第二回証拠調べ
「証人尋問は終了でよろしいですね。」
裁判長は双方に確認する。
検察官は軽く頷いた。
弁護人は、スマートフォンを取り出して、履歴を確認する。そして、小さくため息を吐いた。
「どうやら、もう一人の証人は間に合わなそうですな。」
「検察官、はじめてください。」
「検察証拠に関しては、証人の証言によって、十分に立証されたと考えております。」
「弁護人、何かありますか。」
弁護人はゆっくりと立ち上がった。
「弁護側証拠第十一号をご覧いただきたい。」
モニターには、コンビニで買い物をする被告人の姿が複数枚、写し出された。
「これらは、本件当日ではない日の、彼女の買い物風景を捉えた様子です。」
法廷は、モニターを食い入るように見つめた。
モニターの中の被告人は、笑顔だった。
「お気づきかな。笑っておるんですわ。彼女、笑っておるんですわ。」
「異議を申し立てます。笑っているように見えるかもしれませんが、それは弁護人の主観であり、また本件とは何の関わりもありません。」
「異議を却下します。弁護人は続けてください。」
「彼女のルーティンはいつも同じですな。まず、『森下製菓、インドに行ってミルクチャイ』の前に立ち、パッケージの牛のキャラクターを見て微笑む。そして、それを大事そうにひとつ取る。それから、菓子パンのコーナーの前に立ち、おそらく『森下製菓、ピーナッツパン!』を買うかどうか迷う。そして、買わずにレジに並び、レジ横の『唐揚げちゃん』をひとつ買う。『唐揚げちゃん』を店員が準備しているのを、微笑みを浮かべて待つ。これだけです。」
弁護人が次々と写し出す、写真に写っている彼女は、法廷にいる被告人とは全く違う表情で、笑っていた。
「彼女は普通の女の子です。本件でショックを受けているのは彼女も同じですな。」
弁護人は被告人に優しい視線を注ぐ。
彼女は、下を向いて何も見ようとしない。
「続いて、弁護側証拠第十二号をご覧いただきたい。」
モニターにレシートが写し出される。
「彼女の買い物のレシートですな。コンビニでいつも同じものを買っております。『森下製菓、インドに行ってミルクチャイ』をひとつ、『唐揚げちゃん』をひとつ。彼女のささやかな楽しみですな。」
弁護人は、画像をスライドさせる。
「次のレシートも重要ですな。彼女が帰宅途中、スーパーで買い物して帰る時のレシートですわな。帰りは、夕飯の材料とか、生活雑貨とか、日によって様々ですが、ひとつだけ毎日買っているものがあるんですわな。」
弁護人はレシートを拡大表示する。そこには赤い補助線が引いてあった。
「お分かりかな?『森下製菓、ピーナッツパン!』なんですな。」
弁護人は画像を次々にスライドさせていく。
「これも、これも、これも、みんな買っているんですな。検察官は本件当日に、彼女がピーナッツパンを意図的に購入したと、印象操作したいようですが、普通にいつも購入しておるんですな。彼女はピーナッツパンを食べていただけですわ。」
弁護人は、静かに視線を検察官にぶつけた。
「以上です。」
「検察官、追加で何かありますか。無いようでしたら、被告人尋問に入ります。」
「ひとつだけ良いですかね。」
検察官は立ち上がり、鋭い視線を弁護人にぶつけた。
「弁護人は印象操作という言葉を用いて、検察が根拠もなく起訴したかのように印象操作しています。」
検察官は手元の資料を取り上げた。
「甲第五、六号証をご覧いただきたい。被告人が本件当日に所持していた物品の中に、ピーナッツクリームチューブがあります。」
モニターにピーナッツクリームチューブの写真が写し出された。
中身はほとんど残っていないようだ。
「これは、『森下製菓、追い追いピーナッツクリームかい?チューブ入り』です。ご覧のように、中身はほとんど残っていません。しかしながら、弁護側証拠第十二号証からも分かるように、被告人は、これを本件の前日に購入しています。明らかにーー」
「異議ですな。この写真のチューブが、前日に購入したものかどうかは証明されていませんな。」
裁判長は陪席裁判官の意見を確認した。
「異議を却下します。検察官は続けてください。」
「被告人はピーナッツパンが好きなのかもしれません。しかしながら、前日にわざわざピーナッツクリームチューブを購入して、それをバッグに入れて持ってきた。そして、そのピーナッツクリームが使用されているという客観的事実は、被告人が強い意思で被害者に対してピーナッツを摂取させようとする、執念のようなものを感じます。以上です。」
その時、机に置かれた弁護人のスマートフォンが、一度だけ、強く振動した。
「裁判長、予定していた証人が間に合ったようですわ。この後、尋問させていただきたいですな。」
裁判長は陪席裁判官の意見を確認した。
「検察官は、何かありますか。」
「特に異論はありません。」
「では、証人をお呼びします。」




