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検察側情状証人、被害者息子

「証人は退廷してください。」


神田は裁判長に一礼すると、来た時と同じように、コツコツと一定のリズムを奏でながら、出て行く。

法廷を出るところで、振り返って深々と一礼したのが印象的だった。


神田が退廷したのを見て、検察官が話し始めた。


「検察官は、次に甲第十号証等を用いて、被害者の潔白と、被告人の執拗な殺意を証明したいと思います。」


検察官は、少し間をおき、軽く息を吸い込んだ。


「その前に、被害者の人格を法廷で明らかにするために、情状証人を呼びたいと思います。」


裁判長は、軽く頷き、それから陪席裁判官たちと、短く話し合う。


「では、検察側情状証人を法廷にお呼びします。証人の置かれた特殊な立場を考慮して、本法廷では、証人の氏名は一切記録に残さないものといたします。検察官、弁護人、双方共に証人の氏名を明かさないように気を付けてください。」


検察官、弁護人、双方共に頷いた。


彼らの態度をしっかりと確認してから、裁判長は静かに言った。


「証人は入廷してください。」


少年は、先ほどの神田とは打って変わり、とてもおどおどとしながら法廷に入ってくる。

法廷中の視線を避けるように、彼の視線はあちこちを泳いだ。

しかし、彼の足は証言台に真っ直ぐ向かっていく。


裁判長は少年に優しく語りかける。


「証人は、この場で氏名を述べる必要はありません。被害者の氏名を述べる必要もありません。間違って言ってしまったら、記録から抹消しますので、安心して、自分の気持ちを述べてください。」


少年は小さく頷く。


「検察官、はじめてください。」


検察官は立ち上がると、少年のもとに歩み寄り、しゃがみ込んで、少年を下から見上げた。


「今日は、来てくれてありがとう。」


少年は小さく頷く。


「まず、君と被害者の関係を教えてくれるかな?」


「…………お父さんです。」


傍聴席に、一気にどよめきが走る


「静粛にお願いします。」


裁判長は、はっきりと、しかし優しい口調で言う。

少年を萎縮させないように気をつけているようだった。


検察官は、少年と目を合わせて、微笑んだ。


少年は小さく頷く。


「どんなお父さんだったの?」


「キャッチボールしてくれたり、映画に連れて行ってくれたり、ご飯もお父さんが作ってくれました。」


「そうなんだ。」


少年は小さく頷く。そして、もう一度頷いた。


検察官は下を向く。次の言葉を懸命に探していた。


「……お父さんが亡くなった時の感情を聴かせてください。」


「…………びっくりしました。」


検察官は、頷くことしかできなかった。


「……あの日」


「あの日?」


「あの日、キャッチボールする約束だったんです。」


法廷に、少年の声だけが響いていた。


「ボーイズの練習が終わって、家に帰ると、お父さんが帰ってくる時間なんです。」


「珍しくお母さんがいて、『お父さん、死んだ』って言われました。」


少年は、小さく何度も頷いた。


「お父さんが、ニュースで色々言われたのは、知っている?」


少年は小さく頷いた。


「どう思ったか、聞かせてくれるかい?」


「嘘つきだと思いました。お父さん、そんなことしない。お父さん……」


少年は言葉に詰まる。


「ニュースのせいで、酷いことされたかい?」


「…………ボーイズを辞めました。」


検察官は、少年の顔を見られなかった。


「監督も、友達も、辞めることないって言ってくれました。でも、『迷惑かけるから辞めなさい』って、お母さんに言われました……」


少年は首を横に何度も振る。


「野球は別にいいんです。お父さんとキャッチボールしたかっただけだから……」


法廷に、エアコンの音だけが響いていた。


検察官は、言葉を振り絞った。


「最後に聞かせて、お父さんが亡くなって辛い?」


「……大丈夫です。」


少年は真っ直ぐ裁判長を見つめて言った。


「お父さんが、悪いことしたんだったら……大丈夫です。」


少年は言葉に詰まった。しかし、決して涙は見せなかった。


裁判長は、少年の目を真っ直ぐ見返した。


検察官は、立ち上がった。


「以上です。」


裁判長は、手元の書類に目を落とした。


「弁護人、何かありますか。」


「ひとつだけ、よろしいですかな。」


弁護人はすっと立ち上がる。


法廷の視線が弁護人に注がれた。


いったい、これ以上なにをこの少年に求めるというのだろうか?


弁護人は静かに口を開いた。


「証人、お父さんのこと。お悔やみ申し上げます。」


弁護人は頭を机につくほど深々と下げた。


弁護人は頭を上げずに言った。


「以上です。」


「では、証人は退廷してください。」


少年が退廷するあいだ、弁護人は頭を上げようとはしなかった。


少年が法廷を出るとき、振り返って、深々と頭を下げた。

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