第2話-おしごとおわり、シールの時間!
惑星監理局、情報班区画。
壁面から床近くまで、数え切れないほどの記録画面が浮かんでいた。
各惑星から届いた報告書。
文明変動の予測。
外縁航路で観測された異常魔力。
過去の任務記録。
会議録、音声、映像、観測値。
透き通った光の層が幾重にも重なり、区画内を絶えず流れている。
その中心で、ロジーは椅子の上に膝立ちになっていた。
小柄な身体。
左右へ伸びた、ピンク色のツインおさげ。
頭上には、円盤状のデバイスが淡い光を放ちながら浮かんでいる。
「次!」
ロジーが片手を上げた。
待機していた情報班職員が、最初の資料群を展開する。
「外縁第三航路、観測報告百二件。通信障害による重複報告を含みます」
「重複三十一件! 時刻補正したら二十七件に統合できる。観測機二基の内部時計がずれてるよ。片方が〇・八秒、もう片方が一・一秒!」
複数の画面が一斉に重なった。
同じ宙域。異なる角度。異なる時刻。
別々の記録として提出されていた観測結果が、ロジーの前で一つの事象へ組み直されていく。
「異常魔力の発生地点、報告座標じゃない! 観測機そのものが引っ張られてる。基準星から逆算して、こっち!」
星図上の光点が移動した。職員が修正座標を確認する。
「調査班へ共有します」
「待って。魔力波形も添付して。昨日の漂流物回収記録と一部一致してる!」
新しい画面が開く。
回収された破片。残留魔力。周辺宙域の変動。
無関係として処理されかけていた記録が、一本の線で結ばれる。
「同一事象でしょうか」
「まだ断定しない! 関連可能性、高。調査班へ全記録、監理班には要約、戦闘班には修正座標を先行共有!」
「了解」
画面が三つに分かれ、それぞれの部署へ送られていった。
ロジーの視線は、もう次の資料へ移っている。
「惑星間紛争、停戦監視記録です」
「見えてる!」
外交文書。
軍事配置。避難民の移動。
現地政府の発表。医療物資の搬入記録。外務班の現地所見。
ロジーの指が画面を滑るたび、情報は分けられ、重複を削られ、重要度を与えられていく。
「現地政府の被害発表、医療物資の消費量と合ってない。推定値は別記録にして、断定表現は禁止! 外務班へ照会!」
「文明変動予測について――」
「参照してる人口統計が古い! 最新版へ差し替え。結果も再計算!」
「神性存在の発生兆候が五件」
「三件は同一現象。二件は集団魔力の一時的な偏在! 残り一件だけ監理班へ上げて!」
画面が目まぐるしく開き、閉じていく。
照合する。矛盾を拾う。分類する。
必要な相手へ、必要な範囲だけを渡す。
ロジーは、ただ情報を集めているのではない。
どこから生まれた記録なのか。
誰が必要としているのか。
誰に見せてよいのか。
どの言葉なら誤解なく伝わるのか。
それらを一瞬ごとに判断しながら、膨大な情報を整えていく。
普段は騒がしく、面白そうなものを見つければすぐに飛びつく。
誰にでも話しかけ、珍しい出来事があれば勝手に記録を始める。
けれど、業務中のロジーに迷いはなかった。
情報を残す。
正しく並べる。
誰かが判断できる形にする。
「次!」
情報班主任が、手元の一覧を確認した。
「以上です」
ロジーの指が止まった。
「え?」
「本日午前分は、すべて処理されました」
ロジーは周囲を見回した。
待機資料なし。
未確認通知なし。
追加照会なし。
処理待ちを示す赤い表示は、一つも残っていない。
数秒の沈黙。
職員たちが、ようやく息をつく。
「じゃあ、次!」
ロジーは机の引き出しを勢いよく開けた。
取り出したのは、透明な袋と、一冊の厚いシール帳だった。
袋の中には、色とりどりのシールが詰まっている。
青い星。
桃色のハート。
白い雲。
黄色い月。
小さな花。
リボン。
動物の顔。
光を受けるときらきら輝くもの。
触れると柔らかく膨らんでいるもの。
見る角度によって色が変わるもの。
情報班主任が尋ねた。
「それは何ですか」
「今日、レトと貼るシール!」
「見れば分かります」
「じゃあ、なんで聞いたの?」
「なぜ業務机へ広げているのかを聞いています」
「先に分類するから!」
ロジーは胸を張り、袋を逆さにした。
つい先ほどまで惑星の存亡に関わる記録を処理していた机が、一瞬でかわいいもので埋め尽くされる。
シール帳は、まだ半分以上が白紙だった。
表紙には、レトが硝子質の魔力で作った小さな星飾りと、ロジーが貼った桃色の文字が並んでいる。
レトとロジーの、すっごくかわいいシール帳!
二人で、少しずつページを増やしていく約束をしていた。
今日は、レトが任務から帰ってきたら、新しい一ページを作る日だった。
それからもう一つ。
ロジーは、シールの中からレトに似合いそうなものを選び、一枚あげるつもりだった。
ロジーは青い星形シールを持ち上げて、照明の光に透かした。
「レトにすっごく似合う!」
ロジーは青い星形シールを、分類済みの列とは別の場所へ置いた。
レトにあげる候補
次は、桃色のハート。
「これは私!」
白い雲。
「エル!」
黄色い月。
「これもエル!」
小さな花。
「これはレトにもエルにも似合う!」
リボン。
「私!」
猫。
「私!」
記録整理官が小さく笑った。
「ロジーさんに似合うものが多くありませんか」
「私はかわいいから!」
「そうですか」
大きさ。世界観。絵柄。
どの端末になら貼っても怒られないか。
職員証へ貼った場合、認証を妨げないか。
情報班のオフィスのどこに貼りたいか。
分類は、次第にいたずらっぽさを帯びていった。
けれど、最終的な評価はすべて、
かわいい。
すごくかわいい。
ものすごくかわいい。
の三段階だった。
ロジーは時計を見た。
帰還予定時刻は過ぎている。
ロジーは青い星形シールを指先でくるくる回す。
「そろそろ来るかな」
その言葉から少し遅れて、情報班区画の扉が開いた。
「ロジー!」
淡緑の長い髪を揺らし、レトが飛び込んでくる。
入口までは走っていたらしい。
職員たちの視線に気づいた瞬間、不自然なほど力強い早歩きへ切り替わった。
ロジーは椅子の上に立ち上がる。
「遅い!」
「ごめん!」
「帰ってきたら、一緒にシール帳へ貼る約束だったでしょ!」
「うん!」
「私、レトに似合うシールも見つけて待ってたんだから!」
「ほんと!?」
レトの表情が一瞬で明るくなった。
ロジーは腰へ両手を当てる。
「局長のところへ行ったあと、資料運びを手伝ってたから遅れたんでしょ!」
「うん!」
「床置き禁止の箱を両手で抱えて、資料庫の認証扉で止まってた!」
「扉、開いてくれなかったの」
「職員証をかざしてないからだよ!」
「手が塞がってたもん!」
「それで副長に開けてもらった!」
「副長、扉担当してくれたよ!」
ロジーは、レトが説明するより先に全部知っていた。
けれど、レトは驚かなかった。
ロジーが見ていなかったことを知っているのは、よくあることだった。
人がいない場所で何が起きたのか。
失われた資料に何が書かれていたのか。
誰も教えていないはずの出来事。
ロジーは時々、それらを当然のように知っている。
レトにとっては、扉が認証なしでは開かないことより、ずっと見慣れた日常だった。
「副長に言われて、約束思い出したの」
「忘れてたんじゃん!」
「でも、ちゃんと来たよ!」
「遅れたけどね!」
「ごめんね!」
レトは素直に頭を下げた。
ロジーは頬を膨らませたまま、しばらくレトを見る。
やがて机の上から、青い星形シールを摘まみ上げた。
「はい」
「これ、わたしに?」
「任務完了と、資料運びと、約束を思い出して来たごほうび!」
「副長に言われたけど?」
「それは記録の補足情報!」
ロジーは青い星を、レトに手渡した。
レトが目を丸くする。
手のひらの上で、小さな青い星がきらきら輝いていた。
「かわいい!」
「でしょ! レトに似合う分類、検証完了!」
「ありがとう、ロジー!」
レトは嬉しそうに星へ触れた。
ロジーはシール帳を机の中央へ置き、白紙のページを開く。
「今日のページ、どうする?」
レトは椅子を引き寄せ、ロジーの隣へ座った。
「宇宙にする!」
「今日、宇宙で任務だったから?」
「うん! ロジーがくれた青い星貼る!」
「じゃあ、私は桃色の星も貼る!」
「宇宙に桃色の星ある?」
「私たちのシール帳にはある!」
「そっか!」
二人は顔を見合わせ、笑った。
青い星。
桃色の星。
黄色い月。
白い雲。
シール帳の新しい一ページへ、小さな宇宙が作られていく。
情報班主任は、自分の業務へ戻った。
記録整理官も、残った資料を整え始める。
静かなオフィスの中心で、二人だけが騒がしい。
「ロジー、ここ!」
「近すぎ! 星同士がくっつく!」
「くっついた星もかわいいよ!」
「それは新分類だね!」
その時だった。
机の上へ、小さな光が落ちた。
淡い白色の星。
だが、シールではない。
光そのものが、小さな星の形をしている。
一つ。
二つ。
情報班区画の入口から、きらきらした星屑が漂ってきた。
レトが顔を上げる。
「これ、なに?」
ロジーのデバイスが観測を始める。
「照明じゃない。投影でもない。魔術の術式とも違う」
星屑は二人の前を横切り、廊下の奥へ流れていく。
レトとロジーは顔を見合わせた。
「エル?」
「エルだね!」
ロジーはシール帳を閉じた。
貼りかけの一ページには、青と桃色の星が並んでいる。
「続きはあと!」
「うん!」
ロジーが椅子から飛び降りる。
レトも、飛び上がるような勢いで立ち上がった。
「追跡開始!」
「任務?」
「調査!」
「調査任務だね!」
「そういうことにしよう!」
二人は星屑を追い、情報班区画を飛び出した。
廊下の奥には、淡い光の軌跡が続いている。
その先で何が待っているのか。
二人はまだ知らない。
ただ、エルが関わっているなら。
きっと、かわいい。
そして少しだけ、危ない。
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