被告人質問、弁護人
「弁護人は被告人質問をはじめてください。」
弁護人はゆっくり立ち上がり、優しい視線を被告人に向けた。
「話したくないことは、話さなくていいんですな。それが黙秘権です。」
弁護人は、裁判員をひとりひとり見渡した。
「みなさまにも、しっかりと覚えておいていただきたいんですわ。黙秘しているから、何かやましい事があると決めつけないでいただきたい。」
弁護人は深々と頭を下げた。
「では、被告人。今から私が質問します。答えたくなったら、答えてください。首を小さく振るだけでも構わないですわ。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「あなた、被害者のことを愛していましたな。」
急に核心から質問した弁護人に、法廷が少しざわめいた。
裁判長は、制止もせずに、被告人が何を言うのか、黙って聞いていた。
被告人は下を向いて黙っていた。
「被害者への決別を決めてピーナッツパンを食べましたな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「ところが、被害者はあなたにまたキスを迫りましたな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「真剣に愛していたからこそ、あなたは驚きましたな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「セクハラとか、性的被害とか、周りから聞いて動揺しましたな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「これまでの自分の存在そのものを否定されたかのように感じましたかな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「裁判中も、誰もが、どこか“あなたではない何か”を見ているようでしたかな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「誰にも見られていないと感じておりますかな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「わたしは、ずっとあなたを見ておりますが気がついてくれておりますかな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「裁判が終わったら、私の事務所で働いてみませんかな。」
被告人は下を向いて黙っていた。
「弁護人からは以上になります。」
弁護人は、裁判長に向かって深々と礼をした。




