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その日の朝、彼女はピーナッツパンを食べていました  作者: 華タクロー


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起訴状朗読

暑い8月の出来事だった


裁判所の前には傍聴券を手に入れるために長蛇の列が出来ていた

テレビのワイドショーでは、連日のように『ピーナッツパン殺人』のニュースが流れている


蒸し暑い法廷に、いつの間にか被告人が入廷していたが、傍聴席は静かなものだった

誰も彼女の存在に気が付いていなかった


その場にいた記者の一人は後でこう語った


誰の記憶にも残らない、そんな顔立ちの女でした

鎖骨ほどまで伸びた髪の毛を後ろで一つにまとめている

少し丸みを帯びた顔立ちと感情の読み取りづらい細い目が、彼女の表情をあいまいにしていました

彼女は終始下を向いていて、傍聴席どころか、誰とも視線すら合わせていませんでした


被告人の氏名は、彼女が今回の事件で受けたかもしれない性被害への配慮から、公表されていない

一部報道では、被告人が勤務先で継続的な性的被害を受けていた可能性も指摘されている


「起立してください!」


静かな法廷に、ひときわ大きな声が響いた


裁判長を先頭に黒い法服をきた三人、その後に裁判員に選ばれた六人が入ってくる

九人が並んで座った途端に、法廷の空気が冷えた

法廷には静かな緊張感が高まっている


「それでは、開廷します」


着席した裁判長は静かにそう言った


「被告人、氏名を述べてください」


エアコンの大きな音だけが響いている


みなの視線が、静かに被告人に注がれる

傍聴席の多くは、記者たちだ

今は報道できなくても、被告人の名前を聞き漏らさないように耳を澄ませた


裁判長は数秒待った


「被告人、聞こえてますか?」


傍聴席がその異様さに気が付きざわつき始める


裁判長は静かに、威厳のある目で傍聴席に視線を送った

法廷には再び静けさが戻る


「被告人。あなたには黙秘権があります。無理に答える必要はありません。氏名と住所についても、一切述べないということでよろしいですか」


法廷にはエアコンの音だけが響いていた


「それでは、検察官は起訴状を朗読してください」


検察官は力強く立ち上がる


「公訴事実。


被告人は、東京都足立区所在の株式会社大吉に勤務していたものであるが、同社代表取締役である本件被害者が、ピーナッツによる重篤なアレルギーを有しており、これを摂取した場合には、急性アナフィラキシーショックにより死亡する危険があることを知りながら、同人を死亡させてもやむを得ないと考え、


令和八年三月三日午前八時十分ころ、株式会社大吉本社事務所内において、


ピーナッツ成分を付着させたパンを摂取したあと、同人に対し、口唇を接触させるなどして、同成分を同人の体内に取り込ませ」


検察官は少しだけ唾を飲み込む


「よって、同日午前九時五分ころ、同所において、同人を急性アナフィラキシーショックにより死亡させて殺害したものである


罪名及び罰条


殺人


刑法第百九十九条」


「続いて、被告人及び弁護人に対し、陳述の機会を与えます」


裁判長は被告人に視線をむけた


「まず被告人。今、朗読された起訴事実について、認めますか、認めませんか。」


彼女は言葉を発しない


「被告人は陳述しないものとして扱います」

「弁護人、被告人の認否について、陳述はありますか」


弁護人はゆっくりと立ち上がった

スローに見えるような立ち上がり方だった


「起訴事実については、否認いたしますな。ピーナッツ成分を付着させたパン、つまりピーナッツパンですよね? 被告人が付着させた訳じゃありません。被告人は事務員です。パン屋じゃありません。」


老獪な弁護人がニヤリと笑う

傍聴席の一角から、かすかな笑いが漏れた


「静粛に」


裁判長が短く言った


「ピーナッツパンを食べたのは事実ですな。そのことに争点はありません。ただ、その他は、ピーナッツ成分を付着させた、という言い回しも含めて、全て事実無根です。その日の朝、彼女はピーナッツパンを食べていました。認めるのはこれだけです。以上です。」


法廷に静かだがよく通る声が響いた


弁護人は言い終えると、すっと着席した


法廷にはエアコンの音だけが響いている


暑い8月の出来事だった

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