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証人尋問、取調官・岡部巡査部長

「次に、甲第四号証、被告人供述調書ーー」


「異議ですな。供述調書に関しては、その任意性に合理的な疑いがありますわ。」


「検察官、任意性を証明できますか。」


「取調官を、証人として申請します。」


裁判長は陪席裁判官の意見を確認する


「では、検察側証人を次回の公判に召喚します」



公判2日目



「本日は検察官請求証人・岡部純平証人の尋問を行います」


「証人をお願いします」


証人が入ってきた時、法廷に花のような香りがどことなく漂う


その時、傍聴席にいた記者の一人は、後にこう語る


きれいな女性が入ってきたのかと思いましたが、あごに無精髭の残るおじさんでした

脳がパニックになりました


薄いブルーのシャツにスラックス姿の岡部証人が入廷してくる、ネクタイはしていない

入廷してくるのと、ほぼ同時に、証人は裁判員六人に会釈した


別の記者はこう語る

その時は気が付かなかったのですが、あれは初見の人間を瞬時に観察する、そんなベテラン捜査官の香りを漂わせていました


「氏名を述べてください」


証言台に立つ証人に向かって、裁判長が語りかけた途端、証人はいたずらっ子のように笑った


「何度も、こちらには来てるんですけどね? 名前なんて、ご存知でしょう? こういうの、省略したいですよねぇ、お役所仕事って言うんですか? 無駄ですよねぇ」


自分が警察官であるにも関わらず、飄々と語る証人に、裁判長も苦笑いする


「…証人。」


「はいはい、大丈夫ですよ。お役所仕事には慣れておりますからね。公文書って、ひとつひとつ別扱いですからねぇ、毎回毎回、おんなじことやってかないといけないんですよねぇ〜嫌んなっちゃう」


左陪席裁判官の女性は、笑いそうになるのを必死になって、無表情を装っていた

裁判長が軽く咳払いする


「氏名、お願いします」


「岡部純平です」


今回、証人は普通に答えただけなのだが、ツボにハマってしまった裁判員の二人が吹き出す

傍聴席にもガヤガヤとしたざわめきが広がった


「静粛に」


威厳のある声が法廷に響く


裁判長は鋭い視線を証人に向ける


証人はすごく真剣な表情で、裁判長を見つめ返した

証人は、なぜ笑いが起きているのか理解できなかった

本人はずっと真面目なのである


「年齢を」


「先月、57になりました」


左陪席裁判官の女性は、横を向いて笑いを必死に堪える


裁判長は彼女のことを睨みつけた


「職業は」


「警察官ですぅ」


証人の声が裏返る


「あの、警視庁刑事部捜査一課強行犯三係で、働かせていただいてます。」


証人はすごく真面目に続けようとする。


すればするほど、法廷は笑いを堪えるのだが


検察官だけは、全く笑っていなかった


「検察官は尋問を開始してください」


検察官は、すっと立ち上がる、弁護人でさえ、少し笑ってしまったというのに、若い検察官は全くの無表情である


その乾いた態度が、一気に法廷の空気を引き締めた


「証人は本件の取調官ですね。」


「ええ、調書に名前書いてありますよね。」


「証人は質問された事にのみ、簡潔にお答えください。取調官ですね。」


「ええ。」


「被告人が話したことのみを調書に書きましたね。」


「ええ。」


「被告人のことを恫喝しましたか。」


「してませんよぉ、勘弁してください。」


「簡潔に」


「いいえ。」


「この調書は完全に被告人の任意で作成されましたか。」


「疑われてるんですか、やめてくだーー」


「簡潔に」


「任意です。」


「以上です。」


検察官はどかっと着席する


法廷には異様な空気が流れていた


「弁護人、反対尋問はありますか。」


「ありますな。」


「では、尋問を開始してください。」


弁護人はゆっくりと立ち上がる


「岡部さん、ですな。」


「ええ。」


「岡部純平さん、でよろしいですね。」


「そうですよ、知ってるでしょ三席、勘弁してください。」


証人は弁護人のことを、思わず三席と呼びかけてしまう


「あ、今は弁護士さんですね。」


「ええ」


「すいません、癖で」


「それより、あなた変わらないですね」


「そうですか、だいぶ薄くなりましたけど」


証人が自分の頭を撫でる


「その飄々とした感じ、たいしたもんだ。」


「……ありがとうございます。」


「取調官には適任ですな。」


「どうでしょうか、自分では分かりません。」


「何か、コツのようなものがあるのですかな。」


「特には。普通に話して、聞いて、書くだけです。」


「すごいもんですな。今回の被告人、話してくれなかったでしょ?」


「そんなことない、ちゃんと話してくれましたよ。」


「やはりたいしたものだ、私には一言も話してくれなかった。」


「三席、それは聞きすぎるからですよ。」


「というと?」


「あなたは、昔から、なんでもかんでも話させようとしますからね。」


「なるほど、あなたは違うわけだ。」


「人の中には、話すのが苦手な人もいます。」


「確かにいますわな。」


「そういう子には、こうかいって聞いて、『うん』と答えて貰うんですよ。」


「なるほど、今回もそうされたと?」


「ええ。」


「つまり、被告人が供述した訳ではない訳ですな?」


「え?」


「あなたが誘導して、『うん』と言わせただけなんですな。」


「……びっくりしたぁ、三席、例えば、『遊びに行く』って聞いて、『うん』って答えたら、遊びに行くって言ったって書くでしょ? おんなじですよ。それを『うん』しか言ってないって言うんですか? それは屁理屈です。」


「返答が強要されてたら、話は変わりますわな。」


「強要なんてしてないですよ。しようとも思わない。」


「そうですかな。あなた、被疑者への暴力で懲戒処分を受けてましたよね。」


証人はぎょっとして弁護人を見つめた


「勘弁してください三席、三十年も前の話じゃないですか、若気の至りってやつですよ。あれから三十二年、真面目に刑事やってきました。」


「どうですかなーー」


「異議を申し立てます。弁護人は不当に証人の評価を貶めようとしています。」


「弁護人は意図を説明してください。」


「証人の人柄は、調書の任意性に重大な影響があると考えています。」


裁判長は陪席裁判官の意見を確認する


「異議を却下します。」


「証人、お答えください。あなた、懲戒処分を受けていますな?」


「…………ええ。」


「以上ですな。」


法廷には、先ほどまでとは打って変わって、重たい空気が流れていた

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