第12話 Lv1パーティー、格上の魔物と遭遇する
林の奥。
木々の隙間から、大きな影がゆっくりと姿を現した。
緑色の肌。
尖った耳。
人間より少し低い程度の身長。
しかし、先ほど戦ったゴブリンとは明らかに体格が違う。
太い腕。
厚い胸板。
革らしき防具。
右手には粗末ではあるが、棍棒ではなく一本の剣を持っている。
その後ろには。
普通のゴブリンが二匹。
『《ゴブリンソルジャー Lv4》』
『《ゴブリン Lv1》』
『《ゴブリン Lv1》』
ユウキ「……レベル四」
ユウキの声が小さくなる。
俺――《ミナト》たちは全員Lv1。
数字だけなら、明確な格上だ。
しかも一対一ではない。
三対三。
数は同じ。
だが、敵にはLv4が一体混ざっている。
ユウキ「ミナト……どうする?」
ミナト「まだ動かない」
俺は剣へ手をかけたまま、ゴブリンソルジャーを見る。
向こうもこちらを見ている。
すぐには襲ってこない。
剣を少し持ち上げる。
重心は前。
普通のゴブリンより姿勢が安定している。
少なくとも、武器を振り回すだけの相手ではなさそうだ。
シルフィー「戦いますか?」
ミナト「いや」
ユウキ「え?」
ミナト「まず、逃げられるか確認する」
俺は視線だけを動かす。
来た道。
障害物。
木の位置。
草。
地面。
後方に敵はいない。
退路は確保できている。
ミナト「帰ろうと思えば帰れる」
ユウキ「じゃあ逃げる?」
ミナト「それも選択肢だ」
ユウキが少し意外そうな顔をする。
ユウキ「勇者なのに?」
ミナト「勇者だからって、見つけた敵全部と戦ってたら二十年も生き残れないぞ」
シルフィー「ミナトは昔から、勝つことよりも全員で帰ることを優先していました」
ミナト「目的はゴブリンをあと二匹倒すことだ。あのLv4を倒す必要はない」
依頼内容は《ゴブリン五体の討伐》。
すでに三体倒している。
残り二体。
わざわざ格上まで相手にする理由はない。
ゲームだから死んでも復活する。
それでも、一時間の能力低下というペナルティがある。
無意味に死ぬ必要はない。
ただ。
ミナト「……問題は」
ユウキ「問題?」
ミナト「あいつらが逃がしてくれるかだな」
ゴブリンソルジャーが剣を持ち上げた。
ゴブリンソルジャー「ギャアッ!」
叫び声。
直後。
二匹のゴブリンが左右へ分かれた。
ミナト「来るぞ!」
速い。
普通のゴブリン二匹が左右。
ゴブリンソルジャーは中央。
単純に三匹が突っ込んでくるわけではない。
左右から回り込むつもりだ。
ミナト「シルフィー、左!」
シルフィー「はい!」
ミナト「ユウキは俺の後ろ!」
ユウキ「分かった!」
俺は剣を抜く。
逃げるにしても、背中を向けた瞬間に追撃されれば危険だ。
まず崩す。
その上で撤退するか、戦うかを決める。
シルフィー「《ウィンドカッター》!」
風の刃。
左から回り込もうとしたゴブリンが横へ跳ぶ。
避けた。
シルフィー「……先ほどより反応がよいですね」
ミナト「Lv4が指揮してるのかもしれない」
右から来るゴブリン。
俺が一歩前へ出る。
棍棒。
振り上げる。
午前中から何度も見た動きだ。
避ける。
剣を振る。
『HIT』
浅い。
ゴブリンが後退する。
その瞬間。
中央のゴブリンソルジャーが来た。
速い。
俺は反射的に剣を上げる。
ガキンッ!
ミナト「っ!」
重い。
腕へ衝撃が走った。
初心者用の剣が大きく押し込まれる。
俺は正面から受け止めず、刃を傾ける。
力を横へ逃がす。
ゴブリンソルジャーの剣が滑る。
それでも。
身体が少し持っていかれた。
ミナト「……なるほど」
やはり違う。
技術だけでは消せない。
STR。
AGI。
VIT。
レベル差による基礎能力。
俺の頭には対処法がある。
身体にも二十年間の経験がある。
しかし今の俺の身体能力はLv1だ。
昔の身体なら正面から崩せた相手でも。
今はそうはいかない。
ユウキ「ミナト!」
ミナト「大丈夫!」
ゴブリンソルジャーが二撃目。
今度は受けない。
剣先を見る。
肩を見る。
腰を見る。
踏み込み。
振り下ろし。
半歩。
避ける。
刃が俺の肩すれすれを通過した。
反撃。
脇腹。
だが。
『HIT』
浅い。
ミナト「硬いな」
装備とVIT。
急所を狙っても、一撃では倒せない。
当然だ。
俺はLv1なのだから。
それでいい。
むしろ少し安心した。
技術があればレベルを完全に無視できるゲームなら、育成する意味がなくなる。
経験は通用する。
だがステータスも重要。
よくできている。
ユウキ「ミナト、なんでちょっと嬉しそうなの!?」
ミナト「いや、ちゃんと強いなと思って」
ユウキ「敵を褒めてる場合!?」
確かに。
今は戦闘中だった。
シルフィー「ミナト!」
左。
シルフィーが相手にしていたゴブリンが彼女へ接近している。
魔法使いは近接戦闘に向かない。
俺が向かおうとする。
だが。
ミナト「っ!」
ゴブリンソルジャーが進路を塞ぐ。
行かせないつもりらしい。
ミナト「シルフィー!」
シルフィー「問題ありません!」
シルフィーが後退する。
ただ後ろへ逃げているわけではない。
木を挟む。
ゴブリンが追う。
木が邪魔になる。
相手が横へ出る。
そこ。
シルフィー「《ファイアボール》!」
至近距離。
火球が直撃する。
『CRITICAL』
ゴブリンがよろめく。
シルフィー「ユウキ!」
ユウキ「えっ、私!?」
シルフィー「今です!」
ユウキが杖を向ける。
午前中なら慌てていた。
だが。
今回は。
敵を見る。
動きが止まっている。
シルフィーとの射線も重ならない。
ユウキ「《ホーリーライト》!」
白い光。
命中。
『《ゴブリン》を討伐しました』
『クエスト進行:4/5』
ユウキ「やった!」
シルフィー「まだです!」
ユウキ「うん!」
いい連携だ。
教えたばかりなのに、ユウキはちゃんと周囲を見るようになっている。
なら。
俺も自分の相手に集中する。
ゴブリンソルジャーが剣を横へ振る。
下がる。
届かない。
追撃。
踏み込み。
今度は突き。
ミナト「そう来るか」
普通のゴブリンとは違う。
武器の使い方を知っている。
俺は身体を半身にする。
剣先が胸の横を抜ける。
相手の腕を狙う。
斬る。
『HIT』
だが倒れない。
さらに。
右から気配。
残った普通のゴブリン。
まずい。
二体同時。
俺は攻撃を諦める。
後退。
ゴブリンソルジャーの剣。
普通のゴブリンの棍棒。
両方の射程から出る。
ユウキ「ミナト!」
ミナト「大丈夫。まだ来るな!」
ユウキが止まる。
正解だ。
今ここへ近づかれる方が困る。
俺は二体を見る。
Lv4。
Lv1。
先に弱い方を落とす。
だがLv4が守っている。
なら。
ミナト「シルフィー!」
シルフィー「はい!」
ミナト「Lv4の足元!」
それだけで伝わった。
シルフィー「《ストーンバレット》!」
石弾が飛ぶ。
敵本体ではない。
足元。
ゴブリンソルジャーが反応する。
避けるため、一歩横へ。
その瞬間。
道が開いた。
ミナト「そこ!」
俺は前へ。
普通のゴブリンへ接近。
棍棒が上がる。
遅い。
懐へ。
一撃。
『CRITICAL』
『《ゴブリン》を討伐しました』
『クエスト進行:5/5』
『《ゴブリン討伐》達成条件を満たしました』
ユウキ「依頼達成!」
ミナト「ああ!」
目的は終わった。
なら。
ミナト「撤退する!」
ユウキ「倒さないの!?」
ミナト「倒す必要がない!」
シルフィー「了解しました!」
俺が最後尾。
シルフィーとユウキを先へ下げる。
ゴブリンソルジャーが追ってくる。
やはり速い。
ミナト「二人ともそのまま!」
剣が来る。
俺は避ける。
反撃しない。
距離を取る。
追ってくる。
また避ける。
少しずつ後退。
俺が逃げ切れないならシルフィーに足止めを頼む。
そう考えたところで。
ゴブリンソルジャーが止まった。
ミナト「……ん?」
一定の場所から先へ来ない。
こちらを睨み。
剣を振り上げて威嚇する。
だが追跡は続けない。
ミナト「行動範囲があるのか」
シルフィー「そのようですね」
ユウキ「た、助かった……」
十分な距離を取る。
そこでようやく俺も剣を鞘へ戻した。
ユウキ「逃げちゃったね」
ミナト「ああ」
ユウキ「勝てなかった?」
俺は少し考える。
ミナト「分からない」
ユウキ「分からない?」
ミナト「戦い続ければ勝てたかもしれない。でも、負けたかもしれない」
あの程度なら、攻撃の軌道自体は読める。
急所も狙える。
シルフィーとユウキの援護もある。
勝算はあった。
だが。
ミナト「勝てるかもしれない、だけで戦う必要はないだろ」
ユウキ「……依頼は終わってるもんね」
ミナト「ああ」
それでいい。
逃げることは敗北ではない。
目的を達成し。
仲間全員が無事で。
報酬を持って帰る。
冒険者なら、それで十分だ。
シルフィー「昔と変わりませんね」
ミナト「何が?」
シルフィー「ミナトです」
シルフィーが微笑む。
シルフィー「魔王を倒せるほど強くなっても、必要のない戦いは避けておりました」
ミナト「必要がないからな」
ユウキ「私だったら、勇者になったら何でも倒したくなりそう」
ミナト「その考えで魔王軍の幹部に突っ込んだら死ぬぞ」
ユウキ「ゲームの話してたのに急に本物になる!」
俺は笑った。
そのとき。
ユウキ「あれ?」
ユウキが俺を見る。
ユウキ「ミナト、HP減ってない?」
ミナト「え?」
確認する。
確かに。
少しだけ減っている。
ミナト「いつ食らった?」
シルフィー「最初に剣を受け流したときでは?」
ミナト「受け流したのに?」
ログを確認する。
最初の一撃。
ゴブリンソルジャーの剣を初心者用の剣で受けた瞬間。
完全防御ではない。
わずかなダメージが発生している。
ミナト「なるほど……」
ユウキ「また楽しそう」
ミナト「いや、面白い仕組みだと思って」
現実なら、武器で受ければ身体への直接的な傷は防げる。
だが衝撃まですべて消えるわけではない。
ゲームでは、その差までダメージとして計算されるらしい。
ミナト「レベル差がある相手の攻撃は、受けるだけでも危険ってことか」
シルフィー「可能な限り回避した方がよさそうですね」
ミナト「ああ」
ユウキ「……ねえ」
ミナト「ん?」
ユウキが杖を構える。
ユウキ「私、僧侶なんだけど」
ミナト「知ってる」
ユウキ「回復させてよ」
ミナト「俺が?」
ユウキ「違う! 私が!」
ユウキが頬を膨らませる。
ユウキ「せっかく《ヒール》があるのに、一回も使わせてもらってない!」
そういえば。
午前中から誰もまともにダメージを受けていなかった。
僧侶なのに攻撃魔法ばかり使わせている。
ミナト「じゃあ頼む」
ユウキ「任せて!」
ユウキが俺へ杖を向ける。
ユウキ「《ヒール》!」
淡い光が身体を包む。
わずかに減っていたHPが回復していく。
『HP RECOVERY』
全快。
ユウキ「……できた」
ミナト「ありがとう」
ユウキ「うん!」
嬉しそうだ。
シルフィー「ようやく僧侶らしいお仕事ができましたね」
ユウキ「本当だよ!」
そして俺たちは街へ戻った。
冒険者ギルド。
受付へ向かうと。
リーナ「お帰りなさいませ」
エルフの受付嬢リーナが笑顔で迎えてくれる。
ミナト「ゴブリン討伐の報告をしたい」
リーナ「承知いたしました。ギルドカードをお願いいたします」
カードを渡す。
確認。
リーナ「ゴブリン五体。確かに討伐を確認いたしました」
報酬処理が進む。
その途中。
リーナ「……あら?」
ミナト「どうした?」
リーナ「遭遇記録に《ゴブリンソルジャー》がございますね」
ユウキ「いたよ。Lv4」
リーナ「討伐されたのですか?」
ミナト「いや。依頼対象のゴブリンを倒して撤退した」
リーナが少しだけ目を見開いた。
リーナ「撤退されたのですね」
ミナト「ああ。Lv1で無理して戦う必要もないだろ」
リーナ「……はい」
なぜかリーナが微笑んだ。
リーナ「とてもよい判断だったと思います」
ユウキ「そうなの?」
リーナ「冒険者にとって、無事に帰還することは何より大切ですから」
その言葉。
俺は少しだけ懐かしく感じた。
向こうの世界でも。
同じことを言われた。
初めて冒険者登録をした頃。
受付にいた人から。
依頼を成功させることより。
報酬を稼ぐことより。
生きて帰ること。
それが冒険者にとって一番大切だと。
ミナト「……そうだな」
ゲームのNPCだ。
そう理解している。
それでも俺は、リーナをただのプログラムとして見ることができなかった。
表情。
声。
言葉。
あまりにも人間らしい。
その様子を。
少し離れた受付から、一人の女性が見ていた。
受付主任。
シエナ「リーナ」
リーナ「はい?」
シエナ「あとで、その三人の依頼記録を見せてもらえますか?」
リーナ「ミナトさんたちのですか?」
シエナ「ええ」
シエナは俺たちを見る。
シエナ「少し興味があります」
そして同じ頃。
現実世界。
《株式会社アストラル・リンク》運営監視室。
美波「ゴブリンソルジャーとの接触ログ、解析終わりました」
木田「結果は?」
美波「《ミナト》は戦闘開始前に後方の安全を確認しています」
田仲「退路か」
美波「はい。その後、ゴブリンソルジャーの初撃を受け流していますが、STR差による微小ダメージが発生」
竹田「そこから?」
美波「二撃目以降は一度も正面で受けていません」
映像。
ゴブリンソルジャーが剣を振る。
ミナトが避ける。
突き。
半身。
横薙ぎ。
後退。
ほぼすべて。
最小限の移動で攻撃範囲から外れている。
信田「……一回食らって、ゲームの仕様を理解した?」
木田「たぶんな」
美波「さらに依頼達成直後、即座に撤退を選択しています」
宇喜多「Lv4を倒そうとはしなかったのね」
美波「はい」
木田「そこが一番面白い」
亮太「何がだ?」
木田が父さんを見る。
木田「普通、ゲームに自信のあるプレイヤーなら挑戦したくなるんですよ。特にここまで上手く戦えていたら」
知子「隼人は違った」
木田「はい」
画面の中。
俺がシルフィーとユウキを先に逃がしている。
木田「勝てる可能性じゃなく、戦う必要性で判断している」
運営室が少し静かになる。
木田「この人、本当にゲームを攻略してるんじゃない」
そして。
木田「冒険してるんですね」
俺は当然。
そんな評価をされているとは知らない。
報酬を受け取った俺たちは、ギルドの片隅にある休憩スペースで次の予定を話していた。
ユウキ「ねえ、ミナト」
ミナト「ん?」
ユウキ「さっきのLv4」
ミナト「ああ」
ユウキ「もっとレベル上げたら、もう一回戦ってみたい」
俺は少し驚いた。
ミナト「怖くないのか?」
ユウキ「怖いよ」
ユウキは素直に答える。
ユウキ「でも、今度はちゃんと三人で勝ってみたい」
なるほど。
俺はシルフィーを見る。
彼女も微笑んでいた。
シルフィー「よろしいのではありませんか?」
ミナト「ああ」
今はLv1。
だから退いた。
なら。
強くなって。
装備を整えて。
ゲームの仕組みを覚えて。
それから挑めばいい。
ミナト「そのときは三人で倒そう」
ユウキ「うん!」
逃げること。
挑むこと。
どちらが正しいというわけではない。
大切なのは。
そのとき、自分たちに何ができるのかを知ることだ。
俺は二十年間の冒険で、それを嫌というほど学んできた。
そして今。
Lv1から始まった二度目の冒険でも。
俺はもう一度。
仲間たちと一緒に強くなっていくつもりだった。




