第9話 勇者は薬草採取も本職でした
最初の依頼だった《ホーンラビット討伐》を無事に終えた俺たちは、そのまま冒険者ギルドの依頼掲示板の前に立っていた。
剣士Lv1。
魔法使い《シルフィー》Lv1。
僧侶Lv1。
まだ始めたばかりの三人組だ。
装備も初心者用。
使えるスキルや魔法も少ない。
だから本来なら、しばらく簡単な依頼を繰り返してゲームそのものに慣れるのがいいのだろう。
俺もその方針に異論はない。
異世界にいた頃だって、経験の浅い冒険者がいきなり危険な依頼へ挑むのは止めていた。
命が一つしかない世界なら当然のことだ。
ゲームになったからといって、わざわざ無茶をする必要もない。
ユウキ「これなんてどう?」
依頼書を見ていたユウキが、一枚を指差した。
『初心者向け採取依頼』
『対象:《ヒール草》』
『必要数:10束』
『採取場所:始まりの街・東草原』
『推奨Lv:1以上』
『推奨人数:1名以上』
薬草採取か。
ミナト「いいんじゃないか」
ユウキ「本当に?」
ミナト「ああ。戦闘だけが冒険じゃないからな」
シルフィー「薬草の採取は基本ですね」
ユウキ「……もしかして二人とも、薬草にも詳しい?」
ミナト「多少は」
シルフィー「旅をしていれば自然と覚えますから」
ユウキ「その『多少』と『自然と』が信用できなくなってきた」
失礼な。
俺は本当に薬師ではない。
ただ二十年間も冒険をしていれば、最低限の薬草くらい覚える。
傷薬。
解毒薬。
止血。
熱冷まし。
腹痛。
魔力回復。
野営中に医者も薬師もいない状況など珍しくなかった。
食べられる植物と毒草の見分け方も、生き残るために必要だった。
専門家ほどではない。
それだけだ。
ユウキ「じゃあこれ受けようよ」
ミナト「ああ」
依頼書へ触れる。
システム『《ヒール草採取》を受注しますか?』
システム『YES/NO』
ミナト「YES」
システム『クエストを受注しました』
システム『パーティーメンバーへ共有されます』
俺たちは再び東草原へ向かうことにした。
すると、掲示板の少し離れた場所に別の依頼書が見えた。
『初心者向け討伐依頼』
『対象:《グリーンスライム》』
『討伐数:5体』
『場所:始まりの街・東草原』
『推奨Lv:1以上』
目的地が同じだ。
ミナト「これも受けておくか」
ユウキ「二つ同時に?」
ミナト「場所が同じだからな。薬草を探している途中で遭遇したら倒せばいい」
シルフィー「効率がよろしいですね」
ユウキ「なるほど……」
討伐依頼も受注する。
異世界の冒険者ギルドでもよくやっていた方法だ。
同じ方面へ向かう依頼は、無理のない範囲でまとめて受ける。
移動時間は馬鹿にならない。
特に護衛や遠征では、途中の村から依頼を預かったり、道中に出る魔物の討伐依頼を併行したりすることもあった。
ゲームでも考え方は同じらしい。
俺たちはギルドを出て、再び東門を抜けた。
広い草原。
先ほどと同じ場所のはずなのに、今度は景色の見え方が少し違う。
さっきは魔物を探していた。
今度は植物を探す。
ユウキ「《ヒール草》ってどれ?」
ユウキが周囲を見回す。
ユウキ「ゲームだから光ってたりしないの?」
ミナト「どうだろうな」
俺も仕様は知らない。
とりあえず草原を見渡す。
背の低い草。
白い花。
黄色い花。
細長い葉。
丸い葉。
ゲームとは思えないほど細かく植物が作り込まれている。
俺はしゃがみ込み、一つの植物へ手を伸ばした。
ユウキ「見つけた?」
ミナト「いや。これは違う」
ユウキ「分かるの?」
ミナト「似た植物を知ってる」
葉を指先で軽く触れる。
形。
厚み。
茎。
匂い。
異世界で知っている薬草と完全に同じではない。
だが、かなり似ている。
ミナト「こっちは薬草というより、食べられる野草に近そうだな」
ユウキ「食べるの!?」
ミナト「今は食べないよ」
ユウキ「安心した」
俺を何だと思っているのだろう。
その横で、シルフィーも草花を観察していた。
シルフィー「ミナト。こちらをご覧ください」
呼ばれて近づく。
シルフィーが示したのは、薄い緑色の葉を持つ植物だった。
葉の縁が少し白い。
ミナト「……似てるな」
シルフィー「はい。向こうの世界で使用していた低級回復草に近いと思います」
俺は一本へ触れてみる。
すると。
『《ヒール草》』
『品質:普通』
『初心者向けの回復薬などに使用される薬草』
ユウキ「当たり!」
ミナト「やっぱりか」
ユウキ「ちょっと待って」
ミナト「ん?」
ユウキ「二人とも説明なしで見つけたよね?」
シルフィー「似た薬草を知っていましたので」
ユウキ「ゲームの攻略情報より異世界経験の方が役に立ってない?」
ミナト「今のところはな」
俺も少し驚いている。
父さんたちが作ったゲームの世界は、俺が暮らしていた異世界とかなり共通点がある。
魔物だけではない。
植物まで似ているとは。
もちろん偶然なのだろう。
剣と魔法のファンタジー世界を作れば、ある程度似た要素が出てくるのかもしれない。
ミナト「根まで抜くなよ」
ユウキ「え?」
ヒール草を引き抜こうとしていたユウキの手が止まる。
ユウキ「採取するんだから抜くんじゃないの?」
ミナト「必要なのは葉と茎だろ?」
表示を確認する。
採取対象として指定されているのも地上部分だ。
ミナト「根を残しておけば、また生えてくる可能性がある」
ユウキ「ゲームなのに?」
ミナト「ゲームでも、そういう仕様かもしれないだろ」
シルフィー「必要以上に採り尽くさないのは大切なことです」
ユウキ「二人とも冒険者というより自然保護の先生みたい」
だが、これは本当に大切だ。
異世界では冒険者が薬草を採り尽くし、翌年に不足することもあった。
薬草だけではない。
食料。
獣。
木材。
森の恵みは無限ではない。
だから必要な分だけ採る。
それも冒険者として覚えたことの一つだ。
俺はヒール草の根元を確認し、必要な部分だけを採取する。
『《ヒール草》を採取しました』
『クエスト進行:1/10』
ミナト「こうだな」
ユウキ「やってみる」
ユウキも隣のヒール草へ手を伸ばす。
今度は根を残して採取した。
『クエスト進行:2/10』
ユウキ「できた!」
シルフィー「では、周辺を探しましょう」
そこから三人で薬草を探し始めた。
俺とシルフィーは比較的すぐに見つけられる。
一方のユウキは、何度か別の草と間違えた。
ユウキ「これ?」
ミナト「違う」
ユウキ「じゃあこっち」
シルフィー「それも違います」
ユウキ「難しい!」
俺は苦笑する。
ミナト「葉の縁を見てみろ」
ユウキ「縁?」
ミナト「ヒール草は少し白いだろ。あと茎の根元が薄い赤色になってる」
ユウキが見比べる。
ユウキ「本当だ」
ミナト「似た草だけを見るんじゃなくて、違う部分を覚えると見分けやすい」
ユウキ「なるほど……」
次にユウキが見つけたものは正解だった。
ユウキ「これ!」
ミナト「ああ」
ユウキ「やった!」
嬉しそうに採取する。
こうして少しずつ覚えていけばいい。
俺だって最初はそうだった。
師匠や先輩冒険者に教えてもらい。
失敗して。
覚えた。
最初から何でもできたわけではない。
そのとき。
草むらの奥から、ぬるりと何かが現れた。
ユウキ「……何あれ?」
緑色。
半透明。
丸い身体。
地面を這うように移動している。
『《グリーンスライム Lv1》』
ミナト「討伐対象だな」
ユウキ「スライム!」
なぜかユウキの声が少し嬉しそうだ。
ミナト「知ってるのか?」
ユウキ「ファンタジーなら定番でしょ!」
ミナト「そういうものなのか」
ユウキ「異世界にもいた?」
ミナト「いたぞ」
ユウキ「やっぱり!」
異世界にいたものは、もう少し厄介だった気がする。
種類にもよるが、物理攻撃が効きにくい個体も存在した。
酸性の体液を持つもの。
毒を持つもの。
死体を取り込むもの。
人間へ擬態する上位種までいた。
初心者が「ただのスライム」と油断して死ぬこともあった。
ユウキ「……ミナト?」
ミナト「ん?」
ユウキ「なんでスライム見ただけでそんな怖い顔してるの?」
ミナト「昔を思い出した」
ユウキ「聞かない方がよさそう」
シルフィー「その方がよろしいかと」
シルフィーには心当たりがあるらしい。
俺は初心者用の剣を抜く。
だが、すぐには攻撃しない。
ミナト「まず性質を見よう」
ユウキ「斬らないの?」
ミナト「相手が何者か分からないうちに近づく必要はない」
ユウキ「Lv1だよ?」
ミナト「Lv1でも攻撃方法を知らないだろ?」
ゲームなら表示される情報もある。
だが、すべて分かるわけではない。
俺は石を一つ拾った。
ユウキ「何するの?」
ミナト「こうする」
軽く投げる。
スライムの横。
地面へ落とす。
コツン。
音に反応したグリーンスライムが向きを変えた。
そして身体の一部を伸ばす。
ビュッ!
細長く伸びた身体が、石の落ちた場所を叩いた。
ユウキ「うわっ!」
ミナト「近距離だけじゃないな」
シルフィー「伸縮攻撃ですか」
ミナト「射程は二メートルくらい」
ユウキ「一回見ただけでそこまで分かるの?」
ミナト「大体だ」
次はシルフィーを見る。
ミナト「魔法を一発頼める?」
シルフィー「属性は?」
ミナト「まず火で」
シルフィー「分かりました」
シルフィーが杖を向ける。
シルフィー「《ファイアボール》」
小さな火球が飛ぶ。
グリーンスライムへ命中。
『WEAK POINT』
HPが大きく減少した。
ミナト「火が弱点か」
ユウキ「もう攻略してる……」
ミナト「相手を知ってから戦うのは普通だぞ」
ユウキ「たぶんゲーム初心者の普通じゃないよ」
シルフィーが二発目の《ファイアボール》を放つ。
『《グリーンスライム》を討伐しました』
『クエスト進行:1/5』
シルフィー「火属性はよく通るようですね」
ミナト「ああ。次は俺も斬ってみる」
ユウキ「実験みたいになってきた」
俺としては、これが普通の冒険なのだが。
敵を知る。
弱点を探す。
危険な攻撃を確認する。
逃げ道を確保する。
必要なら戦う。
ただそれだけだ。
俺たちは薬草を探しながら、遭遇したグリーンスライムを一体ずつ倒していった。
剣も効く。
ただし中心部らしき核を狙った方がダメージが大きい。
火属性には明確に弱い。
動きは遅いが、身体を伸ばした攻撃は意外と速い。
ユウキも途中から《ホーリーライト》で戦闘へ参加した。
そして。
『《ヒール草採取》達成条件を満たしました』
『採取数:10/10』
『《グリーンスライム討伐》達成条件を満たしました』
『討伐数:5/5』
ユウキ「二つとも終わった!」
シルフィー「思ったより早かったですね」
ミナト「ああ」
俺は周囲を見る。
日が傾くにはまだ早い。
だが、最初から無理をする必要はない。
ミナト「今日はこれくらいで戻るか」
ユウキ「まだできるよ?」
ミナト「余裕があるうちに帰る」
ユウキ「え?」
ミナト「疲れてから帰ろうとすると、帰り道で何かあったとき対応できないだろ」
ユウキ「でもゲームだよ?」
ミナト「ゲームでも同じだ。MPも使ってるし、集中力も落ちる」
ユウキが自分のMPを見る。
ユウキ「……本当だ。結構減ってる」
シルフィー「休息も冒険の一部ですよ」
ユウキ「二人に言われると説得力がすごい……」
俺たちは街へ戻った。
冒険者ギルドへ入る。
受付には先ほどと同じエルフの女性――リーナがいた。
リーナ「お帰りなさいませ」
ユウキ「ただいま!」
ユウキが元気よく返す。
リーナが微笑んだ。
リーナ「無事に戻られたようですね」
ミナト「ああ。二件報告したい」
リーナ「承ります。ギルドカードをお願いいたします」
三人分を渡す。
リーナが確認する。
リーナ「《ヒール草採取》十束。《グリーンスライム討伐》五体……どちらも達成しております」
ユウキ「二つ同時に終わらせました!」
リーナ「お見事です」
報酬処理が進む。
その途中。
リーナが採取したヒール草へ目を向けた。
リーナ「……あら?」
ミナト「どうした?」
リーナ「採取状態がとても綺麗ですね」
ユウキ「採取状態?」
リーナ「はい。根を傷めず、必要な部分だけが切り取られています」
リーナが一本を手に取る。
リーナ「初心者の方ですと、根ごと抜いてしまったり、葉を傷つけたりすることも多いのですが」
ユウキ「ミナトに教えてもらいました」
リーナ「ミナトさんが?」
ミナト「昔、似た薬草を採ったことがあるから」
嘘ではない。
リーナ「なるほど……」
リーナは納得したように頷いた。
だが、その長い耳がわずかに動いた。
リーナ「少々お待ちいただけますか?」
ミナト「ああ」
リーナが奥へ向かう。
そこで一人の女性職員へ声をかけた。
人族の女性。
ほかの受付職員とは少し違う徽章を身につけている。
リーナ「シエナ主任」
シエナ「どうしました?」
リーナ「少し気になる新人冒険者の方々がいまして」
シエナ「問題でも?」
リーナ「いいえ。逆です」
リーナが俺たちの方を見る。
リーナ「初日にしては、あまりにも慣れていると申しますか……」
受付主任――《シエナ》の視線がこちらへ向く。
俺と目が合った。
俺は軽く会釈する。
シエナも静かに会釈を返した。
その頃。
現実世界の《株式会社アストラル・リンク》でも。
美波「……また変なログが出ています」
竹田「今度は何?」
美波「戦闘じゃありません」
田仲「じゃあ?」
美波「《ミナト》が薬草の採取方法を《ユウキ》へ教えています」
運営室が静かになる。
信田「薬草?」
美波「それから未知状態の《グリーンスライム》に対して、いきなり攻撃せず行動範囲を確認。石を投げて攻撃方法を誘発させています」
木田「……初心者が?」
美波「はい。その後、属性攻撃を試して弱点を確認。物理攻撃では核らしき部位を狙っています」
竹田「攻略サイトでも見たんじゃないのか?」
美波「初回プレイですよ。それに現在のテスト環境では、詳細な攻略情報は一般公開されていません」
視線が父さんへ集まる。
亮太「俺を見るな」
知子「あなたの息子でしょう?」
亮太「お前の息子でもあるだろ」
知子「それはそうだけど」
母さんが画面を見る。
そこには俺がユウキへヒール草の見分け方を教えている映像が映っていた。
知子「……戦闘だけじゃないのね」
亮太「二十年間、冒険者をやっていたなら当然なのか?」
木田「少なくとも」
GMの木田が腕を組む。
木田「ゲーム知識は初心者でも、冒険者としては初心者じゃない」
それが、運営側が初めて俺に下した評価だった。
そしてゲーム内。
報酬を受け取った俺は、そんなことになっているとは知らず、ユウキとシルフィーへ声をかけていた。
ミナト「そろそろ一度ログアウトするか」
ユウキ「えー」
ミナト「現実じゃ昼飯も食べないといけないだろ」
ユウキ「あっ」
シルフィー「そういえば、こちらの世界では昼食という時間でしたね」
ミナト「ゲームの中だけじゃなく、現実でもちゃんと生活しないとな」
異世界で二十年間。
俺は帰りたくても帰れなかった。
だからこそ。
今度はゲームの世界だけに入り浸るつもりはない。
家族がいる。
学校もある。
日常がある。
そして。
ゲームにはゲームとしての冒険がある。
その両方を楽しめばいい。
ミナト「続きは昼飯のあとだな」
ユウキ「じゃあ午後もやろうね!」
シルフィー「私も楽しみにしております」
こうして。
俺たち三人の初めての午前中の冒険は終わった。
だが。
剣の腕だけではなく。
魔物の観察。
薬草採取。
危険予測。
撤退判断。
そのすべてに二十年間の経験が染みついていることを。
俺自身はまだ、特別なことだとは思っていなかった。




