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帰還勇者ミナトのVRMMO戦記 ~剣も魔法も本物を知っているので、ゲームでも最強です~  作者: バモス
第一章 帰還勇者、VRMMOを始める

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第6話 Lv1なのに、身体が全部覚えていました

 青い空。


 白い雲。


 石造りの建物が並ぶ街。


 通りを歩く人々の話し声に、店先から漂ってくる焼きたてのパンの香り。


 頬を撫でていく風まで感じる。


 俺――《ミナト》は、ゲームの世界へ降り立ってからしばらく、その場を動くことができなかった。


ミナト「……すごいな」


 分かっている。


 ここは本物の異世界ではない。


 父さんが社長を務める《株式会社アストラル・リンク》によって作られたVRMMOの世界だ。


 それでも、目の前に広がっている光景は、かつて俺が二十年間暮らした異世界を思い出させるには十分すぎた。


 すぐ近くを馬車が通り過ぎていく。


 車輪が石畳を叩く音。


 馬の蹄の音。


 革鎧を着た冒険者らしき男。


 杖を持ったローブ姿の女性。


 露店では果物や野菜が売られている。


ミナト「本当に、よくできてる」


 俺は右手を開く。


 握る。


 もう一度開く。


 指先まで思い通りに動いた。


 次に手首を回す。


 肘。


 肩。


 首。


 腰。


 膝。


 足首。


 身体の各部を順番に確かめていく。


 違和感はほとんどない。


 初期設定で選択した《リアル姿》によって、現実の俺の身体が高い精度で再現されている。


 さらに《身体操作アシストOFF》。


 システムが俺の動きを勝手に補正しない。


 つまり。


ミナト「俺が動かした通りに動くわけか」


 試しに右足を半歩前へ出す。


 重心をわずかに落とす。


 左足を滑らせる。


 身体を前へ出しながら、途中で方向を変える。


 問題ない。


 さらに一歩。


 踏み込む。


 止まる。


 身体の軸も崩れない。


 異世界で何万回、何十万回と繰り返した動きだ。


 俺の身体が覚えている。


 いや。


 正確には、俺自身が覚えている動きを、この仮想の身体がそのまま再現してくれている。


ミナト「これなら……」


 腰に差してある初心者用の剣へ右手を伸ばす。


 柄を握る。


 鞘からゆっくりと抜く。


 金属の刃が朝の光を反射した。


 重さを確認する。


 軽い。


 異世界で最後に使っていた剣と比べれば、頼りなく感じるほどだ。


 だが、武器としての重さはきちんとある。


 右手だけで持ち上げ、手首を返す。


 刃先を前へ。


 軽く構える。


 その瞬間。


 俺の意識が切り替わった。


 目の前に敵はいない。


 殺気もない。


 ここは安全な街の中。


 それでも剣を握れば、身体は自然に戦闘時の状態へ移る。


 足幅。


 腰。


 肩。


 肘。


 視線。


 呼吸。


 すべてが勝手に最適な位置へ収まった。


ミナト「……二十年は消えないか」


 当然だ。


 身体が十六歳に戻っても、経験まで消えたわけではない。


 俺は剣を鞘へ戻した。


 街中で振り回すものではない。


 ゲームだからといって、その程度の常識まで忘れるつもりはなかった。


 そのとき。


システム『フレンドプレイヤー《シルフィー》が近くにログインしました』


 視界の端に通知が現れる。


 振り返る。


 少し離れた場所に淡い光が生まれた。


 そこから一人の少女が現れる。


 見慣れた長い髪。


 見慣れた顔。


 ただし服装は、異世界で王女として着ていたものではない。


 初心者用らしいローブを身につけ、一本の杖を持っている。


 シルフィア――いや。


 ここでは《シルフィー》だ。


シルフィー「……まあ」


 ログインしたシルフィーが周囲を見回す。


シルフィー「これは……」


ミナト「シルフィー」


 俺が声をかける。


 彼女が振り返った。


シルフィー「隼人様!」


ミナト「ここじゃミナトだ」


シルフィー「あっ」


 シルフィーが口元へ手を当てる。


シルフィー「申し訳ありません。ミナト様」


ミナト「様もいらないんだけどな」


シルフィー「ですが……」


ミナト「ゲームの中まで勇者と王女じゃないだろ?」


 俺は自分の装備を見せる。


ミナト「俺はLv1の剣士」


 続いてシルフィーを見る。


ミナト「シルフィーはLv1の魔法使い」


シルフィー「……確かにそうですね」


 少し考えたあと、シルフィーが微笑んだ。


シルフィー「では、ミナト」


ミナト「ああ。それでいい」


 異世界で出会ったばかりの頃を少し思い出した。


 あの頃は俺も勇者という肩書きに慣れていなかった。


 シルフィアも王女として俺に接するべきか、仲間として接するべきか迷っていた。


 まさか二十年後、ゲームの中でこんなやり取りをするとは思わなかった。


シルフィー「それにしても……」


 シルフィーが自分の両手を見る。


 指を動かす。


 杖を握る。


 軽く足を動かした。


シルフィー「本当に自分の身体のようです」


ミナト「俺も驚いた」


シルフィー「魔力は……」


 シルフィーが目を閉じる。


 その表情が少し変わった。


シルフィー「不思議ですね」


ミナト「どうした?」


シルフィー「本物の魔力とは違います」


ミナト「分かるのか?」


シルフィー「はい。ただ、似た感覚はございます」


 シルフィーは魔法使いだ。


 それも、本物の魔法が存在する世界で長年戦ってきた魔法使い。


 ゲームとして再現された魔法を、俺とはまったく違う感覚で見ているのだろう。


シルフィー「実際に魔法を使ってみれば、もう少し違いが分かると思います」


ミナト「街中ではやめような」


シルフィー「もちろんです」


 さすがにそこは心得ている。


 その直後。


システム『フレンドプレイヤー《ユウキ》が近くにログインしました』


ミナト「来たな」


 再び光が現れる。


 そして。


ユウキ「きゃっ!?」


 現れた瞬間。


 優花――《ユウキ》が前につんのめった。


ミナト「おっと」


 俺は反射的に一歩踏み込む。


 倒れる前に腕を取った。


 もう片方の手で背中を支える。


ユウキ「え?」


ミナト「大丈夫か?」


ユウキ「……隼人?」


ミナト「ミナト」


ユウキ「あ、そうだった」


 ユウキが俺の腕の中で瞬きをする。


 そして数秒。


ユウキ「……近い」


ミナト「転びそうだったからな」


ユウキ「もう大丈夫!」


 慌てて離れる。


 顔が少し赤い。


 シルフィーが俺たちを見ていた。


シルフィー「…………」


ミナト「シルフィー?」


シルフィー「いいえ。何でもございません」


 笑っている。


 笑っているのだが。


 なぜだろう。


 魔王戦とは別方向の危機感を覚えた。


ユウキ「うわあ……」


 そんなことなど知らないユウキは、周囲を見回して目を輝かせている。


ユウキ「すごい! 本当にゲームの中なんだ!」


 その反応は、たぶん正しい。


 俺とシルフィーは本物の異世界を知っているせいで、どうしても比較する側になってしまう。


 だがユウキにとっては、これが初めて体験する剣と魔法の世界だ。


ユウキ「空も本物みたいだし、風も感じるし……あっ、匂いもする!」


シルフィー「私も驚きました」


ユウキ「シルフィーちゃん!」


シルフィー「はい」


 現実ではまだシルフィアさんと呼んでいたはずだが、ゲーム内では早くも距離が縮まったらしい。


ユウキ「その服、似合ってる!」


シルフィー「ありがとうございます。ユウキもよくお似合いですよ」


 ユウキは僧侶らしい初心者用の装備を身につけていた。


 手には杖。


 俺たち三人の中では、もっとも普通の初心者プレイヤーだ。


ユウキ「でも歩くの、ちょっと変な感じ」


ミナト「無理に急いで動かない方がいい」


ユウキ「ミナトは平気なの?」


ミナト「ああ」


ユウキ「初めてだよね?」


ミナト「VRはな」


ユウキ「……その言い方ずるくない?」


 ユウキが俺の足元を見る。


ユウキ「さっき、すごい速さで動いてなかった?」


ミナト「お前が転びそうだったから」


ユウキ「普通は初ログイン直後にあんな動きできないと思うんだけど」


ミナト「そうなのか?」


ユウキ「私に聞かないでよ」


 俺もVR初心者なのだから分からない。


 するとシルフィーが小さく笑った。


シルフィー「ミナトにとっては、身体を動かすこと自体はいつも通りなのでしょう」


ミナト「まあな」


ユウキ「そういえば二十年戦ってたんだっけ……」


 ユウキが遠い目をする。


ユウキ「設定だけ聞くと、本当にゲームの主人公みたい」


ミナト「俺の場合は実体験なんだけどな」


 その違いは大きい。


 ゲームなら失敗してもやり直せる。


 だが俺がいた世界では、失敗すれば死ぬ。


 だから生き残るために覚えた。


 それだけだ。


ミナト「とりあえず、パーティーを組むか」


ユウキ「どうやるの?」


ミナト「……俺も知らない」


ユウキ「ええ?」


シルフィー「私も分かりません」


 三人揃って沈黙する。


 戦闘経験ならある。


 だがゲームの操作知識はない。


 結局、メニューを開いて一つずつ確認することになった。


 しばらくして《パーティー》という項目を発見する。


ミナト「これか」


 俺が二人へ申請を送る。


システム『《ミナト》からパーティーへの招待が届きました』


システム『YES/NO』


シルフィー「YESですね」


ユウキ「私も」


 すぐに承認される。


システム『パーティーが結成されました』


 視界の端に三人の情報が表示された。


《ミナト Lv1 剣士》


《シルフィー Lv1 魔法使い》


《ユウキ Lv1 僧侶》


 見事なまでに初心者パーティーだ。


ユウキ「全員Lv1だね」


ミナト「始めたばかりだから当然だろ」


ユウキ「最初は何するの?」


 俺は街を見回す。


 父さんからゲームの基本説明は受けた。


 大半のプレイヤーは、まず冒険者ギルドへ登録する。


 そこで仕事を受け、金を稼ぎながら冒険するらしい。


ミナト「冒険者ギルドへ行こう」


シルフィー「冒険者ギルド……」


 シルフィーが懐かしそうな表情を浮かべる。


ミナト「どうした?」


シルフィー「いえ。向こうの世界でも、最初は同じだったと思いまして」


ミナト「そうだったな」


 俺が異世界へ召喚されて間もない頃。


 何も知らない俺が冒険者として最初の一歩を踏み出した場所も、冒険者ギルドだった。


 あのときは、自分が二十年後に魔王を倒すことになるなんて想像すらしていなかった。


 そして今。


 もう一度、Lv1から冒険を始める。


 今度はシルフィーと。


 そしてユウキと一緒に。


ユウキ「あっちじゃない?」


 ユウキが指を差す。


 大通りの先。


 剣と盾を組み合わせた看板が掲げられた大きな建物が見えた。


 何人ものプレイヤーやNPCらしき冒険者が出入りしている。


ミナト「たぶんそうだな」


ユウキ「行こう!」


 ユウキが歩き始める。


 まだ身体操作に慣れていないのか、少し危なっかしい。


ミナト「走るなよ。転ぶぞ」


ユウキ「子供扱いしないで!」


 そう言った直後。


ユウキ「わっ!」


 石畳のわずかな段差に足を取られた。


 俺は肩を掴んで支える。


ミナト「だから言っただろ」


ユウキ「……はい」


シルフィー「ふふっ」


ユウキ「シルフィーちゃんまで笑わないでよ!」


 そんなやり取りをしながら、俺たちは冒険者ギルドへ向かって歩き始めた。


 だが。


 俺たちが何気なく行っていた初ログイン直後の動作は、すでに運営側へ記録されていた。


 《株式会社アストラル・リンク》。


 運営監視室。


美波「三名とも正常にログインしています」


田仲「同期状態は?」


美波「問題ありません。《ユウキ》は初心者として標準的な数値です」


竹田「残り二人は?」


美波「《シルフィー》も身体操作そのものは安定しています。ただ……」


宇喜多「ただ?」


美波「《ミナト》の操作ログが少し変です」


亮太「隼人が?」


美波「異常という意味ではありません」


 美波がログを拡大する。


美波「むしろ逆です」


信田「逆?」


美波「初回ログイン直後から、身体同期の誤差がほとんどありません」


竹田「アシストOFFだろ?」


美波「はい」


 運営室の空気が少し変わった。


 VRへ初めてログインした人間は、現実と仮想空間の感覚差に戸惑う。


 リアル姿を使用しても完全に同じではない。


 まして身体操作アシストを切れば、慣れるまで多少のぎこちなさが出る。


 ところが。


美波「歩行、方向転換、重心制御。全部安定しています」


田仲「初回ログインで?」


美波「はい。それから先ほど《ユウキ》が転倒しかけた際――」


 映像が再生される。


 ユウキが前へ倒れる。


 その瞬間。


 ミナトが動く。


 一歩。


 それだけ。


 だが、最短距離で間合いへ入り、腕と背中を支えて転倒を防いでいる。


木田「……速いな」


竹田「システムアシストは?」


美波「OFFです」


信田「自動補助?」


美波「ありません」


宇喜多「なら、本人が動いた?」


美波「そうなります」


 母さん――知子が黙って映像を見る。


 昨日。


 家の中で俺が見せた反応を思い出していた。


知子「……二十年」


亮太「ん?」


知子「隼人が言っていたでしょう」


 母さんが画面の中の《ミナト》を見る。


知子「異世界で二十年間、戦っていたって」


 運営スタッフが沈黙する。


亮太「まさか」


知子「もし本当なら」


 母さんは小さく笑った。


知子「このゲーム、かなり面白い実地テストになるかもしれないわね」


 そして。


 当の俺は。


 運営側でそんな話になっていることなど知る由もなく。


ミナト「ここだな」


 冒険者ギルドの前に立っていた。


 大きな両開きの扉。


 その向こうから、大勢の冒険者たちの声が聞こえてくる。


 俺は扉へ手をかけた。


 二十年前。


 本物の異世界でも、こうして最初の冒険者ギルドの扉を開いた。


 そして今。


 もう一度。


ミナト「さて」


 俺は笑った。


ミナト「冒険者登録から始めるか」


 剣士《ミナト》Lv1。


 魔法使い《シルフィー》Lv1。


 僧侶《ユウキ》Lv1。


 三人の初心者パーティーは、こうして冒険者としての最初の一歩を踏み出した。

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