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取調べ録画映像

「検察官、何かありますか。」


裁判長は事務的に聞く


「はい。」


検察官は立ち上がり、証言台に歩み寄る。


「証人、あなた、懲戒処分を受けてたのですね。」


「あなたまでやめて下さいよぉ、昔のーー」


「簡潔に」


「……ええ」


「そのせいで、上層部には信頼されていなかった?」


「……ええ」


「だからあなた、非公式ですが、取調べを録画されていますよね。」


証人はギョッとして検察官の顔を眺めた。


法廷全体が、突然飛び出した“録画”というフレーズにざわめき立つ


「静粛に」


裁判長の威厳のある声が響いた


「検察官は、何を立証されるおつもりですか。」


「取調べの録画を見て、任意性に関して証明したいと思っています。」


「あるのですか。」


「秘密裏に録画されたものが、警視庁に保管されていました。先ほど発言した通り、証人の行動を録画して、国賠訴訟に備えていたようです。」


「それを、法廷に?」


「うちの上の方からお願いしたところ、本日になり、提出していただきました。」


検察官は、DVDを取り出した。


「検察官は、この取調べ録画映像を甲第二十一号証として、申請いたします。」


傍聴席のざわめきは最高潮に達する


「静粛に!」


裁判長の大きな声が響いた


裁判長は、陪席裁判官の意見を確認する


「弁護人、何か意見は」


「見てみないことには、何も言えませんな」


「では、再生してください。」


法廷のモニターに、取調室の映像が写し出される。まだ、テーブルとパイプ椅子しか写っていない。


法廷の視線がモニターに集中する


岡部は血の気の引いた真っ白な顔をしていた


取調室のなかに、被告人が連れられてくる

パイプ椅子に座らされて、下を向いている

突然、被告人が顔を上げてドアの方を向く

岡部が部屋に入ってきた


花の匂いの柔軟剤が、取調室に漂ったのが、法廷にも伝わってきた


「ごめんなさいねぇ、遅くなっちゃってぇ」


被告人の視線の中を、滑るように岡部が入ってくる

そのまま被告人の前のパイプ椅子に座った


「大変よねぇ、もうや〜になっちゃう」


「そうだ、フリスク食べるぅ」


岡部はフリスクを差し出した

被告人は自然と左手を差し出している

岡部はフリスクを渡す直前で、手を引っ込めた


「あ、ごめんなさぁい、こういうのはダメなんだった」


「利益供与って言うの、知ってる?」


被告人は首を小さく横に振る


「そうよねぇ、難しい言葉よねぇ」


被告人は首を縦に小さく振った


「私だけフリスク食べてもい〜い?」


被告人は首を縦に小さく振った


「ありがとうね。この歳になるとね、口臭とかすごく気になっちゃうのよ。あ〜、い〜やになっちゃう。」


被告人は少しだけ笑顔になった


「あなた、今笑った? 笑ったでしょ? 今のうちだけよぉ、すぐに、い〜やなお口になるんだからね」


被告人の口元が、少しだけ緩んでいる


「取調べって、する方もされる方も疲れるわよねぇ、疲れると、す〜ぐに、や〜なお口になっちゃうのよ。あなたも、や〜なお口になってるんじゃない?」


被告人は首を横に振る


「そうよね、女の子にお口のこと聞くのだめよねぇ、おじさん、失敗。おじさん嫌いになっちゃった?」


被告人は首を横に振る


「おじさんのこと好き?」


被告人は首を縦に小さく振った


「良かったぁ、あなたって、おじさん世代のこと、嫌いじゃないの?」


被告人は首を縦に小さく振った


「あなたのとこの社長さんもおじさんよねぇ、嫌いじゃなかったの?」


被告人は首を縦に小さく振った


岡部は流れるように、取調べに入っていく


「でも、嫌なことされて嫌いになっちゃったの?」


被告人は首を縦に小さく振った


「死んじゃえって思った?」


被告人は、少し固まってから、急いで首を横に振る


「そうよねぇ、死んじゃえは言い過ぎよねぇ、自分だけの社長にしたいって思ったことあるぅ?」


被告人は、先ほどよりさらに小さく、微かに首を縦に振った


「そっか、そうよねぇ、好きってそうよねぇ、分かるわぁ、おじさんにもそういう人いるぅ。」


被告人が顔を上げて岡部を見る


「あら、何よ、いが〜いって顔してるわね、おじさん怒るよぉ」


岡部は顔の横でグーを作り、ぶりっ子怒りポーズをする


法廷は、岡部のぶりっ子ポーズを黙って見つめていた。

ツッコむ気など、とっくになくなっている

被告人の心の扉が、岡部の手で、どんどんと開けられていくのを、ただ見つめるしかなかった。


「好きって拗らせると、イジワルしたくなっちゃうのよねぇ、分かってくれるぅ?」


被告人は、大きく首を縦に振った


「振り向いてくれないなら、知らな〜いってなるよねぇ」


被告人は首を縦に振った


「あなたも、社長さんにそう思っちゃったんだぁ?」


被告人は首を縦に振った


「愛ってぇ、憎しみに変わっちゃうのよねぇ」


被告人は、小さく首を縦に振った


「あ〜、なんか喉乾くねぇ、お水飲むぅ?」


被告人が頷くと同時に水を渡す


被告人が水を飲んでいる間に、岡部は素早くPCで文書を作成する


「水かお茶しかダメって古いわよねぇ、カルピスくらい飲みたいわぁ〜」


被告人は歯を見せて笑う


「ここだけの話ぃ、たまにカルピスあげちゃう」


被告人は、笑いながら岡部を見ている


「あなたの好物ってなあに? ミルクティー?」


被告人は首を縦に振った


岡部は資料に目を落としながらさり気なく話す


「この日も、ピーナッツパンと一緒に買ってるものねぇ、あれ、合うのよねぇ?」


被告人は首を縦に振った


「あら? でもあなた、朝のコンビニでピーナッツパン買ったの初めてじゃない?」


被告人は首を縦に振った


「今までは、社長さんのために食べなかったの?」


被告人は首を縦に振った


「でも、振り向いてくれないし、もう知らない、きーって食べたの?」


岡部はわざわざハンカチを出して、咥えるポーズをする


被告人は笑いながら頷いた


「わたしとキッスして、アレルギーでも何でもなっちゃいなさい、死んでも知らないからってなったんだ?」


被告人は笑いながら、“大きく頷いた”


「……そう。でもあれよねぇ、コンビニのピーナッツパンって、ピーナッツ少なくなぁい?」


被告人は笑いながら頷く


岡部は話ながら、PCでどんどんと文章を作成していく


「あれよねぇ、追加で追いピーナッツクリーム塗ったりしなぁい?」


被告人は笑いながら頷く


「……そう。で〜きた。」


岡部はプリントアウトされた紙を被告人の前に置く


「今日は楽しかったわぁ〜、ありがとうねぇ〜。ストレス発散しちゃったぁ〜」


被告人は笑いながら岡部を見つめている。


「でもねぇ、これって、いちおう取調べなのよ。」


岡部はヒソヒソ声で被告人に話しかける。


「だから、書類にしないと、だぁめなのよぉ。今日のあなたのお話を、公文書にまとめてみたの。ほんとは、これを読み上げるんだけどぉ、時間の無駄よねぇ〜」


被告人は頷く


「しっかり読んでぇ、間違いなかったらサインして欲しいの、間違いなぁ〜い?」


被告人は頷いた


「いちおうねぇ、しっかり確認なんだけどぉ、この文書の通りにあなたの供述調書になるのよぉ〜わかるぅ?」


被告人は頷いた。


そして、笑顔でサインする。


「またねぇ〜元気でねぇ〜」


録画はそこで終了した。


「すいません、すいませんでした。」


再生終了と同時に、岡部は謝りはじめる。


「読み上げを省略したのは、本当に被告人の事を思ったんです。それに、セクハラっぽいと、すでに所属長注意は受けてます。勘弁してください。」


岡部は、1人だけ的のズレた弁明をする


「証人は不規則発言を控えてください。」


裁判長の乾いた声が響く


「弁護人、認めますか。」


弁護人は眼鏡を外して、目の間を軽く揉んだ


「……成立の真正には同意ですな。映像の解釈に関して、専門家の意見を交えて聞きたいですな。この後予定されていた、弁護側証人尋問の順番を早めていただきたいですな。」


裁判長は陪席裁判官の意見を確認する。


「それでは、弁護人証人を交えて映像の検証を行ないたいと思います。」


「岡部証人は退廷してください。」


退廷していくあいだも、岡部はペコペコと頭を下げていた。


被告人は、下を向いていなかった


傍聴席の記者はのちに語る


「とてつもなく異様なものを見ているようでした」


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