弁護側情状証人、被害者妻
「次に、甲第十号証の検証を行ないたいと思います。」
「はい。まず、モニターをご覧下さい。」
モニターにSNSのチャット画面が表示される。
「これは、被告人が被害者に対して、執拗に送りつけた。メッセージの一部です。会いたい、会う、会えない、などのメッセージだけで、計測しましたところ、1000件を超えていました。これは、被告によーー」
「異議ですな。どのくらいの期間で送られたのかが示されておらず、検察官による印象操作ですわ。」
「異議を認めます。検察官は期間についても明言してください。」
「2年間で、1000件という、執拗なーー」
「異議ですな。2年で1000件なら、1日に1、2件ですわ。」
「異議を認めます。検察官は、独自の見解を述べず、客観的証拠のみに言及してください。」
「被告人は、被害者に対して、『会いたい』とメッセージを送っています。これに対して、被害者は既読になっていますが、返事をしておりません。いわゆる既読スルーです。」
「異議ですな。検察官は、被告人が好意でメッセージを送っているように印象操作しておりますわな。」
裁判長は、陪席裁判官の意見を確認する。
「異議を却下します。検察官は続けてください。」
「この他にも、被告人は被害者に対して、自分に会うように強要するメッセージを送っており、同種事例に照らしますと、付きまとい行為、いわゆるストーカー行為を被告人が行なっていたと、考えられます。」
“ストーカー”
その言葉に、傍聴席はざわめいた。
「静粛に!」
裁判長の一際大きな声が響く。
「検察官は、被告人が被害者に対して、一方的な恋心を抱いた挙句、殺害したものと考えております。以上です。」
検察官は静かに着席した。
「弁護人、何かありますか。」
「はい。」
弁護人はすっと立ち上がる。
「私は、検察官とは違う意見ですな。」
弁護人は手元の資料に目を落とした。
「まず、私もざっと『会いたい』というワードを数えましたわ。検察官はその中に『会えない』というワードも含めておりましたな。」
弁護人は、ゆっくりと歩いて、裁判員たちの前に立つ。
「いいですかな、『会えない?』も『会えない!』も、字にするとおんなじ、“会えない”になるんですわ。」
弁護人は、それまでの緩やかな動きと打って変わって、ジェスチャー混じりに強く言った。
「弁護人は、この『会えない』というメッセージこそが、被告人が、被害者に付きまとわれ、拒絶するために送ったと思っておりますわ。」
「異議を申し立てます。弁護人は自らの憶測を話しているに過ぎません。」
「この考えを裏付ける証人をお呼びしたいですな。」
「それは、どなたですか。」
「被害者の妻ですな。」
傍聴席はどよめいた。
被害者息子が、検察側証人として出廷した直後に、妻が弁護側証人として出廷するのだ。
「静粛に」
裁判長は静かに正す。
それから、陪席裁判官と短く打ち合わせた。
「では、これから証人に入廷していただきますが、先ほどの証人と同様に、特別な立場にありますので、本法廷では、証人の氏名は用いないように注意してください。」
「証人は入廷してください。」
証人が、入廷すると、法廷にはきつい香水の匂いが漂った。
場違いなほど、派手な服に、ブランド品をたくさんつけた女だった。
「証人は宣誓してください。」
証人の女がダルそうに返事をする。
「はいはい、これ読めばいいんでしょ?」
証人は、宣誓書を読み上げた。
「では、はじめてください。」
弁護人はゆっくりと証人の横に立つ。
「証人、被害者との関係を教えてくれますかな。」
「え、そこから?マジかったるいんだけど、分かりきってんだから良いんじゃねえの?」
弁護人はゆっくりと証人に微笑みかける。だが、目は一切笑っていない。
「はいはい、妻ですよ、妻。」
「被害者、つまりあなたの夫はどのような方でしたかな。」
「クズですよ、クズ。はっきり言って、あんな奴のこと好きってやつがいたら大笑いだね。」
証人はそう言いながら笑い出した。
法廷には、白けた空気が流れている。
証人だけが、高笑いしていた。
「あなたの夫のクズエピソードを話していただけますかな。」
「ありすぎて困んだけど、何から話しゃいいの?」
「では、女性にまつわるものをお願いします。」
「それも、すげぇあるよ。」
女はタバコを取り出して口に咥える。
「火、貸してくんない?」
弁護人はにっこり笑って、タバコを取り上げた。
「禁煙です。」
「ち、どこもしけてんな。ま、いっか。」
「エピソードを」
弁護人は凄みをきかせながら、証人の目をしっかりと見つめる。
証人はどこ吹く風だ。
「いいよ、いいよ、女ね。とにかく浮気するやろうだったよ。女でやらかしちゃ、金払っての繰り返しだったね。」
「具体的なエピソードがありますかな。」
「あれなんかやばくない?風の女殴って、訴えられそうになったの。マジやばかったんだから。ケツ持ちでて来ちゃってさ、ウチの店のケツになしつけてもらったんだよね。」
「つまり、性風俗店と示談になったーー」
「異議を申し立てます。弁護人は不当に被害者の名誉を貶めようとしています。」
「ウケんだけどぉ、マジで『異議あり』ってやるんだね。」
「証人は不規則発言をやめてください。」
「不規則発言って何?学が無いから分かんねぇんだけど?」
「証人は、質問されたとこにのみ、簡潔に答えて、他の発言はしないようにしてください。」
裁判長は、努めて冷静な口調で証人に語りかけた。
「はいはーい、分かりやす〜い。最初っからそう言えばいいじゃん。」
裁判長が鋭い視線を証人に向ける。
「あ、お口にチャックしま〜す。」
証人は、口にチャックするジェスチャーをした。
弁護人はゆっくりと口を開いた。
「あなたの夫は可哀想な人でしたな。」
「え?それ質問?答えていいの?」
「弁護人は以上ですわ。」
証人は、訳が分からないという顔をしている。
「検察官、何かありますか。」
「ありません。」
「では、証人は退廷してください。」
「え?もう終わり?早くない?お店休んで来てんだけど?」
「証人は退廷してください。」
「そっか、終わりか。」
証人は、それまでの態度とは打って変わって、しおらしい顔で天を仰いだ。その目から、一筋の涙が溢れる。
「証人、どうかされましたか。」
裁判長が声をかける。
「……あんな奴でも、いなくなると辛いもんだね。」
裁判長は静かに、視線を証人に向ける。
「空っぽっていうの?あんな奴でもさ、いなくなったら、誰かにあいつの事、言いたくなんだよね。」
証人はタバコを取り出して咥える。
「あ、禁煙か。」
証人は、ゆっくりと法廷を後にした。
法廷を出るとき、彼女は深々と頭を下げた。
彼女の下げた頭が、誰よりも低かった。




