第24話-もっとかわいくする作戦!
惑星監理局の廊下で、レトとロジーがはしゃいでいた。
明日、三人で出かけるからである。
行き先は、商業惑星の小さな雑貨街。
レトが前から行きたがっていた硝子細工の店。
ロジーが記録したがっていた映えるカフェ。
そしてエルが、店先に吊られた星型の飾りを見て、
「これ、近くで見たい」
と言った場所。
三人から外出申請が出され、外務班の職員が同行することになった。
移動経路も決まり、魔法行使の制限も確認された。
ただし、それは明日の話である。
◆
エルは自分の部屋で一人、鏡の前に立っていた。
白髪の毛先は、いつものように淡いピンクに染まっている。
小柄な身体。
淡々とした顔。
ふわふわした空気。
いつものエル。
けれど、今日は少し違った。
エルは、机の上に並べたものをじっと見ていた。
リボン。
髪留め。
小さな星形のピン。
月や花、丸い形のいろんなブローチ。
淡い色の靴下。
ふわふわした上着。
職員さんにもらった小さな花飾り。
ロジーが以前くれたかわいいシール。
レトが作った、硝子細工の飾り。
エルはそれらを見て、ぽつりと言った。
「おでかけは、かわいくする日」
レトはいつも、淡緑の長い髪を左側のワンサイドテールにまとめている。
青いキューブの髪飾りが揺れると、レト自身が嬉しそうにする。
ロジーはいつも、ピンクのツインおさげをふわふわ揺らしながら、厚い服やマフラーや小物を楽しそうに選んでいる。
頭上のデバイスにも、気分に合わせてホログラム表示を出す。
二人は、お洒落をしている。
たぶん、楽しいから。
たぶん、かわいいから。
たぶん、一緒に出かけるのが嬉しいから。
エルは、少しだけ鏡を見上げた。
「あたしも、する」
そして、試した。
まず髪を結ぼうとした。
レトの真似をして、片側でまとめようと考えた。
けれどエルの髪は長さが足りなかった。
結ぶと、髪がぴょこっと立つ。
エルはしばらく考えたあと、そこへリボンを結んだ。
結べた。
ただし、リボンの方がまとめた髪より大きかった。
鏡の中のエルは、頭の片側に大きなリボンの塊を乗せたようになった。
エルは首を傾げる。
「レトっぽい?」
やっぱり、ロジーの真似もしたい。
エルはもう片方の髪も結びはじめた。
結果、片側に大きなリボン、反対側に小さな毛束がぴょこんと立った。
エルは鏡を見た。
「ロジーっぽい」
二人分になった。
エルは満足した。
次に、髪飾りをつけた。
星形のピンを一つ。
花飾りを一つ。
硝子飾りを一つ。
ロジーがくれたシールを、なぜか髪留めに貼ったものを一つ。
まだ置いてある。
かわいいものが、まだある。
エルは考えた。
かわいいものをつけると、かわいくなる。
つまり、たくさんつけると、もっとかわいくなる。
エルは全部つけた。
髪の上で、星と花と硝子とリボンとシールがぶつかりあって、エルが動く度にカチャカチャと音が鳴る。
次に服。
いつもの服に、ふわふわした上着を羽織った。
そこに丸いブローチをつけた。
さらに別のブローチもつけた。
花飾りの余りもつけた。
それから靴下を履いた。
片方は淡い青。
片方は淡いピンク。
エルは足元を見た。
「レトとロジー」
一緒にいる感じがして、すこし嬉しくなった。
最後に、鞄を持った。
鞄には、念のための小物を入れる。
小さな鈴。
折りたたみ式の星型飾り。
透明な鳥。
なぜか小さいスプーン。
ため息を吸うクッションの試作品。
あと、かわいい石。
鞄がものすごく重くなった。
エルは鏡の前に立つ。
沈黙。
かわいい要素が多い。でも、多すぎた。
エルは鏡の中の自分を眺めた。
そして、小さく頷いた。
「できた」
その時、部屋の扉が叩かれた。
「エルー! 明日の持ち物確認しにきたよ!」
レトの声だった。
続いて、ロジーの声。
「おでかけ前日チェック! 記録と準備と浮かれ具合の確認に来た!」
エルは扉を開けた。
レトとロジーは、そこで固まった。
レトは両手に持っていた小さな確認リストを落としかけた。
ロジーは頭上デバイスの記録ランプを点滅させたまま、口を半開きにした。
エルは二人を見上げる。
「あたし、かわいくした」
レトの目が、まん丸になった。
ロジーのデバイスに、勝手に文字が出た。
記録対象:エルのおめかし初挑戦。
分類:非常に重要。
状態:情報過多。
ロジーは小さく息を吸った。
「エル」
「うん」
「すごい」
「かわいい?」
ロジーは止まった。
レトも止まった。
二人は、エルを見た。
リボンが大きい。
髪の片側がぴょこんとしている。
花が多い。
ブローチも多い。
鞄が重そう。
靴下は左右で別。
でも、エルが自分でやった。
いつもお洒落する二人を見ていた。
そして、自分もやってみたくなって初めて試した。
レトとロジーには、それがあまりにも愛しく思えた。
レトはぱっと顔を輝かせた。
「かわいい!」
エルは瞬きした。
「ほんと?」
「うん! エルが、自分でおめかししてる!」
ロジーも大きく頷いた。
「かわいい! すごくかわいい! ただし!」
レトがロジーを見た。
「ただし?」
ロジーは真剣な顔で言った。
「改善の余地がある!」
エルは首を傾げた。
「改善」
「そう! これはね、素材が全部かわいい! 方向性もかわいい! でも、全部のかわいいが同時に自己主張してる!」
レトは大きく頷いた。
「みんなが一斉にお話してる感じ!」
エルは自分の髪飾りに触れた。
「うるさい?」
「うるさくはないよ!」
レトは慌てて手を振った。
「でもね、エルが真ん中だから、飾りたちはエルをもっと見せるためにいた方がいいと思う!」
ロジーが指を立てる。
「そう! 今日の議題はこれです!」
デバイスがぱっと光った。
作戦名:エルもっとかわいくする作戦。
レトが即座に硝子の短い指示棒を作った。
「作戦開始!」
「記録開始!」
エルは二人を見た。
「作戦にされた」
ロジーは胸を張った。
「ここ最近で最高の記録になる予感がする!」
レトも胸を張った。
「エルをもっとかわいくする、大事な任務です!」
エルは少し考えた。
それから、こくんと頷いた。
「じゃあ、お願い」
レトの表情が一気に緩んだ。
「まかせて!」
ロジーの目が輝いた。
「まず第一工程! 現状記録!」
「撮る?」
エルが聞くと、ロジーはすぐに止まった。
「撮っていい?」
「いいよ」
「公開範囲は?」
「レトとロジーと、あたし」
「完璧!」
ロジーはすぐに数枚撮影した。
全身。
胸から上。
エルがカメラを意識して、両手でピースした瞬間。
鞄の重さで重心がもっていかれる様子。
レトが覗き込む。
「エル、ちょっと斜めになってる」
「鞄が重い」
「何入ってるの?」
エルは鞄を開けた。
鈴。
星型飾り。
透明な鳥。
スプーン。
クッション。
石。
レトは小さく口を開けた。
「おでかけに、いる?」
エルは真剣に言った。
「わからない。だから持った」
ロジーは親指を立てた。
「気持ちは分かる! でも鞄の中身もお洒落の一部! 持つものが多すぎると、歩くエルがたいへん!」
レトは石を手に取った。
「これは?」
「かわいい石」
「それは分かる」
「分かるんだ」
ロジーが笑った。
レトは石をそっと置いた。
「でも、明日はいっぱい歩くから、かわいい石はお留守番がいいかも」
エルは石を見た。
「お留守番」
「うん。帰ってきたら、ただいまって言う」
エルは少しだけ納得した顔になった。
「じゃあ、石は待つ」
ロジーが記録する。
鞄軽量化:成功。
かわいい石:自室待機。
次は髪だった。
ロジーはエルの髪をじっと見た。
「まず、この大きいリボン!」
「レトっぽい」
レトは胸を押さえた。
「わたしっぽいの!?」
エルは頷いた。
「レト、横で結んでるから」
レトは感動した。
「エル、かわいくなるためにわたしを参考にしたの……!」
「レト、いつもかわいいから」
その一言で、レトは少し照れた。
ロジーが黙っている。
録画しているときの沈黙だということが、二人にははっきり分かった。
「ロジー、照れてるとこ撮らないで!」
「えー、かわいいのに」
「だめ!」
「はいはい、非公開! 記憶に永久保存する!」
ロジーは笑いながら、エルのリボンをほどいた。
「エルは髪が短いから、レトみたいに大きく結ぶより、小さいリボンを横につける方が似合うかも」
レトが手伝う。
「ここ? このへん?」
「そうそう。毛先がピンクだから、近くに小さい飾りを置くとかわいい」
エルはじっと鏡を見ていた。
ロジーが小さな淡いリボンを選び、片側に留める。
レトが、硝子飾りを一つだけ添える。
青白く光る、小さな星の欠片のような飾り。
エルの白髪と淡いピンクの毛先に、すっと馴染んだ。
レトは息を呑んだ。
「かわいい……!」
ロジーも頷いた。
「これはいい! ちゃんとエルっぽい! ふわふわで、でもちょっと星!」
エルは鏡を見た。
さっきより、頭が静かだった。
「減ったのに、かわいい」
ロジーはびしっと指を立てた。
「そう! かわいいは足し算だけじゃない!」
エルは真剣に聞いていた。
「引き算?」
「そう! 引き算のかわいい!」
レトも真剣に頷いた。
「エルがちゃんと見えるかわいい!」
エルは自分の髪飾りに触れた。
「あたしが見える」
「うん!」
レトは笑った。
「飾りもかわいいけど、エルはもっとかわいいから!」
エルは瞬きした。
「あたし、かわいい?」
「うん!」
レトは当然のように言った。
「エルがかわいいの!」
エルは少しだけ黙った。
ロジーが、珍しく茶化さずに見ていた。
エルは鏡の中の自分を見て、ぽつりと言った。
「そっか」
次は服だった。
ロジーはブローチを三つ外した。
エルが少し不安そうに見る。
「それも、だめ?」
「だめじゃないよ。全部かわいい。でも一緒につけると、どれを見ればいいか迷っちゃう!」
レトはブローチを並べた。
丸いもの。
花のもの。
小さな月。
「明日は星飾り見にいくでしょ!? だから、月の感じがいいんじゃないかな」
「理由があるといいね!」
ロジーは月のブローチを選んだ。
「髪飾りが星っぽいから、胸元は月!」
レトが両手を合わせる。
「星と月のエル!」
エルは月のブローチを見た。
「夜?」
「夜も似合うし、エルのふわふわした感じにも合う!」
ロジーは慣れた手つきで位置を調整した。
「ただし、真ん中よりちょっと横。エル、まっすぐより少しずれてる方が似合う」
エルは首を傾げた。
「あたし、ずれてる?」
レトが慌てた。
「変って意味じゃないよ!」
ロジーが笑う。
「エルは左右対称ぴしっと! より、ちょっと自由な方がエルっぽいってこと!」
エルは納得した。
「自由」
「そう、自由!」
次に、エルは左右で色が違う靴下を見せた。
「これは、レトとロジー」
レトとロジーは止まった。
「右がわたし?」
「うん。青」
「左が私?」
「うん。ピンク」
ロジーは胸を押さえた。
「これはぜったい外したくない……!」
レトも小さく震えていた。
「エル、そんなこと考えてくれてたの……?」
エルは淡々と頷く。
「明日、三人で行くから」
ロジーは少し考えた。
「じゃあ、靴下はそのまま!」
レトも頷いた。
「そのまま!」
「ただし!」
ロジーは靴を持ってきた。
「靴は同じ色でまとめる! 靴下が左右違う分、靴で落ち着かせる!」
レトは感心した。
「ロジー、すごい!」
「お洒落記録は大量にあるからね!」
エルは足元を見る。
左右違う靴下。
同じ靴。
少し落ち着いた。
「まとまった」
「まとまりました!」
ロジーは満足げに頷く。
「最後、全体確認!」
エルは鏡の前に立った。
髪には、小さな淡いリボンと硝子の星飾り。
服には月のブローチが一つ。
ふわふわした上着はそのまま。
鞄は軽くなり、中には本当に必要なものだけ。
靴下は左右でレトとロジーの色。
靴は同じ色で揃えた。
さっきのような、賑わう宇宙ステーションみたいな姿ではない。
でも、エルらしかった。
レトは両手を握りしめた。
「エル、すっごくかわいい!」
ロジーはデバイスをぱっと光らせた。
「完成! エルもっとかわいくする作戦、大成功!」
エルは鏡を見ていた。
少しだけ、長く。
それから、レトとロジーを振り返る。
「これ、あたし?」
レトは頷いた。
「うん。エルだよ」
ロジーも頷いた。
「エルがやりたかったかわいいを、もっとエルっぽくしたやつ!」
エルは自分の胸元の月に触れた。
「そっか」
声はいつも通り淡々としていた。
でも、毛先の淡いピンクが、少しだけ嬉しそうに揺れた気がした。
レトとロジーが、だめと言わずに直してくれた。
エルは、少しだけ二人の方へ寄った。
「明日、これで行く」
レトはエルの手を取った。
「うん! 三人でおでかけ!」
ロジーも反対側から手を取る。
「写真いっぱい撮る!」
「うん」
「カフェも行く!」
「うん」
「雑貨も見る!」
「うん」
「最後は、三人で星飾りを見る! そこでも写真撮る!」
「うん、見る」
エルは鏡の中の三人を見た。
それから、二人の手を少しだけ強く握った。
「明日、たのしみ」




