口食べた。


「両方、残るね」


しばらくして、エルはパンケーキを見つめた。


「これ、作るの難しい?」


レトとロジーが同時に身構える。


「エル?」


「魔法じゃなくて」


エルはフォークを持ったまま言う。


「あたしが、焼く」


レトの顔が輝いた。


「自分で!?」


「うん。生活班に聞く」


ロジーも身を乗り出す。


「作ってるところ、記録していい?」


「いいよ」


同行職員が静かに紅茶を飲んだ。


「生活班の監督下でお願いします」


「はい!」


三人の返事が重なった。



カフェを出たあと、三人は雑貨街の奥へ向かった。


最後に残っていたのは、エルが行きたがっていた場所だった。


建物の間を抜けたところで、エルが足を止める。


小さな店の軒先から、いくつもの星が吊り下げられていた。


透明な星。


淡い青色の星。


中心に、小さな光を抱いた星。


風を受けて回るたび、遠くからは見えなかった色が裏側から現れる。


星同士が触れ合うと、澄んだ音が鳴った。


エルは星の下へ歩いていく。


淡い光が、白い髪の上を流れた。


星の影が頬を横切る。


「近くで見ると、動いてる」


レトもすぐに星の下へ入った。


「ほんとだ!」


頭上で星が回り、淡い青色の光がレトの髪を滑っていく。


レトは光を追いかけるように、その場で一歩動いた。


すると、別の星が揺れた。


小さな音が鳴る。


「今の星、わたしが動いたらお返事した!」


「風で動いたんじゃない?」


ロジーが言った。


「でも、わたしのあとに鳴ったよ!」


レトはもう一歩動く。


からん。


今度は二つの星が触れ合った。


「ほら!」


「偶然でも二回続いたら記録価値あり!」


ロジーも星の下へ入った。


頭上のデバイスを少し低くすると、星の光が円盤の表面へ反射し、壁や地面へ細かな光の粒を散らした。


ロジーの目が輝く。


「待って、私が入ると光が増える!」


ロジーが右へ動く。


光の粒も右へ流れた。


左へ動く。


今度はレトの上着へ、小さな星がいくつも映った。


「レト、星だらけ!」


「ほんと!?」


レトは自分の袖を見ようとして、くるくる回った。


その動きにつられるように、吊り下げられた星も一斉に揺れた。


からん。


からからん。


音が重なった。


「いっぱいお話してる!」


「録音! 映像! 反射光も保存!」


ロジーは急いでデバイスを操作しながら、自分でも星を見上げて笑っていた。


「ロジー、記録しながら見るの忙しそう」


エルが言った。


「忙しい! でも楽しい!」


レトがエルの手を取った。


「エルもこっち!」


引かれて一歩動くと、白い髪の上へ青い星の光が落ちた。


胸元の月のブローチにも、別の星が映り込む。


ロジーが声を上げた。


「待って! 月の上に星が乗ってる!」


レトがエルの胸元を覗き込む。


「ほんとだ! エル、星と月が一緒になった!」


エルも月のブローチを見る。


小さな光が、風に合わせてその表面を行き来していた。


「動いてる」


「エルが動いたら、もっと動くよ!」


レトに促され、エルは横へ一歩動いた。


星の光が月の上を滑り、ふっと消える。


もう一歩戻ると、また現れた。


エルは同じ動きを、もう一度繰り返した。


ロジーが笑う。


「エル、遊んでる!」


「うん」


エルは星の光を追いながら答えた。


「これ、遊べる」


三人はしばらく、星の下を行ったり来たりした。


レトは音を鳴らそうと動き回り。


ロジーは反射する光を追いかけ。


エルは月のブローチへ星を乗せては、消える様子を見ていた。


やがて風が弱まり、星の音が少しずつ静かになる。


レトはまだ名残惜しそうに上を見た。


「エル、ここに来たいって言ってくれてよかった!」


ロジーもデバイスを下げる。


「うん。写真で見てたより、全然いい!」


エルは二人を見た。


「二人も、楽しい?」


「楽しい!」


「すごく!」


エルはもう一度、頭上の星を見上げた。


「三人で見る方が、いっぱい動く」


星飾りが、風を受けて小さく鳴った。


ロジーはデバイスを構え、店先を見回す。


「写真、どこで撮る?」


エルも星飾りを見回した。


月のブローチへ光が落ちる場所を指差す。


「ここ」


「了解!」


レトがエルの左側へ立った。


「わたしも星、映るかな?」


「動かなければ映る!」


ロジーが右側へ並ぶ。


エルは二人の手を取った。


「三人で、星と月」


「いいね!」


「記録タイトル決定!」


ロジーのデバイスが撮影位置へ移動した。


「撮るよ! 楽しい顔!」


レトは満面の笑顔。


ロジーも、にっこり笑う。


エルは一度だけ左右の二人を見た。


それから、小さく口を開いて笑った。


撮影音が鳴る。


画面に写真が表示された。


星飾りの下で、三人が手を繋いでいる。


胸元の月が光り、足元には青とピンクが並んでいた。


レトが歓声を上げる。


「かわいい!」


ロジーも胸を張った。


「完璧!」


エルは写真をじっと見る。


「今日、残った」


ロジーも画面を覗き込む。


「全部じゃないけど、大事なところはね」


レトは画面の中にある三人の手を指差した。


「ちゃんと繋いでる!」


エルも同じ場所を見る。


「じゃあ、これ、大事」


「任せて!」


ロジーは写真を、大事な記録として保存した。



夕方。


三人は雑貨街の入口へ戻ってきた。


レトの鞄には硝子の星、エルの腕には硝子の鳥が入った星柄の箱。


ロジーのデバイスには、今日撮った写真が増えていた。


たくさん買ったわけではない。


けれど、たくさん見て、迷って、待って、選んだ。


同行職員が行程表を確認する。


「帰還時間です」


レトは名残惜しそうに街を振り返った。


「もう?」


ロジーも振り返る。


「まだ撮りたいものがあるのに!」


エルも雑貨街を見る。


「帰るの、少しさみしい」


硝子の鳥の箱を抱え直す。


「でも、帰ってからもある」


レトの顔が輝いた。


「お兄さんに報告する!」


ロジーも続く。


「写真も見る!」


「石に、ただいま言う」


エルは二人を見る。


「じゃあ、まだ続く」



帰還後、外務班職員への報告を終えると、三人は局長室へ向かった。


ジェレミーは執務机にいた。


扉が開くと、顔を上げる。


「戻ったか」


レトが一歩前へ出た。


「お兄さん! ただいま!」


「おかえり」


その一言だけで、レトの顔が嬉しそうに緩んだ。


すぐに鞄から箱を出し、両手で掲げる。


「わたし、戦わない硝子を買った!」


ジェレミーは箱の中の星を見る。


「そうか。良いものを選んだな」


「うん!」


ロジーもデバイスを掲げた。


「私は写真百四十三枚!」


ジェレミーはロジーを見る。


「減らせ」


「選別前です!」


「三分で見られる量にしろ」


「かなり減らすことになった!」


エルは星柄の箱を両手で抱えたまま、ジェレミーの前へ立つ。


「ジェレミー」


「何だ」


「買った」


箱を開ける。


中に収められていたのは、淡いピンク色の翼を持つ硝子の鳥だった。


ジェレミーは、箱の中の鳥をしばらく眺める。


「綺麗だ」


エルは硝子の鳥へ目を落とした。


「作らないで、選んで、買った」


「そうか」


ジェレミーは鳥からエルへ視線を移す。


「選んだのは君だ」


エルは目を細めた。


「うん。あたしの」



その日の夜。


自室へ戻ったエルは、机の上に置かれたかわいい石の前で足を止めた。


「ただいま」


石は答えなかった。


エルは気にせず、石の隣へ硝子の鳥を置いた。


その横に、ロジーから渡された一枚の写真も並べる。


星飾りの下で、三人が笑っていた。


部屋の外から、レトの声がする。


「エルー! ロジーが今日の写真見せてくれるって!」


続いてロジーの声。


「上映会! 公開範囲は三人限定!」


エルは写真から顔を上げ、扉へ向かった。


「行く」


扉を開けると、レトが待っていた。


ロジーも待っていた。


レトが手を差し出す。


「今日、楽しかったね!」


ロジーも反対の手を差し出した。


「まだ終わってないよ。写真を見るのが残ってる!」


エルは二人の手を取った。


「うん」


そして、小さく笑う。


「今日、いっぱい」


レトが言った。


「いっぱい楽しい!」


ロジーが言った。


「いっぱい記録!」


エルは、二人の手を握り返した。


「いっぱい、あたしの」



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