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被害者主治医の証言

陳証人の退廷した法廷に検察官の力強い声が響いた。


「検察官は、被告人こそアレルギー物質の侵入経路であることを証明する証人を尋問させていただきたいと思います。」


裁判長は陪席裁判官の意見を確認する。


「それはどなたですか。」


「被害者の主治医です。」


「本日、尋問を行うことが出来ますか。」


「はい。証人にお越しいただいています。」


「弁護人は何かありますか。」


弁護人は、手元の資料に目を落として、しばらく何かを考えているようだった。


「……わたしも話しを聞いてみたいですな。」


「では、証人をお呼びしてください。」


検察官は、傍聴席の1人に目くばせした。


1人の男が立ち上がる。


裁判長は証人を証言台に促した。


「では、証人、氏名をお願いします。」


「羽崎明夫と申します。」


「年齢は。」


「45歳になっちゃいましたね。」


「職業は。」


「お医者さんです。」


「検察官、はじめてください。」


法廷は、羽崎医師のもつ独特な雰囲気に惹きつけられていた。


「先生、今日はありがとうございます。」


「いえいえ、恐縮です。」


「早速ですが、先生のご専門を教えていただけますか。」


「専門は、臨床では内科になりますね。その中で特に、アレルギーを専門にしていますね。これは、研究の方ですね。」


「先生は、アレルギーの専門家であるわけですね。」


「専門家かどうか聞かれると、私より専門の先生ってたくさんおられるんですよ。趣味で論文を書いてる人です。」


「被害者の主治医でしたよね。」


「主治医って、すごく曖昧な表現だと思うんですけど、何回か診察したことがあるという意味で仰ってますか?それとも、被害者を一番診察した医師の事を言っておられますか?」


「あの、被害者のアレルギー体質を診断なされましたよね。」


「あ、質問変わったんですね。アレルギーの診断しましたよ。アレルギーでしたね。」


「何のアレルギーでしたか。」


「やっぱり確認のために何度も聞かないといけないんですね。傍聴席で聞いていましたけど、もう知ってるはずなのに、聞くんですね。面白いですね。」


「何のアレルギーでしたか。」


「ピーナッツのアレルギーでした。あと、アレルギー性鼻炎ですね。」


「アレルギー性鼻炎?」


「いわゆる花粉症でしたね。」


「……花粉症の話は、今はけっこうです。」


「存じています。」


「被害者がピーナッツアレルギーだったのはいつからですか。」


「いつからかは分かりませんね。」


「え、資料には7年前とあるのですが、違うのでしょうか。」


「それは、ピーナッツアレルギーと診断された日ですね。ピーナッツアレルギーをいつから発症したのかは分かりません。」


検察官は、完全に無表情になっている。


羽崎医師は終始にこにことしていた。


「被害者は、アナフィラキシーショックで倒れたことがありますね。」


「ええ、ありましたね。」


「先生が知っておられるのは何回ですか。」


「すごい、ちゃんと質問できましたね。何回って質問されたら、知らないって答えてました。2回です。」


「その時は、ピーナッツを摂取してからどのくらいの時間を経過したあとで、アナフィラキシーショックになりましたか。」


「ピーナッツを食べちゃってすぐになったみたいですね。」


「具体的な時間で教えていただけますか。」


「5分から30分の間、といった感じですかね。」


「つまり被害者は、ピーナッツを食べると、少なくとも30分以内にはアナフィラキシーショックになると言えますね。」


「言えませんね。その時はそうでした。というのが正確ですね。」


「では、本件において、被害者がピーナッツアレルギーによりアナフィラキシーショックを起こして死亡しましたが、アナフィラキシーショックになる30分以内にピーナッツを摂取した可能性はどのくらいですか。」


「99%くらいですね。アレルギーというのは、悪くなることは多いんですけど、良くなることはほとんどないんですね。それで、アレルギー反応が、以前の時より遅くなるとは考えづらいですね。」


「以上です。」


「お疲れ様でした。」


羽崎医師が当たり前のように、検察官に労いの言葉をかけたので、裁判長も注意するのを忘れていた。


検察官は、ドサっと椅子にもたれかかった。


「弁護人、反対尋問をはじめてください。」


「今度はこちらですね。」


羽崎医師が体を弁護人の方に向けた。


弁護人は立ち上がりながら、笑みを浮かべていた。


「羽崎先生でしたな。」


「はい。羽崎です。」


「被害者は2度もアナフィラキシーショックになったということは、アレルギーに対して鈍感、無頓着だったと言えるんですかな。」


「その情報だけで、そうとは言えないです。」


「なるほど、ならそうと言える情報を持っているということですな。」


「するどーい。よく分かりましたね。ありますよ。」


「どのような情報ですか。」


「彼ね、エピペン持って無かったんですよね。『高いからいらなーい』と言ってましたね。『死んじゃうよー』って言ったんですけどね。アナフィラキシーショックになって、1度助かってしまってから、『死んじゃわないなー』って、なっちゃいましたね。2度も助かっちゃうと、駄目でしたね。死んじゃいましたね。」


羽崎医師はこの証言を終始にこにこと語った。


「そんな被害者なら、被告人が『ピーナッツパン食べてます』と、はっきり拒絶しても、キスする可能性がありますな。」


「心理学は専門外ですけどね。あるかもしれませんね。」


「以上ですな。」


「お疲れ様でした。」


「証人。不必要に発言しないでください。」


「失礼しました。このあとは気をつけます。終わっちゃいましたけどね。」


裁判長は、陪席裁判官の意見を確認した。


「証人には、退廷を命じます。」


「あら、この後いてはいけないんですね。分かりました。すいません、バッグを取って貰えますか。」


羽崎医師は、傍聴席に置いてある自分のバッグを指差した。


隣の席の記者は、思わず彼のバッグを取っていた。


「ありがとうございました。では、失礼します。」


羽崎医師は2人の廷吏に挟まれて法廷を後にした。


「30分の休廷をいれます。」


裁判長の疲れた声が聞こえていた。

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