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帰還勇者ミナトのVRMMO戦記 ~剣も魔法も本物を知っているので、ゲームでも最強です~  作者: バモス
第一章 帰還勇者、VRMMOを始める

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第10話 ゲームから戻れば、十六歳の日常でした

 午前中の冒険を終えた俺たちは、冒険者ギルド内に設けられた安全な場所からログアウトした。


システム『ログアウト処理を開始します』


システム『周辺安全確認――完了』


システム『現実世界への意識接続を復帰します』


 視界がゆっくりと暗くなる。


 身体の感覚が遠ざかり。


 次の瞬間。


隼人「……ん」


 目を開ける。


 見慣れた天井があった。


 俺の部屋だ。


 指を動かす。


 続いて腕。


 脚。


 問題ない。


 VR機器を外して、ゆっくり上半身を起こした。


隼人「すごい技術だな……」


 思わず呟く。


 さっきまで草原を歩いていた。


 剣を握った。


 魔物を斬った。


 薬草を採った。


 風も感じた。


 土の匂いもした。


 それなのに、今の俺は自宅のベッドの上にいる。


 異世界へ転移した経験のある俺でも、不思議に感じるほどだった。


隼人「転移魔法とは全然違うけど……これはこれですごいな」


 向こうでは、本当に肉体ごと別の場所へ移動する。


 対してVRは、現実の身体をここへ残したまま、意識へ別世界を認識させている。


 どちらが優れているという話ではない。


 技術の方向性がまったく違うのだ。


 俺はベッドから降りる。


 少し身体を動かしてみた。


 違和感はない。


 むしろゲーム内で《リアル姿》を使っていたおかげなのか、現実へ戻ったあとの感覚差もほとんどなかった。


 そのとき。


祥子「お兄ちゃーん!」


 廊下から声が聞こえる。


祥子「お昼だよー!」


隼人「今行く!」


 返事をして部屋を出る。


 廊下へ出ると、ちょうど別室の扉も開いた。


シルフィア「……隼人様」


隼人「シルフィア」


 シルフィアが出てくる。


 まだ少し不思議そうな顔をしていた。


シルフィア「本当に戻っております」


隼人「そりゃ戻るだろ」


シルフィア「分かってはいるのですが……」


 シルフィアが自分の手を見る。


シルフィア「つい先ほどまで、別の街にいたはずなのです。それなのに身体はずっとこちらにあったのですよね?」


隼人「ああ」


シルフィア「やはり不思議です」


隼人「俺も同じ感想だよ」


シルフィア「隼人様もですか?」


隼人「俺だってVRは初めてだからな」


 俺たちは顔を見合わせて笑う。


 異世界帰りの勇者と異世界人の王女が、現代日本のVR技術に揃って驚いている。


 なんとも妙な状況だった。


 階段を下りる。


 リビングへ入ると、すでに昼食の準備が始まっていた。


知子「二人ともお帰り」


隼人「ただいま」


シルフィア「ただいま戻りました」


祥子「どうだった!?」


 祥子がすぐに食いついてきた。


祥子「ゲーム! 面白かった!?」


隼人「面白かったぞ」


祥子「いいなあ!」


祐美子「祥子、近い」


祥子「だって気になるもん!」


 姉さんも今日は家にいるらしく、テーブルについていた。


祐美子「それで? 隼人はちゃんと初心者やってた?」


隼人「ちゃんとLv1の初心者だぞ」


 嘘は言っていない。


祐美子「その言い方、怪しい」


隼人「なんでだよ」


シルフィア「ミナトは、最初の魔物を一撃で倒しておりました」


祐美子「ほら」


隼人「シルフィア」


シルフィア「事実ですので」


祥子「お兄ちゃん、もう無双してるの!?」


隼人「してない」


祥子「でも一撃なんでしょ?」


隼人「初心者向けの兎を一匹斬っただけだ」


祥子「それ絶対普通じゃないやつ!」


 なぜ家族まで運営と同じような反応をするのだろう。


 俺としては、本当に普通に避けて斬っただけなのだが。


 そこへ玄関の方から音がした。


 少しして、優花がリビングへ入ってくる。


優花「お邪魔します」


知子「お帰り、優花ちゃん」


優花「ただいま……じゃなくて、お邪魔します」


 ゲームからログアウトしたあと、そのまま皆川家へ戻ってきたらしい。


 優花が俺を見る。


優花「ミナト」


隼人「現実では隼人だ」


優花「あっ」


祥子「ミナト?」


 祥子が反応する。


優花「ゲームの名前だよ」


祥子「お兄ちゃん、ミナトって名前にしたの?」


隼人「ああ」


祥子「なんで?」


隼人「なんとなく」


祥子「適当!」


 実際、そこまで深く考えていない。


 席につく。


 今日の昼食は母さんが用意してくれたらしい。


 テーブルには皿が並んでいた。


 その中の一つを見て、シルフィアが首を傾げる。


シルフィア「これは……?」


知子「カレーよ」


シルフィア「かれー?」


 シルフィアにとって初めて見る料理だ。


 白い米。


 その隣にかけられた茶色いルー。


 俺にとっては懐かしい。


 懐かしすぎる。


隼人「……カレーか」


知子「好きだったでしょ?」


隼人「ああ」


知子「昨日まで普通に食べてたみたいな顔しないの」


隼人「俺にとっては二十年以上ぶりだからな」


 母さんの手が止まる。


 まだ、この時間差には家族も慣れていない。


 俺だって慣れていない。


 母さんからすれば、少し前まで普通に家で食事をしていた息子だ。


 でも俺にとっては。


 母さんの料理そのものが二十年ぶりなのだ。


知子「……じゃあ、たくさん食べなさい」


隼人「そうする」


 スプーンですくう。


 一口。


 口に入れる。


隼人「……うまい」


知子「普通のカレーよ」


隼人「それがいいんだよ」


 豪華な宮廷料理も食べた。


 高級な魔物肉も食べた。


 各国の珍味も食べた。


 勇者という立場になってからは、普通なら一生食べられないような料理を何度も口にした。


 それでも。


 母親が作った普通のカレーには勝てない。


シルフィア「では、私も」


 シルフィアがスプーンを使う。


 箸より扱いやすいらしく、今度は問題なさそうだ。


 一口。


シルフィア「…………」


隼人「どう?」


シルフィア「辛いです」


隼人「まあ、カレーだからな」


シルフィア「ですが……」


 もう一口。


シルフィア「美味しいです」


知子「よかった」


シルフィア「香辛料がいくつも使われているのでしょうか?」


知子「そうね」


シルフィア「複雑な香りです。それなのに、お米ととてもよく合います」


 さすが王女。


 初めて食べる料理でも分析の仕方が妙に具体的だ。


祥子「シルフィアお姉ちゃん、福神漬けも食べる?」


シルフィア「ふくじんづけ?」


祥子「これ!」


 祥子が説明を始める。


 シルフィアは興味深そうに聞いている。


 どうやら日本の食文化にもかなり興味を持ったらしい。


 その横では、優花が俺を見ていた。


隼人「どうした?」


優花「いや……」


隼人「?」


優花「本当に変わったなって」


隼人「俺が?」


優花「うん」


 優花がスプーンを置く。


優花「ゲームでもそうだったけど、なんか前より周りを見るようになったっていうか」


隼人「そうか?」


優花「私が転びそうになったときもすぐ来たし。魔物が出る前にも気づくし」


隼人「癖だな」


優花「癖?」


隼人「周囲を警戒する癖」


 食事中に言うことではなかったかもしれない。


 優花の表情が少し曇る。


優花「……二十年間、ずっと?」


隼人「ずっとじゃない」


 俺は笑う。


隼人「安全な街や家の中では普通に寝てたよ」


シルフィア「ただし、戦争中は剣を抱いたまま眠っていたこともございます」


隼人「シルフィア」


優花「やっぱり重い!」


 せっかく軽くしたのに。


 シルフィアが小さく笑う。


 そんな昼食の時間が過ぎていく。


 魔王。


 戦争。


 勇者。


 王女。


 そんなものとは無縁の、日本の普通の家庭。


 俺はこの空気をずっと求めていたのかもしれない。


 そして。


 俺が家族とカレーを食べていた頃。


 《株式会社アストラル・リンク》本社。


 運営監視室では、俺たちの午前中のプレイログが改めて解析されていた。


美波「《ミナト》のログ、まとめました」


宇喜多「見せて」


 大型モニターにデータが表示される。


 歩行。


 走行。


 回避。


 抜剣。


 攻撃。


 重心移動。


 視線。


 身体各部の動き。


竹田「……これ全部、アシストOFFなんだよな?」


美波「はい」


信田「補正の介入は?」


美波「基本的な安全補正以外はありません」


田仲「それでこの動きか」


 映像が流れる。


 ホーンラビットが突進する。


 俺が半歩ずれる。


 剣を抜く。


 一撃。


 次。


 グリーンスライム。


 俺はすぐに攻撃せず、石を投げる。


 攻撃方法を確認。


 シルフィーに属性魔法を頼む。


 弱点確認。


 その後に戦闘。


木田「動きだけじゃないな」


宇喜多「ええ」


木田「判断そのものがゲーム初心者じゃない」


 GM担当の木田が映像を止める。


木田「戦闘前に情報を集めてる。敵の攻撃方法、射程、属性耐性。それを確認してから安全に倒してる」


信田「攻略情報を知っている可能性は?」


知子「ないわ」


 母さんが即答する。


知子「隼人は昨日帰ってきたばかりよ」


竹田「……異世界から」


 竹田が半信半疑の表情になる。


 当然だ。


 普通なら信じられる話ではない。


亮太「俺だってまだ完全には実感できてない」


田仲「社長でもですか」


亮太「昨日まで普通の高校生だった息子が、本人の感覚では二十年経って帰ってきたんだぞ」


 父さんが画面を見る。


 そこに映っている俺は。


 父さんの知っている十六歳の息子と同じ顔をしている。


 だが。


亮太「……動きだけ見ると、別人だな」


 その言葉に、母さんが少しだけ黙った。


知子「身体は同じよ」


亮太「ああ」


知子「でも、本当に二十年生きたのね」


 親にとっては。


 たった一日だった。


 息子がいなくなって。


 帰ってきた。


 それだけ。


 けれど息子の中には、家族の知らない二十年間が存在する。


 運営スタッフにとっては興味深いテストデータでも。


 二人にとっては、それだけではない。


木田「社長」


亮太「ん?」


木田「《ミナト》のデータ、今後も通常テストの範囲で観察して構いませんか?」


 父さんは少し考えた。


亮太「通常のプレイヤーと同じ条件ならな」


木田「もちろんです」


亮太「隼人だけ敵を強くしたり、特別なイベントをぶつけたりするのはなしだ」


宇喜多「公平性を崩すことはしません」


亮太「なら頼む」


木田「了解しました」


 木田が映像を再生する。


 次に映ったのは《シルフィー》。


 ホーンラビットの移動先へ《ウィンドカッター》を撃ち込んでいる。


木田「問題は、もう一人も相当なんですよね」


亮太「シルフィアさんか」


美波「魔法そのものは完全にLv1相当です」


田仲「でも当て方がおかしい」


美波「はい」


 敵の現在位置ではなく、未来位置。


 跳躍後の着地点。


 味方の位置を邪魔しない射線。


 すべて自然に選んでいる。


知子「本物の魔法使いだったのよね」


亮太「らしいな」


竹田「……この会社のゲーム、本物の勇者と魔法使いにテストされてるんですか?」


 誰も答えなかった。


 答えられるはずもない。


 そんなゲーム会社は、たぶん世界中を探してもここだけだ。


 そして皆川家。


 昼食を終えたシルフィアは、リビングにあるテレビの前で固まっていた。


シルフィア「隼人様」


隼人「どうした?」


シルフィア「この箱の中に人がいます」


隼人「いない」


シルフィア「ですが動いております」


隼人「映像だよ」


シルフィア「映像……」


 テレビには昼のニュース番組が流れている。


 シルフィアが画面の横へ回る。


 裏を見る。


 もう一度正面へ戻る。


シルフィア「いません」


隼人「だから最初からそう言ってるだろ」


優花「シルフィアちゃん、可愛い……」


シルフィア「ユウキ?」


優花「今は優花!」


 今度はシルフィアが間違えた。


 俺は思わず笑ってしまう。


シルフィア「では、優花。こちらはどういう仕組みなのですか?」


優花「えっ」


 優花が固まった。


優花「……隼人」


隼人「俺に振るな」


優花「説明できる?」


隼人「二十年前の知識でいいなら」


優花「駄目そう」


 結局、詳しい説明は母さんに任せることになった。


 テレビ。


 スマートフォン。


 インターネット。


 冷蔵庫。


 電子レンジ。


 電車。


 シルフィアにとって、この世界には知らないものが山ほどある。


 でも。


 焦る必要はない。


隼人「一つずつ覚えればいいさ」


シルフィア「はい」


 シルフィアが俺を見る。


シルフィア「隼人も一緒に、でしょうか?」


隼人「俺も?」


シルフィア「二十年ぶりなのでしょう?」


 言われて。


 俺は少し笑った。


隼人「……そうだな」


 俺だって帰還者だ。


 知識はある。


 けれど感覚としては二十年ぶりの日本。


 変わっていないものもある。


 変わっているものもあるだろう。


 なら。


隼人「一緒に覚え直すか」


シルフィア「はい!」


優花「私も教えるよ」


隼人「頼む」


優花「その代わり」


隼人「ん?」


優花「ゲームでは私に戦い方教えてね」


 俺は少し考える。


 戦い方。


 俺が知っているのは、ゲーム攻略ではない。


 生き残るための戦い方だ。


 でも。


 このゲームなら。


 その経験を、誰かが傷つかない形で教えることができるかもしれない。


隼人「ああ」


 俺は頷いた。


隼人「まずは敵をよく見るところからだな」


優花「そこから?」


隼人「そこが一番大事だ」


シルフィア「私もお手伝いいたします」


優花「じゃあ午後は特訓?」


隼人「遊びだよ」


 俺は笑った。


隼人「今度の冒険は、楽しむためにやるんだからな」


 剣も。


 魔法も。


 冒険も。


 俺にとって二十年間、それらは生き残るためのものだった。


 けれど今は違う。


 家族と昼飯を食べて。


 友達と笑って。


 妻と新しい世界を知って。


 そして午後になれば、またゲームへログインする。


 そんな日常が。


 今の俺には何より新鮮だった。


 こうして帰還勇者の二度目の冒険は。


 現実と仮想世界。


 二つの日常を行き来しながら、少しずつ動き始めていた。

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