第11話 勇者式、初心者の戦い方
昼食を終え、少し休憩したあと。
俺たちは再びVR機器を装着した。
午前中は初めてのログインだったこともあり、ゲームそのものを理解するだけで精一杯だった。
冒険者登録。
ホーンラビット討伐。
ヒール草採取。
グリーンスライム討伐。
どれも初心者向けの依頼だ。
それでも俺にとっては新鮮だった。
異世界で二十年間続けてきた冒険と似ている。
しかし、決して同じではない。
今度は命を懸ける必要がない。
失敗しても、やり直せる。
そして何より。
楽しむための冒険だ。
システム『ログイン処理を開始します』
システム『プレイヤー認証――完了』
システム『前回ログアウト地点へ接続します』
視界が光に包まれる。
次の瞬間。
俺――《ミナト》は冒険者ギルド内に立っていた。
ミナト「……やっぱりすごいな」
石造りの床。
木製の受付台。
行き交う冒険者たち。
話し声。
足音。
食事の匂い。
ほんの少し前まで自宅でカレーを食べていたとは思えない。
自分の手を握る。
感覚にも問題なし。
腰には初心者用の剣。
《リアル姿》。
《身体操作アシストOFF》。
午後になっても身体の同期状態は変わらない。
ほぼ現実と同じ感覚で動ける。
少しして。
シルフィー「ミナト」
隣に光が集まる。
《シルフィー》が姿を現した。
ミナト「お帰り」
シルフィー「ただいま戻りました」
続いて。
ユウキ「来た!」
《ユウキ》もログインする。
だが。
ユウキ「わっ!」
着地した直後、身体が前へ傾いた。
俺は反射的に手を伸ばしかける。
しかし。
ユウキ「っと……!」
ユウキは自分で踏みとどまった。
俺は伸ばしかけた手を止める。
ミナト「今度は転ばなかったな」
ユウキ「ふふん」
ユウキが胸を張る。
ユウキ「私だって成長してるんだから」
シルフィー「まだゲームを始めて半日も経っておりませんが」
ユウキ「細かいことはいいの!」
確かに。
午前中よりは動きが自然になっている。
まだ現実の身体との違いに戸惑っているようだが、少しずつ適応しているらしい。
ユウキ「それより隼――じゃなかった。ミナト」
ミナト「ん?」
ユウキ「約束」
ミナト「約束?」
ユウキ「お昼に言ったでしょ。戦い方を教えてくれるって」
ミナト「ああ」
覚えている。
ただ。
ミナト「最初に言っておくけど、俺はゲームの戦い方は知らないぞ」
ユウキ「え?」
ミナト「俺が知ってるのは、本物の戦い方だ」
ユウキ「それの方がすごくない?」
ミナト「ゲームでは通用しない部分もあるってことだよ」
午前中だけでも分かった。
この世界は現実に近い。
剣の扱い。
身体操作。
敵の動き。
魔法。
俺とシルフィーの経験は確かに通用する。
だが。
HP。
MP。
ステータス。
スキル。
レベル。
復活。
そうした要素は俺が暮らした異世界にはなかった。
ミナト「俺も初心者だ。一緒に覚えていこう」
ユウキ「……うん」
シルフィー「それがよろしいでしょう」
まずは依頼掲示板を見る。
初心者向けの依頼がいくつも並んでいた。
その中から俺たちは一つを選んだ。
『初心者向け討伐依頼』
『対象:《ゴブリン》』
『討伐数:5体』
『場所:始まりの街・東草原外縁部』
『推奨Lv:1以上』
『推奨人数:2~4名』
ユウキ「ゴブリン……」
ミナト「どうした?」
ユウキ「ファンタジーの定番その二」
ミナト「またそれか」
シルフィー「向こうの世界にもおりましたね」
ミナト「ああ」
俺にとっては懐かしいというより、見慣れた魔物だ。
弱い個体なら新人冒険者でも倒せる。
しかし集団になると危険。
武器を使う。
罠を仕掛ける個体もいる。
上位種が群れを率いることもある。
何より。
弱いからと油断した冒険者が死ぬ。
それが俺の知っているゴブリンだった。
ユウキ「また怖い顔してる」
ミナト「思い出してただけだ」
ユウキ「異世界のゴブリンってそんなに怖かったの?」
ミナト「一匹なら大したことない。でも魔物を強い弱いだけで判断するのは危険だ」
ユウキ「なるほど……」
依頼を受注する。
東門から草原へ出た。
午前中に歩いた場所を越え、さらに東へ向かう。
途中でホーンラビットを何匹か見かけたが、向こうから襲ってこない限り手を出さなかった。
ユウキ「倒さないの?」
ミナト「依頼対象じゃないしな」
ユウキ「経験値になるんじゃない?」
ミナト「それはそうだけど、見つけた魔物を全部倒す必要もないだろ」
シルフィー「無用な戦闘は避ける。昔からミナトはそうでした」
ユウキ「勇者なのに?」
ミナト「勇者だからって何でも斬ってたわけじゃないぞ」
魔物だから必ず殺す。
そんな単純な世界ではなかった。
人を襲わない魔物もいた。
縄張りへ近づかなければ何もしないものもいた。
こちらから戦う理由がないなら、放っておけばいい。
もちろん。
この世界が同じとは限らないが。
しばらく歩くと、草の丈が高くなってきた。
その先には小さな林が見える。
ミナト「止まろう」
ユウキ「いた?」
ミナト「まだ分からない」
俺は周囲を見る。
草。
土。
林。
風向き。
そして。
地面。
ミナト「……足跡」
ユウキ「え?」
しゃがむ。
地面に小さな跡がある。
人間より小さい。
裸足に近い形。
複数。
ユウキ「こんなのまであるの?」
シルフィー「よく作り込まれておりますね」
ミナト「あっちへ向かってる」
ユウキ「分かる?」
ミナト「草も倒れてる」
さらに少し先。
枝が折れている。
俺は思わず笑った。
ミナト「面白いな」
ユウキ「何が?」
ミナト「ちゃんと追跡できる」
ただ敵が一定範囲に湧くゲームではないらしい。
少なくとも痕跡が残る。
なら。
異世界で覚えた追跡技術も使える。
ユウキ「ゲームなのに足跡から探す人、普通いるのかな」
ミナト「知らない」
シルフィー「私たちには分かりやすいので助かります」
痕跡を追う。
林へ入る直前。
俺は足を止めた。
ミナト「いた」
木の陰。
小柄な影。
緑色の皮膚。
粗末な布。
手には短い棍棒。
『《ゴブリン Lv1》』
さらに奥。
二体。
三体。
ミナト「三匹」
ユウキ「依頼は五匹だよね」
ミナト「ああ。でもまず、この三匹だけでいい」
ユウキ「どうする?」
俺はユウキを見る。
ミナト「午前中の続きだ」
ユウキ「特訓?」
ミナト「敵を見る」
ユウキが杖を握る。
ミナト「まず武器」
ユウキ「棍棒」
ミナト「次は数」
ユウキ「三匹」
ミナト「距離」
ユウキ「えっ?」
ミナト「大体でいい」
ユウキが目測する。
ユウキ「十五メートル……くらい?」
ミナト「それくらいだな」
ユウキ「当たった」
ミナト「次。どいつが最初に来そう?」
ユウキがゴブリンを見る。
最初は分からないようだった。
だが。
ユウキ「あの右のやつ?」
ミナト「理由は?」
ユウキ「こっちを見てるから」
ミナト「正解」
右側のゴブリンだけ、こちらへ顔を向けている。
残り二体はまだ気づいていない。
ミナト「じゃあ、気づかれる前にどうする?」
ユウキ「先に攻撃?」
ミナト「それもありだ」
シルフィー「一体を先に倒せれば、三対三から三対二になりますね」
ユウキ「なるほど」
ユウキが杖を構える。
ユウキ「《ホーリーライト》?」
ミナト「待った」
ユウキ「え?」
ミナト「今回はシルフィー」
シルフィー「私ですか?」
ミナト「ユウキは見ててくれ」
ユウキ「見る?」
ミナト「ああ」
俺はシルフィーを見る。
ミナト「一体だけ狙える?」
シルフィー「問題ありません」
シルフィーが杖を向ける。
敵との距離。
木の位置。
射線。
残る二体。
それらを一瞬で確認する。
シルフィー「《ウィンドカッター》」
風の刃が飛ぶ。
木々の隙間を抜け。
右側のゴブリンへ直撃。
『CRITICAL』
倒し切れない。
だがHPは大きく減った。
ゴブリン「ギャッ!」
叫び声。
残り二体が振り返る。
ミナト「来るぞ」
俺は剣を抜く。
三匹が動く。
負傷した一匹は遅い。
残る二匹が先行する。
ミナト「ユウキ、俺の後ろ」
ユウキ「うん!」
俺は走らない。
待つ。
一匹目。
棍棒を振り上げる。
肩。
肘。
腰。
重心。
大振り。
右から左。
分かりやすい。
剣で受けない。
半歩だけ踏み込む。
棍棒が加速する前に懐へ入る。
柄を持つ腕へ剣を当てる。
斬撃。
『HIT』
腕が弾かれる。
次。
胴。
初心者用の剣を走らせる。
『CRITICAL』
『《ゴブリン》を討伐しました』
だが二匹目がいる。
横。
俺は無理に攻撃しない。
下がる。
棍棒が空を切る。
ミナト「ユウキ!」
ユウキ「はい!」
返事が変わった。
さっきまでの戸惑いがない。
ユウキが杖を向ける。
俺へ攻撃して空振りしたゴブリン。
今は動きが止まっている。
ユウキ「《ホーリーライト》!」
白い光が直撃。
『HIT』
ゴブリンがよろめく。
ミナト「もう一発いける?」
ユウキ「いける!」
俺がゴブリンの注意を引く。
攻撃を誘う。
避ける。
動きが止まる。
ユウキ「《ホーリーライト》!」
命中。
『《ゴブリン》を討伐しました』
ユウキ「やった!」
ミナト「まだ一匹」
ユウキ「あっ!」
最初にシルフィーが攻撃したゴブリンが迫っていた。
シルフィーが杖を向ける。
だが。
ミナト「シルフィー、待って」
シルフィー「?」
俺はユウキを見る。
ミナト「今度は自分で見てみろ」
ユウキ「私が?」
ミナト「ああ」
ゴブリンが来る。
負傷している。
HPも少ない。
だが敵だ。
ユウキ「……棍棒」
ミナト「ああ」
ユウキ「右手」
ミナト「そう」
ユウキ「さっきのゴブリンと同じ構え……」
ユウキが敵を見る。
棍棒が上がる。
ユウキ「右から振る?」
ミナト「たぶんな」
俺は答えを断定しない。
自分で見ることが大事だ。
ゴブリンが近づく。
そして。
棍棒を振った。
右から左。
ユウキ「分かった!」
ユウキが横へ動く。
まだ動きはぎこちない。
それでも。
棍棒が目の前を通過する。
ユウキ「避けた!」
ミナト「今!」
ユウキ「《ホーリーライト》!」
至近距離。
白い光がゴブリンへ直撃する。
『CRITICAL』
『《ゴブリン》を討伐しました』
『クエスト進行:3/5』
静かになった。
ユウキがその場で固まっている。
ミナト「大丈夫か?」
ユウキ「……できた」
ミナト「ああ」
ユウキ「私、自分で避けた」
シルフィー「お見事でした」
ユウキ「できた!」
満面の笑み。
俺も嬉しくなる。
ミナト「な?」
ユウキ「何?」
ミナト「敵を見るの、大事だろ」
ユウキ「うん!」
素直な返事だった。
ゲームなら失敗できる。
何度でも練習できる。
それなら俺が二十年間かけて身につけたものを、少しずつ伝えることもできるかもしれない。
もちろん。
俺と同じ戦い方をさせるつもりはない。
ユウキは僧侶だ。
前衛ではない。
ただ。
敵の動きを見て。
危険を察知して。
自分で逃げられる。
それだけでも生存率は大きく変わる。
シルフィー「ミナト」
ミナト「ん?」
シルフィー「楽しそうですね」
ミナト「そう見える?」
シルフィー「はい」
シルフィーが微笑む。
シルフィー「向こうでは、誰かへ戦い方を教えるときも、もっと厳しいお顔をされていました」
言われて思い出す。
新人兵士。
若い冒険者。
王国騎士。
俺が戦い方を教えた人間は少なくない。
だが。
あの頃は。
教えなければ死ぬから教えていた。
次の戦場で生き残れるように。
一つでも多く技術を叩き込んでいた。
今は違う。
ミナト「死なないからな」
ユウキ「え?」
ミナト「こっちの話」
俺は剣を鞘へ戻す。
その頃。
《株式会社アストラル・リンク》運営監視室。
美波「《ユウキ》、ゴブリンの攻撃を回避しました」
竹田「普通じゃないか?」
美波「はい。《ユウキ》さんだけなら」
田仲「だけなら?」
映像が巻き戻される。
俺とユウキの会話。
武器。
数。
距離。
敵の視線。
攻撃前の構え。
順番に確認させている。
宇喜多「……教えてるのね」
美波「はい」
信田「ゲームシステムを?」
美波「いいえ」
美波が首を振る。
美波「敵の観察方法をです」
木田「そこから教えるのか」
GM担当の木田が画面を見る。
木田「しかも自分で答えを言ってない」
知子「隼人らしい……のかしら」
亮太「俺に聞くな。俺の知ってる隼人は昨日まで普通の高校生だ」
知子「私もよ」
画面の中。
俺はユウキに何かを説明している。
その横でシルフィーが微笑んでいる。
木田「この三人、面白いですね」
田仲「Lv1パーティーを見てる感じがしないな」
木田「いや」
木田が少し考える。
木田「《ユウキ》は間違いなくLv1ですよ」
宇喜多「ということは?」
木田「初心者一人に、ベテラン冒険者が二人ついてる」
ゲーム内のレベルではない。
中身の話だ。
そして。
林の中。
俺は周囲へ視線を向けた。
残りは二匹。
足跡を探せば、すぐ見つかるだろう。
そう思ったとき。
風が吹いた。
草が揺れる。
鳥のような小さな生き物が、林の奥から一斉に飛び立った。
俺は足を止める。
シルフィー「……ミナト」
ミナト「ああ」
シルフィーも気づいた。
ユウキだけが首を傾げる。
ユウキ「どうしたの?」
ミナト「静かになった」
ユウキ「え?」
さっきまで聞こえていた。
虫。
鳥。
小動物。
それらの音が消えている。
俺の手が自然と剣の柄へ伸びた。
ゲームだ。
ここは初心者向けのフィールド。
それでも。
二十年間で身体へ染みついた感覚が告げていた。
こういう静けさのあとには。
大抵。
何かがいる。
ミナト「ユウキ。俺とシルフィーから離れるな」
ユウキ「……うん」
今度は理由を聞かなかった。
俺たちは林の奥を見る。
木々の向こう。
何かが動いた。
普通のゴブリンより。
明らかに大きな影が。




